3 決意
「もー、わがままですねー、透子さんはー」
サリナが大げさに肩をすくめ、わざとらしく首を振った。
どうやら、この女は人を腹立たしくさせる才能があるらしい。
「どっちが」
透子は目を細める。
すると。
「透子さーん!」
「げ」
突然――本当になんの前振りもなくサリナがこっちに駆け寄ってきた。ちょ、と言う間もなく、透子の前にきたサリナは、そのまま勢いよろしく何かのぶつかり稽古のように体当たりしてきた。
いや、正確にいえば抱きついてきた。
だが、あまりにも勢いがありすぎて、透子にとってはそれどころじゃなかった。本当に急だった。倒れないように、後ろ足に体重をかけて一歩よろめく。
同時、サリナの体の感触がして、鎧やら服やらもこっちの肌に触れる。材質からしてけっこう重そうだし、こっちの世界の服とはだいぶ違うんだなということがわかったがそれよりも。
「……いきなり、何?」
透子は視線だけそっちにやりつつ言った。サリナのうなじと、後頭部がよく見える。間近で見ても、色あせないピンクだからすごい。
「色仕掛けです」
「アホか」
「というのは冗談でして……」
サリナがこっちの肩に両手をやって、離れる。すごい近距離で目が合う。この女、パーソナルスペースとかいう概念があるのだろうか、と透子は思う。キスされるんじゃないかというぐらい近い。
眉を寄せて透子は、、
「冗談でよかったわ」
「透子さん、お願いします。透子さんがいれば、ラグジュール騎士団は安泰です」
「なんでそんなことがわかるの?」
「転位装置で、インターワールドの人間を、厳選して召喚しているからです。インターワールドの人間は、それだけで魔力が強大ですが、透子さんからは、より強い波動を感じました」
うんうん、とサリナがうなずく。
うなずかれてもなぁ、と透子は意識が散漫になる。
まあつまり、とにかく自分の力を借りたいらしい。
どうにもこうにも説得力がないというか。このままホイホイとついていってしまっていいのだろうか。というか、どうやったら元の世界に帰れるのか。というか帰ることができるのか。
「要は……、私もそのマンホール騎士団に入って、世界を平和にすればいいんでしょ?」
「ラグジュール騎士団です」
「いいよべつに。やる」
「そうですよね透子さん、悩みますよね、でもです……ってはいぃ!?」
「まあもちろん、途中でやめるかもだけど。ただ、話だけは聞くよ」
「なっ……、な! 透子さん! 頭でも打ちました!? もしや私が抱きついたからそれがショックで!?」
「あんたから抱きついてきたんでしょうが」
「でも、急に、どうしてなんです?」
「べつに……」
透子は一息ついて、腰に両手を当てる。
正面を見つめる。
なんの迷いもなく、躊躇もなく、さながらあいさつのように軽くこう言った。
「だって、そっちのほうがおもしろそうじゃん」
対するサリナは、目を丸くしたまま言葉を返せない。
透子は腰に両手を当てたまま、しばし無音と空気と風を楽しんだ。
これが私の性格だ。
――だって学校で毎日えんえんと呪いのように続く日常よりは。
ぜったいおもしろそうだったから。
きっと、私が異世界にきたのは偶然なんかじゃなくて、必然だった。
神様からのプレゼントだったのだろうな、と彼女は思った。