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5/5  作者: 人牛
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楽園

第二章「4/5」は四番目線、密室の勝負の一年前から始まります。

§四番§


 ――一年前、密室から遠い街の外れにある洋館にて。

「君達はこれで解雇だ。今まで本当に良くやってくれた」

 解雇という言葉とは裏腹に、そう言葉を投げかけてきた御主人様は非常に優しかった。それもそのはず、この解雇は何も能力不足や失態が理由なものではないからだ。

「御主人様、今までありがとうございました」

 私は御主人様に深く頭を垂れる。この館で働き始めて二年、泣いた事もあったけど笑った事の方が多かった。皆優しく、本当の家族のようだったと言っても過言ではないし、事実私はそう思っている。

「――さんも、今までありがとうございました」

 私は自身の隣に立つ男性にも頭を垂れる。これに対して隣の男性も頭を下げたのを感じた。私は相手が頭を上げるのを待ってから頭を上げる。目線の先には、一回り年上の青年。

「こちらこそ今までありがとう」

 青年は少し照れたようにお礼を返した。この館では、使用人は基本的に二人一組で動く。この青年は私の相方だった。御主人様を含めた皆が家族のようだったとするならば、この青年はその中でも特に仲の良い兄のようだったと私は思っている……相手も思っていてくれたら、嬉しい。

「荷物、纏めてあるか?」

 御主人様が私達に問う。それは事務的な質問ではなく、なんとなく会話を繋いだものであると私は察した。

「はい。昨日の内に」

 隣の青年がそう返す。私もそうであったので、続いて「私も昨日の内に」と返す。

 この館を辞めるのは私達だけではない。他の使用人全員だ。何でも、御主人様は今手掛けている仕事を止めて旅に出るとか。この件に関しては私は情報をあまり得ていない。御主人様は多くを語らなかったし、立場として私も多くを深く尋ねられなかった。他の使用人の幾人かは事情を知っていたようだが、私へ語ることはなかった。それが、少し寂しかった。

「今までの給与と今回の解雇の手当は既に渡してある通りだ。えっと、お前はこれから……」

「街の宿屋で働きます。既に向こうの主人とは話がついていますから」

 青年が明るく答える。この館を後にする皆はそれぞれ別の道を選ぶことになる。ある者は御主人様の様に旅に出る。ある者は溜めた賃金でゆっくり余生を過ごす。またあるものはここで培ったものや経験を活かして何処かで働く。

「お前は、確かまだだったよな」

 御主人様の質問に私は困ったような笑みを浮かべる。この解雇は細かい日程は決まっていなかったものの、一月程前には言われていた。その際、きちんと御主人様からその後の身の振り方も決定するように言われていたのだ。

「お恥ずかしい話、そうです。とりあえずはまだお金に余裕がありますし、街に行って仕事を探そうかと思います」

 御主人様は複雑そうな顔をする。

「私が何か手配出来れば良かったんだが……」

「ご心配無用です。大丈夫です」

 御主人様が眉根を上げるのを私は見逃さなかった。

「成る程、今後は決まっているな? もしや」

 御主人様は隣の青年へと目を向ける。

「……挙式はいつだ?」

 そう予想するか、御主人様!

「「違います」」

 二人して返答が被った事に驚いて隣の青年を見る。そして恥ずかしさで自身の頬が染まるのを感じた。

「ほう、違うか。なら少なからず今後は決まっているんだな。それで、それをお前も知っていると」

 隣の青年は言い淀むが、私はとうとう観念した。否、そもそも隠し通せるようなものではなかったのだ。本当に、それだけ私達皆は親しかった。本物の家族のようだった。

「旅に出るのです」

「何!?」

 御主人様に目に見える程の動揺。これは珍しい。御主人様は年若く、二十代である。だが感情的になる事は少なかったと記憶している。その御主人様が私の言葉一つに動揺するとは。私は少し面食らった。

「お前はまだ十代の半ば。それで今の時世に――」

「否! 良いのです」

 御主人様、いや、一人の男性の発言を遮る。その瞬間、嘗ての御主人様が確かに笑みを浮かべたのを私は見た。そう、これで良い。

「私は皆様の事を家族と思っていました。それは今でも変わりません。そして皆さんとはもう会うことはないでしょう。無論一人二人ならあり得るかもしれません。ですが半分以上は確実に会わない。それは、とても辛いのです」

「なら、皆を探すのか?」

「それもありますが、ただ単にこの地に留まれないのが一番です。この地には、楽しい思い出が多すぎます。そんな場所に、数人だけ残るって悲しいじゃないですか」

 この地域は私にとって聖域であり楽園である。だがその場所から皆が消えるなら、私はその寂しさに耐えられない。だから新天地を目指す。その場所で新しいものを探す。無論この場所は忘れない。生まれた場所は違えどもこの地域こそが私の故郷。この館こそが我が家――使用人として仕え、仲間と家族のように過ごした場所――なのだから。そうして同時に戻らない。記憶の中の楽園を、無人という現実で侵すわけにはいかない。思い出の中では皆がいて賑やかでなければいけないのだから。

「そうか」

 元御主人様は納得はしていなさそうに呟いた。

「私が兎角言う立場ではないか。だが、気を付けろよ。まだ若い一人旅だ。給与で幾らか金に余裕はあるだろうし、既に出来る事はした後だとは思うが」

 御主人様が言い切るのと同時に、部屋の扉が叩かれた。御主人様が招く声を上げる。扉を開けて入ってきたのは私の仲間、使用人が二人。二十代の男女だった。二人は入ってきたもののすぐには言葉を発さず私達を見た。私達の前では喋りづらい話題なのか。

「では、私達はこれで」

 頭を下げて御主人様の前から去る。予め大概の行事は終わらせてあるのだ。かといって使用人全員が同時に辞めるわけにはいかず、徐々に減らしていく。これで、私達は二度と……。

「待て」

 そう呼び止めたのは新しく入ってきた内の女性。女性は自身の相方の男性に目配せをして、男性は内容を察したのか頷いた。

「最後に話がある」

 そういって女性が私と私の相方を部屋から連れ出す。

「――は、旅に出るそうだな」

 先元御主人様に言われた時のように困った笑みを浮かべる。この事は私の相方を除いて誰にも打ち明けていなかった事だからだ。先程の話を外から聞いていたのだろう。

「はい」

「止めても止める気はないだろう?」

 頷く。この場所で一人待ち続けるのはきっと、それは私ではないと思う。

「ならこれを持っていけ」

 そう言って女性が差し出すのは一枚の銀貨。受け取ってまじまじと眺める。この国の通貨ではない。否、そもそも硬貨ではなさそうだ。模様と書かれている文字は……。

「あれ、これは!」

 私の驚きの声に、女性は得意そうに微かに笑った。この女性が笑うのも珍しい。

 硬貨にはこの館と一文が刻まれていた。

「私達からの餞別だ。この世にそうはない」

 そうはない、つまりこれは一枚ではなく複数枚存在している。きっと、これは旅立つ皆に渡されているのだろう。遠く離れていてもこの場所を、私達を忘れぬために。

「とても素敵です。ですが、これは相当な額に」

「何、それ程ではなかった。良ければ受け取ってくれないか」

 断る理由なぞなかった。私はうなずき、硬貨をハンカチで包んでポケットの中に入れた。これは形だ。嘗てここで私達が居たという形。思い出ではなく、確かな形。

「じゃあ、さようならだ」

 そう言って女性は御主人様が待つ部屋へと消えていった。少しぶっきらぼうだったのが最後まで彼女らしかった。彼女が去った後、私と青年は暫く女性が消えていった扉を見ていた。

「行きましょう」

 そう言って私は扉に背を向けた。この扉が決別として分かりやすい形だった。感傷深い別れなんて良い。

 ――この館を去るのが最後、どうか。

「そうだね」

 隣に佇む青年が微笑む。

 ――笑顔でありますように。

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