自由
第一章「5/5」はこれにて終了。
一部残酷描写もございます。
「じゃあ、始めようか」
「待って」
制止の言葉をかけたのは年長の少女であった。
「細かいルールを聞かせて。順番決めや発砲しても死ななかった場合、その他も」
初めは実に冷静で冷徹な人間だと思ったが、後半になるにつれやや早口になったのを鑑みるに少し躍起になっているようだった。勝利に。
「順番は希望者から。どうしても被ったなら籤を用意してあるからそれで決めて欲しい。次に、弾丸が発射されたものの、それが脳髄を破壊せず生きていた場合、もしくは意図的に関係ないところで発砲等、引き金を引き弾丸が発射されたのにも関わらず人が死ななかった場合は、弾数合わせの為に」
言いながらスーツの胸元に手を伸ばす。服の中にもう一丁忍ばせてあった回転式拳銃を取り出す。
「これを使う。勿論これは君達が私を襲ってきた際の護身用でもある。まぁ君達が私を殺害したところで扉につけられたナンバーキーは外せない」
五人が入口の方へ顔を向けた。連なるナンバーキーは少女達の細腕で壊せるものではないし、拳銃を使って壊すにしても数が多くて難しい。一番は天井を眺めた。小さな天窓は高くにあり、肩車程度では全く届かない。
「それに、仮に私を脅して鍵を開けさせ自由を得たところで、どうなる? 君達は勝って賞金と仮住まいを得なければ容易に死ぬぞ。自由はお前達を守らない。自由だけでは生き残れない事を君達は十二分に痛い程理解しているとは思うが」
そこである。彼女達は皆が皆生まれきっての奴隷や娼婦では勿論ない。裏切りだとか詐欺、誘拐でそうなっただけなのだ。私の言うところの自由、つまり誰かの隷下ではないという事は、とどのつまり誰からも保護されないという事だ。親や保護者、親友から一度こっ酷く裏切られた人間が元のように戻れるわけがない。故に、勝利報酬の金は何も贅沢に使う金ではない。自らを守り生き抜くための軍資金に他ならない。
「時間制限はない。が余りに長すぎて脱水症状などを起こす人間が現れても困るし、君達も小便などを垂れ流しにしたくはないだろう? 現実的な時間で引き金を引くように」
「それで、貴方は何がしたいの?」
意外な事に、その言葉を発したのは今まで黙っていた五番だった。薄目のまま、こちらではない方向を見ながらも的を射た質問だった。
「純粋な賭け事だよ。私も君達と立場は変わらない。このゲームの役者の一人でしかない。君達の誰が勝つのか、それが賭けられている。それだけさ」
「遊戯? そんな事の為に私達は命を掛けるの?」
三番の少女が神経質そうに声を上げる。
「今はそれが重要なことかい? 勝てば君達はお金を手にして自由になれる。この部屋は密室だから生き残るプロセスも知られることはない。ただ生き残ればいい」
三番は悔しそうに下唇を噛むがそれ以上言葉を発することはなかった。
「質問は以上かい」
「最後に一つ」
それを尋ねるのは一番。どうぞと彼女に答える。
「貴方は何番目の人間が助かるか、知っているの?」
私はその質問に声は出さなかったものの、確かに目尻と口角を上げて笑った。
「少し詳しい者には分かるだろうが、回転式拳銃は何処に弾が入っているか視認が出来る。四番がさっき言ったロシアンルーレットの場合はダミーカートが入っていて見た目ではわからないけどね。さて、先の質問に対する答えは、これでどうだい?」
言いながら私は回転式拳銃の弾倉を横に振り出し、勢いよく回転させる。よく手入れされた弾倉は然程の抵抗もなく何周も回る。少女達に意識的に決めているのではないとアピールするため勢いが緩まる程の回転をするのを待ち、止まる前に弾倉を戻す。
一番は一瞬驚いた顔をして、その後僅かに眉間に皺を寄せた。
「さて、本当に始めようか。最後に繰り返させて貰うけど、一人だけが助かる、そして一人毎で回転を挟まないという特性上、既に装填された分の人間が死ぬことは揺るがない。つまり、この勝負から降りる事は出来ない。いいね?」
無言。痛いほどの無言。わかっているというその、甘い甘い認識。
「例え泣き喚き頭を垂れて命乞いをしても、死ぬ人間がいる以上それは認められないから心しておくように。では、始めよう。誰が初めに引き金を引く?」
手を上げたのは二番。年齢は一番よりやや若く、豊満な体であった。
「私が引く」
近づいて右手を差し出してくる二番に震えはない。真っ直ぐとこちらを見つめる目線に迷いはない。勇気がある。同時に、蛮勇である。失う物がない、自棄の勇気。だが確かに利口な判断だと私は評価する。次以降、このような態度で拳銃を受け取ろうとする人間はいないだろう。
「拳銃を握った経験は?」
首を振る二番。若い女が使うことはない品物であるので当然と言えた。
「喉に向けるまで引き金に指をかけるな。グリップを掴み喉に向け、私の合図で引き金に指をかけて引け」
言い切ってから撃鉄を上げ、グリップを相手に向けて渡す。言われたとおり、二番はグリップだけを握り銃をまじまじと眺めた。間近では初めて見るだろう。艶消しされた銀色の重い金属の兵器。持ちやすさと扱いやすさをを考慮しグリップは滑り止め処理のされた木製。更に銃身は短く、撃鉄もその殆どがフレーム内にあるシングル及びダブルアクションどちらも取れるものだ。傷も殆ど無く丁寧に整備してきたので余分な油や埃もついていない。ともすればそれは小綺麗な部屋飾りの一つか、或いは金物屋で売っていそうな工具であるかのようだった。
「二番以外の諸君、見るのも結構だが、見ないことも一つの手だぞ」
予め忠告しておく。弾丸が発射されれば速やかに二番は死ぬ。その速度たるや瞬きをすれば弾丸が脳髄を貫き後頭部から突き抜け壁にめり込むのを見逃す程。何せ弾丸は音速と同速なのだから。
「戻れる、戻れる」
小さく二番が呟く。恐らく今まで相当に虐げられて来たのだろう。故に誰よりも先に手を挙げる。勝利を追いかけるより、自分以外の誰かが自分より先に助かることが許せない故の選択。嘗ての二番を思い出す。眼の焦点を中々合わせず日がな一日椅子かベッドにいる彼女を。今彼女を動かしているのは高等な感情ではない。擦れ切れかかった心に僅かに残った嘗ての自由であった時の記憶を追っているのだ。故に、彼女は呟く。「戻る」と。
しかし、彼女の事を売ったのは親と昨日僅かながらに聞いた今ならわかる。もし二番が勝利したとしても、得た金と自由では嘗ての様に戻れないと。そこにあるのは自由という名の孤独と虚無感ではないだろうか。しかし、考えるだけでこれらの事を口には出さない。結局勝負をしなければ彼女は金すらなく孤独に死ぬしかあらず、勝負で勝たなければ死ぬのだから。
「銃口を口に咥えて」
私がそう言ってから、二番はふと微かに笑った。そして小さな声で確かに「無理に決まってる」と呟いた。
「せめて、自由に」
二番はそう言ってから、私に言われてた通り二番は口に真っ直ぐ銃口を入れる。
この指示に理由は幾つかある。一般に拳銃で自殺する際こめかみに当てると思われがちであるが、確実であるのは口に咥え軟口蓋から脳髄を撃ちぬく方法である。こめかみに撃った場合、不安定故に引き金を引いた際の入射角の傾き、更に頭蓋骨があるため脳の深部に弾丸が到達しないことがある。その場合死に至る事が出来ず良くて卒倒、悪いと痛みでのたうち回ることになるのだ。だが口内から撃つ場合は口腔により狙いが比較的安定し、更に骨がなく速度を保ったまま脳髄を破壊することが出来る。
後は見た目の問題であろう。威力に優れる弾丸ではないが、それでも万一頭蓋が割れたり眼球が飛び出れば他の少女達は正気ではいられないだろう。
「さぁ、引こう」
今になり二番の手が震えるのが分かった。だが、それでも二番は手に力を込める。引き金を引きやすいよう撃鉄を上げてあるがそれでも引き金を引くには一定の力が必要であるし、同時に力んでも仕方がない状況であった。
徐々に引き金を引いていき、そうして撃鉄が下りる。
轟音がその場を支配した。耳が痛くなる程の音の反響で液体が床に飛び散る音は耳で聞き取ることは叶わなかった。
一つ、驚くべき点があるとすれば轟音の反響がなくなるまで、二番は立ち続けた事だ。そして反響が止んだ頃、後ろ向きに倒れた。即死しているため、受け身も取らず、足と体を伸ばしたまま地面に強かと後頭部を叩きつけた。
そのなんとも言えない音は、少女達に絶叫を生ませるのに十分な程に気味が悪かった。