プロローグ
5/5はモノローグは第三者目線、本編は三人称主観目線で展開します。
ルピは特段難しい漢字も読み方が複数あるようなものもないので振っておりません(正直に言えばその作業が辛かったです)
物語は全編投稿するわけではなく、最終章は現在載せるつもりはございません。
「さあ二番、勝負の時だ」
仕立ての良い背広を来た二十歳程の青年がそう言う。言われたのは一人の女性。年齢は二十を目前とした程度。声をかけた青年よりやや下と見えた。
「二番、勝てば君は自由だ」
二番と呼ばれた女性は目を見開いた。それは、二番が嘗て失ったものだったから。
二番はつい先日まで娼婦だった。一年と半年くらい。それが二番が知り得ている娼館で過ごした大まかな期間だった。二番は自身の生活となっている娼婦としての記憶は常に酷く曖昧だ。故に季節の把握も上手くできていなかった。ただ、ある寒い日に娼館へ連れてこられ、それから春を二度経験し、そして今暑い、それだけの事は把握していた。
世情にも疎かった。国の頭が変わったとしても、権力者が置き換わっても、戦争が起きても、何一つ彼女は知り得ていなかった。事件や天災を初め流行も知ることはなく、時にはその日の天気すら彼女の把握の外にあった。理由は簡単で単純明快だった。そうでなければ彼女は耐えられなかったのだ。
二番は女性らしかった。とは言っても何も空前絶後の美人であるとか、絶世の美女であるとか、そういうものではなかった。ただ、彼女の知り合いに、自身の知り得るところの一番の美人はと問えば彼女と返し、待ち行く男も彼女を見れば目で追うくらいの美しさだった。また、女性らしいとは言っても艶やかな髪と端正な顔だけの話ではなかった。その体つきも女性らしさの象徴と云えた。細く美しいという体型ではなかったが、艶やかで豊満な姿は彼女の大きな魅力の一つだった。二番自身、それが自分の武器であると良く理解していたため彼女に虜とされた男達は数知れなかった。
二番の出身は特に特出したところはない。そこそこ美人な女性とそこそこ整った顔の男性の間の子。莫大な資産があったわけでも強力な人脈があったわけでもない。そういう人間はどちらかと言えば彼女に夢中になった男達であった。金、権力を持ち合わせた人間達からすれば二番は下賎の人々の内に現れた女神と言えた。男たちも初めは軽かった。金をちらつかせれば簡単に物にできると思ったのだ。だが二番はそこで自身の武器を最大まで活かす事にした。肉体を許すことなかったが同時に気がある振りをし続けたのだ。そうして待った。最大最良の条件を提示する男が現れることを。
彼女の作戦は中々上手くいかなかった。確かに彼女は美人であるし肉体的にも魅力的だが、だからといって大金を注ぐ程のことかと問われれば男たちは悩まずを得なかった。そういう意味では彼女はただの美人だった。金を気にせずに湯水が如く使えるような人間からは相手にされず、同時に愛した女に身なり構わず全てを注ぐような男にも見向きはされなかったのだ。
二番はしびれを切らす事なく待った。生涯安泰、一生遊んで暮らせるような人間と結婚し楽な人生を暮らしたかった。同時に思っていたのだ。自身は既に金持ちだと。周りにいるような金もない人間達とは違うのだと。二番はいつの間にか心を肥大化させ腐らせた。
そうして心が腐ったのは何も二番だけではなかった。彼女の親もだった。そして先にしびれを切らす事になるのも彼女の親だった。ちらつかされる金は両親が普段もらう賃金の何倍もあった。同時に定期的に男たちが寄越す気持ちという名の金が両親の焦りを加速させた。
彼女の居ないところで彼女が男たちの内一人の元へ行くことが決まり、彼女の居ないところでその御礼として両親は多額の金を得て、彼女の意思がないまま実家を追い出され虜にしていた男の家へ転がり込む事となった頃には、二番は自分の愚かさを呪うようになった。
そうして彼女の両親が彼女を裏切ってから今日まで彼女が自分自身の意思で行動したことはなかった。
男は資産家だった。故に家事や仕事につく必要性は二番になかった。後から思えばそれが無かったからこそ二番はここまで何もかもに無頓着になる事となるわけだが。
彼女に趣味はなく、技術もなかった。それは愛人として別段困るところではなかったが、男が初めに驚く事になるのは二番が男に反抗した事だ。同意のないまま実質的には金で売られたとなれば当然と言えた。だが男としては高額で買った女なのだ。利用しないという選択肢はなかった。それに、二番の反抗した態度によって男はより一層燃えた。
そうして、二番は男の相手をするようになった。それは倒錯していた。彼女の知りえるところの普通ではなく、同時に彼女が持っていた、愛だとか絆だとかそんな子供の夢のようなものは一切なく、二番の感情を踏みにじり人格を認めず時には人間らしさすら否定した。
二番は逃げられなかった。それは肉体的にもそうだが精神的にも。趣味はなく、今までの人生は肌や毛の手入れで使われてきたのだ。今や肌の手入れをしたところで、見るのは二番を買った男のみ。ならばその行為、何の意味があるだろうか。いつしか二番の髪は痛み肌に滲みが出来た。それを、男は許せなかった。男の中で二番は天使か女神だったのだ。気高く誇り高くなければならず、隙があっては駄目だった。何故なら未だ屈せぬ二番を自身の手で汚すことに喜びを感じていたのだから。
だから二番は用済みとなった。体つきが良くても、顔が整っていても、それが普通の人間であるならば男に然程の価値はないのだ。男は彼女を買った金の一部でも回収するため、二番を娼館へ売った。
それが一年前と半年前。そして売られた先では彼女の豊満な体は武器から最悪の重しへと変わる。初めの頃は反抗的な態度も取ったし腸が煮えくりかえる事もあったが、それはやがて無気力に変わった。常々死にたいと思うようになったのが一年前。その頃既に二番は自身で何かをやるという感情を無くした。ただ目の前のモノによって適正な行動をする人形へと変わった。食事があればそれを食い、何かを問われれば思うがままに答え、客が来ればその相手をした。
そうしてそのまますり減った。人格だとか心とか言われるものを。そうしてつい先日とうとう客をもてなすということが出来なくなった。だから彼女は売られた。処分品。云うなれば人形。家事も出来ず仕事も出来ず満足な受け答えも出来ずただそこにあるだけ。
それを更に値引いて買うものがいた。仕立ての良い背広を着た青年だった。悲しいことに、その背広は青年に似合っていなかったが。
買われた二番は数日間小さな宿で過ごす事となる。二番にとってこの数日は劇的だった。彼女にとっては劇薬にも等しかった。彼女はこの二年近く不器用な男には殆ど会ったことがなかった。二番を口説き落とす為に来る男たちは皆何度も甘美な言葉を呟いた。それは今まで同様なことをしてきたからに違いなかったし、娼館へ来てからは欲望というこれまたわかりやすいものしか向けられていない。二番は気づけば男性を一切信用しなくなっていた。逆に年若い女はある程度信用した。同類がいたし、年若い故にその不器用さも信頼できた。
青年は数日二番の世話をした。もちろんその間肉体関係なぞなかった。どちらかと言えば気遣っていた。しかし二番との距離を図りかね不器用だった。元々不器用な性格なのかもしれなかったが、それが二番には酷く新鮮だった。いつからか言葉を交わし、最低限の受け答えは出来るようになっていた。
そうして今日、二番は青年に連れられ部屋を出る。両手を麻縄で縛られ反抗されないように連れだされた先は、二番が止まっていた宿から少し歩いたところにある四角い建物だった。扉には鍵が掛けられており、青年は鍵でその扉を開けた。
「どうぞ」
両手に縄をかけてどうぞも何もないだろう、そんな事を思えるほど二番は感情豊かでは既になかった。ただ彼女は言われた通りに中に入る。そして彼女の背後で扉が閉まる音がした。
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