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巷で噂の中二病

作者: 彩斗

 日が傾き始めた河原で、一人のヤンキーが土手に座り込んでぼんやりと目の前を流れる川を見つめていた。先ほど両親に自分の出生の秘密を明かされ、柄にもなく打ちひしがれているところだった。

(あの秀才二人の間に産まれたにしては、出来が悪いとは思ってたけど……まさか本当だっただなんて……)

 金に染めあげたざんばらの髪を掻きあげて小さく溜息をつく。そこそこ名の知れた彼としては、こんな風に弱った姿を誰にも見せたくはなかった。

 だから、普段から人通りの少ないこの場所に来たのだが――

「やぁやぁ悩める不良学生よ!」

 ヤンキーの目の前に、その人物は現れた。

 蒸し暑い時期だというのに黒いローブを身にまとい、猫をモチーフにしたのであろう不気味なデザインの仮面をつけている。装飾がじゃらじゃらとついた木の棒を抱えており、ローブから覗く男子用の学生服は全国的に有名な進学校のものだった。

 よりによって一番見つかりたくない人物に出会ってしまい、ヤンキーは眉根を寄せて相手を睨みつける。

「なんでテメェがここにいるんだよ、中二病野郎」

「中二病野郎だなんて、失礼な呼び方しないでいただきたいね。この僕こそ、七つの大罪の一つにして怠惰をつかさどるベルフェゴールに魅入られし堕天使の卵、フェザーノートだ!」

「テメェの呼び方なんかどうでもいいんだよ! いいから俺の質問に答えろ!!」

 凄みを利かせて言うと、中二病少年はやれやれと肩をすくめて杖を抱えなおした。

「何故と言われても、僕の方が最初にこの河原にいたんだ。君がふらふらとやってきてそこに座って、溜息をつくものだからここに住む精霊たちが気味悪がっているのさ」

「……お前、そんなに前からここにいたのかよ」

「それで? 君は何をしにここに来たんだい? 早々に立ち去ってくれないと、僕の左目に宿る邪眼の妖気が解き放たれてしまうんだけど」

 仮面の上から左目の辺りを押さえながら、中二病少年はヤンキーの方を見上げる。土手の造りで少し下り坂になっているせいで、ヤンキーと中二病少年の身長差は平坦な場所で比べたときのそれよりも大きくなっている。

「テメェには関係ねぇだろ。お前こそ、目が痛ぇならさっさと帰って目薬させや」

「さては天涯孤独の身になって、行き場所がなくなってここに来たとか?」

 ――図星だった。

 ヤンキーが黙り込むのを見て、中二病少年は「おや?」と首を傾げる。

「当たってしまったか、魔族の囁きは本当だったんだな」

「…………」

「何をそんなに落ち込んでいるんだい? 僕にとってはとってもうらやましいことだよ! 天涯孤独になればいち早く堕天使として孵化できるというのに、僕には忌々しいことに両親も兄弟もいる……あいつらさえいなければ僕は容易に――」

「ふざけたこと抜かすんじゃねぇ!!」

 大声で怒鳴られ、中二病少年はびくりと身を縮こまらせる。その拍子に抱えられていた杖が支えをなくし、地面に倒れてじゃらっと派手な音を立てた。そんなことはお構いなしに、ヤンキーは肩で息をしながらさらにまくし立てた。

「一番信頼していた親に、『お前は本当の子じゃない』って言われたときの気持ちなんて分かるものか!!」

「あ……えっと…………」

「進学校に行けるほど金持ちの家で、本当の親に大事に育ててもらって、本当の兄弟と仲良く過ごしてきただろうテメェには、そのありがたみが分からねぇんだよ!!」

 吐き捨て、ヤンキーは踵を返してその場を後にしようとする。中二病少年は落とした杖には目もくれず、ヤンキーを追って坂道を登ってきた。

「待って…………きゃあっ!」

「……きゃあ?」

 男子にしては可愛らしい悲鳴に、ヤンキーは違和感を覚えて振り返る。坂道に倒れる中二病少年の近くに歩み寄り、落ちていた猫仮面を拾い上げ――目を丸くした。

 目の前で倒れていたのは、幼さがまだ少し抜けていない少女だったのだ。髪が短いように見えたのはローブの襟のせいで、長い髪を一本の三つ編みにしてローブの中に隠していた。少女は体を起こすと、ヤンキーの手から猫仮面をひったくって顔に持っていく。

「テメェ……女、だったのか」

 中二病少年――否、少女は目元だけを覗かせてこくりと頷く。それからヤンキーのほうをじっと見つめ、おそるおそるといった風に口を開く。

「さっきは、あんなこと言って、ごめんなさい」

「お、おう……」

「それと、この制服、お兄ちゃんが昔使ってたやつで……私は、あなたと同じ、学校の生徒、なの……」

 さらに少女は、ここに来る途中で思いつめた顔をしながら歩くヤンキーを見つけ、心配になって追いかけてきたのだという。ぽつりぽつりと明かされていく真実に、ヤンキーの眉間に刻まれていたしわが少しずつ消えていった。

「あ、あの……許して、くれますか?」

 涙目になりながら、少女は上目遣いでヤンキーを見上げる。小さく頷いてから、ヤンキーは少女の手を取ると真顔で口を開いた。

「その代わりといってはあれだけど……テメェに一目惚れした。俺と付き合ってくれないか?」


 それから数日後。

 巷で噂の中二病少年の隣には、近所で有名なヤンキーが並ぶようになったという。


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