08話 魔物のお姉さん
お姉さんが指を真っ直ぐに揃えて手を俺に向ける。長く伸びた鋭い爪で俺を刺し殺す気だ。
「ほらっ! 死になさい!」
「んっ」
お姉さんが踏み込んでくる。手で突きを繰り返して俺を狙ってくる。
俺はフルンで防ごうとするが暗闇でお姉さんの手は全然見えない。後ろに下がりまくりながら必死に躱す。
そして反撃!
「おりゃ!」
俺は思いっきりフルンを振るった。お姉さんの付き伸ばした腕をフルンの刃が偶然捉えた。
「ギャッ!」
お姉さんの左手首から先がフルンによって切断される。
「ぐっ、よくもやってくれたわね。これだからガキと女は嫌いなよ!!」
そう言うとお姉さんはローブを脱ぎ捨てる。そこには素っ裸のお姉さんの体が……。いや毛むくじゃらの天然素材の服を来ているお姉さんがいた。
黒い毛が生えているのは目の周りに腕、首、胸周りそして胸から腰に向かって真ん中に縦筋の毛が伸び、腰と太ももから下も全て黒い毛に覆われている。
ちょっとセクシーな魔物だな。
まあ俺はフルン一筋で毛むくじゃらのお姉さんなんかに興味はない。ただちょっと毛がふわふわしてて撫でてみたいかも……。
「って! 今はそれどころじゃねえ!!」
魔物のお姉さんは全体的に黒い部分が増えたため動きが掴みにくい。
ヒュッ!
風を切る音が背後でした。
もう俺はお姉さんの姿を完全に見失っている。背後からした風切り音。それに全てを賭ける!
「うおおっ!」
後ろに向かって思いっきりフルンを振るった。
しかし大きく空ぶった。何の手応えもない。
あっ、これ死んだかも。
(主様! 上です)
「!!」
フルンの声に従い俺は剣を上に向けて振り回す。
「ギャッ!」
今度はフルンに手応えがある。俺はそのままフルンを振り切った。
ドサッ! ドサッ!
何かが落ちる音が二度した。
そこに松明を照らしてみる。
「ぐぎぎ……」
そこには上半身と下半身に分かれたお姉さんの姿が。
「やった。助かったよフルン」
(いえ。全て主様のお力です。私の主様)
ふー、ホント死ぬかと思った。
「ぐっ、この私がこんなガキに……」
「うおっ! まだ生きてんのかよ。ゴキブリ並みの生命力だな」
「ぐふっ、これでも私はバンパイアだぞ。人間のガキなんかにそう簡単に殺されてたまるか」
お姉さんは上半身を腕で起こそうとしている。
「うおっ! させるかよ!」
俺は弱ったゴキブリに止めを刺すようにフルンの側面でお姉さんの頭を叩く。
「のぉぉぉ!」
お姉さんは頭を抑えて体を横に振る。
「しぶといお姉さんだ。気持ち悪いけど頭を縦切りにすれば死ぬかな?」
俺は剣を振り上げお姉さんに迫る。
それを見てお姉さんの顔が青くなる。
「ちょっ! 待って! 殺さないで!!」
お姉さんは必死に後ずさりしながら命乞いをする。
「助けてくれたらなんでもするわ。坊やの言うことは何でも聞いてあげちゃう。もう人間を襲うのもやめるわ。これからは平穏に静かに人知れず暮らしていくから命だけは助けて」
うわー、良く喋るお姉さんだな。こういうのって大抵見逃すと後ろから「馬鹿め!」とか言って襲ってくるんだよね。
「バンパイアって人間の血を吸う生き物でしょ。お姉さん血を飲まずに生きていけるの?」
「へ、平気! お姉さんは平気なの! バンパイアでも低級だから他の魔物の血でも充分生きていけるのよ!」
「うーん。でもお姉さんのこと信じられないから却下で」
俺は剣をお姉さんに向ける。
「あー!! 分かったわ! 坊やを人里まで案内するわ! それならどう?」
「うーん……」
確かに道案内がいないと不安だな。いつまでもこんな森にいてまたバンパイアに襲われたら危ないし。
「分かった。じゃあ案内してもらおうか」
「ホント! ありがとう坊や。それじゃあちょっと待ってね」
「?」
お姉さんは器用に両腕で起き上がり、腕を足替わりにして自分の下半身が倒れている方に移動する。
「ちょっと待った! 何してんの!?」
俺はフルンを構えてお姉さんの下半身の前に立ち塞ぐ。
「え? 体を元に治そうとだけど? バンパイアは生命力が高い不死系の魔物だから体を切り離されても傷口の切断目をつなげればすぐに治るのよ。ほらっ、坊やに切られたこの手も治っているでしょう」
確かに。切ったはずの手が元通りになっている。戦闘中に拾って治していたのか。
だが今重要なのはそこではない。
「生命力が高いのなら下半身をくっつける必要はないだろ。そのままで案内しろ!」
「なにいってんのー!!」
「当たり前だろ。また襲われたら堪らないからな」
「そんなこと言って私のこのか弱い腕で人里まで移動できると思っているの? ここからどれだけ離れていると思っているのよ! それにこんな所に私の下半身を置いていける訳が無いでしょう! 魔物に食われたらどうするのよ!」
あー、うるさい魔物だな。本当に魔物なのか? 人間みたいにお喋りだぞ。
「じゃあどうすればいいんだよ。俺はお前なんか全く信用していないから。俺を信用させる事ができないのなら殺すだけだ」
「うっ、ガキのくせになんて冷酷なの。分かったわ。それなら……」
俺はバンパイアに道を案内させた。
俺の前をバンパイアがゆっくりと歩く。
ただし俺の前を歩くバンパイアには両腕がない。
バンパイアと交渉して案内は終わるまでは両腕を俺に預けることにしたのだ。
バンパイアの両腕は蔦で縛って俺が引きずりながら運んでいる。
「なー、お前名前なんていうの?」
「……名前なんて持ってないわ。名前を持っているのは高位の魔物だけよ。私みたいな低級な魔物に名前なんて必要ないわ」
「ふーん、じゃあせっかくだし俺が名前つけてやろうか。俺勇者だし」
「またそれ? 最初の時にも言っていたわね。まあ坊やが強いのは認めるけど勇者ねー」
「むっ、信じてないな」
俺はフルンをバンパイアの背中に軽く突き刺す。
「いたたっ! 分かりました。信じます! 坊やは勇者です」
「その坊やがいらないんだよ。俺のことは勇者様と呼べ」
「はい。分かりました。勇者様!」
バンパイアは諦めたように俯いた。
「それで名前は何にしようかな。何か勇者のパーティーに加わった仲間の魔物に名付ける気分だな。お前が俺に忠誠を誓うなら格好良い名前にしてあげるよ」
「私は早く自由になりたいので遠慮しますわ」
即答かよ。
「じゃあデモコな。見かけバンパイアより悪魔みたいだし」
「バンパイアと悪魔を一緒にしないで欲しいわ。……まあ、それでいいわ」
「名前貰って本当は嬉しいんだろ。デモコ」
「……」
デモコは呆れた顔をしている。
おかしいな…こういうのは大抵感動して「仲間にしてください!」とお願いしてくる所だろ。