07話 森の中
俺は森に入るとすぐにあるものを発見した。
木の下に破れたローブとボロボロの布。その周りには骨が散らかっている。
あの魔術師の屍だ。
どうやら猪の魔物に吹き飛ばされたあとここで食われたらしい。
「お前は本当に何がしたかったんだよ」
俺は呆れるように魔術師の屍を見る。
この世界が厳しいのかコイツが間抜けなのか……後者っぽいな。
とはいえ知らぬ仲でもないし俺は猪の魔物の骨を持ってきてそれで地面に穴を掘り遺体を埋葬してやった。
その際に魔術師の持ち物を調べてみたがほとんど猪の魔物に壊されていて使えるものは投げナイフが1本に僅かに水の入った水袋。それとこの世界のお金の入った袋を貰っておいた。
魔術師の墓の前で一度だけ手を合わせて文句を言っておいた。
「よくもこんな世界に連れてきやがって。もしも死んだら呪ってやるからな」
俺はその辺に生えている赤い花を一本ちぎり墓に添えその場を後にした。
森を歩いているとすぐ動物の死体を発見した。馬の屍だ。これは魔術師がここまで乗ってきた馬だろう。この馬も猪の魔物の餌となったんだろう。
ひたすら森を歩いて見る。正直どっちに行けばいいとか分からないので勘で進んでいる。異世界と聞いていたが以外と木や植物は俺の世界のものと大差ない。
森を歩いていると魔物が現れた。
派手な色をしたキノコが目の前を歩いている。目はないが口には凶悪そうな牙がズラリと生え揃っている。
「おー、やっぱ異世界だ」
「きしゃぁぁぁ!」
キノコの魔物は問答無用で襲いかかってくる。
俺はフルンを鞘から抜きキノコの魔物に振り下ろした。
「!!」
一刀両断。
キノコの魔物を真っ二つにやっつけた。
「あの猪に比べたら超雑魚だな。これ経験値とか入んないのかな?」
俺は以外と余裕があった。正直初めてこの世界に来た頃の俺ならこのキノコ相手にも驚いたかもしれないが、洞穴で三日間過ごした俺はちょっとしたことでは動じない心を持った。
「フルン。こいつの血…というか汁とかも吸う?」
(はい。この魔物も私の血も私を強化させることが可能です。先程の一撃で必要な分の血液は吸収しましたのでキノコ類の魔物に対する有効性を獲得しました)
「そっか。こんなのでも吸収できるんだな」
俺はフルンを鞘にしまい再び歩き始める。
その後もキノコの魔物と数回戦闘になるが、フルンで簡単に倒していった。
余裕で勝てるので試しに魔法をキノコに撃ってみるとそこそこ威力のある火の玉を出すことができた。魔術師の魔法に比べれば劣るもののキノコの魔物ぐらいならそれで充分倒せた。ただ中にはしぶといのもいて火だるまになりながらも走り回り最後に断末魔を上げるという始末。それにはドン引きした。
なので、それ以降は魔法ではなくフルンを使って魔物を倒した。
それにしても体が小さくなったせいで服がダボダボ。動きにくくて大変だぜ。
でもこういう世界って布とか貴重そうだし、今来ている制服も故郷の忘れ形見的な物だから大切にした方がいいよな。
ああ、でも戦闘中ズボンがずり落ちそうになるのを片手で抑えながら戦うってちょっと恥ずかしい。
俺は結局動き難い服を我慢して森を歩き続けた。
「……やばいな」
日が暮れて夜になり周囲を暗闇が覆っていく。
まだ俺は森の中から出ることができずに彷徨っていた。
これカンペキ迷子じゃね?
「なあフルン。道とかって分からないか?」
(申し訳ありません。私は剣ですのでそういった事は……本当に申し訳ありません。私の主様)
「いや、いいよ! 別にそんな! フルンは全然悪くないからね。俺がダメなだけで」
フルンの落ち込む声を聞いて俺は失敗したと思った。必死にカバーしたがフルンがしょんぼりしているように見える。鞘にしまっているけど。
森は真っ暗になってきたので俺は身近に落ちてある木の枝を拾い魔法で火をつける。こういう時魔法は便利だぜ。
「はあぁ」
喉が渇いた。
魔法も教えてもらうのを火じゃなくて水にすればよかった。体も汗臭いしお風呂にも入りたい。靴のサイズも合わないから足痛い。
もう歩きたくないよー! うえーん!
見た目通りに生きていいのなら泣きじゃくるところだよ。
とぼとぼと下を向いて歩いている俺の横から女の人が声をかけてきた。
「坊や、迷子なの?」
顔を上げるとそこにはローブを着た中々美人なお姉さんがロウソクを手に持ち立っていた。年は俺と大して変わらないだろう。
「どうしたの? お父さんとお母さんは?」
「……」
俺は一瞬思考が停止したがすぐ返事をする。
「そ、そうなんです! 俺今迷子です! 急に異世界に召喚されちゃってそれで俺勇者らしいんですけど色々あって何か猪みたいな魔物に襲われたりして、それで……」
あれ? 何か頭がこんがらがってるな。落ち着け俺!
「ふふ、勇者? 坊やは面白いことを言うのね」
「あはは、本当に勇者なんですけど……まあ、いいや。それよりも道に迷ってしまってよろしければ町まで案内してもらえませんか?」
「ええ、構わないわよ」
「助かります!」
ホッ。これで町まで行ける。良かった人がいて。
(私の主様。気をつけてください目の前にいる女性は魔物です!)
「ええっ!!?」
おれは思わず声を上げた。
「どうしたの坊や? 急に声を出して。大丈夫?」
あれ、この女の人にはフルンの声は聞こえてないのか? やっぱりフルンは俺の幻聴!? いや! そんなことはない! フルンは俺の嫁! ノンフィクション! 実在する!!
「坊や?」
「ひっひっふー、ひっひっふー、ちょっと失礼。今精神を落ち着かせているので」
俺は呼吸を整えて心を落ち着かせる。
(フルン、フルン、応答せよ)
(はい。私の主様)
オッケー、オッケー。ちゃんとフルンと会話できる。
ふー、危ない。危うく精神が崩壊するところだったよ。フルンの声が聞こえないなんて愚かな女だなー全く! フルンたんは絶対存在してるんだぞ!
この女に聞こえないだけで僕にはちゃんと聞こえるんだお!
「まあ魔物だから所詮は低級な生き物なんでしょうけどね!」
「坊や。今なんて言ったの?」
……あっ。
いけね。つい口にしちゃった。
「坊や。もう一度聞くわね。今なんて言ったのかしら?」
お姉さんは笑顔で聞いてくるが声が真剣だ。
「あっ、いや……」
俺の防衛本能がサッと手をフルンへと伸ばした。
「……そう。どうやらバレちゃったみたいね」
その動作でお姉さんに気づかれたらしい。
お姉さんの表情がみるみる険しくなる。
これは来る!
お姉さんは俺に向けて手を伸ばしてくる。その手は早くて見えづらい。
「うおっ!」
俺は後方に飛びその手を躱した。
「おかしいわね。結構上手に人間のフリをできているつもりだったのだけど。どうして分かったのかしら、坊や?」
「お姉さん本当に魔物だったのかよ! こっちが驚きだよ。フルンがいなかったら美味しく食べられてた所だ。サンキューフルン!」
(いえ、それよりもお気を付け下さい。私の主様)
「フルン? 誰かしらそれは?」
「うおおぉっ!! 五月蝿いんだよ、ブス! 魔物なんかには俺の嫁の美しい声は聞こえないんだよ! でもな、フルンはちゃんといるんだからな!」
「何をそんなに怒っているのかしら? それよりもブス? 私に向かってブスとは人間のくせに言ってくれるじゃない!」
お姉さんの目の周りが黒くなる。よく見れば目の周りや腕には黒い毛が生えている。この暗闇の中では周囲と同化して見えにくい。
「正体を現したな魔物のお姉さんめ!」