06話 新たな体
洞穴からのこのこ出てきた獲物に魔物は襲いかかる。数日待った甲斐があるというものだ。彼らの狩りは追跡して相手を追い詰めて捕食するといったタイプだ。一度見つけた獲物は自慢の嗅覚でどんなに引き離されようと粘り強く追いかける。あくまで自分の縄張り内までだが彼らには脚力にも自信があった。
今回は獲物が洞穴に逃げ込み手が出せなかったが彼らの経験上水も食料も無い場所に追い詰められた相手は必ず飢えに耐えられず飛び出してくる。
自分たちは仲間と交代して獲物を見張り続ける。それだけでいい。
案の定今回も獲物は我慢に耐えかね飛び出し来た。
しかし魔物は違和感を覚える。窮鼠猫を噛むは大抵の獲物が取る行為なのでそれ程驚きはしない。だが今自分に向かってくる獲物は明らかに違う。あれはどこかで見覚えがある。
そうか。あれは……。
猪の魔物は獲物の表情を見て本能で察した。あれは自分たちの餌になる弱い生き物ではない。自分たちを餌にする捕食者だと。
猪の魔物は頭の中で最大音の危険を感じていたが既に遅かった。
獲物は自分の角による突撃を避け、懐に潜り込んで来たのだ。
次の瞬間。猪の魔物の首に銀の刃が食い込む。そして猪の魔物は命を落とした。この森を縄張りに君臨していた猪の魔物。種類の名はキングボア。
王の名を持つ希少な猪であった。
「はぐ! はぐっ!」
俺は今しがた仕留めた猪の魔物の雄に食らいついている。
腹を斬り赤い肉が見えた瞬間かぶりつかずにはいられなかった。
火で焼くこともせずそのまま頂く。超レア。
肉に齧り付きながら溢れ出る猪の魔物の血も啜った。
口の周りや手は血まみれになっている。
無我夢中で食らいつき、数十分後。事に猪の魔物を完食した。雄は牝よりも体格が小さいとは言えよく食べきったものだ。
残ったのは猪の魔物の骨と皮、それに内蔵。
それでもまだ食べ足りない感じがした。これは薬の副作用だろうか。
ふと我に返るとフルンを手に持っていないことに気がつく。慌てて周りを見ると足元に無造作に置いていた。
いけない。いけない。俺の嫁になんて失礼な事を。
すぐにフルンを手に取り謝った。
「ゴメンよ、フルン! つい我を見失って食事に夢中になってた」
(いえ、私のことなどお気になさらないで下さい。主様のお体の健康を維持することのほうが遥かに重要です)
「フルン……なんて健気な嫁なんだ」
俺はフルン両腕でギュッと抱きしめる。
それにしても体に何か違和感があるな。まだ辺りが薄暗くて良く分からないがもしかして……。
「ブゴォォォ!!!!」
「!」
後ろから急に猪の魔物の鳴き声がした。
「……ああ、もう一頭か」
現れたのは猪の魔物、その牝だ。
「……おかわりが来たか」
俺は舌ずりをして猪の魔物を見つめる。正直恐怖はあった。当然だ。魔術師を殺し、俺を洞穴に追い込んだ原因なのだからトラウマみたいな存在だ。
だがそれ故に恐怖よりも怒りと食欲が勝ったのだ。
こうして俺に恐怖を与えた存在は二頭ともこの世から消えた。
正確に俺の胃袋に収まったのだ。
二頭目の猪の魔物を食べ終える頃には朝日が登り辺りが照らされていた。
俺は猪の魔物だった屍を見てもう一度舌ずりをした。流石に腹は膨れていた、口の周りの血を舐めただけだ。
「ごちそうさま」
食事を終え俺はフルンを見た。今度は食事の最中も決して手放さずフルンを使って猪の魔物の肉を捌くのに使用した。
フルンが汚れないよう刃についた血を拭おうとした。
「ん?」
朝日の光で辺りが明るくなって気づいたけどフルンの刃が綺麗になっている!?
これは言葉通りだ。
フルンの刃は最初の頃はもっと見窄らしかったのだが今は美しく銀色の輝きを放ち艶もある。猪の魔物の肉を捌くのに使用したというのに血が一滴も付着していない。
「綺麗だ……」
俺は思わず見とれる。
これも勇者の力なのだろうか? しかし血も付着していないのはおかしい。
「フルン、どうして血が付いていないんだ?」
(私はフルンティング。魔物の血を吸うことで己を強化することができる魔法剣です。主様)
「そうなのか。道理で二頭目の魔物を狩るのが一頭目よりも楽だったわけだ。……じゃあたくさん魔物を倒して血を吸わせてやらないとな」
(勿体無いお言葉です。私の主様)
フルンの刀身が少しだけ白く輝く。
「いいんだよ、フルン。俺はお前を世界一の名剣にするんだから……ん?」
フルンの刀身がもう一度白く輝いた。
それにしても魔法剣か……。フルンって以外と貴重な剣なんじゃないのか?
俺と会話できるし。
フルンの刃を眺めていると俺は自分の異変に気づいた。
「え!?」
それはあまりにも大きな変化だった。俺は動揺した。
「体が縮んでいる!?」
そう。フルンの銀色の美しい刃が俺の姿を鏡のように写した。俺の姿は幼い子供になっていたのだ。
これは恐らく魔法薬によるものだろう。足を再生するのに俺の体の余分な部分を回したのだ。体全体が小さくなればその分の余った部分を足の再生に使える。
あの魔法薬はきっとそう言う物だったのだろう。
夜の間は暗くて分からなかったが薄々感づいてはいた。あの魔法薬による激痛の最中体に変化が起こっているのは明白だった。骨が軋み筋肉が圧縮されていく音がするとその分足の肉や骨が再生しているのを感じたからな。ただ精神状態が不安だったし激痛を乗り越えた後は対して気に求めていなかっただけだ。
それよりもショックなことは髪が真っ白になっていることだ。
これも魔法薬によるものなのか? それとも洞穴での不安定な精神状態が髪を白くさせたのか……。
ショックが大きい……。
昔は髪の色が変わったりしたら格好良いと思っていたが、いざ自分が白髪になっているとショックが大きい。
別に白髪になって見た目が悪くなったわけではない。むしろ髪も眉毛も睫毛も全て白くなっていて一瞬美少女……いや、美少年にも見える見た目になっていたのだから。
「マジかよ!」
って! 声も高っ!
それでも体は若いのに髪は白髪というのは俺の中ではやはり辛いものがある。
白髪は老人というのが自分の中で強いイメージがあるからなのだろうか…。
自分を見ているとショックが大きいのでフランを鞘に戻す。
「はー、今年齢にしたら8歳ぐらいか? 勇者って言っても信じてもらえるか怪しいぜ。とりあえず人のいる場所を探して…こんな森の中じゃまたいつ襲われるか分からないし」
俺が歩き始めるとフルンが話しかけてきた。
(私の主様。差し出がましいことですが意見を述べても構いませんか?)
「何だ? フルン」
(はい。先程の魔物の雄の骨についてなのですが)
「骨?」
(はい。あの頭部の骨は加工すれば上級の防具として使えます。ですがそのままの状態でも低級防具として頭部に装備可能です。是非私の主様の身を守るため利用されることを希望します)
「そっか……うん、使うことにするよ」
(ありがとうございます。私の主様)
俺は猪の魔物の屍に向かって歩き出す。そして頭部の骨を掴んで自分の頭に装着した。
「少し大きいけど……まあ悪くはないかな」
(似合っていますよ。私の主様)
「本当にー?」
俺は照れくさそうに笑った。どこかのバカップルみたいだ。
猪の魔物の骨に生えた金色の角を頭にかぶる少年。着ている服はブカブカで他人から見たら怪しい魔物と勘違いされそうだ。
こうして俺はフルンと供に人のいる街を探しに森を出るべく歩みだした。