05話 洞穴の外へ
もう死ぬ。多分限界だ。
夜が近くなる頃俺は自分の死が近づいてきていると感じた。
体がほとんど動かなくなってきている。力が入らない。フランを抱きしめていた腕が緩まる。
(フルン。俺死ぬみたいだ)
(……諦めないで。私の主様)
フルンが心配そうに俺に話しかける。
(死んではいけません。私の主様)
(でも…)
(諦めないで下さい。私の主様)
(……)
俺はフランの言葉に答えたくて生き残る術がないか考えた。
(……フルン。そういえば魔法薬があった。飲めば足が治るけど死ぬかもしれない薬)
(……)
(俺…飲むよ)
俺はズボンのポケットから魔法薬の小瓶を取り出した。足を治してここから逃げ延びてみせる。という考えだったがいざ魔法薬を見るとそれが液体だと認識した瞬間、喉の渇きを潤したいと理性がとびかける。
実際洞穴の中でも何度か魔法薬を飲むことを考えた。だが飲まなかった。死ぬかもしれないし、死なずに足が元に戻ったとしてあの猪の魔物から逃げることは不可能だと考えていたから。
でも、それも限界だ。俺は魔法薬を飲む前に最後の理性を振り絞りフルンに尋ねる。
(フルンには何か願いはあるか?)
(私の願いは主様の剣としてお仕えすることです)
(そうじゃなくて……俺の事以外で君の願いは何かないのか?)
(ありません。私は主様に仕え、主様のお役に立つ事こそが私の願い)
(……ありがとう。でもそれじゃあダメだ。俺は君に何かをしてあげたいんだ)
フルンは答えそうにないので俺が代わりに願いを考える。
愛するフルン。彼女(剣)のおかげで俺の心は救われた。幻聴かもしれないがそれでも今の俺にとってフルンは真実だ。彼女に何かしてあげたい…そうだ。
俺は一つの事を思いついた。
(フルン。俺は勇者なんだよな)
(はい)
(なら俺は君を……フルンを勇者の剣としてこの世界一名剣にしてみせる。それを今ここに誓うよ!)
(……私の主様)
フルンの声が震えていた。感動と喜び。そんな感情が俺にも感じることができた。これでいい。俺には強い生きる目的ができた。
必ずフルンを世界一の名剣にしてみせる。
そして俺は一気に魔法薬を飲み干した。
魔法薬を飲んで早速体に変化が現れる。
両足の先がムズムズしだした。
そして数秒後体中に激痛が走る。
「がっっ!!!!?」
体が痙攣したように反り返る。
「があああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!」
まだこんなに声が出せたのかというぐらい大きく俺は叫び声を上げた。
「ああああああああああああ!!」
激痛が体を襲い続ける。異常な痛みだ。この時俺はあの魔術師の言葉を理解した。
死ぬかもしれないリスク。それは間違いなくこの激痛に精神崩壊を起こさないかどうかということだ。肉体を治す薬。つまり肉体が死ぬことはない。死ぬとすればそれは精神がだ。
正直ヤバイ。俺の今のズタボロの精神状態ではこの激痛に耐えられそうもない。
俺はここで死ぬ!
(諦めないで! 私の主様!!)
フルンの声が聞こえた。
(……フ、フル…ン)
(頑張って、頑張って下さい。私の主様!!)
「ぐっ!」
俺は激痛に耐えながら歯を噛み締める。
まるで体に電流を流されているようだ。
だが意識を集中する。必ず生き残るために。
どれほど時間が経ったのだろうか。長い、とても長い時間が経ったと思う。
体を襲う激痛は一向に収まらない。
もしかしてまだ数秒しか経っていないのか? それとも数分?
できれば数時間は過ぎていると信じたい。
こっちはもう永遠とも思えるような苦痛を味わっているのだから。
(主様! 主様!)
途中何度もフルンの声が聞こえた。彼女はずっと俺に励ましの声を掛け続けてくれた。そのおかげで精神が崩壊することなく激痛に耐え続けることができている。
……フルン。
(主様! 私の主様!)
(……)
いつの間にか激痛は終わっていた。外は薄暗い。
「……はぁ、はぁ」
自分の呼吸が荒いことに気づく。
手を動かしてみる。
「ぐっ」
手を動かすと激痛が走った。だがさっきまでの痛みに比べれば平気だ。
俺は手で足に触れてみる。
(……ある)
俺の足は見事に生えていた。ただ大分細くなっているような気がしたがこの三日間飲まず食わずなのだ。仕方がないことだろう。
(主様! よく耐えられました。ああ、私の主様!)
フルンの声が聞こえた。
「ああ、フルン全て君のおかげだ」
俺は声にして言った。
(いえ、主様。そんなことはありません)
「フルン……ありがとう」
俺はフルンに心から感謝した。
ぐぎゅるるるるるぅぅ!
「!?」
何の音だ!?
俺は一瞬驚いたが、すぐに自分の腹がなった音だと気がついた。
物凄い飢餓を感じる。気が狂いそうな程の空腹。すぐに何かを口に入れねば。
「はぁ、はぁ」
俺は体を起こした。体中激痛が走ったが気にせず立ち上がる。片手にはフルンを握り締め。
外を見ると夜のようだったが少し明るさもある。全く見えない程ではない。
どうやらもうすぐ夜明けのようだ。つまり俺は一晩中あの激痛に耐えていたわけだ。あの魔術師ヤバイ薬を渡しやがって。ブッ殺す!
って、もう死んでるじゃん……。
俺はゆっくり足を踏み出した。
一歩一歩前進んでいく。
当然洞穴の外には猪の魔物が俺を食べようと待ち構えている。今は雄が見張り番のようだ。
俺は猪の魔物に対する恐怖は無くなっていた。
目の前にいる猪の魔物が俺の餌にしか見えなかった。
この時既に捕食者と被食者は決していたのだ。
「さあ食事の時間だ。フルン!」
(はい。主様のご意思の盡に)
俺はフルンを持つ手に強く力を入れて猪の魔物に向かって走り出した。