03話 俺は勇者らしい
ローブの男に引きずられ俺は近くにある岩山まで運ばれそこに背をかけた。ローブの男は布でできた水筒を俺に渡した。
「まずは水でもどうぞ」
俺は水を一口だけ飲む。その間もローブの男から決して目を離さなかった。
「本当に治せるんだろうな」
俺は不安だった。
「ええ、勿論です!」
ローブの男は自慢げに懐から一つの小さな瓶を取り出した。透明な瓶の中には黄緑色の液体が入っている。
「魔法薬です。これを飲めば間違いなく両足も再生できます。ただ……」
「早くそれをくれ!」
俺は慌ててその瓶に手を伸ばした。半ば強引にローブの男から奪うようにその瓶を手にする。
「はいはい、分かりましたよ」
「これを飲めばいいんだな」
「ええ、ただ……」
「ただ?」
ローブの男の言葉に俺は薬を飲むのを躊躇する。既に俺の手に魔法薬はあるのだから説明を聞く余裕はあった。
「その、なんというか……完璧な魔法薬という訳でもありませんのでリスクも0ではない……です」
「リスク? 何だよそれ。詳しく説明しろ! 俺の足は元に戻るんだろ?」
俺はまた焦りが出てくる。それを察してローブの男は慌てて説明する。
「はい、確かに足は治せます。ただその副作用が少しあることと、その、万が一という程の事なのですが命の危険もあったりなかったり……とか」
「は? 命の危険!? そんな危険な薬なのかコレ!?」
「あっ! 勿論万が一ですし。それに城に行けばノーリスクで安心安全な魔法薬も手に入ります。ですから勇者様が今すぐに足を治さなければならい事情がないのでしたら、できれば城へ行くまで辛抱して頂けないでしょうか?」
ローブの男はごまをすりながら俺の機嫌を伺っている。
俺は魔法薬を見つめて考える。確かに両足を治しはしたいが命に危険があると知った今、いざこの魔法薬を飲むとするとどうにも手が止まる。
これは最悪の事態に置いとくとして、今はこの男に従ったほうがいいかもしれない。
「……分かった。ただ絶対に治してくれよ!」
「はい! それはもう必ず。僕としても両足がない勇者様では困りますので」
ローブの男の表情がパッと明るくなる。
「……その……さっきから俺の事勇者様って呼んでるけどさ、ここってやっぱあれなの? 俺の元いた世界とは別のファンタジー的な?」
「えーと、一応勇者様からすればここは異世界ということですね。そう言う認識で間違いはないと思います」
「マジで!? えー、そっか…」
俺は半信半疑というか自分はいま夢でも見ているんじゃないかと思っている。
だがこのリアリティは本当だ。本当に俺は異世界とやらに来てしまっているのだろうと理解した。けど俺が勇者か…。
「本当に俺が勇者なの? 人違いとかじゃなくて? 俺そんな凄いこと出来る人物とかじゃないと思うんだけど…本当に俺が勇者?」
「はい! 間違いなくあなたがこの世界を救う選ばれし勇者様です!!」
「……本当に?」
俺はまだ信じられずにいる。そりゃそうだ別に見た目も何も変化していないし溢れるパワーとかも感じてはいない。それに本当に勇者だったとしても元の世界に帰らせて欲しい。
こんないきなり両足を失う様な怪しい世界は御免だ。
ただ今それを言うと足を治して貰えないかもしれない。このフードの男の反応を見た限りじゃ簡単に帰して貰えそうにもない。ここは従うフリをして情報収集したほうがいいだろう。幸い俺は勇者みたいだし手厚く扱われるだろ。多分……。
「えーと、この世界って魔法とかある……でしょうか?」
「魔法ですか? 勿論ありますよ」
おー。なんとなく聞いてみたけどやっぱりあるのか魔法。
「俺も! 俺も使えるのかソレ?」
さすがに高校生にもなって「俺も魔法使えますか?」とは恥ずかしくて聞きづらい。
「勇者様が魔法ですか? ええ、まあ使えなくはないでしょうけど…」
「そっか、使えるのか魔法。あっ、なんか簡単な魔法とか教えてくれよ!」
使えるとなると俄然確かめたくなる。それでこの世界が本当に異世界かどうかも分かるしね。
「勇者様が魔法ですか……。それよりも勇者様は剣術による戦闘の方がよろしいかと思いますけど」
「いや、いいから何か魔法を見てみたいんだよ!」
「……分かりました。では一番簡単な火の初級魔術を」
ローブの男は近くにある岩の一つに手を向けて呪文を唱えた。俺がそれを真剣に凝視する。
「AAAAARA フィア!」
ローブの男が唸る様に呪文を唱えると手から火の玉が出現し岩に向かって飛んでいく。バレーボールサイズの火の玉が岩に当たると小さな爆発音と共に目標を破壊した。
「おおおおおお!! すげえ!」
俺は思わず興奮した。本当にローブの男は魔法を使ったのだ。これはある意味感動でもある。実際に魔法を見ると一瞬でハイテンションになれるな。
しかも呪文ももっと「偉大なる炎の精霊よ、我に力を与えたまえ、何とか、なんたら……」みたいな長ったらしく難しい呪文でもない。
これなら俺でも覚えられる。簡単じゃん。
俺はローブの男がやってみせたように自分も真似して呪文を唱えてみる。
「AAAAARA フィア!」
適当な場所に手を向けてローブの男が唱えた様に真似をすると、……あれ?
「……」
何も起こらない……。
そう思ったとき手から小さな火の玉が飛び出した。
小さい…それはもう、先程のローブの男が見せた火の玉に比べるとメッチャしょぼい。ビー玉サイズの火の玉だ。しかも出て一瞬で消えた。
「うおおおおおおお!」
だが俺は最高に嬉しかった!
こんなに嬉しいことは生まれてから初めてだ!! ぐらいの嬉しさレベルはある! とても弱く小さな魔法だったが俺にも魔法が使えたのだ。
俺は拳を握り締め天に向かって振り上げた。
「やったぁぁー!」
「流石勇者様。一目見ただけで威力は低いとは言え魔法を覚えるなんて。きっと訓練すれば高威力の魔法の習得も可能でしょう。ですが……」
出たよ。「ですが……」。この男は俺が魔法を使えたことにあまりいい顔をしないんだよな。
「魔法は訓練をすればどのような者でもある程度扱えるようになります。つまりこの世界魔術師はいくらいようとも勇者様はお一人なのです。分かりますか」
「んっ、まあ、でも俺はもっと魔法が使えるようになると嬉しい」
「必要ありません。魔法など使えずとも勇者様には特別な、特別で選ばれた崇高なお力がありますから魔法などは僕にお任せ下さい」
「うっ、けどさ」
ローブの男はやはり俺にあまり魔法を使わせたくは無いようだ。まあこの世界では魔法が当たり前にあるみたいだから態々異世界から呼び寄せた俺がそんなことに労力を費やすのは嫌なのだろう。
けど、やっぱりもっと魔法を覚えたい。
「勇者様、これを……」
「ん?」
ローブの男は俺に小さなナイフを一本渡した。
「これは?」
「魔物との戦闘用の投げナイフです」
「魔物……そっか、異世界だもんな。魔物もいるのか。それでこれで何を?」
「はい、文献によりますと勇者様はその特別な力により武器の性能を最高まで引き上げることができるのだとか。試しに木に向かって投げてみてください」
「ふーん」
武器が扱えるよりも魔法の方がすごいと思うのだが。
それにこの投げナイフをうまく扱えたとしてもたかが知れているのでは?
俺は武器を見てもピンと来なかったし、何か特別な力とやらが自分にあるとは思えなかった。が、まあ投げるだけ投げてみようと軽い気持ちで投げナイフを数メートル先にある木に向けて投げる。
両足がなくて踏ん張れないので本当に手投げだ。木に刺さるかどうかも怪しい。
ビュッ!
しかし投げナイフは俺の予想と反し、俺の手元を離れた瞬間拳銃の弾丸のごとく一瞬で的に命中した。その威力は凄まじくナイフの刃は全て木に減り込んでいた。
「え?」
俺は唖然とした。
隣でローブの男はさすが勇者様と小さく拍手する。
「どうです? 勇者様はこれでも魔法が必要だと?」
「……」
正直それでも魔法は覚えたいと思ったが。今は自分の力に唖然としていた。
ただ自分の筋力が物凄く上がったのかと思ったが別にそうではなく。試しに近くにある石を投げてみたが全然飛ばない。
武器の威力だけを上げているようだ。
「勇者様こちらもどうぞ」
「これは?」
「フルンティング。安物ですが勇者様を丸腰にしておくのも憚られますので是非受け取って下さい」
ローブの男が俺に剣を差し出す。
「フルティン!?」
なんか微妙な名前だな。ちょっとカッコ悪すぎだろ。
「フルンティングです」
「ああ、フルンティングね」
武器の名前に少し安心した。フルティンなんて武器は使いたくなし。
俺は鞘から剣を抜いてみる。第一印象は少しカッコ悪い。海賊の雑魚がよく使っている剣に似ている。カトラスというやつか。
刃は片側にしかなく少しさびた銀色という感じでいかにも安物と納得する。
「それでは城へ向かうと致しましょう。王や国民の全てが勇者様を歓迎する事でしょう」
「そこに行けば俺の足も治るんだよな?」
「はい! 勿論です」
「……分かった」
「では馬を連れてくるのでしばしお待ちを」
ローブの男は森へ駆けていく。
その時だった…。
「ごふっ!」
「え?」
ローブの男がフィギュアスケートのトリプルアクセルの様に回転しながら宙に舞い、口から血を吐いている光景を俺は見た。
突然だった。
森へ向かったローブの男の真横から巨大な猪の様な魔物が飛び出してきたのだ。
「ブヒィヒィー!」
ドスン! と鈍い音がしてローブの男が地面に叩きつけられる。
「え? え?」
俺はすぐにこれが超危険な状況なのだと理解した。
「ま、魔術師ぃぃぃ―!!」
俺は倒れているローブの男に向かって呼びかけた。
「……」
しかし返事はない。まるで屍のようだ。
って! 何いきなりやられてんだよ!!
まだ出会ったばかりで名前すら聞いてないのに!
「ブヒィヒー」
「!!」
しかし今はそれ所ではない。
あの猪のような魔物が俺をロックオンしたのだ。
やばい!! 早く逃げないと。
けど俺の足は無くなっていて走って逃げることはできない。俺は周囲を見渡した。どこかに逃げられる場所はないかと。
「!!」
見つけた。俺の数メートル先の岩壁に小さな洞穴がある。洞穴と言っても壁に亀裂が入ったただの穴に近い。が、今の俺が助かる有一の手段だ。
俺は腕を使って這いずるように。無い足を使って飛び跳ねるように無我夢中で洞穴に目掛けて逃げる。
「ブヒィィ!!」
猪みたいな魔物もそれを見て俺を追いかけてくる。
「はぁっ、はぁっ」
俺は死ぬ気で体を動かす。手でも足でもとにかく大地を強く蹴り洞穴めがけて猛ダッシュする。
地鳴りのような足音が真後ろまで迫ってきている。
ドオォォォン!!!!
巨大な猪の魔物が岩の壁に激突した。
「はぁはぁ!」
俺は何とか助かった。
猪の魔物は自分の体の巨大さ故にこの洞穴には入れず。鼻を洞穴に向けてこちらの臭いを嗅いだりしているだけだった。
放っておけばいずれどこかに行くだろうと俺は一先ず体をギリギリまで洞穴の奥に下げ呼吸を整えて平常心を保とうとした。
全く何なんだよ、この世界は! 滅茶苦茶危険じゃねえか!