表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

遍歴の騎士ランスロット ゼロ

掲載日:2026/07/21

『遍歴の騎士ランスロット・ゼロ』

〜五つの王国、五つの姫、剣と情の物語〜

第1期 前半(第1話〜第12話)


主人公:ランスロット・ゼロ(25歳)特定の国に仕えぬ遍歴の騎士

本作は騎士道というコードと人間的な感情の間で揺れながら成長するゼロと、

彼が救った姫たちとの「救われた後」の物語である。


────────────────────────────

第1話「竜の影、フランシアの空」


灰色の外套を纏った男が、フランシアの丘を越えたのは夕暮れのことだった。

ランスロット・ゼロ――どこの国にも仕えぬ遍歴の騎士。彼の剣は誰のためでもなく、

ただ「困っている者」のためだけに抜かれる。


丘の向こうから黒煙が上がっていた。竜だ。フランシア王家の別邸が、炎に包まれている。

ゼロが駆けつけたとき、そこには一人の少女が、燃え崩れる回廊の中で剣を構えていた。


「下がっていろ、庶民風情が」


第一王女イザベルだった。金の髪を振り乱し、震える手で細剣を握り、それでも竜に向かって

一歩も引かない。その誇り高さにゼロは思わず息を呑んだ。


「王女、あなたのその剣では竜の鱗は貫けない」

「黙れ! これは私の――」


言い終わる前に、竜の尾がイザベルを薙ぎ払った。ゼロは地を蹴り、少女の体を抱えて転がる。

炎の熱がすぐ後ろを舐めた。


「離せ! 私は――」

「今は黙って、私に掴まっていてくれ」


ゼロの声は静かだったが、有無を言わせぬ強さがあった。イザベルは初めて、誰かの腕の中で

言葉を失った。


────────────────────────────

第2話「救われた誇り」


竜との死闘は一刻に及んだ。ゼロは何度も傷を負いながら、ついに竜の喉元に剣を突き立てた。

断末魔の咆哮とともに、竜は丘の向こうへ姿を消した。


戦いが終わったあと、イザベルはがれきの上に座り込んだまま、ゼロの方を見ようとしなかった。


「……礼を言うべきなのは分かっている」

「王女?」

「だが、私は……フランシアの第一王女が、名も知らぬ流浪の剣士に救われたなど……」


その声は震えていた。怒りではない。恥だ。ゼロにはそれが分かった。


「王女は、自分の力で竜と戦おうとしていた。それは恥ではない」

「結果として何もできなかった! 守られただけの姫など、ただの飾りだ!」


イザベルは立ち上がり、燃え尽きた回廊を睨みつけた。その横顔に、ゼロは何か強い意志の

輝きを見た気がした。


「王女、名を聞いてもいいだろうか」

「……イザベル。フランシアのイザベルだ」

「ゼロだ。ランスロット・ゼロ」


その夜、イザベルはゼロが立ち去ろうとするのを、初めて自ら呼び止めた。


────────────────────────────

第3話「剣を教えてほしい」


「待て、ゼロ」


城門の前で、イザベルはゼロの前に立ちはだかった。従者たちが慌てて追いかけてくるのも

構わず、まっすぐにゼロを見上げる。


「私に剣を教えろ」

「王女が?」

「二度と、誰かに救われるだけの自分ではいたくない。自分の力で、自分の国を、自分の民を

守れるようになりたい」


その目には迷いがなかった。ゼロは少しの間、黙って彼女を見つめた。


「王女という立場を捨てる覚悟はあるか」

「捨てる必要があるのか?」

「剣を持つということは、時に泥にまみれ、血を流し、誰かに負けを認めることだ。王女という

名がそれを許すかどうかは、私には分からない」


イザベルは唇を噛んだ。それでも、退かなかった。


「教えろ。命令ではなく、頼んでいる」


初めて彼女の口から出た「頼む」という言葉に、ゼロは小さく笑った。


「分かった。ただし、私の稽古は容赦しない」

「望むところだ」


────────────────────────────

第4話「泥にまみれて」(感動回)


稽古初日、イザベルは三度打ち込んで、三度とも地面に転がされた。


「立て、王女」

「……分かっている」


四度目、五度目。ドレスの裾は泥にまみれ、頬には切り傷がついた。従者たちは見かねて

止めようとしたが、イザベルはそれを手で制した。


「やめない。まだ、やめない」


日が暮れる頃、彼女はようやく一太刀、ゼロの剣を弾いた。ただそれだけのことに、イザベルは

その場に座り込み、声を上げて泣いた。


「情けない……こんなことで……」

「情けなくはない」


ゼロは彼女の隣に膝をついた。


「あなたは今日、初めて自分の力で何かを掴んだ。竜に救われた日より、今日の一太刀の方が、

よほど価値がある」


イザベルは涙を拭いながら、ゼロを見た。


「お前は……変な男だな」

「よく言われる」


その日から、イザベルは毎朝一番に稽古場へ現れるようになった。誰に見せるためでもなく、

ただ自分自身のために、剣を振り続けた。


────────────────────────────

第5話「海を渡る風、ブリタニアの誓い」


フランシアでの滞在を終え、ゼロは海を渡った。ブリタニアの港に降り立ったとき、彼が

最初に目にしたのは、豪奢な馬車を取り囲む剣呑な男たちの姿だった。


「エレノア様、大人しく馬車へ」

「触れるな。私は誰の指図も受けぬ」


女王候補ブリタニアのエレノアだった。政略結婚を強いようとする貴族派の兵に囲まれ、

それでも一歩も退かず、燃えるような瞳で睨み返している。


ゼロは迷わず割って入った。


「一対多数は、いささか卑怯ではないか」

「何者だ、貴様!」

「通りすがりの騎士だ」


剣戟は短く終わった。兵たちは次々と地に伏し、残った者たちは蜘蛛の子を散らすように

逃げていった。エレノアはしばし呆然とゼロを見つめていた。


「……助力は、頼んでいない」

「知っている。だが、放っておけなかった」


その物言いに、エレノアは思わず苦笑した。


「変わった男だ」


────────────────────────────

第6話「誰にも頼らぬ女王」


エレノアはゼロを客人として城に招いた。感謝というより、興味からだった。


「私はいずれ女王となる。だが貴族たちは、私を弱い娘だと思い、政略結婚で他国に売ろうと

している」

「それで、誰の手も借りぬと?」

「そうだ。誰かに頼った瞬間、私は『守られるべき女』にされてしまう。それだけは、絶対に

許さない」


その言葉には、ゼロが感じたことのある強さと、同時に深い孤独が滲んでいた。


「一つ聞いていいか」

「何だ」

「誰にも頼らないと、誰とも心を通わせられないのは、同じことではないのか」


エレノアの目が一瞬揺れた。


「……お前に何が分かる」

「何も分からない。だから聞いている」


その夜、エレノアは自室の窓辺で、ゼロの言葉を何度も反芻していた。誰にも見せたことのない

弱さを、なぜかこの流浪の騎士にだけは、見せてもいいような気がしていた。


────────────────────────────

第7話「揺れる誓い」


数日後、貴族派は強硬手段に出た。エレノアを他国の老公爵に嫁がせるべく、夜陰に紛れて

彼女を連れ去ろうとしたのだ。


「離せ!」

「エレノア様、大人しくなされよ。これは王国のためです」

「私を物のように扱うな!」


騒ぎを聞きつけたゼロが駆けつけたとき、エレノアはすでに馬車に押し込まれる寸前だった。


「またお前か」

「呼ばれてもいないのに、悪いな」


ゼロは馬車の御者を制し、エレノアを解放した。地に降り立った彼女は、悔しさで肩を震わせて

いた。


「また……助けられた。誰にも頼らないと誓ったのに」

「それは違う」


ゼロは静かに言った。


「あなたは今、自分の足で立って、自分の意志で『嫌だ』と叫んだ。助けたのは剣であって、

あなたの心ではない。心はずっと、あなた自身のものだった」


エレノアは目を見開いた。誰かにそう言ってもらえたのは、生まれて初めてだった。


────────────────────────────

第8話「女王ではなく、一人の女として」(感動回)


エレノアはその夜、初めてゼロに己の過去を語った。幼い頃に母を政略の犠牲で失ったこと。

それ以来、「誰にも頼らぬ女王になる」ことだけを支えに生きてきたこと。


「私は、弱さを見せることが怖い。弱さを見せた瞬間、また誰かに利用されるのではないかと」


ゼロは黙って耳を傾けていた。


「エレノア。強さとは、弱さを隠すことではない。弱さを抱えたまま、それでも前に進むことだ」

「……お前は、いつもそうやって、私の凝り固まった誓いを解いていく」


エレノアは初めて、涙を見せた。それは敗北の涙ではなく、長年張り詰めていた糸が、

ようやく緩んだ涙だった。


「私は女王になる。それは変わらない。だが……誰にも頼らないという誓いは、少し

変えようと思う」

「どう変える?」

「頼れる者がいることと、弱いことは、違うのだと知った。それだけだ」


エレノアは涙を拭い、いつもの強い瞳でゼロを見つめた。その奥に、以前にはなかった

柔らかさが宿っていた。


────────────────────────────

第9話「灼熱の審問、イスパニアの祈り」


ブリタニアを発ったゼロが辿り着いたのは、灼熱の太陽が照りつけるイスパニアだった。

街の広場には人だかりができ、その中心で一人の少女が鎖に繋がれていた。


「異端者イザベラに、神の裁きを!」


公爵令嬢イスパニアのイザベラ。禁じられた古い聖典を密かに学んでいたという廉で、

異端審問にかけられていた。


「私はただ、神をより深く知りたかっただけです……」


その声には恐怖よりも、深い悲しみが滲んでいた。ゼロは群衆をかき分け、審問官の前に

進み出た。


「その裁き、少々性急ではないか」

「何者だ、部外者は下がれ!」

「知への渇望を罪と呼ぶのなら、この世の学者は皆、火あぶりだろう」


ゼロは剣を抜いた。審問官の私兵たちが色めき立つが、ゼロの太刀筋は正確に鎖だけを断ち、

誰も傷つけることなくイザベラを解放した。


「……なぜ、私を」

「困っている者を助けるのに、理由が要るか」


イザベラは、鎖の外れた両手を見つめながら、静かに涙を流した。


────────────────────────────

第10話「信仰と、人への愛」


救出されたイザベラは、教会からの追及を逃れるため、しばらくゼロと共に旅をすることに

なった。夜、焚き火の傍で、彼女はぽつりと言った。


「私は今も、神を信じています。けれど、あの審問官たちもまた、神の名のもとに私を裁こう

としていた」

「矛盾しているように感じるか」

「はい……神への信仰と、人を愛すること。この二つは、両立できるのでしょうか」


ゼロはしばらく考え、答えた。


「私は神学者ではない。だが、あなたを救おうと剣を抜いたとき、そこに神学の理屈はなかった。

ただ、目の前の人を救いたいという気持ちだけがあった」

「それは……」

「信仰が人を愛する心の邪魔をするなら、それは信仰の名を借りた何か別のものだ。私は

そう思う」


イザベラは炎を見つめながら、静かに頷いた。


「不思議です。あなたと話していると、難しい教義よりも、ずっと真実に近い気がします」


────────────────────────────

第11話「祈りの先にあるもの」


旅の道中、村で流行り病に苦しむ人々に出会った。イザベラは迷わず看病に加わり、

祈りを捧げながら、水を運び、薬草を煎じた。


「イザベラ様、無理をなさらなくても」

「いいえ。祈るだけでは、この人たちは救えません」


その姿にゼロは、彼女が悩んでいた問いへの、彼女自身の答えを見た気がした。


「見つけたか、答えを」

「まだ、完全にではありません。でも……祈ることと、手を動かして人を助けることは、

矛盾しないのだと分かりました。むしろ、祈りは人を助ける力に変わるのだと」


イザベラは初めて、憑き物が落ちたような穏やかな笑顔を見せた。


「ゼロ様。あなたのおかげで、私は自分の信仰を、もう一度自分の言葉で選び直すことが

できました」

「それは私の手柄ではない。あなた自身が選んだことだ」


夜空の下、イザベラは静かに祈りを捧げた。その祈りには、以前にはなかった強さが

宿っていた。


────────────────────────────

第12話「別れと約束」(感動回)


病が収まり、村に平穏が戻った頃、ゼロは次の地へと旅立つ時が来たことを告げた。

イザベラは寂しさを隠さなかった。


「行ってしまうのですね」

「私は誰の国にも留まらない騎士だ。あなたにはあなたの道がある」

「分かっています。でも……」


イザベラは胸元の小さな十字架を握りしめた。


「私は教会に戻り、真の信仰とは何かを、もう一度自分の目で確かめようと思います。

そしていつか、誰かを審問にかけるのではなく、誰かを救う教えを広めたい」


「良い道だ」


ゼロは彼女の頭にそっと手を置いた。武骨だが、優しい仕草だった。


「もしまた、あなたが本当に困ったときは、私を呼べばいい。この空の下のどこかで、

私はきっとそれを聞いている」

「約束ですよ、ゼロ様」


イザベラは涙をこらえながら微笑んだ。ゼロは踵を返し、次なる地――ゲルマニアへと

足を向けた。フランシアの誇り高き姫、ブリタニアの孤高の女王候補、そしてイスパニアの

祈る令嬢。三人との縁は、それぞれの形で確かに続いていく。


彼の遍歴は、まだ半ばだった。


────────────────────────────

(第1期 前半 完 / 第13話〜第24話は後半ファイルに続く)

『遍歴の騎士ランスロット・ゼロ』

〜五つの王国、五つの姫、剣と情の物語〜

第1期 後半(第13話〜第24話)


────────────────────────────

第13話「石壁の中の修道女、ゲルマニアの祈り」


深い森を抜けた先、ゲルマニアの古い修道院にゼロは辿り着いた。そこで彼が出会ったのは、

生まれてから一度も外の世界を見たことがないという修道女、ヒルデだった。


「あなたは……外から来た方ですか」


灰色の修道服に身を包んだヒルデは、まるで珍しい生き物でも見るような目でゼロを見つめた。


「森の外の世界は、どのようなものですか」

「見たことがないのか」

「はい。私はここに生まれ、ここで育ちました。院長様は、外の世界は罪と混沌に満ちていると

仰います」


その院長こそが、幼いヒルデを事実上幽閉し、莫大な寄進を得るための「聖女」として

利用していたことを、ゼロはやがて知ることになる。


「ヒルデ、外の世界を見てみたいか」

「……分かりません。怖いです。でも……」


彼女の目には、隠しきれない好奇の光があった。


「少しだけ、興味があります」


────────────────────────────

第14話「壁の外へ」


院長がヒルデを利用し、寄付金を私腹に肥やしていた証拠を掴んだゼロは、院内の腐敗を

明るみに出し、ヒルデを正式に修道院から解放させた。


「ヒルデ、あなたはもう自由だ」

「自由……」


その言葉の重みに、ヒルデはしばらく立ち尽くしていた。


「怖いです。この壁の外に、私の居場所などあるのでしょうか」

「分からない。だが、探しに行くことはできる」


ゼロが差し出した手を、ヒルデは震えながら取った。修道院の門をくぐった瞬間、

彼女は目を細めた。


「眩しい……」


生まれて初めて浴びる、遮るもののない太陽の光だった。


「これが……空の広さ、なのですね」


涙が頬を伝った。悲しみではなく、圧倒的な世界の広さに対する、純粋な感動の涙だった。


────────────────────────────

第15話「初めての一歩」


ヒルデとの旅が始まった。市場の喧騒、川のせせらぎ、見知らぬ食べ物の匂い――すべてが

彼女にとって初めての体験だった。


「これは何ですか」

「林檎だ。食べたことは?」

「ありません」


一口かじったヒルデは、目を丸くした。


「甘い……こんなに甘いものが、この世にあったのですね」


その素直な喜びように、ゼロも自然と笑みがこぼれた。だが、夜になると彼女は時折

不安げな顔を見せた。


「ゼロ様、私は本当にここにいてよいのでしょうか。神に仕えることをやめた私は、

罪深い者では」

「神に仕えることと、閉じ込められることは違う。あなたは今、自分の意志で、この世界を

見ている。それもまた、神が与えた命の使い方の一つではないのか」


ヒルデは驚いたように目を見開き、それから小さく頷いた。


「そう……なのかもしれません」


────────────────────────────

第16話「怖さの向こうにある楽しさ」(感動回)


旅の途中、村祭りに出くわした。太鼓の音、笑い声、踊る人々――ヒルデはその賑わいに

最初、怯えて後ずさった。


「怖いです、ゼロ様……」

「無理はしなくていい」


だが、一人の村娘がヒルデの手を取り、輪の中へと引き込んだ。


「一緒に踊りましょう!」

「わ、私は……」


戸惑いながらも、ヒルデは見よう見まねで足を動かした。最初はぎこちなく、何度も

つまずいた。それでも、周りの人々は笑いながら彼女を支えた。


踊りが終わる頃、ヒルデは息を切らしながら、満面の笑みを浮かべていた。


「ゼロ様、見てください! 私、踊れました!」


その顔は、修道院で見せていたどんな表情よりも輝いていた。


「怖かったです。でも、怖さの向こうに、こんなに楽しいことがあるなんて、知りませんでした」


ゼロは静かにその姿を見つめた。石壁の中で二十年近く閉ざされていた少女が、今、

確かに世界と繋がった瞬間だった。


「これから先も、怖いことはたくさんあるだろう。だが、その先を見てみたいと思うなら、

一緒に行けばいい」

「はい……はい!」


────────────────────────────

第17話「南の海、海賊とルシア」


イタリアの港町。ゼロが着いた日、そこは海賊船の襲撃を受けていた。逃げ惑う人々の中、

一人の少女が絵筆と画布を抱えたまま、燃える工房から動こうとしなかった。


「父の絵だけは……この絵だけは守らないと!」


芸術家の娘、ルシアだった。海賊の一人が彼女に手をかけようとした瞬間、ゼロの剣が

一閃した。


「下がっていろ」

「あなたは……」


ゼロは海賊たちを次々と打ち倒し、最後には船長格の男を叩き伏せて撤退させた。

戦いが終わると、ルシアはまじまじとゼロを見つめていた。


「すごい……その動き、その筋肉の使い方……まるで一枚の絵のようだった」

「怪我はないか」

「え、あ、はい! あの、もう一度動いていただけませんか、今の構えをもう一度」


戦いの余韻もそこそこに、ルシアは目を輝かせながら画布を広げ始めた。ゼロは少しばかり

面食らった。


────────────────────────────

第18話「見る側になった男」


ルシアはゼロを救出者としてではなく、まず「絵のモデル」として見ていた。それは

これまでゼロが出会ってきた姫たちとは、まるで違う関わり方だった。


「モデルになってください、ゼロ様」

「私が絵のモデルに?」

「はい! あなたのような、内に強さと優しさを両方持つ人は、なかなかいません。

父もよく言っていました。本当に良い絵は、被写体の『心』が写るのだと」


戸惑いながらも、ゼロはその申し出を受けた。石造りの丘の上、風に外套をなびかせながら

立つゼロを、ルシアは真剣な眼差しで見つめ、描いた。


「じっとしているのは、思ったより落ち着かないものだな」

「ふふ、いつも見る側のあなたが、見られる側になった気分はどうですか」


その問いに、ゼロは少し考えてから答えた。


「不思議な気分だ。誰かに真剣に見つめられるというのは、これほど落ち着かないものかと」

「それが、見られる側の気持ちですよ。私たち姫は、いつも誰かに見られ、評価され、

救われる側だった。あなたにも少し、分かってほしかったんです」


その言葉に、ゼロは初めて何かに射抜かれたような感覚を覚えた。


────────────────────────────

第19話「描かれる者の孤独」(感動回)


絵が完成に近づくにつれ、ルシアは筆を止め、ぽつりと呟いた。


「父は、海賊に殺されました。この工房を襲った海賊とは違いますが……同じような

連中に」

「知らなかった」


「父はいつも言っていました。『絵とは、消えていくものを留める行為だ』と。私は、

父の絵を守ることに必死で、自分自身が何かを描くことから、ずっと逃げていました」


「今は?」


ルシアは完成した絵をゼロに見せた。そこには、剣を握りながらもどこか優しい目をした

騎士の姿が、驚くほど生き生きと描かれていた。


「今は、描きたいと思えるものを、見つけました」


「良い絵だ」


「ありがとうございます。……ゼロ様、あなたはいつも誰かを見て、誰かを救っている。

でも、あなた自身は誰にも見てもらえていないのではないですか。誰にも、救われて

いないのではないですか」


ゼロは言葉に詰まった。誰にもそんなことを問われたことはなかった。


「私は……」

「答えなくていいです。ただ、私はこれからも、あなたを見ていたい。あなたの心も、

絵に留めていきたい」


────────────────────────────

第20話「五国合同騎士叙任の日」


ゲルマニアで再会の報せを受けたゼロは、フランシア・ブリタニア・イスパニア・

ゲルマニア・イタリアの五国合同で開かれる「騎士叙任式典」に招かれることとなった。

どの国にも仕えぬ遍歴の騎士でありながら、五つの王国すべてから功績を認められた

異例の名誉だった。


会場となった中立都市には、イザベル、エレノア、イザベラ、ヒルデ、ルシアの五人が

それぞれの国の代表として顔を揃えていた。互いに存在を知りながらも初めて対面する

彼女たちの間には、微妙な緊張が漂っていた。


「あなたが、フランシアのイザベル様ですね。ゼロ様から、剣の稽古の話を伺いました」

「……お前も、ゼロに救われたのか」

「はい。修道院の壁の外に出してもらいました」


ぎこちない挨拶を交わす五人を、ゼロは少し離れた場所から見つめていた。


「奇妙なものだな」

「何がだ」


背後から現れたエレノアが問う。


「私はただ、目の前で困っている者を助けてきただけだ。それが、こうして一堂に

会するとは思わなかった」

「それが、お前という男の性分なのだろう」


エレノアの声には、以前のような刺々しさはなかった。


────────────────────────────

第21話「影の刃」


式典の裏で、不穏な動きがあった。かつてエレノアとの政略結婚を目論み、失脚した

貴族――老公爵の一味が、五国の王族を一堂に襲うことで混乱に乗じ、権力を奪還

しようと企てていたのだ。


「五人まとめて仕留められれば、これほどの好機はない」


夜、会場を警備していたゼロは、忍び寄る刺客の気配にいち早く気づいた。


「イザベル、下がっていろとは言わない。共に戦えるか」

「当然だ。私はもう、守られるだけの姫ではない」


イザベルは稽古で鍛えた剣を抜いた。エレノアは衛兵を指揮し、イザベラは負傷者の手当てに

回り、ヒルデは逃げ惑う人々を誘導し、ルシアは冷静に敵の配置を見取り図に書き記して

ゼロに伝えた。


五人はそれぞれの形で、この夜、初めて「守られる側」から「共に立ち向かう側」へと

変わった。


「お前一人の戦いではない」


エレノアの声が、ゼロの背を押した。


────────────────────────────

第22話「五人と一人の絆」


刺客の頭目、老公爵その人がついに姿を現した。


「小娘どもと流れ者の騎士が、この私に敵うと思うか!」

「思うとも」


ゼロが答えるより早く、イザベルの剣が公爵の側近を斬り伏せた。


「私はもう、誰かの後ろに隠れて震えるだけの姫ではない!」


エレノアが叫び、崩れかけた民衆を鼓舞する。


「弱さを見せることを恐れない者こそ、真に強い! 私に続け!」


イザベラは祈りを捧げながら、傷ついた兵士たちを次々と癒やしていく。


「神は、行動する者と共にあります!」


ヒルデは怯えながらも、逃げ遅れた子供を抱えて安全な場所へと走り抜けた。


「怖い……でも、今、私が動かなければ!」


そしてルシアは、事前に描き記した敵の配置図をゼロに渡していた。


「ゼロ様、右手の路地に伏兵が三人。私の目が、あなたの剣の助けになります」


五人それぞれの成長と決意が絡み合い、ゼロ一人では成し得なかった勝利への道が

開かれていく。


────────────────────────────

第23話「騎士道と、心の間で」


最後に残ったのは、ゼロと老公爵の一騎討ちだった。


「貴様のような根無し草の騎士が、王侯の運命を左右するな!」

「私は誰の運命も左右するつもりはない。ただ、困っている者を助けているだけだ」


剣が交わる。ゼロの太刀筋には、迷いがなかった。


だが戦いの最中、ゼロの脳裏には、これまでの遍歴のすべてが去来していた。誇りを

取り戻したイザベル、弱さを認める強さを知ったエレノア、信仰と愛を両立させた

イザベラ、世界の広さを知ったヒルデ、そして彼を「見る側」にしたルシア。


(私は今まで、誰かを救うことだけを己の在り方としてきた。だが……)


一太刀で老公爵を打ち倒したあと、ゼロはしばし剣を握る手を見つめていた。


「ゼロ様?」


ルシアが心配そうに声をかける。ゼロは静かに答えた。


「騎士道とは、誰かのために剣を抜くことだと思っていた。だが今は少し違う気がする。

剣を抜く先に、確かに心があるのだと、あなたたちが教えてくれた」


五人は顔を見合わせ、それぞれに小さく微笑んだ。


────────────────────────────

第24話「遍歴の先に」(感動回・最終話)


事件が収束し、式典は無事に幕を閉じた。五国の王族たちはゼロに正式な騎士の称号と

勲章を授けようとしたが、ゼロは丁重にそれを辞退した。


「私は、どこか一つの国に留まる騎士にはなれない」

「分かっている」


イザベルが進み出た。


「だが、フランシアの剣術指南役としては、いつでも戻ってきていい。私はまだ、

学びたいことが山ほどある」


「ブリタニアの女王として即位したら、真っ先にお前を客将として迎えよう。頼るのではない、

対等な盟友としてだ」


エレノアが微笑む。


「私の教会には、いつでも祈りの場を用意しておきます。あなたが疲れたときは、

いつでも訪れてください」


イザベラが静かに頭を下げた。


「私は……あなたのおかげで、外の世界を知ることができました。次は、私自身の足で、

もっと遠くまで歩いてみたいです」


ヒルデの目には、もう恐れの色はなかった。


「私は、あなたを描き続けます。あなたがどこへ行っても、絵の中でだけは、いつも

私のそばにいてもらいます」


ルシアはそう言って、完成した肖像画をゼロに手渡した。


五人それぞれの言葉を受け取り、ゼロは静かに頷いた。


「救った瞬間で終わる縁など、一つもなかった。あなたたちが、それを教えてくれた」


夕暮れの中、ゼロは再び灰色の外套を纏い、五つの王国の境界へと足を向けた。

振り返れば、五人の姫たちが、それぞれの場所で、それぞれの強さで手を振っている。


遍歴の騎士の物語は、ここで終わらない。剣と情を胸に、彼はまた次の空の下へと

歩き出す。


――第1期・完――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ