遍歴の騎士ランスロット ゼロ
『遍歴の騎士ランスロット・ゼロ』
〜五つの王国、五つの姫、剣と情の物語〜
第1期 前半(第1話〜第12話)
主人公:ランスロット・ゼロ(25歳)特定の国に仕えぬ遍歴の騎士
本作は騎士道というコードと人間的な感情の間で揺れながら成長するゼロと、
彼が救った姫たちとの「救われた後」の物語である。
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第1話「竜の影、フランシアの空」
灰色の外套を纏った男が、フランシアの丘を越えたのは夕暮れのことだった。
ランスロット・ゼロ――どこの国にも仕えぬ遍歴の騎士。彼の剣は誰のためでもなく、
ただ「困っている者」のためだけに抜かれる。
丘の向こうから黒煙が上がっていた。竜だ。フランシア王家の別邸が、炎に包まれている。
ゼロが駆けつけたとき、そこには一人の少女が、燃え崩れる回廊の中で剣を構えていた。
「下がっていろ、庶民風情が」
第一王女イザベルだった。金の髪を振り乱し、震える手で細剣を握り、それでも竜に向かって
一歩も引かない。その誇り高さにゼロは思わず息を呑んだ。
「王女、あなたのその剣では竜の鱗は貫けない」
「黙れ! これは私の――」
言い終わる前に、竜の尾がイザベルを薙ぎ払った。ゼロは地を蹴り、少女の体を抱えて転がる。
炎の熱がすぐ後ろを舐めた。
「離せ! 私は――」
「今は黙って、私に掴まっていてくれ」
ゼロの声は静かだったが、有無を言わせぬ強さがあった。イザベルは初めて、誰かの腕の中で
言葉を失った。
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第2話「救われた誇り」
竜との死闘は一刻に及んだ。ゼロは何度も傷を負いながら、ついに竜の喉元に剣を突き立てた。
断末魔の咆哮とともに、竜は丘の向こうへ姿を消した。
戦いが終わったあと、イザベルはがれきの上に座り込んだまま、ゼロの方を見ようとしなかった。
「……礼を言うべきなのは分かっている」
「王女?」
「だが、私は……フランシアの第一王女が、名も知らぬ流浪の剣士に救われたなど……」
その声は震えていた。怒りではない。恥だ。ゼロにはそれが分かった。
「王女は、自分の力で竜と戦おうとしていた。それは恥ではない」
「結果として何もできなかった! 守られただけの姫など、ただの飾りだ!」
イザベルは立ち上がり、燃え尽きた回廊を睨みつけた。その横顔に、ゼロは何か強い意志の
輝きを見た気がした。
「王女、名を聞いてもいいだろうか」
「……イザベル。フランシアのイザベルだ」
「ゼロだ。ランスロット・ゼロ」
その夜、イザベルはゼロが立ち去ろうとするのを、初めて自ら呼び止めた。
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第3話「剣を教えてほしい」
「待て、ゼロ」
城門の前で、イザベルはゼロの前に立ちはだかった。従者たちが慌てて追いかけてくるのも
構わず、まっすぐにゼロを見上げる。
「私に剣を教えろ」
「王女が?」
「二度と、誰かに救われるだけの自分ではいたくない。自分の力で、自分の国を、自分の民を
守れるようになりたい」
その目には迷いがなかった。ゼロは少しの間、黙って彼女を見つめた。
「王女という立場を捨てる覚悟はあるか」
「捨てる必要があるのか?」
「剣を持つということは、時に泥にまみれ、血を流し、誰かに負けを認めることだ。王女という
名がそれを許すかどうかは、私には分からない」
イザベルは唇を噛んだ。それでも、退かなかった。
「教えろ。命令ではなく、頼んでいる」
初めて彼女の口から出た「頼む」という言葉に、ゼロは小さく笑った。
「分かった。ただし、私の稽古は容赦しない」
「望むところだ」
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第4話「泥にまみれて」(感動回)
稽古初日、イザベルは三度打ち込んで、三度とも地面に転がされた。
「立て、王女」
「……分かっている」
四度目、五度目。ドレスの裾は泥にまみれ、頬には切り傷がついた。従者たちは見かねて
止めようとしたが、イザベルはそれを手で制した。
「やめない。まだ、やめない」
日が暮れる頃、彼女はようやく一太刀、ゼロの剣を弾いた。ただそれだけのことに、イザベルは
その場に座り込み、声を上げて泣いた。
「情けない……こんなことで……」
「情けなくはない」
ゼロは彼女の隣に膝をついた。
「あなたは今日、初めて自分の力で何かを掴んだ。竜に救われた日より、今日の一太刀の方が、
よほど価値がある」
イザベルは涙を拭いながら、ゼロを見た。
「お前は……変な男だな」
「よく言われる」
その日から、イザベルは毎朝一番に稽古場へ現れるようになった。誰に見せるためでもなく、
ただ自分自身のために、剣を振り続けた。
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第5話「海を渡る風、ブリタニアの誓い」
フランシアでの滞在を終え、ゼロは海を渡った。ブリタニアの港に降り立ったとき、彼が
最初に目にしたのは、豪奢な馬車を取り囲む剣呑な男たちの姿だった。
「エレノア様、大人しく馬車へ」
「触れるな。私は誰の指図も受けぬ」
女王候補ブリタニアのエレノアだった。政略結婚を強いようとする貴族派の兵に囲まれ、
それでも一歩も退かず、燃えるような瞳で睨み返している。
ゼロは迷わず割って入った。
「一対多数は、いささか卑怯ではないか」
「何者だ、貴様!」
「通りすがりの騎士だ」
剣戟は短く終わった。兵たちは次々と地に伏し、残った者たちは蜘蛛の子を散らすように
逃げていった。エレノアはしばし呆然とゼロを見つめていた。
「……助力は、頼んでいない」
「知っている。だが、放っておけなかった」
その物言いに、エレノアは思わず苦笑した。
「変わった男だ」
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第6話「誰にも頼らぬ女王」
エレノアはゼロを客人として城に招いた。感謝というより、興味からだった。
「私はいずれ女王となる。だが貴族たちは、私を弱い娘だと思い、政略結婚で他国に売ろうと
している」
「それで、誰の手も借りぬと?」
「そうだ。誰かに頼った瞬間、私は『守られるべき女』にされてしまう。それだけは、絶対に
許さない」
その言葉には、ゼロが感じたことのある強さと、同時に深い孤独が滲んでいた。
「一つ聞いていいか」
「何だ」
「誰にも頼らないと、誰とも心を通わせられないのは、同じことではないのか」
エレノアの目が一瞬揺れた。
「……お前に何が分かる」
「何も分からない。だから聞いている」
その夜、エレノアは自室の窓辺で、ゼロの言葉を何度も反芻していた。誰にも見せたことのない
弱さを、なぜかこの流浪の騎士にだけは、見せてもいいような気がしていた。
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第7話「揺れる誓い」
数日後、貴族派は強硬手段に出た。エレノアを他国の老公爵に嫁がせるべく、夜陰に紛れて
彼女を連れ去ろうとしたのだ。
「離せ!」
「エレノア様、大人しくなされよ。これは王国のためです」
「私を物のように扱うな!」
騒ぎを聞きつけたゼロが駆けつけたとき、エレノアはすでに馬車に押し込まれる寸前だった。
「またお前か」
「呼ばれてもいないのに、悪いな」
ゼロは馬車の御者を制し、エレノアを解放した。地に降り立った彼女は、悔しさで肩を震わせて
いた。
「また……助けられた。誰にも頼らないと誓ったのに」
「それは違う」
ゼロは静かに言った。
「あなたは今、自分の足で立って、自分の意志で『嫌だ』と叫んだ。助けたのは剣であって、
あなたの心ではない。心はずっと、あなた自身のものだった」
エレノアは目を見開いた。誰かにそう言ってもらえたのは、生まれて初めてだった。
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第8話「女王ではなく、一人の女として」(感動回)
エレノアはその夜、初めてゼロに己の過去を語った。幼い頃に母を政略の犠牲で失ったこと。
それ以来、「誰にも頼らぬ女王になる」ことだけを支えに生きてきたこと。
「私は、弱さを見せることが怖い。弱さを見せた瞬間、また誰かに利用されるのではないかと」
ゼロは黙って耳を傾けていた。
「エレノア。強さとは、弱さを隠すことではない。弱さを抱えたまま、それでも前に進むことだ」
「……お前は、いつもそうやって、私の凝り固まった誓いを解いていく」
エレノアは初めて、涙を見せた。それは敗北の涙ではなく、長年張り詰めていた糸が、
ようやく緩んだ涙だった。
「私は女王になる。それは変わらない。だが……誰にも頼らないという誓いは、少し
変えようと思う」
「どう変える?」
「頼れる者がいることと、弱いことは、違うのだと知った。それだけだ」
エレノアは涙を拭い、いつもの強い瞳でゼロを見つめた。その奥に、以前にはなかった
柔らかさが宿っていた。
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第9話「灼熱の審問、イスパニアの祈り」
ブリタニアを発ったゼロが辿り着いたのは、灼熱の太陽が照りつけるイスパニアだった。
街の広場には人だかりができ、その中心で一人の少女が鎖に繋がれていた。
「異端者イザベラに、神の裁きを!」
公爵令嬢イスパニアのイザベラ。禁じられた古い聖典を密かに学んでいたという廉で、
異端審問にかけられていた。
「私はただ、神をより深く知りたかっただけです……」
その声には恐怖よりも、深い悲しみが滲んでいた。ゼロは群衆をかき分け、審問官の前に
進み出た。
「その裁き、少々性急ではないか」
「何者だ、部外者は下がれ!」
「知への渇望を罪と呼ぶのなら、この世の学者は皆、火あぶりだろう」
ゼロは剣を抜いた。審問官の私兵たちが色めき立つが、ゼロの太刀筋は正確に鎖だけを断ち、
誰も傷つけることなくイザベラを解放した。
「……なぜ、私を」
「困っている者を助けるのに、理由が要るか」
イザベラは、鎖の外れた両手を見つめながら、静かに涙を流した。
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第10話「信仰と、人への愛」
救出されたイザベラは、教会からの追及を逃れるため、しばらくゼロと共に旅をすることに
なった。夜、焚き火の傍で、彼女はぽつりと言った。
「私は今も、神を信じています。けれど、あの審問官たちもまた、神の名のもとに私を裁こう
としていた」
「矛盾しているように感じるか」
「はい……神への信仰と、人を愛すること。この二つは、両立できるのでしょうか」
ゼロはしばらく考え、答えた。
「私は神学者ではない。だが、あなたを救おうと剣を抜いたとき、そこに神学の理屈はなかった。
ただ、目の前の人を救いたいという気持ちだけがあった」
「それは……」
「信仰が人を愛する心の邪魔をするなら、それは信仰の名を借りた何か別のものだ。私は
そう思う」
イザベラは炎を見つめながら、静かに頷いた。
「不思議です。あなたと話していると、難しい教義よりも、ずっと真実に近い気がします」
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第11話「祈りの先にあるもの」
旅の道中、村で流行り病に苦しむ人々に出会った。イザベラは迷わず看病に加わり、
祈りを捧げながら、水を運び、薬草を煎じた。
「イザベラ様、無理をなさらなくても」
「いいえ。祈るだけでは、この人たちは救えません」
その姿にゼロは、彼女が悩んでいた問いへの、彼女自身の答えを見た気がした。
「見つけたか、答えを」
「まだ、完全にではありません。でも……祈ることと、手を動かして人を助けることは、
矛盾しないのだと分かりました。むしろ、祈りは人を助ける力に変わるのだと」
イザベラは初めて、憑き物が落ちたような穏やかな笑顔を見せた。
「ゼロ様。あなたのおかげで、私は自分の信仰を、もう一度自分の言葉で選び直すことが
できました」
「それは私の手柄ではない。あなた自身が選んだことだ」
夜空の下、イザベラは静かに祈りを捧げた。その祈りには、以前にはなかった強さが
宿っていた。
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第12話「別れと約束」(感動回)
病が収まり、村に平穏が戻った頃、ゼロは次の地へと旅立つ時が来たことを告げた。
イザベラは寂しさを隠さなかった。
「行ってしまうのですね」
「私は誰の国にも留まらない騎士だ。あなたにはあなたの道がある」
「分かっています。でも……」
イザベラは胸元の小さな十字架を握りしめた。
「私は教会に戻り、真の信仰とは何かを、もう一度自分の目で確かめようと思います。
そしていつか、誰かを審問にかけるのではなく、誰かを救う教えを広めたい」
「良い道だ」
ゼロは彼女の頭にそっと手を置いた。武骨だが、優しい仕草だった。
「もしまた、あなたが本当に困ったときは、私を呼べばいい。この空の下のどこかで、
私はきっとそれを聞いている」
「約束ですよ、ゼロ様」
イザベラは涙をこらえながら微笑んだ。ゼロは踵を返し、次なる地――ゲルマニアへと
足を向けた。フランシアの誇り高き姫、ブリタニアの孤高の女王候補、そしてイスパニアの
祈る令嬢。三人との縁は、それぞれの形で確かに続いていく。
彼の遍歴は、まだ半ばだった。
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(第1期 前半 完 / 第13話〜第24話は後半ファイルに続く)
『遍歴の騎士ランスロット・ゼロ』
〜五つの王国、五つの姫、剣と情の物語〜
第1期 後半(第13話〜第24話)
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第13話「石壁の中の修道女、ゲルマニアの祈り」
深い森を抜けた先、ゲルマニアの古い修道院にゼロは辿り着いた。そこで彼が出会ったのは、
生まれてから一度も外の世界を見たことがないという修道女、ヒルデだった。
「あなたは……外から来た方ですか」
灰色の修道服に身を包んだヒルデは、まるで珍しい生き物でも見るような目でゼロを見つめた。
「森の外の世界は、どのようなものですか」
「見たことがないのか」
「はい。私はここに生まれ、ここで育ちました。院長様は、外の世界は罪と混沌に満ちていると
仰います」
その院長こそが、幼いヒルデを事実上幽閉し、莫大な寄進を得るための「聖女」として
利用していたことを、ゼロはやがて知ることになる。
「ヒルデ、外の世界を見てみたいか」
「……分かりません。怖いです。でも……」
彼女の目には、隠しきれない好奇の光があった。
「少しだけ、興味があります」
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第14話「壁の外へ」
院長がヒルデを利用し、寄付金を私腹に肥やしていた証拠を掴んだゼロは、院内の腐敗を
明るみに出し、ヒルデを正式に修道院から解放させた。
「ヒルデ、あなたはもう自由だ」
「自由……」
その言葉の重みに、ヒルデはしばらく立ち尽くしていた。
「怖いです。この壁の外に、私の居場所などあるのでしょうか」
「分からない。だが、探しに行くことはできる」
ゼロが差し出した手を、ヒルデは震えながら取った。修道院の門をくぐった瞬間、
彼女は目を細めた。
「眩しい……」
生まれて初めて浴びる、遮るもののない太陽の光だった。
「これが……空の広さ、なのですね」
涙が頬を伝った。悲しみではなく、圧倒的な世界の広さに対する、純粋な感動の涙だった。
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第15話「初めての一歩」
ヒルデとの旅が始まった。市場の喧騒、川のせせらぎ、見知らぬ食べ物の匂い――すべてが
彼女にとって初めての体験だった。
「これは何ですか」
「林檎だ。食べたことは?」
「ありません」
一口かじったヒルデは、目を丸くした。
「甘い……こんなに甘いものが、この世にあったのですね」
その素直な喜びように、ゼロも自然と笑みがこぼれた。だが、夜になると彼女は時折
不安げな顔を見せた。
「ゼロ様、私は本当にここにいてよいのでしょうか。神に仕えることをやめた私は、
罪深い者では」
「神に仕えることと、閉じ込められることは違う。あなたは今、自分の意志で、この世界を
見ている。それもまた、神が与えた命の使い方の一つではないのか」
ヒルデは驚いたように目を見開き、それから小さく頷いた。
「そう……なのかもしれません」
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第16話「怖さの向こうにある楽しさ」(感動回)
旅の途中、村祭りに出くわした。太鼓の音、笑い声、踊る人々――ヒルデはその賑わいに
最初、怯えて後ずさった。
「怖いです、ゼロ様……」
「無理はしなくていい」
だが、一人の村娘がヒルデの手を取り、輪の中へと引き込んだ。
「一緒に踊りましょう!」
「わ、私は……」
戸惑いながらも、ヒルデは見よう見まねで足を動かした。最初はぎこちなく、何度も
つまずいた。それでも、周りの人々は笑いながら彼女を支えた。
踊りが終わる頃、ヒルデは息を切らしながら、満面の笑みを浮かべていた。
「ゼロ様、見てください! 私、踊れました!」
その顔は、修道院で見せていたどんな表情よりも輝いていた。
「怖かったです。でも、怖さの向こうに、こんなに楽しいことがあるなんて、知りませんでした」
ゼロは静かにその姿を見つめた。石壁の中で二十年近く閉ざされていた少女が、今、
確かに世界と繋がった瞬間だった。
「これから先も、怖いことはたくさんあるだろう。だが、その先を見てみたいと思うなら、
一緒に行けばいい」
「はい……はい!」
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第17話「南の海、海賊とルシア」
イタリアの港町。ゼロが着いた日、そこは海賊船の襲撃を受けていた。逃げ惑う人々の中、
一人の少女が絵筆と画布を抱えたまま、燃える工房から動こうとしなかった。
「父の絵だけは……この絵だけは守らないと!」
芸術家の娘、ルシアだった。海賊の一人が彼女に手をかけようとした瞬間、ゼロの剣が
一閃した。
「下がっていろ」
「あなたは……」
ゼロは海賊たちを次々と打ち倒し、最後には船長格の男を叩き伏せて撤退させた。
戦いが終わると、ルシアはまじまじとゼロを見つめていた。
「すごい……その動き、その筋肉の使い方……まるで一枚の絵のようだった」
「怪我はないか」
「え、あ、はい! あの、もう一度動いていただけませんか、今の構えをもう一度」
戦いの余韻もそこそこに、ルシアは目を輝かせながら画布を広げ始めた。ゼロは少しばかり
面食らった。
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第18話「見る側になった男」
ルシアはゼロを救出者としてではなく、まず「絵のモデル」として見ていた。それは
これまでゼロが出会ってきた姫たちとは、まるで違う関わり方だった。
「モデルになってください、ゼロ様」
「私が絵のモデルに?」
「はい! あなたのような、内に強さと優しさを両方持つ人は、なかなかいません。
父もよく言っていました。本当に良い絵は、被写体の『心』が写るのだと」
戸惑いながらも、ゼロはその申し出を受けた。石造りの丘の上、風に外套をなびかせながら
立つゼロを、ルシアは真剣な眼差しで見つめ、描いた。
「じっとしているのは、思ったより落ち着かないものだな」
「ふふ、いつも見る側のあなたが、見られる側になった気分はどうですか」
その問いに、ゼロは少し考えてから答えた。
「不思議な気分だ。誰かに真剣に見つめられるというのは、これほど落ち着かないものかと」
「それが、見られる側の気持ちですよ。私たち姫は、いつも誰かに見られ、評価され、
救われる側だった。あなたにも少し、分かってほしかったんです」
その言葉に、ゼロは初めて何かに射抜かれたような感覚を覚えた。
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第19話「描かれる者の孤独」(感動回)
絵が完成に近づくにつれ、ルシアは筆を止め、ぽつりと呟いた。
「父は、海賊に殺されました。この工房を襲った海賊とは違いますが……同じような
連中に」
「知らなかった」
「父はいつも言っていました。『絵とは、消えていくものを留める行為だ』と。私は、
父の絵を守ることに必死で、自分自身が何かを描くことから、ずっと逃げていました」
「今は?」
ルシアは完成した絵をゼロに見せた。そこには、剣を握りながらもどこか優しい目をした
騎士の姿が、驚くほど生き生きと描かれていた。
「今は、描きたいと思えるものを、見つけました」
「良い絵だ」
「ありがとうございます。……ゼロ様、あなたはいつも誰かを見て、誰かを救っている。
でも、あなた自身は誰にも見てもらえていないのではないですか。誰にも、救われて
いないのではないですか」
ゼロは言葉に詰まった。誰にもそんなことを問われたことはなかった。
「私は……」
「答えなくていいです。ただ、私はこれからも、あなたを見ていたい。あなたの心も、
絵に留めていきたい」
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第20話「五国合同騎士叙任の日」
ゲルマニアで再会の報せを受けたゼロは、フランシア・ブリタニア・イスパニア・
ゲルマニア・イタリアの五国合同で開かれる「騎士叙任式典」に招かれることとなった。
どの国にも仕えぬ遍歴の騎士でありながら、五つの王国すべてから功績を認められた
異例の名誉だった。
会場となった中立都市には、イザベル、エレノア、イザベラ、ヒルデ、ルシアの五人が
それぞれの国の代表として顔を揃えていた。互いに存在を知りながらも初めて対面する
彼女たちの間には、微妙な緊張が漂っていた。
「あなたが、フランシアのイザベル様ですね。ゼロ様から、剣の稽古の話を伺いました」
「……お前も、ゼロに救われたのか」
「はい。修道院の壁の外に出してもらいました」
ぎこちない挨拶を交わす五人を、ゼロは少し離れた場所から見つめていた。
「奇妙なものだな」
「何がだ」
背後から現れたエレノアが問う。
「私はただ、目の前で困っている者を助けてきただけだ。それが、こうして一堂に
会するとは思わなかった」
「それが、お前という男の性分なのだろう」
エレノアの声には、以前のような刺々しさはなかった。
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第21話「影の刃」
式典の裏で、不穏な動きがあった。かつてエレノアとの政略結婚を目論み、失脚した
貴族――老公爵の一味が、五国の王族を一堂に襲うことで混乱に乗じ、権力を奪還
しようと企てていたのだ。
「五人まとめて仕留められれば、これほどの好機はない」
夜、会場を警備していたゼロは、忍び寄る刺客の気配にいち早く気づいた。
「イザベル、下がっていろとは言わない。共に戦えるか」
「当然だ。私はもう、守られるだけの姫ではない」
イザベルは稽古で鍛えた剣を抜いた。エレノアは衛兵を指揮し、イザベラは負傷者の手当てに
回り、ヒルデは逃げ惑う人々を誘導し、ルシアは冷静に敵の配置を見取り図に書き記して
ゼロに伝えた。
五人はそれぞれの形で、この夜、初めて「守られる側」から「共に立ち向かう側」へと
変わった。
「お前一人の戦いではない」
エレノアの声が、ゼロの背を押した。
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第22話「五人と一人の絆」
刺客の頭目、老公爵その人がついに姿を現した。
「小娘どもと流れ者の騎士が、この私に敵うと思うか!」
「思うとも」
ゼロが答えるより早く、イザベルの剣が公爵の側近を斬り伏せた。
「私はもう、誰かの後ろに隠れて震えるだけの姫ではない!」
エレノアが叫び、崩れかけた民衆を鼓舞する。
「弱さを見せることを恐れない者こそ、真に強い! 私に続け!」
イザベラは祈りを捧げながら、傷ついた兵士たちを次々と癒やしていく。
「神は、行動する者と共にあります!」
ヒルデは怯えながらも、逃げ遅れた子供を抱えて安全な場所へと走り抜けた。
「怖い……でも、今、私が動かなければ!」
そしてルシアは、事前に描き記した敵の配置図をゼロに渡していた。
「ゼロ様、右手の路地に伏兵が三人。私の目が、あなたの剣の助けになります」
五人それぞれの成長と決意が絡み合い、ゼロ一人では成し得なかった勝利への道が
開かれていく。
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第23話「騎士道と、心の間で」
最後に残ったのは、ゼロと老公爵の一騎討ちだった。
「貴様のような根無し草の騎士が、王侯の運命を左右するな!」
「私は誰の運命も左右するつもりはない。ただ、困っている者を助けているだけだ」
剣が交わる。ゼロの太刀筋には、迷いがなかった。
だが戦いの最中、ゼロの脳裏には、これまでの遍歴のすべてが去来していた。誇りを
取り戻したイザベル、弱さを認める強さを知ったエレノア、信仰と愛を両立させた
イザベラ、世界の広さを知ったヒルデ、そして彼を「見る側」にしたルシア。
(私は今まで、誰かを救うことだけを己の在り方としてきた。だが……)
一太刀で老公爵を打ち倒したあと、ゼロはしばし剣を握る手を見つめていた。
「ゼロ様?」
ルシアが心配そうに声をかける。ゼロは静かに答えた。
「騎士道とは、誰かのために剣を抜くことだと思っていた。だが今は少し違う気がする。
剣を抜く先に、確かに心があるのだと、あなたたちが教えてくれた」
五人は顔を見合わせ、それぞれに小さく微笑んだ。
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第24話「遍歴の先に」(感動回・最終話)
事件が収束し、式典は無事に幕を閉じた。五国の王族たちはゼロに正式な騎士の称号と
勲章を授けようとしたが、ゼロは丁重にそれを辞退した。
「私は、どこか一つの国に留まる騎士にはなれない」
「分かっている」
イザベルが進み出た。
「だが、フランシアの剣術指南役としては、いつでも戻ってきていい。私はまだ、
学びたいことが山ほどある」
「ブリタニアの女王として即位したら、真っ先にお前を客将として迎えよう。頼るのではない、
対等な盟友としてだ」
エレノアが微笑む。
「私の教会には、いつでも祈りの場を用意しておきます。あなたが疲れたときは、
いつでも訪れてください」
イザベラが静かに頭を下げた。
「私は……あなたのおかげで、外の世界を知ることができました。次は、私自身の足で、
もっと遠くまで歩いてみたいです」
ヒルデの目には、もう恐れの色はなかった。
「私は、あなたを描き続けます。あなたがどこへ行っても、絵の中でだけは、いつも
私のそばにいてもらいます」
ルシアはそう言って、完成した肖像画をゼロに手渡した。
五人それぞれの言葉を受け取り、ゼロは静かに頷いた。
「救った瞬間で終わる縁など、一つもなかった。あなたたちが、それを教えてくれた」
夕暮れの中、ゼロは再び灰色の外套を纏い、五つの王国の境界へと足を向けた。
振り返れば、五人の姫たちが、それぞれの場所で、それぞれの強さで手を振っている。
遍歴の騎士の物語は、ここで終わらない。剣と情を胸に、彼はまた次の空の下へと
歩き出す。
――第1期・完――




