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エイミー・スタンリー

作者: 太陽
掲載日:2026/07/04

 エイミー・スタンリー氏は、日本近世・近代史や女性・ジェンダー史を専攻され、現在はアメリカのノースウェスタン大学歴史学部教授として活躍される、気鋭の歴史学者として活躍した。


著者としても活躍をし著書で生涯を紹介させたエッセイは全米批評家協会賞などに輝いた。


日本では知られざる著者であるが彼女が和訳した「将軍の都の客人」はみすず書房で3月に出版され、いわば逆輸入で光が当たった人物である。



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7月3日の日報抄

2026/7/3 6:00

 1804年、200年以上前の江戸時代に越後国石神村(上越市)の寺に生まれた女性がいま、注目を集めている。名は常野つねの。米国在住の歴史学者、エイミー・スタンリーさんが6年前、著書で生涯を紹介し、全米批評家協会賞などに輝いた。日本では知られざる市井の人だが和訳「将軍の都の客人」(みすず書房)が3月に出版され、いわば逆輸入で光が当たった


刮目すべきは波瀾万丈の生涯だ。13歳で出羽国(山形県)の寺に嫁入りしたが20代後半で離縁され実家へ向かう。その後、近隣に二度嫁ぎ離縁され、36歳で一念発起し江戸へ向かう

特段の技能はない。貧乏をしながら旗本の屋敷などで下女として働き。幼なじみと結婚。一度離縁された後、再婚し江戸で生涯を閉じた。


「遠山の金さん」のモデルの夫とともに一時期、南町奉行所に住んたという驚きのエピソードも持つ。常野が最初に奉公した旗本は、大名家に養子に入り、老中として欧米との外交交渉に携わった。これもスタンリーさんとの因縁だろう


常野さんは女性では珍しく字が書けたため、江戸から実家にまめに出した手紙など130点の関連書状を含む寺の文書計約3千点を県立文書館が入手。ホームページで目にしたスタンリーさんが、常野の研究に乗り出したのである。






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