「聖女の定期報告」という名の、国家規模の虚偽工作(と、おやつ代の請求)
隠れ家のコタツの中では、現在、国家の命運を左右する「極秘会議」が行われていた。
といっても、参加者は寝癖のついた天才魔導師エルンストと、ポテトチップスの油で指を光らせている元聖女メルティの二人だけである。
「……メルティ。今月の『生存報告書』、書いた? 締め切りとかいう言葉、僕の辞書から空間消去したんだけど」
エルンストは、魔法の手に頭を揉ませながら、うつ伏せの状態で呟いた。
「……書いてません。……というか、書くためのペンを持つ筋力が、ここ数日の自堕落な生活で退化した気がします。……エルンスト様、代筆魔法でパパッと済ませてくださいよ」
「……無理。魔法式を編むために脳を使うと、糖分が消費されて、またお菓子を食べるという『咀嚼労働』が発生する。……負の連鎖だ」
二人はしばらく、天井の木目を数えるという不毛な時間に没頭していた。しかし、報酬(不労所得)が止まれば、このコタツの魔力源である魔石も、高級なアイスも手に入らなくなる。それは死よりも恐ろしい事態だった。
「……はぁ。……しょうがない。……メルティ、口述筆記して。……あ、文字を紙に定着させるのは僕が念じるから」
「……了解です。……えーと、内容はいつもの『適当な脅し』でいいですよね?」
エルンストが薄目を開け、王宮へ送る魔導書簡に念を込める。
『報告。エルンスト・ラズロ氏は現在、世界の理を書き換える「禁忌の魔導核」を錬成中である。半径百キロ以内への不用意な接近は、存在の消滅を招く恐れがある。……また、魔導核の安定には、王都限定の「特製最高級ショートケーキ」に含まれる特殊な糖分が必要不可欠である。至急、十個ほど送られたし』
実際には、エルンストが「魔法を使わずにミカンの皮を剥く装置」を試作して失敗し、部屋中にミカンの汁を飛ばしただけなのだが、文章にすると禍々しい。
数日後、王都の王宮。
「な、なんだと……!? 禁忌の魔導核だと!?」
宰相ヴァルガンは、届けられた書簡を読み、泡を食って椅子から転げ落ちた。
「……存在の消滅……。なんてことだ、彼はまだ上を目指しているというのか! それに、この『特殊な糖分』という要求……。おそらく、魔力の暴走を抑えるための極めて精密な触媒に違いない!」
「宰相閣下! すぐに王都一のパティシエを招集しますか!?」
「当たり前だ! 国が消えるよりは、ケーキ十個の方が安い! 予算を三倍にしろ! 彼の機嫌を損ねるな!」
隠れ家には、数日後、最高級のケーキが届いた。
「……あ、届いた。……メルティ、これ美味しいね」
「……ですね。……嘘八百並べた甲斐がありました。……これぞ、聖女の真骨頂です」
二人は、自分たちが国を滅ぼしかねない怪物として恐れられていることなど露ほども思わず、ただ甘い幸せに浸るのだった。




