聖女と魔導師、コタツで不労所得の夢を見る
「……はぁぁあぁ……。もう、一歩も、動けません……」
そこには、王国の最終兵器としてのプライドを完膚なきまでにコタツに吸い取られた、元・聖女メルティの姿があった。
彼女は今、エルンストの向かい側で、顎までコタツに潜り込んでいる。
「でしょ? 争いなんて魔力の無駄遣いだよ。それより、この『魔法で常に適温に保たれたアイス』を食べる方が、よっぽど有意義だと思わない?」
「……思います。……あ、一口ください」
「はい、あーん」
もはや刺客とターゲットという関係は、宇宙の彼方へ消え去っていた。
だが、そんな平和(?)な光景をぶち壊すように、隠れ家の外から怒号が響く。
「エルンスト! メルティ! 出てこい! 聖女まで取り込むとは、貴様、本当に世界を滅ぼす気か!」
声の主は、痺れを切らして軍勢を引き連れてやってきた宰相ヴァルガンだった。
数百の精鋭騎士団が隠れ家を包囲している。
「……あー、うるさい。メルティ、君の元上司でしょ。なんとかしてよ。僕は今、二度寝の準備で忙しいんだ」
「えぇ……。私も動きたくないです……。あ、そうだ。エルンスト様、あれを使いましょう」
メルティが指差したのは、エルンストが「ゴミを捨てるのが面倒」という理由だけで開発した、【超広域・転移ゴミ箱】の魔法陣だった。
「あぁ、あれね。……ヴァルガンだっけ? 彼の声を『騒音』として認識させればいいのかな」
エルンストが寝そべったまま、空中に指で円を描く。
次の瞬間。
隠れ家を包囲していた軍勢の足元に巨大な光の渦が出現し――
「うわぁぁぁああ!」という叫び声と共に、宰相も、騎士団も、その馬も、まるごと王都の「肥溜め」の真上へと転送されていった。
「ふぅ。静かになった」
数日後。
王都では、驚天動地のニュースが駆け巡っていた。
『伝説の魔導師、王国最強の騎士団を一瞬で無力化。さらに聖女を懐柔し、世界を揺るがす新技術を開発中』
戦い(?)に疲弊した王宮は、ついに折れた。
「もういい、彼を怒らせるな。彼が静かに寝ていてくれるなら、それでいい」
こうして、エルンストと王国の間で奇妙な契約が結ばれた。
エルンストは、自作の「ズボラ魔法アイテム」の特許を王国にライセンス供与する。
王国は、その売上の数%を「自宅待機報酬」としてエルンストに永久に支払い続ける。
エルンストは、王都へ行く必要も、働く必要も一切ない。
「……やった。メルティ、ついに完成したよ。『何もしなくても口座にお金が振り込まれる魔法』が」
「おめでとうございます、エルンスト様。……これでもう、一生コタツから出なくていいんですね」
「あぁ。……じゃあ、祝杯代わりに、あと十時間は寝ようか」
「はい……。おやすみなさい……」
二人の天才を乗せた移動ベッドは、ゆっくりと深い眠りの海へと沈んでいく。
それは、世界で一番平和で、一番生産性のない、最強の物語の始まりに過ぎなかった。




