歩くのも面倒なので、寝たまま移動できる究極のベッドを開発した結果
使者を重力魔法で叩き伏せた、その翌日のこと。
「……あー、喉が渇いた」
エルンストはコタツの中で呟いた。
いつもなら、魔法の手が冷えた果実水を持ってきてくれる。だが、運悪く昨日の騒ぎで魔法の触媒(魔石)を切らしてしまっていた。
キッチンの棚まで、距離にしてわずか五メートル。
だが、今のエルンストにとってその五メートルは、砂漠を横断するほどに絶望的な距離だった。
「歩きたくない。一歩も動きたくない。……よし、歩かなくて済む方法を考えよう」
彼は執念だけで魔導書を広げ、五分で新しい魔法式を編み出した。
数刻後。エルンストの隠れ家から、奇妙な物体が這い出してきた。
それは、高級な天蓋付きベッドに、六本の機械的な魔導脚が生えたものだった。
その名も、【全自動・自走式安眠移動機】。
エルンストはベッドに寝そべったまま、指先一つで操作する。
「左……。あ、そこ段差あるから魔法で浮かせて。……よし、快適だ」
ベッドは滑らかに床を滑り、キッチンへ。寝たままの姿勢で、エルンストは蛇口から注がれる水を魔法の手で受け取り、喉を潤した。
「最高だ……。これさえあれば、人生の全ての移動が寝たまま完結する……」
気分を良くしたエルンストは、そのまま「外の空気を吸いながら二度寝しよう」と、ベッドを庭へと走らせた。
その頃、隠れ家の近くを、王国の「最精鋭スカウト部隊」が隠密行動で偵察していた。
昨日の使者が「エルンストは恐ろしい重力魔法を無詠唱で放った」と報告したため、その真偽を確かめに来たのだ。
「……静かに。伝説の魔導師だ、一瞬の油断も――」
隊長が指示を出そうとした、その時。
彼らの目の前を、「六本の脚で高速歩行する豪華なベッド」が横切った。
「なっ……!?」
ベッドの上には、神様が気合を入れて作ったはずの造形美を、本人の怠惰で見事に台無しにしている男が転がっていた。
しかし、そのベッドの周囲には、物理法則を無視した幾重もの『常時発動型バリア』と、周囲の魔力を自動で吸収する『超高効率変換陣』が展開されていた。
「バカな……! あの魔導脚の動き、王国の最新鋭ゴーレムより速いぞ! しかも、あんな複雑な魔法陣を『寝ながら』維持しているというのか!?」
「隊長! 見てください、あのベッドが通った後の草花が……!」
ベッドが放つ余剰魔力により、冬枯れの雑草が枯れるどころか、一瞬で大輪の花を咲かせ、果実を実らせていた。エルンストにとっては単なる「魔力の漏れ」だが、凡人から見れば「生命の創造」にも等しい奇跡だ。
「……あり得ん。彼は寝ながらにして、周辺一帯の生態系を書き換えているのか……。なんという底知れぬ魔力だ……」
偵察隊は、戦慄した。
一方のエルンストは、夢の中で「もっと枕を柔らかくする魔法」を開発しており、彼らの視線にすら気づかない。
「……報告だ。エルンスト・ラズロは、もはや人類の理解を超えている。……戦うなど正気の沙汰ではない」
こうして、エルンストが「ただキッチンへ行くのが面倒で開発したベッド」は、王宮において『戦慄の移動要塞』として報告されることになったのである。




