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伝説の魔導師、ついに「存在すること」自体が仕事になる――究極の不労所得への到達


 隠れ家の周囲は、今や「静寂」という名の物理的な壁に守られていた。


 かつては刺客や使者が絶えなかったこの場所も、エルンストが開発した『自動・門前払いシステム』と、庭で死んだ魚のような目で日向ぼっこを続ける元・勇者候補たちの姿によって、王国屈指の「心霊スポット」ならぬ「脱力スポット」として恐れられるようになっていた。


 部屋の中では、エルンスト・ラズロがコタツの重力に魂まで吸い込まれていた。

 彼の周囲を浮遊する『魔法のレイジー・ハンド』は、今や十二本にまで増設されている。一本はページをめくり、一本は室温を0.1度単位で調整し、一本はエルンストの喉を潤すためにストローを保持し、残りの数本は「なんとなくそこにあるだけで安心するから」という理由で、ただ空中で揺れている。


「……あー。……メルティ。……最近、カレンダーを見てないんだけど、今って西暦何年何月?」

 エルンストの声は、もはや発声というよりは、肺から漏れ出した微かな振動に近かった。

「……さぁ。……三日前に窓の外を見たときは、雪が降っていたような気がしますけど。……今は、セミの声が聞こえるような気もします。……どっちでもいいじゃないですか、コタツの中は常に『春』なんですから」


 隣でポテトチップスを「咀嚼するのすら面倒」という顔で口に含んでいるのは、元聖女のメルティだ。彼女の聖なる魔力は、今や「ポテトチップスの袋を、音を立てずに開ける」という一点にのみ集約されていた。


 その時、隠れ家の防衛結界に、王宮からの『至急・魔導通信』が接触した。

 通常なら無視するところだが、その通信には「緊急報酬・金貨一万枚の上乗せ」という黄金のタグが付加されていた。


「……チッ。……うるさいなぁ。……金貨一万枚? ……それを受け取るために『了解』って念じるだけで、僕の脳細胞が三つくらい死ぬんだけど」

「……エルンスト様。……一応、聞いてあげましょうよ。……おやつ代のストックが、あと百年分くらいしかないので」

「……百年か。……心許ないね。……じゃあ、一秒だけ繋いで」


 空中に投影されたのは、やつれ果てた宰相ヴァルガンの顔だった。

『エルンスト殿! お休み中、大変失礼いたします! お願いです、どうか……どうかそのまま、そこで寝ていてください!』


「…………は?」

 あまりの言い草に、エルンストの片眉がピクリと動いた。

『今、隣国の帝国が、我が国に宣戦布告しようとしています! ですが、我が国の隠密が「伝説の魔導師エルンストは、現在、国境付近の隠れ家で、一撃で大陸を沈めるための究極魔法をチャージ中である」という噂を流しました!』


「……そんなの、作ってないけど」

『分かっております! ですが、あなたがそこに「居る」という事実だけで、帝国軍は「あんな怪物のいる国に攻め込めるか!」と撤退を始めました! つきましては、あなたが今後も「何もしない」ことを条件に、国家予算の三%を「平和維持自宅待機報酬」として終身お支払いすることを約束します! 決して、決して動かないでください!』


 通信が切れる。

 静寂が戻ったコタツの中で、エルンストとメルティは顔を見合わせた。

「……メルティ。……聞こえた?」

「……はい。……『寝てろ、さすれば金を与える』と。……人類史上、最も賢明な王宮の判断ですね」


「……素晴らしい。……僕がついに、ニートになった瞬間だね。……よし。……この偉業を祝して、あと二十時間は寝よう」

 こうして、エルンスト・ラズロは、何もしないことで世界を救い、何もしないことで富を得るという、全人類の夢を体現した「概念としての仕事」に就任したのである。

 

 

 

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