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東方想系譜 ~巡礼終幕の章~

 砂利を踏む音。川の流れる音。鹿威しが鳴る音。少女は立ち止まる。


「幽々子様。今夜のお食事はいかがなさいますか?」


 風が優しく吹いて、幽々子の髪が揺れる。大きな桜を眺めながら、幽々子は質問に応える。


「そうねぇ。今日はこれを観ていたいから、ご飯じゃなくてお団子がいいわねぇ」


「お団子…西行妖でお花見ですか? 花はついておりませんが…」


 西行妖。ここ冥界に聳え立つ巨大な妖怪桜の名称。千年に一度の周期で花を咲かせる。


「気持ちの問題よ、妖夢。花をつけずとも、美しいものは美しいの」


 ―魂魄妖夢―

 半人半霊の剣術指南役。幽霊と人間のハーフで剣術の達人。


「すみません。では、今夜はお団子にいたします」


「えぇ。いっぱいお願いね。あら?」


 幽々子が妖夢の方を振り返った時、妖夢の片割れである半霊がやってきた。


「どうしたの?……え? 帰って来たの?」


「帰ってきた?」


 幽々子はきょとんとした顔で妖夢を見る。妖夢は半霊を撫でながら、今しがた聞いた報告を幽々子に告げる。


「菫が帰ってきたようです」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うわっ!」


「大丈夫? ごめん忘れてた」


 転んでしまった橙を、菫が抱き起こす。辺りは薄暗く、目の前には階段がある。その階段の遥か上から、白い靄のような光が差し込んでいた。


「わたし冥界って初めて。菫、何が起きたの?」


 橙が立ち上がって周囲を見渡しながら菫に尋ねる。


「えっとね、冥界ってほんとは死なないと行けないでしょ? だから紫様が境界をいじって冥界と幻想郷を繋げて行き来ができるようにしたんだけど、死者と生者は住む世界が違い過ぎるからちょっと入り口が歪んでるんだよ。そのせいで上下が反対になってる」


 説明しながら、橙の服についていた汚れを払って落とす。


「そっか! だから入った時にすぐ頭ぶつけたんだ」


 橙が帽子を被りなおして納得の表情を浮かべる。


「そうそう。でも入っちゃえば何も問題は無いよ。入る時に、今みたいにならないように気を付けるだけ」


「分かった! 覚えとく!」


「えーっと……お! 妖夢の半霊じゃん! 久しぶり!」


 菫が方向を確認していたところへ、階段の上から白い煙のような物体が近づいてきた。


「あ! 幽霊だ!」


「ちょうど良かった。妖夢たちに、僕が来たことを伝えてきて。僕らは西行妖を観てから行くから」


 菫が要求を伝えると、半霊はにょろにょろと飛んでいった。


「さいぎょうあやかし? 何それ?」


「ここ冥界にあるおっきな妖怪桜だよ。今は花がついてないけど、結構綺麗なんだよ」


 菫が浮遊して階段を上がる。その背中へ橙が飛び乗る。橙がしっかり掴まったことを確認してから、菫は階段の上部にある光へと飛んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 砂利を踏む音。川の流れる音。鹿威しが鳴る音。少年と少女は立ち止まる。


「やぁ妖夢。久しぶりだね」


「はい。本当に。それに、自分の刀も完成したようですね」


 菫の腰に納まっている刀を見て、妖夢は微笑む。菫は腰から外して全体を見せる。


「うん。にとり達が頑張ってくれたんだ」


「もう名前は付けましたか?」


「あぁ。素早斬空剣。そう名付けたよ。それと…」


 菫は抜刀して目を閉じる。一瞬の溜めのあと、菫と素早斬空剣に変化が起こった。


「状態の変化…刀にも効果があるのですか?」


「うん。にとり達が作ってくれたこの刀は、僕の妖力と共鳴することで僕と一体化している。そしてこの状態の時、刀の名称も変化する。この時の名は、雷光無塵剣」


 雷光無塵剣は白い光を放ち、周囲に圧をかけているかのようにその存在感を示している。


「素早斬空剣と雷光無塵剣…。私の影響受け過ぎですね」


 刀の名称を聞き、霊夢は『ぷっ』と笑いだす。


「楼観剣と白楼剣がかっこいいんだもん。負けてられないよ」


「あら。私が来る前に随分と楽しそうじゃなぁい?」


 菫と妖夢が立つ砂利場の一段上、縁側に幽々子が立っていた。


「申し訳ありません。幽々子様」


「お久しぶりです。幽々子様」


「いいのよ妖夢。菫もよく来てくれたわね。それと、あそこにいるのは橙?」


 幽々子の視線の先には、妖夢の半霊と追いかけっこをして遊んでいる橙がいた。


「そうです。今は僕とお世話になったところを周っています」


「そうなのね…」


 幽々子は視線を橙から砂利場へと移す。そこにあるのは、はしゃぎまわる橙へと続く足跡と縁側から妖夢へと続く足跡の二つだけ。


「足跡が無い……飛べるようになったのねぇ。成長したじゃない」


「ありがとうございます」


 菫は状態変化を解き、刀を鞘に納めながら礼を言った。


「この後はどうするの? もぉ他へ行ってしまうの?」


「そうですね、一応挨拶が目的なので。何か手伝えることがあれば別ですが」


 幽々子の質問に菫は考えながら返す。すると幽々子は橙の方へ再び視線を向けた。


「ね、ねぇ。急ぎじゃないなら、ちょっとあの子にスリスリしてもいい?」


「「え?」」


 菫と妖夢は、揃って幽々子の方を向いて固まってしまった。


「……冗談、冗談ですよね?」


「いいえ妖夢。私は本気よ」


「……な、なぜですか?」


「だって可愛いじゃない」


 菫の質問に応えた幽々子の眼はハートになっていた。妖夢と菫は顔を見合わせ、深いため息をついた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 橙が解放されたのは夕方になってからだった。全力ですりつく幽々子に対して橙は初めこそ抵抗していたが、やはり存在の桁が違う。後半はされるがままになっていた。


「うー。疲れたー」


「お疲れ橙。頑張ったね」


「菫。幽々子様の気が変わらないうちに行った方がいいですよ。じゃないとその子が危ないです」


 へとへとになっている橙を菫が抱える。


「警告ありがとう、妖夢。そうさせてもらうよ」


「次はどこへ? 地底へ行くのでしたら、あちらから行くのが手っ取り早いですよ」


 妖夢が指した方向には、菫たちが冥界に来るときに入った穴と同じような穴があった。


「あ~そういえばあったねあれ。じゃああれで行かせてもらおうかな」


 菫は浮遊し、妖夢と幽々子の方を見る。


「じゃあ二人とも元気で。また来ます!」


 妖夢は静かに手を振り、幽々子は『ばいばぁい』と元気よく手を振っている。背中の橙が身震いをしたので、さっそく地底へ通ずる穴へと向かった。


「じゃあ私も行こうかしら」


「え? どちらへ?」


「紫のところよ。お夕飯前には戻るわ。ここはしばらく任せたわよ」


 白玉楼に妖夢を残し、幽々子は境界の方へ浮遊していった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕日を鑑賞しながら空を翔ける影。そのすぐ傍にスキマが開く。


「日があるうちに飛んでいるなんて珍しいじゃない」


「ん? 紫じゃないですか」


 影は紫を一瞥し、そのまま飛行を続けた。


「龍は星空しか興味ないと思っていたのだけどね」


「そうでもありませんが、今日はただ占いに従ってるだけですよ」


 ―飯綱丸龍―

 夜の星空を翔ける大天狗。妖怪の山を実質統治している指揮官。


 二名は夕焼け空を飛びながら会話を続けた。


「それで、何か用があるのでは?」


「そうね。でもその前に、今日の占いって何? いいことだった?」


「今回はの占いは、どうなるかは私次第という感じですね。『不可視を重んじ、己の感を極めよ。さすれば運命が動く』というものでした。視えないものを感じないといけないので、こうして空で感覚を研いでいたんですよ」


「なるほどね。参考にさせてもらうわ」


 雲を突き抜け、遮るものが無い空の上で紫は用件を話した。


「本題に入るけど、そろそろ来るであろう災いに備えて天狗たちに警戒させてほしいのよ」


「随分突然ですね。妖怪の山の警備なら心配ないですよ。暇ですので、何かあった方が逆にいいくらいですが」


「そうじゃないわ。幻想郷全体の警戒よ。それに、白狼や鴉じゃ相手にならないでしょうね」


 龍は紫を横目でちらっと見る。


「分かっているのなら、もっと具体的に教えて欲しいですね。私の部下たちを無駄に死なせたくはないですから」


「安心して。月のようにはならないわ。ただ、状況を利用したいのよ」


「利用?」


「ええ。そろそろ鈍ってきた幻想郷に、緊張を走らせるの。そのうち菫の魂がここに来る可能性が高い。それが脅威だった場合は、一度我々で応戦するの。退治できればそれで構わないし、出来なければ菫に任せるわ」


「随分と傲慢な。例の彼が勝てる見込みはあるのですか? その未知の相手に」


「少なくとも負けはしないわ。そういう子だもの」


「…親バカですね……先ほど月のようにはならないと言ってましたが、全勢力で応戦ですか?」


「いいえ。冥界と地底は参加させないつもりよ。万が一に備えて、霊と怨霊を管理してもらうわ。それ以外は参加したいものが参加ね。妖怪の山は強制よ」


「強制…まぁ鬼の皆さんが行きたがるでしょうから、どちらにせよという感じですね。それと、天魔様は今回も例外ですか?」


「……出てこられても困るでしょう? もちろん例外よ」


「それもそうですね。分かりました。警備は各拠点の巡回ですか? それとも結界周辺ですか?」


「結界周辺ね。来るならそこからしかないし」


「分かりました。これから取り掛かります」


「お願いね」


「用件は以上ですか?」


「えぇ。あぁそれから、萃香に集合するように伝えておいて」


「ご自身で伝えられては?」


「感覚を研ぎ澄ますんでしょ? 一回強い気に当てられるのもいいと思うのだけどね」


 会話を済ませると紫はスキマへ入り、龍は溜息を吐いて高速で妖怪の山へと戻った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 冥界と旧地獄の境界を通って、菫と橙は地霊殿を目指していた。


「菫、こっちに行くときは冥界みたいに逆さまになったりしないの?」


「いい質問だね。現世と冥界は生者と死者だったけど、旧地獄と冥界はどっちも死者の領域だからね。歪みが発生するほど違う世界じゃないんだよ」


「う~ん? そっかぁ」


 二人は境界を潜り抜けて、旧地獄へと入った。その瞬間、橙の様子に変化が起こった。


「菫。あれダメだよ…あれは…」


 眼下で蠢く大量の何かを見て、橙が体を竦ませる。


「うん、怨霊だね。妖怪にとっては確かに苦手かもね。人間にとっても」


 旧地獄へと降り立ち、菫は素早斬空剣を構える。


「橙はここを動かないで。僕が済ませるから」


「わかった…」


「よぉし、久しぶりだね。みんなとの乱取りは」


 菫はこちらを見下ろす大量の怨霊と対峙した状態で笑みを浮かべる。


「水陣攻舞・乱世の終幕」


 刀を抜き、スペルを発動する。刀に水が走って水刃が形成される。

 迫りくる無数の怨霊を、舞うように斬り伏せていく。


「わーー!!」


 橙に怨霊が迫る。


「動かないで」


 橙を中心にドームを構築するように水の斬撃が広がっていく。

 適応で獲得した水属性によって、滑らかな斬撃と斬撃効果の増加。そして動きが止められるまで、もしくは相手がいなくなるまで終わらない演劇を行う技。地霊殿での修行の成果。


 洗練された剣技は、余韻として残る水流と重なって美しい芸術作品となっていた。しかし、長らく続いたこの演劇も終わりを迎える。


「止まりなさい」


 声が聞こえると共に、旧地獄に緊張が走る。


「下がりなさい」


 怨霊たちは声に従って、ゆっくりと退いていった。


「もう終わっちゃったか。ありがとう、さとり」


「いいんですよ。菫が良ければ、また呼び戻しますよ?」


 名残惜しさを感じさせた菫の心を読み、さとりは無表情のまま提案する。


「いや、いいよ。今夜は顔を見せに来ただけだから」


「今夜? あぁ。地上はもう夜ですか」


 さとりは暗闇に包まれた旧地獄の天井を見上げる。


「こいしたちには会いますか? あの子はどこにいるかは分かりませんが」


「どうしようかな。うーん。会いたいけど、橙が怖がってるからもう行こうかなって」


 菫は橙の様子を背中で感じ取り、さとりからの提案を断る。そしてさとりは橙を見ずに、菫の眼をじっと見た。


「やっぱり正直ですね。菫がここのみんなを大切に思ってくれて私もうれしいです」


「あ。今視たでしょ」


「そりゃ視ますよ。私はさとり妖怪ですよ? ん…」


 さとりは話し終えると、横をちらっと見た後に目を閉じた。


「どうした?」


「いえ、なんでもありません。それよりもあの子がそろそろ」


 さとりは橙の方を視ていた。


「あぁそうだね。じゃあそろそろ行くよ。みんなによろしくね」


「えぇ。また」


「橙、おまたせ。行こう」


「早く! ここいやかも」


 菫は橙を抱きかかえ、宙に浮かんだ。


「ばいばい」


「はい。ばいばい」


 菫が手を振り、さとりも手を振り返す。飛び立つ教え子の背中を見届けてから。


「もういいですよ」


 さとりが声をかけると、頭の中に声が流れてきた。


「もう行った? あの子も律儀ね」


「紫様がそうであるように、菫も幻想郷を愛しく思ってるんですよ」


「あら、私の方が愛しているけどね」


「そうですね。失礼しました」


 さとりは微笑み、目を閉じて頭を少し下げた。


「それで、ご用件は?」


「あ、忘れてたわ。集合してちょうだい。話したい事があるわ。こいしを地霊殿に残しておいてね」


「なぜですか?」


「怨霊を見ていて欲しいからよ。そろそろアレが来るわ」


「アレ…分かりました。地霊殿に戻って任せてきます」


「お願いね」


 頭から何かが無くなる感覚とともに、紫との会話が終了した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 妖怪の山。温泉。揺らめく三つの影。


「いやぁ菫がいてよかったねぇ。でなきゃお前、今頃温泉じゃなくて三途の川に浸かってるとこだよ」


「本当に助かりました! 感謝しかありません! そしてそろそろ酔いも回ってきたので上がらせていただきたいと思います!」


「何を言ってるんだい? 私が許してやったということは、ともに酒を交わし盟友としての親交を深めるということさ。ぷはぁ。それに付き合うのがお前さんの筋ってもんじゃないのかい? え?」


 飛んでいこうとする文を勇儀が捕まえて湯の中に引き戻す。


「まったくだねぇ。それにしてもよく許したじゃないか勇儀。あんたのことだから、どうせ戦い終わった後でいちゃもんつけると思ってたよ。ぷへぇ」


「萃香とじゃれてやり合ったとき並みに満足したからね。あいつは中々やるよ。今度やってみるといい」


 鬼。鴉天狗。鬼。勇儀と萃香に挟まれた文は、酒と熱で茹でだこになってきていた。


「ここ最近遊んでいないからねぇ。久しぶりに暴れたいもんだ」


「私とやるかい?」


「スペルじゃない。久しぶりの命の取り合いさね」


「ほう。攻めるねぇ。今のあんたの顔を見ると昔を思い出すよ。戦乱の世を」


 二人は酒を飲み、目を閉じて過去を想い出す。


「間も無くその願いも叶うかと」


 鬼が回想に耽っている一瞬の隙に、もう一つの影が温泉の縁に降り立った。


「ん? 龍か。それはどういう意味だい? あんたが相手してくれるのかい?」


「いえ萃香様。私ではあなた様を満足させられません。別の者がそれに値するでしょう」


「もったいぶるんじゃないよ。知ってるように萃香も私も気は長くないよ」


「失礼しました勇儀様。紫様からの言伝です。萃香様は集合して欲しい。そして勇儀様達は、私たち天狗と共に待機していて欲しいとのことです」


「待機? 何か始まるのかい?」


「集合ねぇ。今回は全員来るのかねぇ」


「私は文を回収して、天狗たちに指示を出してまいります。お二人もご準備を」


「わかってるよ。うるさいねぇ。気分がいいうちに早く連れていきな」


 勇儀と萃香が大股でふらふらと温泉を離れていく。龍は文を温泉から引き上げた。


「文も頑張ったね。私の部屋で休みな」


「すみましぇ~ん」


 文は顔が余すところなく真っ赤になり、体から湯気が漂っていた。

 ふやけた文に服を着せてから、龍はすっかり暗くなった空に向かって飛翔した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


~続く~


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