東方想系譜 ~新人修行の章~
魔理沙が激しい弾幕を張り、霊夢はそれに合わせて避ける。時に結界で防ぎながら反撃をしている。
「まずは、あの二人の戦いから多くを得るのよ。ここ幻想郷での戦闘は、必ずしも殺し合いではないの。それはお約束であり、ルールであり、友人との交流でもある。今回は交流ね。そして、それを可能にしているのがスペルカードルールよ」
「ルール…」
菫は紫との約束を果たすため、目の前で行われている霊夢と魔理沙の戦いについて学び始めたところだった。
「ええ。この世界の住人、妖怪とかがそうね。強い力を持つ者たちは、弱い者や力を持たない人間を殺すと自分の存在意義がなくなってしまうの。だから、脅かしたり互いに力を試したりするために、あえて致死性のないルールで戦うことを約束しているの」
紫は紅茶を淹れた。
「貴方がさっき受けた攻撃は、魔理沙が霊夢に向けて放ったもの。霊夢を殺すには程遠いものだけど、貴方を傷つけるには十分すぎるものだった。もし魔理沙が今の貴方と戦う時には、命を奪わない攻撃をしてくるはずよ」
「それがルールだから…」
「そうよ。あら、来るわよ。御覧なさい」
紫の指示に従い、菫は二人の戦いを観戦する。
「オーレリーズサン」
魔理沙が召喚魔法でミニチュア太陽を取り出す。
「封魔陣」
魔理沙のスペルに対して、霊夢がスペルで陣を構える。
「魔理沙や霊夢が、技を出す前に言っているのがスペルということですね?」
「その通りよ。弾幕に名前とルールを付けて行う。それがスペルカードルール」
「オーレリーズソーラーシステム」
魔理沙が先ほど召喚したミニチュア太陽が分裂し、周囲に光と熱を振りまく。
「ルールは他にもありますか?」
「そうね…霊夢の動きをよく見なさい」
菫は霊夢の動きを注視する。霊夢は太陽たちの間を縫うように飛んでいる。
「よくわからないです。ただ飛んで避けているようにしか」
「それでいいの。逃げ道を用意する。もしくは相手が防げるようにするというように、回避や防御が可能な攻撃に設定することがルールよ」
「それでは勝負がつかないのでは?」
紫に純粋な疑問をぶつける。
「いい質問ね。ここでは幻想郷の平和と安定を保つことが最優先。ゆえに、殺し合いをしないことが常識なの。もし勝敗をつけたいのであれば」
扇子を開き、口元を隠す。
「互いの合意の上で力を出し尽くし、勝敗を認め合う。その場合のルールはその者たちが決めるの」
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魔理沙と霊夢の交流は、後半で肉弾戦へと移行し、霊夢の膝蹴りと魔理沙の肘打ちの相殺で終わった。両者は同時に数歩後ずさり、激しい息を吐き出す。
「はぁ……はぁ……ったく、相変わらずしつけえ奴だな、霊夢」
「それは…こっちの…台詞よ、魔理沙。あんたの攻撃は毎回しつこい弾幕と火力のゴリ押しなんだから」
汗と土埃にまみれた二人は、満足そうな表情を浮かべていた。互いに勝敗を口にしないが、この交流はこれで終わりだと理解している。
「だがまぁ面白かったよ。おかげでスッキリしたぜ!」
魔理沙は箒を拾い上げ、軽やかに笑った。霊夢は腰に手を当て、疲れた顔で嘆息する。
「もう来ないでよね。掃除が増えるんだから」
「二人ともお疲れさま」
互いに軽口を叩き合っているところへ、安全を確認した菫が歩み出てきた。
「お、さっきの奴か。は? もう治ってるのか? お前は何なんだ?」
魔理沙は混乱しながらも元気よく菫に話しかけた。
「僕は八雲菫。紫様と藍様に使えてる式神だよ。今は紫様のご命令で、霊夢の下で幻想郷の日常と常識について学んでるんだ」
「大方そんな感じね。雑用係として、住み込みで働いてもらえて助かってるわ」
霊夢が服の汚れを払いながら少し補足する。
「なぁるほどな。てことは人妖的な感じか。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ」
魔理沙も立ち上がり、服の汚れを気にもせずに自己紹介した。
「魔理沙ね。よろしく」
「あぁよろしくな! 霊夢んとこにいるなら、私と会う機会も多いぜ。暇だったら店に来てくれよな」
「店? 魔理沙も店をやってるの?」
「あぁ。霧雨魔法店って名前でな。名前はこれだけど、実際は何でも屋だな。道具系の客は香霖堂に持ってかれちまうからな」
魔理沙は悔しそうで、そうでもなさそうな表情を浮かべる。
「香霖堂って霖之助のとこだよね。僕も行ったことあるよ」
「げ! もう先越されてたか」
「ちょっと。話してないで掃除するわよ。まだ今日の分が終わってないんだから」
魔理沙と菫の話を遮って、霊夢が割り込んでくる。
「悪かったよ。雑用係も大変だな」
魔理沙は笑いながら菫の右肩を叩いた。
「あと、腕のことは悪かったな。貸しにしといてくれ」
「あぁ大丈夫だよ。もう治ったし」
「そっか? お前がいいならいいや!」
魔理沙は箒へと跨り、二人を振り返る。
「霊夢もまたな!」
「はいはい。早く行きなさい」
飛び立つ魔理沙を見送り、菫は手を振って送り出す。その横で、霊夢は溜息を漏らす。
「疲れたわぁ。掃除はやっておいて」
霊夢はふらふらと神社へと歩き出す。その背中へ菫は声をかける。
「わかった。ゆっくり休んで」
霊夢が置いていった箒を拾い、菫は参道の枯葉を掃き始めた。
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木造。暗闇。淡い灯り。上下左右が存在せず、階段や部屋が入り乱れた空間。
人間ならばすぐに酔いそうな場所で、可愛らしい声が木霊する。
「え~わたしが何かするんですかぁ?」
「そうだ。頑張ったらマタタビをあげるから」
子どもが親のお願いを嫌がっているかのようなやり取り。
「ふふ。来客よ」
空間に流れる異質な気配を察知し、親子風のやり取りを眺める者が声をかける。
「あらあらまぁまぁ。相変わらず可愛いわね、橙」
来客は、階段を下りながら橙という子どもへ声をかける。
「幽々子様。お久しぶりです」
「藍。久しぶりね。変わりはないかしら?」
扇子を開き、微笑みを隠しながら幽々子は藍と橙を見つめる。
―橙―
藍の式神の少女。化け猫に式神を付けている。
―西行寺幽々子―
幽冥楼閣に住まう亡霊少女。冥界にある白玉楼の主。
「幽々子。来てくれて感謝するわ」
「紫が呼ぶなんて珍しいと思ったのよ。普段はそっちから来るのにね」
「いろいろあってね。お茶菓子を用意してあるわよ」
紫が招いたテーブルへと幽々子が近づく。
「もう! 私は大食いキャラじゃないってば。ちょっと食べるのが好きなだけよ」
幽々子は紫の用意したお菓子の量に顔を赤くしながらも、さっそく団子を食べ始めていた。
「おや? アタシが最初じゃないのかい」
幽々子と紫が振り向いた先には、大きな瓢箪から豪快に酒を滴らせながら呑む少女の姿。
小さな体とほぼ同じサイズの瓢箪を片手で持っている。
「萃香。そこで溢されると下の畳が濡れるのよ」
小言を言われ、萃香という少女は紫を睨みつける。
「はぁ? アタシから見れば上なんだよ。こんな構造になってる方が悪いね」
―伊吹萃香―
小さな独りの百鬼夜行。妖怪の山を統べる鬼の四天王が一人。
「そうかもね。まぁ降りてらっしゃい」
藍に掃除するよう合図し、紫は萃香をテーブルへ招く。
「お茶菓子しかないねぇ。肴はないのかい?」
「あ、忘れてたわ。橙。悪いけどアレを持ってきて。藍は掃除をお願いね」
紫の指示を受けて、橙と藍はそれぞれの任務を行う。
―バタンッ―
扉を勢いよく開く音ととともに、二つの影が会場へと入ってきた。
「うわぁ。藍さんに掃除させてますよ」
「さとり。いつもの光景だ。突っ込むのも疲れた」
「すみません。隠岐奈様」
―古明地さとり―
怨霊も恐れるさとり妖怪の少女。地霊殿の主であり、旧地獄の管理者。
―摩多羅隠岐奈―
秘匿された究極の絶対秘神。後戸の国に住まう幻想郷創設者の1人。
「あら。一緒に来たのね」
「私はお前と違って、自分だけ転移するような薄情者ではないのでな」
紫のきょとんとした顔にむかついた隠岐奈は、少し嫌味をぶつけた。
「私がのんびり歩いて移動していたところを、隠岐奈様が声をかけてくださったのです」
さとりは眠そうな顔をしながら隠岐奈と一緒になった経緯を説明した。
「なるほどね。そういうこと。二人もこっちへいらっしゃい」
中央にお茶菓子が置かれたテーブルを、五名の顔ぶれが囲んで座っている。
丁度さとりと隠岐奈が席に着いたタイミングで、橙が萃香用の肴を持ってきた。
「幽々子、萃香、さとり、隠岐奈、そして私。全員揃ったわね」
「永遠亭とか、紅魔館の連中とかは呼ばないのかい?」
橙の持ってきた肴をつまみながら、いつもの顔が少し足りないことを萃香が気に掛ける。
「えぇ。今回声をかけたのはこれが全員よ」
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「以上が、今回みんなに集まってもらった理由と、みんなに対するお願いよ」
紫は長きに渡る説明を終え、スキマから紅茶セットを取り出す。
「隠岐奈様はご存じだったのですね」
「あぁ。彼…菫といったか。菫に式神をあてがった後に知ったがな」
さとり妖怪は理解が早くて助かる。紫は紅茶で喉を潤す。
「結局分からん。頼まれたことは面白そうだが、目的が分からんねぇ」
萃香が酒を一気に飲み干し、紫へ質問をぶつける。
「菫とやらをどうするつもりだい? 何に使うのさ?」
「それは私も気になるわぁ」
幽々子がお茶菓子を食べながら萃香に続ける。
「うちの妖夢を貸すことは構わないわよ。でも、やっぱり目的が知りたいわ」
全員から視線を向けられた紫は目を閉じる。そして立ち上がり、背を向けた。
「私の目的は…」
紫はゆっくりと振り返り、全員を見据える。
「彼を幻想郷の防衛機構に育て上げることよ」
お茶会の会場がざわつき始める。
「親ばかめ」
「まぁまぁ」
「かっかっ」
「…………」
扇子で顔を隠しながら紫が続ける。
「かつてのレミリア。かつての幽々子。かつての萃香。かつての隠岐奈のように、幻想郷に害をなす者に対して私たちは苦境からの逆転を強いられてきた」
「言い方が気に食わないねぇ。その通りなんだがね」
萃香が頭をぼりぼりと掻きながら愚痴をこぼす。
「今更言われると恥ずかしいわぁ。私は別にみんなを苦しませた覚えはないのだけどね」
幽々子がのほほんと煎餅をかじる姿を見て、藍と橙がジト目で見る。
「あの異変は我々にとっては苦境でしたよ。毛が抜けたばっかりなのに、冬にされたんですから」
「そーですそーです。わたしすごい寒かった!」
二人の苦情には聞く耳を持たず、紫たちは会合を続ける。
「いつも後手に回っていた。それではここを守り切れない。だからこそ、彼が必要なのよ」
「妖力を使わない再生。相手や状況に適応する能力。生きることに特化して日々成長を続ける忠実な式神。最適だな」
紫の目的と聞かされた菫の性能を照らし合わせて、隠岐奈が話の辻褄を見出す。
「そう。彼を鍛え、育て、成熟させるために貴女たちの協力が必要なのよ」
紫は再び席へと戻り、紅茶を啜る。
「教えてもらったし、協力は惜しまないつもりよ。私は」
幽々子が意味ありげに目を閉じて団子を頬張る。
「それはアタシに言ってるのかい? 言ったろ。面白そうだって。やるよアタシも」
「鬼が首を縦に振るなら、私も協力させていただきます」
萃香に続いてさとりが申し出を受け入れる。
「ありがとう、みんな。じゃあ、再度みんなの役割を確認するわね」
承諾を貰えた紫は、嬉しそうにしながらスキマから大きな巻物を取り出した。
―八雲菫育成計画・全貌―
➀八雲家・八雲紫と八雲藍、橙。
幻想郷内の基本的な情報の取得。妖力の知覚と簡単な扱い方の伝授。
②博麗神社・博麗霊夢と霧雨魔理沙、森近霖之助。
自然な話し方の取得。体術における攻防と妖力の扱い方の伝授。魔力と霊力への適応。
③妖怪の山・伊吹萃香とその他の妖怪たち。
妖術の取得。妖術と体術の組み合わせの構築。鬼の力、天狗の速度、河童の武器への適応。
④白玉楼・西行寺幽々子と魂魄妖夢。
剣術の取得。死への適応の促進。剣術と体術、妖術の組み合わせの構築。
⑤地霊殿・古明地さとりと古明地こいし、怨霊たち。
動きを読まれているうえでの戦いの動きの構築。怨霊たちとの無限乱取り。
〇その他
各場所の情報の取得。関わった者たちの情報の取得。幻想郷における日常と常識の理解。
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博麗神社。修業期間:一年
「そう。相手の攻撃に合わせて防ぐのよ」
「着弾の箇所は硬く、流す箇所は柔らかくをイメージするの。そして妖力を展開した後も自
身の守りは疎かにしないように。でないと踏ん張れないからね」
「違う! 一撃に全てを込めるんだ」
「私ん中では、魔法を放つ感覚と同じだな。真っ直ぐ相手に向かって打ち込むんだ。そうすりゃ力が全部伝わるぜ!」
妖怪の山。修業期間:三年
「力の使い方を覚えるんだよ」
「さぁさ、やって見せようか!」
「あんたは黙ってな! ふぅ。いいかい? ここにデカい岩があるだろ? これを真っ二つ
に割る。真ん中を貫く。バラバラに砕く。この三つを習得しな」
「こっちでは速度をお教えします。まずはついてくるところからやっていきましょう」
「次は反射です。高速の動きに反応できるようになりましょう」
「やぁやぁ! あたいらの作品の実験台になってくれるらしいね。思う存分ぶち込ませてもらうよ」
白玉楼。修業期間:四年
「剣術指南役の妖夢です。殺しても構わないとのことでしたので、遠慮はしませんよ?」
「流れの中で斬り込んでください。引き斬ることが刀の極意です!」
「死にながら剣術と体術と妖術を合わせていこうかしらねぇ。ゆっくり殺していくわよ」
「刀でつくった隙に蹴り技を入れれば、体勢を崩せますよ。あとは斬り込みながら奥へと距離を稼いで妖術を出してみるのも効果的ですね」
地霊殿。修業期間:六年
「あははは! こっちだよー!」
「上からですね。読めてますよ」
「癖になっている動きが通じなかった場合のことを考えた方がよろしいですね。動きの型を何通りか作っておくことは、戦いの場において活路を見出す鍵になります。私には見えてしまいますが」
「こっちだよー! あははは!」
「後は、怨霊たちとの乱取りの中で身に付けたことを定着させていってください」
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生い茂る草木を掻き分け、丁寧に均された枯山水へと足を踏み入れる。
「久しぶりに帰ってきたな」
縁側へと辿り着き、一息つく。今しがた通った枯山水には、誰かが踏みしめた痕跡は見られない。
「あら。帰って来たのね、菫」
菫が振り向いた先には、扇子を静かに折り畳み、菫を見つめる紫の姿。
「お久ぶりです。地霊殿でのご助言の時以来ですね」
「段階的に貴方を見て来たけど、完成した姿はやはり一味違うわね」
十五年。十五年に及ぶ適応修行の成果を、紫はじっくりと眺める。
「ありがとうございます」
菫はにこやかに礼を述べる。
「菫!? 橙! 菫が帰ってきたぞ!」
藍が書類を抱えて駆け寄ってくる。背後から橙も突っ込んでくる。
「菫だぁ!」
抱きつく橙を菫が受け止める。
「橙! 久しぶりだな! 藍様もお久しぶりです」
「前に会った時よりもたくましくなったな」
菫の体を確認するように叩きながら、藍が頷く。
「菫! またわたしと遊ぼう!?」
「あぁ。これで修行が終わったから、世話になったところを周るよ。橙も来る?」
「行く行く!」
橙はうれしそうに笑い、尻尾をぶんぶん振っている。
「ついに完成したわね。私たちの防衛機構が」
「はい。紫様からの課題を達成し、聞かされていた防衛機構に近づけたと考えています」
紫の眼差しを正面に捉え、修行の成果を眼力で伝える。
「そうね。次は、課題ではなく使命を与えるわ」
紫は短く、重大な使命を菫へと伝える。
「菫の花言葉にふさわしく、幻想郷内部の愛する者たちには小さな幸せを。外部の徒なす者には、その名の通りに毒牙を向けなさい」
「承知いたしました」
菫は跪き、自身の使命を承諾する。
「菫、がんばれー!」
「あぁ!」
菫は橙からの声援に、力強く応えた。
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―幻想郷の外―
「兄さんの意思は、僕が継ぐよ」
男は拳を握りしめ、長きに渡る苦悩から這い上がり、己の進むべき道を掴む。
「兄さんの元へ、必ず届けるから」
男は立ち上がり、その身に生じた変化を体感する。
「東へ。そこに兄さんもいる」
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~続く~




