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東方想系譜 ~異人到来の章~

※読むにあたっての注意事項※


・この作品は、東方Projectの二次創作です。


・登場人物の設定やスペルカードの設定が、原作とは異なる場合があります。


・素人なので、読みにくさや不可解な描写が多々あると思われます。


・作者オリジナルの主人公が登場します。


・作者オリジナルの用語などが使用されています。


・その他いろいろ、この作品を許容できない方はお戻りください。


・この小説のほかに、登場する人物と用語の一覧があります。


※その他


・「」は台詞、『』は心の声などの表現に使っています。


・ーーで挟んでいる文は、効果音や説明など便利に使っている記号です。


・途中で現れる長いーーの線は、場面の切り替わりを表しています。


・地の文は一段落空けて書いています。


長くなりましたが、説明は以上です。

質問がある場合は、作者にお願いいたします。

それでは、以上の全てを許容できる方はお進みください。


 東へ。険しい岩山を歩くひとつの影。


 東へ。杖代わりの木の枝を突く音。荒い息遣い。


 東へ。崖っぷちで立ち止まり、下の森を眺める。


 東へ…行きたい。現実を離れ、そこへ辿り着くために。

 虚ろな目をした青年は、さらに一歩踏み出した。


「うっ―――――――」


 息が詰まる感覚。息を吸うことも吐くこともままならない。

 たった数秒で、車よりもはやい速度に達する。


 青年は落下していた。

 ―辿り着けないのなら、もう…―

 酸欠で朦朧としてきた中で、少年は死を悟り、死を受け入れ、意識を閉ざす。しかし――


 ―ガッ!!―


 意識に反して、肉体は活路を見出す。右足で崖面を蹴った。下へと向かう進路を前方へ変更する。


 ―・・・・・・・・―


 不思議な音とともに、不思議な感覚が訪れる。意識は何かに衝突する感覚。そして肉体は何かを通過する感覚を味わった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 寒くて目が覚める。カーテンから漏れる朝日を感じても、毛布を深くかぶって二度寝する。

 『まだ寝てたい』

 そう思った。しかし、現実は甘くない。


 ―ピピピピッピピピピッピピピピッ…―

 スマホのアラームが鳴ってしまった。

 『もう六時かぁ』

 画面をスライドしてアラームを止め、伸びをする。


「おはよう」


 家には自分ひとりしかいない。しかし、挨拶は大事だ。頑張って布団から這い出た。トイレへ行って用を足し、手と顔を洗ってうがいをする。そして歯を磨けば、かなり目が覚めてくる。


 居間へ行き、朝食の準備をする。冷蔵庫を開いてみるとバナナが一本だけあった。


「あ~そうだった」


 昨日の時点で空っぽなのはわかっていたのに忘れていた。仕方なくバナナを取り出して一口かじる。

 『あ、水飲んでない』

 バナナを飲み込んだ後、キッチンでコップに水を注ぐ。もちろん水道水。


「冷てぇ…」


 十一月の半ば。一気に飲み干した水は、お腹を壊しそうなほど冷たい。

 再びバナナをかじりながらテレビをつける。リモコンを操作して天気予報を画面に表示する。


「曇りか。雨じゃなければいっか」


 今日は予定があるから雨は困る。曇りのち晴れの予報なら降ることはないだろう。

必要な情報は見たのでテレビを消す。そして食べ終わったバナナの皮をビニールに包んで、ごみ箱に捨てる。

 振り向いて時計を見る。六時十七分。これから着替えて出発すれば、早めの電車に乗れる。これを逃したら、目的地までの数時間は立ちっぱなしだ。


「着替えるか」


 寝巻を脱いで、ジーパンを履く。Tシャツを被り、上からパーカーを羽織る。

 『これじゃさすがに…』

 先ほど見た天気予報を思い出す。今日の最低気温は、確か七度。パーカーを脱いでスウェットを一枚被った。再びパーカーを羽織って手袋をつける。


「行ってきます」


 スマホ、鍵、ハンカチ、財布。持ち物を確認して家に挨拶をする。やはり挨拶は大事だ。

 玄関の扉を開けると、冬の冷気で青年の体は竦んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「反応があったから来てみたけれど、どこいったのかしら」


 これまでも結界に反応があったことはあったが、今回の反応は奇妙なものだった。


「さすがに原型は留めていないかもね」


 落とし物を拾うために森林へと向かい、空から落下予想地点を探索する。


「あら…」


 草木が折れている場所で探していたものを発見した。そこに落ちていたのは動く気配のない血まみれの肉塊。意外にも人の形を少しは保ってはいた。やはり面白い。しかし―


「予想外ね。あの高さから落ちてバラバラになっていないなんて。まぁいいわ。持ち帰って…」


 残念ながら『それ』は死んでいるようだった。しかし、持ち帰ろうと近づいたその瞬間、明確な殺意が牙を剥く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しばらく『それ』と戦うことを通して、少しずつ分かってきた。


「そろそろいいかしらね」


 診るのは此処まで。後は持ち帰りましょう。距離をとるために後方へ下がる。すると、血まみれの『それ』は反撃を止めた。その様子を見て素早く印を結ぶ。


「四方封魔殿」


 現れたのは、自身と少年を閉じ込める結界殿。不気味な外観と内装は、行使した者の趣味の表れ。

『それ』について分かっていることは七つ。

 一、近づくもの全てに牙を剥く。

 一、何もなければ停止状態を保つ。(死人も同然の状態だから?)

 一、動けるはずもない状態にもかかわらず動く。

 一、体内の血液は全て排出した。(出血が止まってから十分経過。)

 一、『それ』の中には「意識」が存在しない。(幻と実体の境界に触れたことが原因?)

 一、動きには目を見張るものがあるが、反応と威力は人間のそれ。

 一、死んではいないが生きてもいない。(どちらかと言えば生きてる?)


「まあいいわ。このまま連れ帰りましょう」


 考えるのを一旦やめて一息つく。発動させた結界殿は、すでに拠点へと向かうために宙に浮き始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 巨大な穴が空間に展開する。その中には不気味な目がひとつ。

 その目から、さらに不気味な雰囲気を漂わせる殿が出現した。


「紫様?」


 殿の扉が開き、紫が歩み出る。


「あぁ藍。ちょうどよかった。来て」


 紫に呼ばれた藍は、紫と共に殿の内部へと入った。


 ―八雲紫―

 神出鬼没のスキマ妖怪。幻想郷を愛する大妖怪。


 ―八雲藍―

 スキマ妖怪の忠実な式神。九尾の狐に式神を付与された者。


「?…これは?」


「さっき拾った落とし物よ。私の境界に触れたせいで、意識が外へ、肉体がこちらへ侵入してしまった稀有な例よ」


「意識が無いというのは、抜け殻ということですよね? なぜ立って…」


 藍が言い終わらないうちに、紫が少年に向かって扇子を投げつける。

 藍の見開いた目に映るのは、紫の扇子を避けて元の体勢へと戻るまでの一連の動き。


「これは…生きている?」


「えぇ、恐らくね。幻想郷に入る前か入った後か。いずれにせよ、『それ』は何かしらの能力を有している。そして死なない。見て」


 紫は青年の足元を示す。その板は血で濡れていた。


「あれが何か?」


「ここに来る前、『それ』の体内の血液は全て流れ出たのよ。それなのにまた出血している。何かしらの形で再生が始まっている証拠よ」


「再生…」


「『それ』には中身が無い。けれども近づけば攻撃される。ならば、中身を与えればいい」


「!?…まさか、式を? 中身のないものに式神を憑けるなんて…」


 藍の焦り顔に対し、紫は不適な笑みで応える。


 式。

 八雲紫が九尾の狐を媒介として八雲藍という式神を憑け、使役するために行った儀式。


「それを使役するのですか?」


「うーん。使役というよりは…まぁそうね、使役ね使役」


 『適当だなぁ』

 主の言動に呆れながらも、準備を進める。彼女の意思は絶対に揺るがない。

 印を結び、様々な性質の式神の元となる式玉を召喚する。


「十二神将の宴」


 藍の能力。―式神を使う程度の能力―

 紫ほどではないが、藍も式神を創り出して使役することができる。


「この性質が最も馴染みますね」


 淡く輝く式玉の中から、『それ』と最も親和性の高かった白色の玉を紫へと差し出す。


「染まりやすいのね」


 両手ほどの大きさの式玉を眺め『それ』の性格を探る。紫が手を差し伸べ、式玉に何かを送り込む。玉は、紫色へと変色する。


「次は貴女の番よ」


 目の前に差し出された式玉に藍が手を差し伸べ、紫と同じように式玉に何かを送り込む。玉は、菫色へと変色する。


「いい色ね。入れていいわ」


 紫の指示に従い、菫色へと変わった式玉を青年へと素早く憑ける。『それ』が反応する間もなく、儀式は完了した。

 ―バタンッ―


「あッ!」


 藍が駆け寄って倒れた『それ』を抱きかかえる。攻撃の様子はない。


「紫様」


 紫を見つめる藍の目は、安堵の色を浮かべていた。『それ』は息をしており、眠っている。儀式は成功した。


「手当をして頂戴。包帯を巻くだけでいいわ。傷が回復するまでは、ただ待つのよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ―何か、聞こえる―


「お――様」


「これが―――――な?」


「えぇ―――――――るわ」


 ―だれ、だ?―

 現実と夢の中間で、朦朧としながら周囲の音を感じる。


「引き続き―――――なさい」


「それに―――――るのか?」


 ―何か、感じる―

 周囲に漂う不思議な何か。それと同質の自分の中にあふれる不思議な何か。


「――――力の――を確認しました」


「馴染んで―――――してる?」


 ―眠い―

 再び深い眠りへと落ちていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「観察開始から一年が経過しました」


「もうそんなに? そろそろ目覚めて欲しい頃ね」


「経過報告をこちらにまとめておきました。確認をお願いいします」


 一、傷の完治。

 一、妖力の定着。

 一、肉体の退化。(なぜか少し幼くなった。式神の性質に引っ張られたせい?)

 一、身体構造の変化。(人ではなく、妖怪に近い構造へ変貌)

 一年の間に『それ』に起こった四つの変化。


「憑依させた式神の性質に引っ張られて、肉体が順応…いや適応の方がいいかしら。適応してきているわね」


「本体の方に変化が起こるとは。こんなことは今までありませんでしたね。中身のないものに式神を憑けると、このような変化が起こる可能性が…」


「滅多にない事例について考えても意味がないわ。そんなことよりも『それ』…いいえ、『彼』の肉体に刻まれた能力。つまるところ、生きるために適応していく程度の能力ね」


 ―生きるために適応していく程度の能力―

 観察の結果、紫が導き出した『彼』の能力。内に流れる妖力と式神に適した肉体へと変化、その変化に適した成長、まさしく適応。


「これは、やはりやれそうね」


「はい。では、目覚め次第に?」


 紫は藍に背を向け、静かに微笑んだ。


 ―暖かさが伝わってくる―

 ―灯りが目の隙間から入ってくる―

 ―見たことの無い部屋の中で、『彼』はついに目を覚ました―


「紫様、目覚めました」


 藍に呼ばれ、紫は振り返る。その先には、寝具の上で起き上がる『彼』の姿があった。


「永いお昼寝だったわね。ご飯はないわよ?」


 声の主の方を見る。目が合った瞬間に、頭の中で情報が引き出される。


「紫様……おはようございます」


「えぇ。おはよう。まだ混乱しているようね」


 紫様。権限者。命令。頭の中で言葉が浮かび上がってくる。


「自分の名前は分かるか?」


 別の声が聞こえる。そっちを見ると、ふっさふさの尻尾が目に入った。そして視線を少し上にあげて声の主と目を合わせると、再び情報が頭の中で暴れ出す。

 藍様。第二権限者。命令。八雲菫。先ほどの言葉に重なって、新たな言葉が引き出された。


「くっ……藍様。はい、分かります…僕は、八雲…菫です」


 ―八雲菫―

 生まれたての虚無の式神。八雲紫と八雲藍によって作り出された幻想郷の新たな住人。


「無事に私たちを認識できたわね。この混乱は、しばらくすれば収まるでしょう」


「そうですね。経過は私の方で観察しておきます。問題があれば、調整を加えます」


「そう。じゃあそっちは任せるわね。さて、菫。早速だけど、これから貴方にやってもらうことがあるわ」


 紫は菫ともう一度目を合わせ、微笑みを浮かべながら話を続けた。


「貴方は今、幻想郷というところにいるわ。ここには貴方のいた場所とは異なる者たちが住んでいて、貴方も前までの自分ではなくなっているわ」


「違う場所…幻想郷…僕も変わった…」


「そうよ。ゆっくりでいいわ」


 菫が理解を進めていく様子を眺めながら、藍は菫の状態に疑問を抱いていた。

 菫は肉体だけがこちらへ来た。それなのに自分の意識があるようだ。本来ならば、式神として従順で機械的な存在になるはず。なぜ――


「貴方はまず、ここを知りなさい。幻想郷とは何かということをね。藍、簡単な説明を」


「…あ、はい。紫様」


 突然呼ばれて驚いてしまった。このことは後で考えよう。


「大丈夫? ちゃんと聞いてた?」


「大丈夫です。お任せを。では菫。こっちへ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「以上が、幻想郷及びこれから向かう博麗神社に関する基礎的な知識だ。理解できたか?」


「…理解できました。ありがとうございます藍様」


 菫の返答を受け、藍は紫へ視線を送る。視線を受け取った紫が、巨大な目を再び空間に展開した。


 目は、二つの存在をその視線に捉える。そして、目を閉じる。次の瞬間、八雲紫と八雲菫は、見慣れた境内の石段の前に立っていた。


「ここが、博麗神社よ」


 紫の指す先には、美しい景色の中にある人気のない社殿があった。


 博麗神社。藍様の説明では、幻想郷の境界維持を担う重要拠点の一つで、幻想郷の人間と妖怪の中間に位置する存在。博麗の巫女が常駐している場所。


「紫様。博麗の巫女はどちらに?」


「まぁ待ちなさい」


 紫がそう言った途端、社殿の奥から一人の少女が姿を現した。紅白の巫女装束を纏い、箒を持ったその少女は、あからさまに不機嫌な顔をしている。


「……何の用よ、紫。また変な落とし物を押し付けに来たわけ?」


 ―博麗霊夢―

 楽園の不思議な巫女。幻想郷を維持する博麗神社に住む少女。


「あら。ご挨拶ね、霊夢。落とし物じゃないわ。これは私の新しい式神見習い、八雲菫よ」


「へぇ……待って、八雲って!? あんたの直属の式神を私に預けるってわけ? 何の冗談?」


「冗談じゃないわ。この子は、生まれたての雛鳥。だから、幻想郷を生き抜くための基礎を教える必要があるの。霊夢。貴女にならば任せられると思ったのよ。この子にここの決まり、幻想郷の常識とは何かを教えて欲しいの」


 霊夢はため息をついた。面倒なことを押し付けられたものだ。なんで私がお世話なんか。


「面倒くさいわね……。それで報酬は? タダでは動かないわよ」


「それもそうね……じゃあ一年。一年間、この子がここにいる間は神社に人が集まるように私がちょっかいを出してあげる。賽銭が増えるわよ?」


 紫の悪魔的な提案に、霊夢は一瞬眉をひそめたが、すぐに計算を始めた。賽銭が増えるのは魅力だ。そして紫が一年で引き取るなら、大した手間ではないかもしれない。


「わかったわ。一年間だけよ。ただし、私や人間に害をなすようなら、容赦なく退治するから。その式神もね」


「もちろんよ」


 紫は満足そうに微笑み、菫に視線を向けた。


「菫。貴方は今日からこの博麗神社の雑用係よ。彼女の言うことを聞き、幻想郷の日常に適応なさい。それが貴方の最初の課題よ」


「…分かりました」


 菫の返答を聞き、紫は境界の目を開けた。『お願いね~』と手を振りながら、裂け目の中へと姿を消した。残されたのは、不機嫌な巫女と、無表情な菫の二人。


「はぁ……。まったく、面倒なことになったわね」


「霊夢さん。よろしくお願いします」


「え? あぁよろしく。あんた、菫とか言ったわね。私のことは霊夢でいいわ。そうね…まずは掃除をやってもらおうかしら。ここを箒で掃くのと境内の草むしり。ここで暮らすなら、まずは働きなさい」


 霊夢は持っていた箒を菫へと渡し、さっそく仕事を押し付けた。


「…分かりました。改めてよろしくお願いします」


 いろいろとよく分からないが、とにかく言われたことはやらないといけない。そして、やっぱり挨拶は大事だ。なんでだろうね。


 菫は箒で参道の枯葉を掃き始めた。その様子を見ていた霊夢は、これからの一年がとんでもなく厄介なものになることを予感した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「違うわ。掃除は上からやっていくのよ。でないと綺麗にした床にまた埃が落ちちゃうでしょ」


「…すみません。最初からやり直してきます」


 胡散臭いスキマ妖怪から得体のしれない式神を預かってから一週間。菫は霊夢の指導の下、着々と神社での業務をこなしていた。


「あんたねぇ、もう少し自然に話せないの?」


「自然…どのようにすればいいですか?」


 菫は掃除の手を止め、霊夢からの指示の曖昧さに困惑した様子を見せる。


「一昨日も言ったけど、まず敬語をやめなさい。聞いてるこっちが疲れるわ」


 しばらく考え込む。菫は口元へ手を寄せ、恥ずかしそうに霊夢を見る。


「……わかったよ霊夢。この話し方でいい?」


「そうね。そのほうがよっぽどいい感じよ」


 霊夢は満足そうに笑った。その様子を見て、菫は胸を撫で下ろす。

 体はなんとなく覚えているのに、頭の中ではっきりと思い出せない。不思議な感覚に、菫は困惑した表情を浮かべた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「紫様。お時間よろしいですか?」


 八雲家の居間で、紫は紅茶を飲んでいた。


「えぇいいわよ。どうしたの?」


「菫のことに関してなのですが、少々気になる点がありまして」


「…藍にしては気付くのが遅かったわね。もっと早く聞いてくるかと思ってたわ」


「申し訳ありません」


「謝ることはないわ。私がいろいろ任せちゃったもあるのだから。それより菫のことね。彼は…肉体に記憶が残っているわ」


 紅茶を飲み干し、話の本題へと踏み入っていく。


「やはり。式神の性質に引っ張られず、自分を保ったような言動が見られたのはそのためなのですね」


 紅茶のおかわりを用意しながら、藍は自分の疑問点について話した。


「聞いたことを頭で処理する、何かを喋る、体を動かす。これらは全て肉体が覚えている。だからこそ、彼は人間だったころの面影が少なからず残っている。でも、頭の中では思い出すことができない」


「それは、中身が…魂が無いために蓄積された記憶が欠落していることが要因ですか?」


「恐らくね。本当に断片的に感覚で覚えていることはあれど、思い出すことはできないでしょうね」


「これがいいことなのか、そうではないのか……悩みどころですね」


「気にすることは無いわ。変に機械的過ぎるよりはだいぶマシよ。あ、藍。おかわりちょうだい」


 藍が頭を悩ませているのを気にせず、紫は紅茶のおかわりを要求した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「霊夢。それは効率が悪い。改善すべきだ」


「…霊夢。それは効率が悪い。改善すべきだ」


「…」


「それはとっておいたほうがいい。どうせまた後悔するよ」


「…それはとっておいたほうがいい。どうせまた後悔するよ」


「…ちょっと?」


 菫と男のなぞのやり取りに、霊夢がしびれを切らす。


「どうした霊夢。君が彼に話し方と表情を教えて欲しいというから、僕なりに指導方法を考えたというのに」


「…どうした霊夢。君が彼に話し方と表情を教えて――」


「もう真似しなくていいの!!」


 菫の空気を読まないオウム返しに霊夢が憤慨する。


「霖之助さん! やり方はともかく、その内容が気に食わないのよ。もっとマシな事例はないわけ?」


 ―森近霖之助―

 知識豊富な古道具屋。魔法の森付近に店を構える香霖堂の店主。


「何を言う。君と暮らすのであれば、今のような会話は必然。必ず役に立つと感じたまでさ」


 霊夢からの依頼で、霖之助は菫に男性的で自然な話し方を伝授していたところだった。


「落ち着いて、霊夢。霖之助の指導は役に立つと思う。現に今までの会話の中で、使えそうなものが何個かあったよ」


 四日前よりはかなり自然に、かつ流暢に話せるようになってきている。でも内容がほんとにむかつく!


「はぁ。まぁいいわ。一応男っぽく話せるようになったから、今はこれでいいでしょ」


 そう言うと霊夢は、霖之助に袋を手渡した。


「御礼よ。お金は無いから、机にあったみかんを持ってきてあげたわ」


「おや。珍しいね。君がツケないなんて」


 霖之助は袋の中を覗きながら、霊夢の行動に感心した様子を見せる。


「たまには何か返さないとね。今回は特に、私からの急な頼みだったし」


「ではその調子で、お金も返してくれると嬉しいね。少しずつでいいからさ」


「じゃあ霖之助さん、またね」


 霊夢は霖之助から逃げるように香霖堂から出ていった。


「行っちゃった。僕も行かなきゃ。霖之助、ありがとう」


「ちょっと待った」


 帰ろうとする菫を、霖之助が呼び止めた。


「どうしたの?」


「君に伝えておこうと思ってね。今回の行動、霊夢はかなり君を気に掛けているよ。彼女が駄賃を寄こすなんて、本当に珍しいことなんだ。だから君も、彼女を大切にするといい」


「……わかった。大切にするよ。ありがとう」


 菫は霖之助に礼を言って店を出た。『おまたせ霊夢』と声をかけるも、すでにそこに霊夢の姿は無い。


「…置いて行かれた」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 香霖堂から飛んで帰ってきた霊夢が博麗神社へと降り立つ。


「はぁ。危ない危ない…」


 紫のおかげで、ここ数日はお賽銭が増えている。しかし、せっかく増えたお金をツケ払いに使うつもりはない。それに菫ももう心配はない。昨日今日で道はしっかりと覚えさせたし、移動手段も学ばせた。

『うん、大丈夫でしょ』

霊夢が考え事をやめて部屋に戻ろうとしたとき、誰かに呼びかけられた。


「よぅ霊夢。遊びに来たぜ」


 階段を登ってくる黒い三角帽子。そんな帽子を被っている奴は、幻想郷には一人しかいない。


「魔理沙ね。何の用?」


 ―霧雨魔理沙―

 普通で大胆な魔法使い。人間にして魔法を扱う少女。


「ちょっと色々あってな。溜まってるんだ。久々に相手してくれよ」


 階段を登り終えた魔理沙は、鳥居を超えて箒を石畳へ突きつける。


「あんたと遊んでられるほど、暇じゃないのよ」


 魔理沙は今にも攻撃してきそうな雰囲気。『めちゃめちゃやる気じゃないのよ』。霊夢は魔理沙のやる気に押されて、後ろにそっと手をまわして御札を掴む。


「なんだよ連れないじゃないか。そういうな、よ!!」


 魔理沙が思いっきり箒を振ると、穂先の部分から複数の缶が飛び出す。


「スターダストレヴァリエ」


 複数の輝く星が蛇のように連なって一気に霊夢へと襲い掛かる。


「二重結界」


 掴んでいた札を引き出し、札に込められた陣を利用してスペルを発動する。

 紫色の二重に重なった結界と閃光が衝突し、着弾による煙と衝撃が広がる。


「いきなり何すんのよ!」


「反応できてるなら、不意打ちじゃないだろ?」


「そういう問題じゃないわ!」


「まぁまぁ。主張を通したいなら、やり合うのがここのルールだろ?」


「くっ、屁理屈を…」


 魔理沙が箒で飛翔し、霊夢を手招きする。その挑発に乗って霊夢も飛翔する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 霊夢に置いて行かれた菫は、霖之助との会話のあと跳躍しながら博麗神社へと帰っていた。式神を付与されたことにより、菫には妖力が宿っている。その妖力を、霊夢から教わった身体強化に運用する技術を用いて、超人的な跳躍を実現していた。


 ―バァァァァァン―

 もう少しで到着というところで、爆発音が眼前で鳴り響く。方角も位置も博麗神社。


「いったい何が…」


 状況が分からず、とりあえず爆発の根源地へ向かう。森を抜け、神社の参道に飛び出した瞬間――


「ノンディレクショナルレーザー」


 菫に向かって飛んでくる七色の光線。

 ―避け切れない―

 回避するために体を空中で捻るが、間に合わない。


「くぁっ!!」


 一発が命中し、菫を神社の方向へと吹き飛ばした。激痛で体が燃えるように熱い。特に右腕の付け根がひどい。まるで感覚が無い。


「くっ……!?」


 右腕の状態を確かめるために触ろうとするが何もない。驚いて視線を向けると、肩から下が無くなっていた。


「ぐっぐわぁぁぁ!」


 大怪我に気が付くと同時に、更なる痛みが押し寄せてくる。


「なんだ?」


「何やってるのよ!?」


 事態に気付いた霊夢が、菫を結界内に受け入れて霊夢が傍に降り立つ。


「大丈夫!?」


「ぐ、ぐぅぅ…」


 痛みに悶える菫を見て、霊夢は逆に落ち着きを取り戻す。


「大丈夫よ。しばらく待てば…ほら!」


 霊夢が菫の右肩を指す。菫がそこへ視線を向けると、血は吹き出るのをやめ、痛みは静かに引いていき、骨が折れるかのような音と共に右腕は再生を始めていた。


「治って…きてる」


 霊夢は、紫との会話を思い出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「言い忘れてたことがあったから、伝えに来たわ」


「何よ。ありがたいことにこっちは忙しいのよ」


「まぁまぁ。菫のことだけど、もし彼が怪我をしたとしても慌てなくてもいいわよ。おそらく再生するから。それもかなり早く」


「はぁ? どういうこと? 菫は完全に妖怪ってこと?」


「言い方としては、人間に近い妖怪ってところね。分類としては霖之助と同じ人妖。でもそれは関係ないわ。彼の再生は能力によるものの可能性が高い。もしその場面に出くわしたら、私を呼んでね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 今見たのは、間違いなく菫が自分の力で再生する場面。約束通りに紫を呼ぶために、とある結界をいじる。


「これは何だ? 分からない」


 菫は自身の再生に驚きを露わにしていた。


「大丈夫よ。それはあんたの能力による再生。今から紫が来るから、詳しく聞くといいわ」


「能力…」


 菫を立ち上がらせ、霊夢は再び飛翔する。


「あんたは下がっていなさい。私なら大丈夫だから」


「でも…」


「それよりもこの戦いをみてなさい。勉強になるわよ」


「…わかった」


 菫は霊夢の指示に従い、参道の脇へと移動した。


「さぁ魔理沙。思いっきり来なさい!」


「おぉ! やる気になってくれてうれしいぜ!!」


 菫は参道の脇に立ち、戦闘を見つめていた。先ほど、光線を浴びた右腕は完全に再生している。何が何だか分からないが、死ななかったことは本当に良かった。それだけは――


「思った通り。能力による再生が起こったわね」


 振り返るまでもなく、その声が誰のものか理解した。


「紫様。久しいですね」


 いつものように空間の裂け目から現れた紫は、扇子で口元を隠し、満足そうに笑みを浮かべていた。


「随分と表情豊かになったのね。霊夢のおかげかしら?」


「それもありますが、香霖堂の店主である霖之助の力も借りました」


「なるほど。霊夢ならそうするでしょうね」


 紫は全てを見透かしたように霊夢を見つめる。


「それよりも紫様。この力について教えてください」


「そうね、そうしましょう」


 紫は扇子を閉じ、菫の頭に優しく、しかし確かな力で叩きつけた。


「覚えているかはともかく、貴方は幻想郷に入る前に崖から転落したのよ。その時、貴方は生きるために崖を蹴って私の境界に触れたの。幻と実体の境界よ。私はあらゆる境界を操れるの」


 ―境界を操る程度の能力―

 あらゆる境界を操作することができる。場所と場所の境界を操作することで、スキマを通ってワープすることも可能。


「はぁ…なるほど?」


「分かってないわね。無理はないわ。まぁその境界に触れたせいで貴方の体と魂は分裂したの。そして体の方がこっちへ入り込んだというわけね」


 紫はスキマから紅茶セットを取り出し、傍にあった平らな岩の上に広げ始めた


「ここからが本題。貴方の体にはこちらの世界に入ったことによって能力が刻まれた。もしくは入る前から持っていた能力がこちらへ来たことで覚醒した。そして貴方が手に入れた能力はおそらく、生きるために適応する能力ね」


「生きるために適応する能力…」


「そう。例えば、怪我への適応。貴方はずいぶん長いこと時間をかけて怪我に適応していった。その過程で再生能力を手に入れたのね。もしくはもっと早く手に入れていたけど、より強いものとして成長させた。あとは、式神への適応ね。貴方に憑けた式神に合わせて体の外部と内部が変化して、妖力にも適応した」


 今聞いた話を、頭の中でゆっくりと整理する。起こった出来事を体が感覚で覚えている順番に並べていく。そして、全ての話が線で結ばれていく。


「なるほど。そうか、だからか」


「まとまったみたいね。そう。貴方はこれまでの経験の中で徐々に適応して強くなってきた。だから私は、貴方にここ幻想郷で多くの体験をして、さらに強くなってもらいたいの」


 紫は菫を真剣な眼差しで見つめ、自身の想いを伝える。


「なぜ…ですか?」


「ここを、幻想郷を守ってもらいたいのよ。そのために、貴方の力が必要なの」


 紫様からの頼み。いや命令。従う以外の選択肢はない。むしろ、自分からお願いしたい。


「わかりました。やらせてください」


「いい目ね。素晴らしいわ」


 紫は菫を我が子のように抱きしめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


~続く~


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