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マリアンデール ~地味令嬢だったけど、記憶喪失になったらオソロシー女になったらしい~  作者: 翠川稜


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第16話 透明な太い釘

 心にやましいことがなければ、このお誘いを受けるべきだよな。

 第二王子殿下。

 側近候補が、ぎょっとしてアデライド様を見てる。

 そしてその配下の数よ。

 最初こそはわたしが第二王子殿下と側近連中に囲まれていたが、形勢逆転。

 いつの間にか教室内にはアデライド様派閥のご令嬢達で埋め尽くされていて、男子生徒の姿は見えない。

 私に対して第二王子殿下にくっついていた金魚のフンもとい、側近候補たちは、最初こそ私に対して高圧的だったのに、それが消えてアデライド様と私と第二王子殿下に視線を交差させていた。

 ……殿下、側近候補はここで再度選別されることをお勧めするぞ。

 それに対してアデライド様派閥のご令嬢達の統一感。完璧だな。


「マリアンデールは誘っても、わたくしとのランチはお嫌なのかしら?」


「まさか! 嫌なわけがないだろう? 一緒にランチに行こう!」


 ふむ。そこはそう答えるよな。それは正解。

 ここで二の足を踏むなら、第二王子殿下の評価は、シーグローヴ家が下方修正していくに違いないから。

 しかし、殿下の表情には裏表が感じられない。

 アデライド様の言葉を聴いて、嬉しそうな笑顔を彼女に向けてエスコートする。

 うん……躊躇いもなく、流れるような動作だ。

 私にも「アーチデール男爵令嬢も早く!」とお声がけされる。

 アンや義妹が好きな絵小説だと、こういう時は普通、バツが悪い表情や態度をとる展開らしいが、まあ現実はこんなものなのかもしれないな。


「じゃあ参りましょう? 食堂の二階スペースをリザーブしていますの。マリアンデール。いらっしゃい」

「はい、アデライド様」


 その日のランチはアデライド様と第二王子殿下を挟んでとることになった。

 私に高圧的だった側近達は別テーブルにされ、そこを、アデライド様派閥の令嬢達のテーブルで囲まれる形だ。

 殿下と引き離された金魚のフンもとい側近候補たちは、殿下から引き離されて沈黙のままテーブルに座っている。

 この沈黙はしかたがない。

 令嬢達のくすくす笑いに交じり、第二王子殿下、そして自分達の噂話が繰り広げられることに構えての沈黙なのだ。

 現在学食の二階フロアは、完全にアデライド様派閥のホームで、第二王子殿下とその側近にとってはアウェーに他ならない。


「マリアンデール様に強くでたけれど……」

「彼女は、今、アデライド様のお気に入りですもの……」

「どなたか存じませんでしたが、お声は聞こえましたわ。一介の男爵令嬢ごときがと思っているご様子でしたわね」

「まあそれは、高貴なおうちの方ならばそういう態度もわかりますけれど……」

「でも、アーチデール男爵家は今、かなりの貴族家と顔が広くていらっしゃるし」

「そうよねえ、わたくしのおうちも、アーチデール家とは懇意にさせていただいているわ」

「まるで上から押さえつけるようにでしたわね……確かに男爵家ではありますけれど、国内で一番勢いのあるおうちのご令嬢なのよ?」

「ねえ?」

「でもマリアンデール様はそんなのちっとも鼻にかけないで、男爵位だから弁えて慎ましくされていたじゃない」

「記憶を失ってしまったからよ。でもそういう対応ができるのは、賢いし向上心もあるって、アデライド様がお褒めでしたわ」

「そうよね。記憶がないからわたくし達とも積極的にお話しして、彼女のお話は本当に同情するわ。いままでの記憶って人生そのものでしょうに」

「ご自分におきかえてみて? いきなり今までのことを忘れて、なんとか生活をとりもどそうとしているのに……学院の生徒とはいえ見知らぬ方から矢継ぎ早に話しかけられるなんて状態。わたくしだったら、学院には通えませんわ」

「そうそう、ベインズ男爵子息だけではなく、殿下のお誘いだって、恐れ多くてと、聞きましたわ」

「いついきなり記憶が戻るかなんてわからないでしょう? 殿下とお話ししてる状態で記憶が戻ったら、わたくし驚いて気絶してしまうかも」

「ええ、わたくしもよ。殿下もいくら好奇心が旺盛だからって……」

「婚約者がいながら、特定のご令嬢の元に足繫く通うなんて、いくら学院内でもねえ?」

「本来はお傍にいる方がお諫めするのが筋ですのに」


 このご令嬢達の囁きは、見えない小さな針となって、側近達の耳に届く。


「婚約者がいても、ふらふらできるのはこの学院にいる時だけだから、そういうよそ見をすることがあるから気をつけなさいって、わたくし両親に言われたことがあるわ」

「そういうことを第二王子殿下にお勧めしている方がいるってこと?」

「爵位も低くて怪我をして弱ったご令嬢を? ちょっと問題では?」

「だって、殿下とアデライド様との婚約はこの学院の誰もが知るところでしてよ?」

「卒業までもう半年もないのに、そんなご自身の評価を下げることを、第二王子殿下がするわけないでしょ?」

「そうよねえ――……じゃあ……どなたかしら?」


 透明な針どころか透明な太い釘が打たれた様子だ。

 囁きを聞き取るかぎり、殿下にとって「記憶喪失の生徒」という興味のみで動いていた感じもするな。

 アデライド様に対応する殿下の態度を見たら、この殿下はかなりアデライド様のことが好きだろう。


「アデライドと仲が良かったとは知らなかった! いつの間に⁉」

「あら、わたくしの家はアーチデール商会に何かと相談をさせていただきたいと前々から思っていたのですもの、わたくしの親戚筋のドリスがつないでくれましたの」

「そうだったのか!」

「殿下も大層、お気にかけていたようですけれど?」


 きたきたきた。

 さあどう返す? 不敬だがわくわくするな。


「いや、記憶を失ったと聞いていたからな。心配で、というより、記憶喪失の人の話を聞いてみたかったんだ! そんな人って見たことないし!」

「ご安心を殿下。わたくしはマリアンデールと友諠を結びましたもの。彼女の不安は排除致しますわ。例の言い寄ってくる元婚約者はすでに学院を休学しているのをご存じでして?」


 殿下の金魚の糞(側近候補の言葉からランクダウン確定)が「最近、アーチデール男爵令嬢に言い寄っていた、あの元婚約者は姿を見せないから、話しかけるのも楽だよな」などとほざいていたのを知っている。

 アデライド様派閥のご令嬢からの情報だ。

 貴族のご令嬢のお喋りを――令息達は軽く見ている。

 さきほどの令息達を囲んだご令嬢達の囁きを見聞したらわかるだろう。

 学院におけるこれは、実践的な社交界における情報取集や情報操作の模擬戦、もしくは前哨戦なのだ。

 殿下をはじめ金魚のフンは、ベインズ男爵家子息を物理的に阻むことで、私を守っていると言ったが、真に守るというのはアデライド様の手腕の方。

 第二王子殿下、貴方は目の前にいるアデライド様を大事にされるといい。

 ちょっとオモシレー女にちょっかいをかけて、この方の矜持を傷つけたらどうなるか。

 やっぱり今ここでコテンパンにした方がよいのでは?

 私はアデライド様を見つめると、アデライド様は唇に笑みを浮かべて私を見る。

 この方なら、この見た目は年齢相応だが、少し幼い殿下を教育しなおすか。

 ご苦労をねぎらうためにも、この学院を卒業しても、この方が望むものをご用意しなければな。


「姿が見えないと思っていたが……」

「マリアンデールの傍にいこうとしていたのを、殿下もご覧になってお諫めしていたのですよね? でも彼、しつこかったでしょう? 殿下のお言葉が耳に届かないなんて……そういった輩は殿下にも危害を加えるかもしれませんもの……わたくしも心配しておりましたの。よかったわ」


 アデライド様の「よかったわ」の言葉はそこで終わっていたが、私は知っている。

 この後に「消えてくれて」という言葉が続いただろうことを。

 久々に感動して心が震えたのは内緒だ。

 そして殿下はきっと気が付かない。

 アデライド様のなされたことを。

 男は自ら行動に起こすパフォーマンスを意識しがちだからな。


「それで、マリアンデール。先日少しお話ししたけれど、お茶会の件なのよ」

「はい。アデライド様のご厚意で、義妹もお誘いいただきましてありがとうございます。彼女は一学年で、今少し、マナーのおさらいをさせてからと思っております」

「まあ、わたくしの気軽なお友達だけのお茶会ですもの、気負わずに参加してほしいわ。とはいえ、周りが高学年だけだと不安もあるわね。いいでしょう。一週間後でどうかしら?」

「ありがとうございます。義妹にはいい学びの場になるでしょう。学院内の略式とはいえ、アデライド様主催のお茶会ですから」


 帰宅したら、グレンダに義妹のマナー習熟状況の確認をしなければ。


「ロードリック殿下。マリアンデールとお話ししたいのでしたら、いつでもランチをご一緒致しましょう?」

「え! 嬉しい! ぜひ誘って欲しい!」


 これ以降、ロードリック殿下が授業の合間私のところへ姿を見せることはなくなった。常にアデライド様とご一緒のランチタイムでお話をすることで、好奇心を満足させているようだ。

 無邪気で可愛らしいが、意外と鋭いところもお持ちの殿下。

 なぜなら、私に対して高圧的な言葉を発した令息が、殿下の取り巻きから消えていた。

 殿下もバカではないか。アデライド様と幼い頃からの仲だものな。


 とにかく。

 これで学院卒業まで、ご令嬢達の社交以外は静かな状態になりそうで何よりだ。

 さて、これで家の再教育に集中できるな。

 いつものように学院下校時に馬車乗り場に行くと、グリフィスが恭しく一礼して私を出迎えてくれたのだった。



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