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マリアンデール ~地味令嬢だったけど、記憶喪失になったらオソロシー女になったらしい~  作者: 翠川稜


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第14話 男爵夫人の再教育は順調


 食事の後、アーチデール男爵の執務室に呼ばれた。


「第二王子殿下にお声をかけていただいてるというのは本当か?」

「男爵も学院を卒業されていたから、学院内にも政治がからんでいて、さきほどの夕食時にシンシア嬢に伝えたことは、ご理解いただけますよね?」


 変な野心を出して、娘を第二王子殿下にとか言い出したら、別の対策をたてなければならないから、そんな面倒なこと言い出すなよ。

 まあそこまでバカではないとは思うが。


「そうだな」

「義妹シンシアのお気に入りの絵小説のようなことになったら、現実はとんでもないことになる」

「それは当然だ。うちは確かに財力はあるが、シーグローヴ公爵家の向こうを張れるとは思っていない」


 うん、状況を正しく把握しているようでよかった。

 私は頷く。


「アデライド様は、ベインズ男爵家子息の干渉を取り除くことをお約束してくださいました。これにより第二王子殿下が私に関わることはないでしょう。とはいえ、男子学生の身である殿下には、まだ幼さと好奇心旺盛なところがおありだ。私がアデライド様の傍にいることで、第二王子殿下もそうそう毛色の変わったオモシレー女には近づくことはなくなるでしょうね」


「……オモシレー女……オソロシー女と言われないだけマシなのか……」


 失礼な。確かにこのアーチデール家ではそう言われているのを承知しているが。


「アデライド様には御礼をしたいと思いますが、ご本人からは、珍しい茶葉をとのことでした。当家で取り扱う商品で珍しい茶葉があれば献上したい」

「珍しい茶葉か」

「工芸茶などはどうでしょうか? 見た目もよく、ただ味はものによってはクセがありますから、味もよい東方の茶葉もいくつかセットにして」

「そうだな、さっそく手配しよう」


「こういうのは今回に限らず、いくつか用意しておいた方がいいでしょう。男爵夫人の社交にも使えます」


 私がそう言うと、男爵はもっともだというように頷き「先日の件もあるしな」と呟いた。


 ◇◇◇


 先日、私は男爵夫人の社交も手伝った。

 例のフリードウッド伯爵夫人のお茶会に誘いを受け、男爵夫人と共に出席。

 今までの、新興貴族とは違い、格式高い由緒ある貴族家の令夫人がご令嬢を伴っていたのは、私にも自分の知人のご令嬢達と友好関係を築かせようという配慮からだろう。

 出席していたご令嬢達は、私と同様に学院に在籍していたので、学院でつなぎをとろうと思えばとれるが、面識はなかったからありがたい。

 出席の際に、見た目は文句ない男爵夫人を、飾り立てる時は注意を払った。

 なにもゴテゴテに盛らなくてもいい。本当に成金と思われる。


「男爵夫人、全身を飾ってアーチデール家の金満ぶりをアピールしなくてもいい。多くて二点だな。今回は小規模の茶会だから一点でもいい」

「どういうこと?」


 いままで、この男爵夫人が出席していた茶会などでは、全身、盛り盛りで着飾って出席していただろうが、今回は違う。

 誘いを受けた中で、アーチデール家は一番爵位が下なのだ。

 これで盛り盛りのキンキラキンで出席してみろ、例の「成金が」の言葉が出てくること請け合いだ。


「マリアンデールお嬢様は、奥様はそのままでも人目を惹くご容姿ということを仰せになっております。アーチデール家の商品をこれでもかと盛っていくと、顰蹙を買います」


 グレンダの言葉に私も頷く。

 見た目は一級品、最近はグレンダの教育もよく、仕草も雰囲気も洗練されてきている。


「成金男爵夫人などと、二度と言わせない為に、身に着ける品を厳選する。自分にとってよく似合うもの――……アーチデール家の奥様が身に着けていて、ステキだったからわたしも欲しいと思わせる、家に帰って主人に強請る。そんな品は一品でいい。あれもこれも身に着けていたら、選ぶのが面倒くさいだろうし、悔しくていつもの「成金」の一言が出てしまうものだ。だから一品。それぐらいだったら主人にも強請りやすい。絶対にアーチデールで取り扱っているし買おうとなる」

「……なるほど……」

「そうなったらこっちのものだ。アーチデールの商会に足を運んだら……外商を呼び寄せたら……そこから先はうちの店の営業手腕の見せ所だな。東方の言葉に『エビで鯛を釣る』という言葉がある」

「なにそれ?」

「小さいエビで高級魚を吊り上げる――わずかな投資で予想以上の成果を手に入れることを言うらしい」

「まあ……わたしはエビなの? ひどいわ」


 そう言いながらも、男爵夫人は楽しそうに微笑みながら茶会に身に着けていく宝飾品を選び始めた。


 茶会がフリードウッド伯爵のタウンハウスだったので、わたしは出向させたジェマも気にかかっていた。

 招かれたタウンハウス内ではジェマの姿が見えなかったので、今回付き従っていたグリフィスに様子を見てくるように頼むと、お茶会の始まる少し前に、この件で伯爵本人に呼び出される。

 この時、男爵夫人は私が席を外そうとすると「え、また嫌味や侮辱を受けないかしら」といった表情を表に出していた。

 久々の高位貴族に取り囲まれての社交だ、いささか不安があったのだろう。


「大丈夫だ、アーチデール男爵夫人。フリードウッド伯爵夫人がお傍におられる。グリフィスの兄嫁にあたる方だ。スイーツがお好きらしい。会話の流れや空気を察することは、夫人はお手の物だろう?」


 かつてやっていたことだ。

 もう一度やるだけ。

 そんな様子を見て、フリードウッド伯爵夫人は「すごく仲良しなの、羨ましいわ」と言うので、「頼りになりますの」なんて男爵夫人も返していた。


 呼び出された先で、伯爵家の執事と家政婦長、そしてジェマもいた。


「グリフィスから、出向させているメイドを気にかけていると聞いてね、アーチデール男爵令嬢は、使用人にも手厚いな」

「男爵夫人のお気に入りでしたからね。どうです? 当家のメイドはきちんとやってますか?」


 執事と家政婦長に尋ねると二人は頷く。


「来た当初は目も当てられませんでしたが、最近は仕事ぶりも安定してきました」


 家政婦長の言葉にわたしはジェマの前に歩み寄る。

 短鞭はないから扇子を片手にだ。

 それが貴族令嬢にとっては装飾の一つであっても、私が持つと武器になると、ジェマは理解している様子だった。


「どうだ? ジェマ。お前は男爵夫人に気に入られて当家にきたが、伯爵家と男爵家の違い、わかるだろう? ジェマ、私はお前に期待しているのだよ」


 ジェマは恐る恐る私を見つめる。


「アーチデール家は男爵家だが、使用人の数は多い方だ。そこに勤めるからには、しっかりとしたメイドの知識や礼儀を覚えてほしい。お前を除けばみな若いからグレンダが仕込むが、お前も一緒にだと、やり辛いだろう? ここでしっかり勤めてほしい」

「マリアンデール様、伯爵からジェマを教育する代わりに、若いメイドを当家に出向させようかとお話が」


 グリフィスの言葉に私は頷く。


「感謝いたします。伯爵。愛妻家のアーチデール男爵を除けば、うちは女所帯ですから、若いメイドは過ごしやすいかもしれません」


 メイドに手を出すような主人はいないが――……。

 グリフィスを見るとグリフィスも頷く。

 小姓や下男も大丈夫そうだな。

 グリフィスの管理が徹底してる。


「よろしくお願いいたします」


 そんなこんなで、メイドの一件を片づけて、お茶会の場へ戻ると、伯爵夫人と男爵夫人が明るい表情で私を迎えてくれた。


 このお茶会で、アーチデール家が宣伝する宝飾品として夫人が選んだのはイヤリングだ。

 フリードウッド伯爵家の茶会は主催のフリードウッド伯爵夫人も出席者も大満足で終わり、後日、アーチデール商会にいくつかのイヤリングの問い合わせがあった。


 茶会での商売につながりそうな会話はそれだけではなかった。


 心優しい出席した貴族のご婦人たちは自分の旦那にも、何かいいものを身につけさせたい、贈りたい。そうすれば旦那からの贈り物が増えるかも。あと夜会で夫婦同伴の時、旦那がかっこよくないとなー……と、もう少し貴族の夫人らしい言葉で飾られていたが、概ねそういう意見も飛び交っていた。

 ご令嬢達の「パパはやっぱりカッコいいパパのほうがいい」の言葉も強力な後押しとなった。

 そういう経緯もあり、男爵夫人は「そうよね、夜会で出席するのは自分の旦那だものね」と帰りの馬車でしみじみ呟いて考え込んでいたのだ。

 ともあれ、男爵夫人の高位貴族への社交のとりかかりは、まずまず成果を得たようだった。


 ◇◇◇


 その先日のお茶会の帰りの馬車で男爵夫人が思い巡らしていたことが一つある。

 それは、つまり、亭主改造計画。

 最近のアーチデール男爵は夫人の選んだ衣装や小物を取り入れ、記憶喪失直後の男爵とは少し雰囲気が変わっていた。

 衣装でなんとか貴族位の男性おっさんから、ちょっと小洒落た貴族位の男性おっさんにクラスチェンジしていたのである。


「それでな、マリアンデール。これをお前に返却すると、ジャネットから申し入れがあった」


 執務室のデスクには、私が記憶を失う前に取り上げられたと思われるネックレスとイヤリングがセットされたジュエリーケースが置かれた。

 ジュエリーケースの蓋を開けて覗き見るが、これで記憶が思い出されることもなく、綺麗なピジョンブラッドのルビーが金で細工されて鎮座している。


「取り上げてすまないとも――」


 ……だから?


 なんの感慨も感動もない。

 ただのパリュールだ。

 今は亡きブラックウェル伯爵家由来の宝飾品であることは間違いはないだろうが……。

 これを見たら、義妹のまたズルイズルイが復活しそうだ。

 蓋を閉じて、男爵の前にそれを押し戻す。


「まだ私が使うことはないので、まだ男爵夫人に持たせてください」

「あれは、意外と情もあるんだ、お前にすまないと謝って――……」

「そんなことはどうでもよろしい」


 私の発言に男爵は眉間に皺を寄せた。


「こういうのは使いどころがあるのです」

「は?」

「男爵夫人はこれを身に着けて夜会に出たことはないでしょう? ありますか?」


 多分ないはずだ。

 これは私にと男爵も思っていたに違いないし、ただでさえ成金男爵夫人と揶揄されていたし、これを身に着けて夜会に出れば娘から取り上げたと陰口を叩かれると、それぐらいは想像もできたはず。


「しかしそれは……」

「かつてブラックウェル伯爵令嬢が大事にしていた宝飾品ですからね。以前の高位貴族とのやりとりが上手くいかなかった男爵夫人は身に着けただけで、バッシングの嵐だったでしょうが……」

「わかっていて身に着けさせるつもりか?」

「私は以前の男爵夫人ならと言いましたが?」

「じゃあお前が持っていてもいいだろうが」

「いずれ受け取りますが、今はその時ではない」


 私は口角を上げる。


「タイミングが必要です。このパリュールは間違いなく他の貴族家に、アーチデールの存在を知らしめるからですよ。それまでは夫人に小道具として預かってもらいます」


 男爵夫人にはこれを身に着けて、他家の貴族とつなぎを作ってもらわなければ。

 アーチデール家の為に働け。

 そういうことだ。




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