第11話 アンや義妹が好きそうな展開
鷹揚にそう言いながら側近候補を連れ立って、騒ぎの中にしゃしゃり出てくるとは、王族らしいところを見せたいのかもしれないな。
畏まらなくてもいいとはいえ、貴族の令嬢令息が通う学院だ。
ここで言うところの「学院内では平等に」が建前なのは、記憶のない私でも、家庭教師から叩き込まれたからな。
「学院だから関係者以外は立ち入りを禁止されているが……ああ、怪我をしてるので付き添いなのか」
この赤茶けた髪に白い包帯は目立つ。
見れば怪我をしてると一発でわかるだろう。
包帯をしてきてよかった。
「アーチデール男爵家マリアンデールと申します。発言のお赦しを殿下。先日自宅にて事故に遭い記憶を失ったため休学しておりましたが、本日復学の為登校いたしました」
「記憶を失った……?」
殿下の呟きに周囲もざわめきだす。
そう、記憶喪失なんてそうそうあるものではない。
物珍しいのだろう。
「学院内の造りも覚えておらず、当家の執事であるこのグリフィスに案内を頼みました。当家の執事はこの学院を卒業しておりますので」
「そこの男子生徒と言い争っていたようだが?」
「ベインズ男爵家のご子息とマリアンデール様は婚約されていたのですが、このような事故があり、当主から婚約のお話をお断りしたのです」
「記憶喪失なんて、誰が信じるか!」
殿下の御前で、挨拶もしなければ自己主張しかしない。
婚約を解消して正解だし、こんな男を義妹に近づけさせてはいけないな。
義妹はうちの大事な商品だ。
「先ほど怒鳴り迫られて困惑したお嬢様が言い返しただけでございます。教師にも説明をしなければ授業の時間にも間に合いません。御前失礼してもよろしいでしょうか?」
「そうか、アーチデール男爵令嬢、お大事に」
私は今一度カーテシーをして騒ぎの中心から校舎へとグリフィスと共に向かった。
◇◇◇
グリフィスの案内で教職員の部屋へ向かい、担当教師に復学する旨を伝えると、頭に巻いた包帯の痛々しさに、同情を寄せてくれたようだった。
グリフィスはその際、校舎の前庭であった出来事――婚約を解消したベインズ男爵子息との一件も伝える。
私のことは構わない。これであのベインズ男爵家の子息が義妹にすり寄ると厄介だな。
アーチデール男爵はベインズ家との取引を縮小している状態らしい。これは小姓のポジションに残り、アーチデール男爵に付き従うダレルからの情報だ。
一度学校から出るグリフィスに、アーチデール男爵にこの件を伝えてもらうことにした。
「いいか、グリフィス。相手は頭のネジが緩みまくっている男だ。私があてにならないとなれば、矛先は義妹に向かうだろう。同じ学院の敷地内にいるのだ。くれぐれも早めの対応をと付け加えておけ」
「シンシア様はアーチデール家の大事な――商品だからですか?」
「そうだ」
「……ですが、マリアンデール様もご快癒されたばかり、お気をつけください」
「そうだな、私ももう一度階段から落ちたら今度は死ぬかもしれない」
「冗談でもそのようなことはお口になさらないで下さい」
そんなに顔を顰めるな。
せっかくの――そう、巷でいうところのイケメンが台無しだろう。
「またせたね。アーチデール君」
教師が職員室からでたところで、私は目線でグリフィスに指示を飛ばすと、グリフィスは一礼して正面玄関に向かった。
「先ほどの執事の方はたしか……フリードウッド家の三男だったような」
「ええ。現在はうちの筆頭執事です」
「なるほど、優秀だったから、文官にでもなるかと思っていたが……」
「文官も競争率が激しいですからね、貴族家の子息が手にする給料にしては不安もあるでしょうし」
「確かに。婿入りか、他家への従事かになるな。あの若さでアーチデール家の筆頭執事か、彼ならば納得だ。文官にもれたら軍人コースだが、まあ彼ならばどこに行っても頭角を現しそうだがね」
やはり学生時代も優秀だったのか、グリフィス。
そして教師の言葉には同意する。
彼ならばどこに出しても頭角を現すだろう。
教師に先導されて教室に入ると、教師が教壇に立ち、怪我で休学していたが復学した旨を伝える。その際「記憶を失っている」旨も。
ここは大事だ。
地味で目立たない学生だったはずだが、もしかしたら友人がいるかもしれない。声をかけられても、まるっきり初対面、学生生活の記憶など、白紙状態。○○を約束してたと言われても話なんか合わせられない。
転入生がきたと思ってもらった方がいい。
授業が終わるとまずは女子生徒から声を掛けられる。
この赤茶けた髪に白い包帯は目立つし、おまけに長かった髪もばっさりだ。
何かと話題になりやすい。
「大丈夫ですの? アーチデール様」
「ええ、今のところは。怪我をした当初は吐気と頭痛がひどくて……あと、先生の仰った通り、記憶がなくて……お声をかけていただきありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか? 覚えていないのです」
その一言で女子生徒達は一気に同情を寄せてきた。
校舎を案内してあげるだの、現在の授業の進み具合だの、学校の流行、クラス内派閥、事細かに教えてくれる。本当に転入生状態だ。
そして私の方も、彼女達の知る過去の私、地味で目立たない大人しい性格ではなく、声をかけてくれる女子生徒にはにこやかに微笑み「まあ、ありがとうございます。助かりますわ」と男爵令嬢らしい口調を心がけて対応した。
話しかけると気さくに応じ、記憶を失っているので知らないことがたくさんあるから、嬉しいと言えば、かなり親身になってくれて、彼女達と名前を呼び合う仲にはなれたようだ。
学校に在籍しているのは、若い貴族のご令嬢や子息達。刺激もない毎日同じ日々に飽きているところに、ひょいと現れる非日常的な記憶喪失という女子生徒。
恰好の話題の種だ。
だが、そういう面白い話に食いつくのは、何も女子生徒だけではない。
復学時の朝の一件で私の存在を知った第二王子ロードリック殿下が取り巻きを連れてやってきた。
貴族令嬢なら皆、長い髪をアレンジしている。わたしもケガをした時よりは髪が伸びた……が、肩にほんの少しかかる程度。
つまり一般的な令嬢と比較すると短髪だ。
見た目が変わっていて、記憶喪失なんて、話題性だけは十分ある。
この国の王族に対して不敬な表現を使うが、ちょっと毛色が変わった女子生徒にちょっかいをかけようという腹が見え見えだ。
困ったことがあればいつでも気軽に相談してほしい、なんて言っていたが、なんで見も知らない男に相談しなければならないのだ。
相手が王族ならなおさらだ。
一介の男爵令嬢にとって、一番気が休まらない相手に何を相談しろというのだ。
たとえ第二王子だろうと私の中では、見知らぬ慣れ慣れしい男に他ならない。
慣れ慣れしいといえば、ベインズ男爵家の息子。
人の言うことを全然聞かずに、婚約者面しようと近づいてくる。
父親のベインズ男爵から注意を受けたにも関わらずウロチョロしくさって。
精神に異常をきたしているんじゃなかろうか?
この頭のおかしな元婚約者が、私の周りをうろちょろするから、第二王子殿下も、フェミニストぶりを発揮する絶好の機会とばかりに近づいてくる。
困ってる女子生徒を庇うというパフォーマンスを見せつつ、オモシレー女に近づけると思っている。不本意ながらこのオモシレー女ポジションが私だ。
このシチュエーションはアンや義妹が好きな絵小説の流行りの展開ではないだろうか?
「マリアンデール……義姉様……は、最近、第二王子殿下と親しくしてるって本当?」
帰りの馬車で義妹のシンシアにそう突っ込まれた。
これはいけない。一年にそんな話が広まっているなら学校全体に広まっていると見ていい。
考えなければ。
あのボンクラの男爵息子と、第二王子殿下を私の前から排除、もとい、遠退ける方法を。
 




