第9話 ヒステリックな義妹を優しく諭す
廊下の騒がしさに、男爵夫人とグレンダが部屋から出てきた。
義妹の名前を呼ぶ母親の声に振り返り、泣きつく。
「お母さま! ひどいのよ! マリアンデールったら、あたしと、フレッド様を会わせないようにするのよ!」
ぎゃんぎゃんと泣きわめく声よりも、私は声を張る。
「呼び捨てにしていいと誰が言った⁉ この小娘がっ! 目上の者に対して口の利き方がなっていないようだなっ!」
その声量に驚いたのか、義妹は口を閉ざした。
わたしはいつものように短鞭を掌で弄びながら、進み出る。
「アーチデール男爵夫人」
私は義妹が泣きつく男爵夫人を見据える。
先日のことも含めグレンダの教育が進んでいるようだ。
男爵夫人は以前のように私に嚙みついて怒鳴り散らすことはしない。
当然だ。
お前達親子は私を排除しようとしたが、私は付加価値をつけてお前達を利用するからな。
その付加価値は貴族夫人、貴族令嬢として申し分ない待遇だ。
身を飾るドレスも宝飾品も、国内でも最高級のものを用意してやる。
「あとでベインズ男爵家についての調査書をお渡ししよう。男爵夫人が確認の上、それをシンシア嬢に見せるように。私の調査書が信用できない、真っ赤な嘘だと否定したいならば、アーチデール男爵に再調査を願うといい。だがきっと、調査結果の内容はまったく同じであると保証する。それと、フリードウッド伯爵が先ほど家具のカタログを届けて下さった。それも併せてお渡しする。グレンダ、あとで調査書とカタログを渡す。私の部屋に来るように」
「畏まりました。マリアンデールお嬢様」
「ねえ、お母さま! ひどいわよね!? マリアンデールがなんであんなに威張り散らしてるのよ!」
それはお前が私を階段から突き落としたからだろうが。
私は覚えていないが。
「何よ! あんたなんて、暗くて地味でめそめそしてたくせに!」
うむ。
今の私は嫌いじゃない。
ありがとう礼を言おう。
「アーチデール男爵令嬢シンシア」
パシッと短鞭の先を空いている片手で掴む。
私の声にビクッと肩をすくめた。
「いいか、お前は、このアーチデール男爵家の商品だ。ベインズ男爵家程度の男に縁づかせるつもりはない。このことは、お前の義理の父親であり、このアーチデール男爵家当主の意向だ。男爵夫人、シンシア嬢によくよく言い含めておくように」
「わかったわ。マリアンデール」
男爵夫人の言葉に私は頷く。
今までの私に対する態度を変えた男爵夫人に、義妹は目を見開く。
「なんで……なんで⁉ お母さま! なんでマリアンデールのいうことなんか素直に聞くのよ⁉ 信じられないっ!!」
私は男爵夫人と夫人に縋り付いてる義妹を見つめ、溜息をつく。
「男爵夫人の苦労を知らない娘らしい発言だな」
以前、男爵夫人に向けた言葉――夫人のこれまでを労う言葉を口に出す。
言葉は強いからな。
特に男爵夫人のようなタイプには効果がある。
「そうね……少し……甘やかしたかもしれないわ」
「まあ、夫人が甘やかしたい気持ちはわからないでもない」
金髪にぱっちりした翡翠の瞳。白い肌はつるりとして剥きたてのゆで卵のようだ。
もう少し育てば、男共が列をなしてくるだろうな。
だが、いろいろわからせないとダメだ。
「素材は夫人譲りで申し分ない。あとはアーチデール男爵家の商品としてどこに出しても恥ずかしくないマナーと教養、それが身に付けば、気品もあとから付いてくる」
私がそう言うと男爵夫人もホイッスラー夫人もグレンダも頷く。
「安心しろ、シンシア。この私と男爵夫人そしてアーチデール男爵が、お前に相応しい嫁ぎ先を探すからな」
「なんであんたが! あたしの嫁ぎ先を探すのよ! あんたが結婚して出ていけばいいじゃない!」
ヒステリックに叫ぶが咽喉が痛まないか?
まあ元気がいいのはいいことだ。
「それは無理だ。どこかの誰かのせいで記憶を失ったのでな。結婚した先で記憶が戻ったら大変だ。アーチデール家から、そんな不良品を放出するようなことはできない。この家の信用に関わる。だからな、シンシア。お前はこの家の為に、いいところへお嫁に行くんだよ?」
むずかる小さな幼子を諭すように、私はキャンキャン喚く義妹に語り掛ける。
両手を広げて、さながら歌劇場で歌うオペラ歌手のような身振りで、私は告げた。
「私が婚約していたベインズ男爵家? 論外だ。あとで調査書をよく読めば、お前もちゃんと理解できる。ああ、今から楽しみだ。そうだろう? 結婚式の会場は大聖堂を借りて、枢機卿クラスの司祭に祝辞をあげてもらって、お前によく似合うそれはそれは綺麗なウエディングドレスを仕立てて、もちろん隣に立つのは、若くてハンサムで将来性も抜群の男だ。夢のようだろう?」
男爵夫人も、私の言葉に目を輝かせ始め、小娘は母親の変化と、私の優しい言葉にポカンとした表情を浮かべた。
そう、お前みたいな小娘が夢に見る結婚、この私が用意してやる。
もちろん出荷する商品には綺麗な包装を施すぞ。
この家は商家から身を立てたアーチデール男爵家だからな。
楽しみに待っていろ。
「多分興奮してこのあとは授業にならないだろう。ホイッスラー夫人、私の部屋でお茶をお出しする。あとを頼むぞ、グレンダ。アンもグレンダの補佐をするように」
そう言いおいて、私は芝居じみた仕草など、まるでしていなかったかのように、義妹の横を通り私室へ向かう。
「マリアンデール様、自らを不良品などと……」
グリフィスが苦言を呈するが、私は口角を上げる。
「事実だ。どうする? いきなり私の記憶が明日戻ったら」
「困ります」
グリフィスの即答に私は含み笑いを漏らした。
それはそうだ。
従僕から筆頭執事になったグリフィスは困るだろう。
「だろうな、私もだ。記憶を失う前はこんなに動くこともなければ、考えもしなかっただろうからな」
私室に戻りバルコニーに出られる大きなガラス窓から、屋敷の正門を見ると、下男たちもエリックの応援に回っている様子が見てとれた。
ふむ。
エリックは若いが、ちゃんと従僕らしく勤めている。
自分が舐められるとなれば数を頼むか。
よしよし、ちゃんと考えているな。
「グリフィスが推薦しただけあって、エリックやるな」
窓から離れてソファに座る。
「これであの小娘が理解してくれればいいんだが」
「夫人の薫陶がよろしいご令嬢です。直に理解されるでしょう」
「じゃあ後の問題は――……この家に寄り付かない、アーチデール男爵家の後継者である兄だな」
もちろん、記憶がないので、兄とも思ってないが。
「成人したのに後継者としてアーチデール男爵について我が家が抱える商会に顔を出さず、アカデミーで自分の好きなことをのびのびやっているようだが……」
「そのままにしておきませんか?」
「何故だ?」
「マリアンデール様が後を継ぐのが最良かと」
私は口角を上げる。
安心しろ、グリフィス。
もちろん、それを狙うとも。




