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英雄の方舟  作者: 瀧村日色
【第一章】瀧村一家の冒険
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木欄の強化トレーニング


瀧村木欄もくらんは、身の程をわきまえていた。

才能溢れた兄姉を見て育つと、概ね、身の程をわきまえるようになる。木欄は自分でも、そりゃそーなるよな、と思っていた。


長男の碧は、木欄から見ても、天才そのものだった。流れる様な動作には一切の無駄がなく、ただただ美しかった。サッカーボールがどうやったら、あんなに柔らかく足元に収まるのか、見ていても全く分からなかった。背後から襲いかかる敵をどうやって判別し、触れさせることなくかわせるのか不思議だった。普段はボーっとして、抜けているところも、忘れ物が多かったり、会話がたまに成り立たないところも、天才っぽさを増加させる要素に思えた。


姉のひまわりは、いつも輝いていた。「太陽に向かって真っ直ぐ育て」と願いを込めて名付けられたそうだが、姉はむしろ太陽そのものだった。周囲にいつも人がいっぱいいて、姉は明るい光を彼らに注いでいた。

木欄は学校ではいつも「ひまわりの弟」だった。先輩方はまだしも、教師も、同学年の女子すらも、木欄個人を認識するときにはいつも「ひまわり先輩の弟」が先行した。弟の僕から見ても、学校にいる姉は目立っていた。自然に目に留まる。全校集会で生徒全員が並んでいるときでさえ、見つけられる自信があった。


木欄は兄弟の中では、母親のスタイル、見た目を強く受け継いでいる。線が細く、身長は決して低くないのだが、自分の身長を言うと相手は大抵、そんなに高かったんだ、と言った。きっと自分の存在自体が、小さく見せてしまうのだろう。


小学生でサッカークラブに入ったが、兄は五年生ながらエースであり、すでに伝説だった。三年生の姉も、他チームに「あの女の子」と言われるくらい有名だった。兄はプレーを見るだけで違いがわかる英雄であったし、姉もピッチで「まだ、やれるよ!みんな、頑張ろ!」と手を叩いて鼓舞する姿はジャンヌダルクみたいだった。


木欄も決して下手ではなかった。むしろ、同学年の中では一番上手かったと言って良いだろう。苦手なところもなかったし、どこのポジションでもプレーできることから、コーチからの評価も高かった。使い勝手が良いのだろう。逆に言うと、飛び抜けたところがなかった。足が誰よりも速いわけでもなく、柔らかいテクニシャンでも無かった。強いメンタルがあるわけでなく、ゴールの嗅覚も特に無かった。むしろ、兄とは逆でセオリー通りに堅実にプレーする子供だった。


ある時、多分、五年生の時だったと思う。父から言われたことが、木欄にとってのターニングポイントになった。「木欄、オマエすごいなー、どこにいても全体が見えてるだろ、次にどこで何が起きるのか、他の子たちが何をすれば良いのか、全部分かっているみたいだもんなー、プレーヤーだけじゃなくて、監督の素質まで持っているんだろうな、誇らしいよ」

木欄は腹落ちした。自分は確かに俯瞰してみている。良いも悪いも客観的だ。他人事だと思っている訳ではないが、自分の本当の意識はピッチの中にいない。外から見ているのだ。思えば、心の底からその戦場に没入していないから、兄の様な閃きがないかもしれない。でも、客観的な分、他の子が今どこで何をすれば良いのか自分にはわかるのだ。

兄は言語化を切り捨てたからこそ、誰よりも速い。皆が気づく前には動いている。例えば、バッターがピッチャーが投げた球を見て、カーブだと感じたとする。その時「これはカーブだな、だから、こうやって曲がるはずだ、なので、ここらあたりを想定して振る」と頭の中で考えているようでは既に遅いのだ。「カーブだ」と言語化される前に、身体が先に反応したほうが圧倒的に早い。兄は、そういうところがあった。

他方、木欄は、ありとあらゆることを分析して言語化する癖がある。この場合、過去の事例を参照すると、このようにした方が成功率が高く…。まるでAIの様な思考をする。色々なことを「知って」いるから器用だ。人よりも早くこなすことができる。でも、決して過去の事例を超えるような、想像を超えたイノベーションは起こせない。


木欄はその後、自分の良さを最大限に発揮できるように、ポジションをディフェンスに下げてもらった。全体がより見渡せるし、味方に適切な指示も出せる。結果的に、このポジションは木欄の良さを最大限に活かすことになった。中学高校と、同じポジションで木欄はプレーを続けた。もともと技術力の高い選手である。ディフェンスに上手い選手がいるというのは、チームに取って非常に大きかった。賢くて上手いディフェンダーとして、それなりに名を轟かせて、高校の時には一度だけだが世代別代表にも選ばれた。


しかし、木欄は大学でサッカーを続けることは無かった。世代別代表にも入るレベルのプレーヤーが、高校でサッカーを辞めることは珍しい。周囲からも「どうして?」「もったいない」等々の声が上がった。木欄は同じように高校まででサッカーのキャリアを閉じて、別の道を選んだ姉の思いに共感が持てたし、その決断は尊敬に値すると思った。

このまま、自分があの世界で光り輝くことは、正直イメージできなかった。それなりに器用にこなせるだろうし、これまでもそうしてきた。でも、もし他のスポーツ、他のジャンルだったとしても、おそらく同じようなことが自分には出来ただろう、ということも想像できた。そして、同時に、自分が傑出した一握りの選手には決してなれないだろうというのも想像できたのだった。


国立大学では、経営学を専攻した。同時に、家族にも内緒でコーチライセンスの取得も目指した。アマチュアチームでコーチの経験を積み、いつかクラブの経営か、監督業についてみたい、それが自分を輝かせる一つの道なのではないか、と木欄は考えたのだ。



「木欄さま、本日は予定通りのメニューでよろしいでしょうか。予定では体力強化のあと、短剣術の訓練、昼食後、語学の勉強と地理歴史の勉強、その後は護身術、となります」


木欄は、ポッドから出てリハビリで二日ほど身体を動かした後、担当のシオンに今後の計画を相談した。予定では、一年後にはダンジョン(これは瀧村家だけで使われている用語だ)の攻略が始まる。三ヵ月後には森に狩りに出るつもりだ。魔獣と闘うことに少しずつ慣れていった方が良いと考えている。ダンジョンに向かう手段は黒の箱を想定しているが、この世界の街にも立ち寄ることもあるだろうから、その準備もしたほうが良いだろう。


①戦える体力と技術 ②現地で活動できる言語と知識 ③ダンジョンや魔獣に関する知識


木欄はこの三つを身に着けることを1年間の目標とした。


碧くんは、おそらく身体能力を活かして攻撃に専念するだろう。火力担当だ。ひま姉は、兄と同じことをやろうと思えば出来ると思うのだが、おそらくやらない。遠距離サポート役を選択するだろう。木欄は考える。本来であれば、自分が最後方にいて、俯瞰した位置で全体像を把握して、指示を送る役をやるべきだが、姉のスタイル次第か。場合によっては、遠近両方できるようにしておいた方が良いだろう。ある程度の近接戦が出来る手段を確保しておきたい。

また、現地人での交渉や情報収集と対策案の作成は、自分が中心になるべきだろう。というより、兄姉はおそらく全くやらないと思われる。「なんとかなるっしょ」って言葉で我が家の人たちは適当に済まそうとするけど、それは事前にちゃんと計画して準備している人が陰でサポートしているからだ。僕とか母とか。母とか僕とか。なので、言語、地理、歴史、宗教、文化、そのあたりは予習しておきたい。


木欄は、自分だけ過酷なスケジュールになりそうな予感がして、ちょっとウンザリしてきた。


木欄は火力担当の兄のスタイルを想定して、速度よりもスタミナを重視することにした。本来であれば、速度も欲しいところだが、兄と同じ速度は自分には出せないだろう。それよりも、最後まで走り続けてサポート出来る体力を優先したい。木欄は身の程をわきまえているのだ。

格闘術と呼ばれるものも、無手で相手を倒すことは兄に任せて、自分は護身術、身を守る術と相手の力を有効に使う系の術を中心にマスターすることにした。姉が傷つくことだけは避けなけばいけない。守る力を身に着ける方が良いだろう。武器はダガー、ククリナイフ、ショートソードを中心としたトレーニングを選択した。

1か月半ほど、持久力トレーニングと武器の基礎的な使い方、そして勿論勉強、集中して取り組んだ。概ねイメージ通りの動きが出来てきたと思う。あとは継続してやり続けることが重要だ。


二か月を超えたあたりで、木欄はシオンを通して兄姉の状況を聞いた。それによって、スタイルの調整を自分がやらないといけないと感じたからだ。

兄は身体強化をものにしたらしく、最近では大剣を使ったトレーニングを中心にしているそうだ。シオンたちから見ても、驚愕のスピードど破壊力を身につけていて、最近はハジメさんでは相手にならなくなってきたそうだ。天才ぶりは相変わらずである。ただ、これは木欄の想定通りだ。

意外だったのは、姉の方で、遠距離を選択するかと思いきや、エンジカンを使いこなせずに、属性変化した棒術の方に夢中になっているらしい。つまり、近距離~中距離の方を選択したということか。それにしても、着火ライターとか水鉄砲とか面白ろ過ぎるだろ。笑える。


木欄はそれを聞いて、遠距離の選択肢を自分で用意しようと考えた。エンジカンなるものにチャレンジしようと思ったのだ。


兄のトレーニングと姉のトレーニングを見学させてもらい、魔力(兄発祥の言葉だが、もう家族共通語に昇格させようと思っている)の取り出し方、使い方をじっくり見させてもらった。

この世界のエネルギーについては、これまでにも考える機会があった。座学の勉強で、現在流通している機器の仕組も教えてもらい、自分なりに気づいたこともある。この世界の家には、電気を使わない電灯が存在するのだ。言うならば魔灯だ。ちなみに発音は「ライ」。おそらくライトが語源だろう。各家にはそのような機器を動かすのに、必要なエネルギーの元となる小さな鉱石(三センチから五センチ程度)が魔灯に設置されていたり、家の中心にそれよりも大きな鉱石が配備されいる。それらがエネルギーとして使われている。スイッチのON/OFFは自分のエネルギーを使う。一度スイッチを入れれば、OFFにするまでにエネルギー源からエネルギーを取り込む。

先日、シオンに我が家、もしくは母船のエネルギーを、自分の胸にある魔石から取り出す様に一時的に設定してもらえないか、頼んでみた。答えはイエス、出来るそうだ。早速、最もエネルギーを消費する夜間に一時間、自分の魔石内のエネルギーを使ってもらうにしてみた。自分ではまだどうやって使うのか分からないが、外部の力で強制的に使ってもらい、その感覚を覚えてみようと考えたのだ。結論を言うと、この取り組みは成功した。自分の身体の中から、何かが引っ張り出される感覚が明確にあり、その感覚を覚えた。


その日以降、魔力を使った検証に取り組んだ。着火ライターも水鉄砲もすぐに出来た。兄が使っている身体強化も、何日か要したが何とかマスターした。ただし、兄の様に常時展開するには大変な集中力、精神力、体力が必要で自分には合わなかった。ポイントポイントで使う方が良いだろう。

エンジカンのトレーニングには、多くの時間を投資した。水、火よりも、固めた土を発射するのが、最も自分には合っている様だった。弾丸の形をイメージした球を、エンジカンから回転させて射出する。向こうの世界のライフル銃の仕組みを参考にさせてもらった。こちらの世界でも物理法則は同じなのである。一ヶ月ほどのトレーニングで、五十メートル程度なら使い物になるレベルに達した。精度はまあ練習あるのみだろう。


三ヶ月が過ぎ、ここから先は森の中で実践トレーニングで伸ばしていく段階に何とか辿り着いた。

シオンから翌日からのトレーニングは、三人合同で実施することを伝えられた。連携とディフェンス面のトレーニングを十日ほどやるらしい。


「木欄さま、三ヶ月に及ぶ強化期間、本当にお疲れ様でした。事前に立てた計画の質の高さ、それを実現する強い意志と吸収力、状況の変化に対する対応力、効率的な学びのアイデア、全てにおいて感服致しました。さすが、瀧村家の軍師、筆頭参謀でごさいます。木欄さまの資質、能力はご自身が考えているほど、劣ったものではなく、ご両親、ご兄弟を含めても遜色ないレベルだと、私どもは考えております。どうか、胸を張って頂ければ、トレーニング担当として、誇らしく存じます」

シオンには嬉しいことを言ってもらえた。兄姉のことは大好きだが、末っ子としては兄姉と比べられるのは正直苦しいのだ。その思いと葛藤しながら、末っ子は育つ。それを見越しての発言だろうが、素直に嬉しかった。そして、少しだけ誇らしく思えた。同時に、ひょっとすると僕ら三兄弟は、皆、同じことを思っているのかも知れないなとも考えた。他の二人は凄い。自分は他の二人に比べると少し劣っている、と。

でも、彼らが指摘してくれている様に、僕らは特性が異なっているだけで、皆等しく両親から自分たちに相応しいギフトを貰っているのかもしれない。


兄は、父からは秀でた身体と運動能力、母からは天性の閃きと優しさ

姉は、父からは太陽のような明るい性格、母からは可愛い容姿と周りを切り捨てず慈しむ心

僕は、父からは高い情報処理、言語化、分析能力、母からは綺麗なスタイルと計画性と器用さ


過度に身の程をわきまえて、縮こまって生きる必要はない。僕も兄姉みたいに、堂々と胸を張って生きよう。


瀧村木欄はそう思った。



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