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英雄の方舟  作者: 瀧村日色
プロローグ
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(幕間1)お別れは突然やってきて…


お別れは突然やってきて、すぐに済んでしまいそうだった。


数時間後には異世界人に連れられて、この世界にお別れを告げ、そして次に目覚めるときには七歳の子供になっている。そんなことを露にも知らない僕は、会社の会議中に全く知らない番号からの着信を眺めていた。


おそらく営業。それも保有しているマンションの売却に関する営業か、保険に関するものか、株の投資がどうのこうの、そんな内容であろう。

最近では、携帯電話に音声で連絡してくる知人などいない。SNS等のメッセージでのやり取りが殆どだ。そんな中で電話してくる相手など、九割九分営業電話だ。

着信が終われば迷惑電話かどうかウェブ検索して、該当すれば着信拒否の設定をすれば良い。そう思いつつ、知らない番号からの着信を眺めていた。


会議では若くして役員に昇格した直属の上司が、僕ではない別の部長に悪魔の質問を繰り返していた。

2か月ほど前に入社してきた彼は、新しいマネジメントプロセスを導入しようとしていた。どうも、役員様はその施策が気に入らないらしい。

「それはなぜ?」

質問という形であるが、その施策に彼が反対であることは見ていれば分かる。


上司がやるべきことは、部下があらぬ方向に進むことがないようにガイドすることだ。本人により多角的に検証させる機会を与えることだ。

彼の「なぜ」は、部下が自分と違う結論を出した不満をただ投げつけているに過ぎない。自分の望まない答えが返ってきた時には、即、自分の結論の正しさを滔々と話し始めるだろう。


これがこの国を代表するメガベンチャーの役員の姿だ。


その部長が「わかりました」と折れたところで、僕の携帯電話への着信は終わった。この上司をリスペクトする部下がまた一人減り、僕の携帯電話の着信拒否される番号がまた一つ増えた。着信は終わったが、留守番電話に切り替わったようだ。昨今では留守番電話に残されたメッセージが自動的に文字起こしされ表示されるはず。録音が終わるまでもうしばらく時間がかかるだろう。一旦携帯電話をポケットにしまいなおし、喫煙所に煙草を吸いに行けるようになるのは何時になるだろう、と考えを巡らせた。


人生は近くで見たら悲劇だが…と言うが、近くで見てても僕には喜劇としか思えない。まるで漫画のようじゃないか。これが日本最大のIT企業で実際に見られる風景である。魔王のような創業者の下にはミニ魔王が育つのか。あぁ、勇者よ、どうか討伐にきてくれ。


別の部長が「あなたが考える良い例を教えて頂きたいのですが?」と逆に役員に聞き返した。会議の場が一段と冷え込んだ。質問した彼は勇者であり、最大の愚者だ。次、発表する番は僕だと言うのに。凍える会議室の雰囲気から意識を逃すためにも、僕はポケットにある携帯電話に手を伸ばした。画面に留守番電話のサマリーが表示されている。

「西湘南総合病院」「奥様」「重体」

僕はラップトップPCを閉じ、席を立った。

「申し訳ない。家族に何かあったようで病院から電話が入っているみたいだ」

ポカンとしている役員様の返事を待つこともなく、僕は会議室を出た。


廊下に出て、すぐに着信を折り返した。

受付と思える女性に携帯電話に連絡があった旨を説明し、名前を名乗った。

しばらく待つと、おそらく医師ではない、ベテランの看護婦らしい人に代わった。一時間ほど前に緊急搬送で運ばれてきたこと、現在も意識不明であること、救急棟で処置中であることが説明され、なるべく急いで来院してほしいことを伝えられた。

「彼女は無事なのでしょうか」

「私からなんとも言えません。来院して先生に伺ってください」

僕に問いに対しても、当たり前の返事を返された。まあ、そりゃそうだよな。溜息を吐きつつ、焦っている自分を少し落ち着かせた。


自席に戻ると、役員と会議中の僕が何ゆえに自席に戻ってきたのか不審と心配の目でみるアシスタントに、妻が病院に運ばれたこと、早退して病院に向かうので今日の予定をすべてキャンセルしてほしいこと、明日以降のことは別途連絡することを急ぎ伝えた。

「え、はい、わかりました!すぐにやります、だいじょうぶです、いそいでいってください!」

アシスタントは僕以上に狼狽して答えた。机を片付けながら、部下である課長陣のことを思い浮かべ、僕の席から一番近くに座っている課長のところに行き、同様のことを伝えた。来週の予算会議の資料が未だ出来ていないことが非常に気になるが、その差配も巻き取ってくれるとのこと。「申し訳ない」と言う僕に、「なんも。気にせず奥様のところに行ってください」と快い返事をくれた。彼は遅く生まれた双子の父でもある。本来であれば、計画外の余計な仕事、しかも重いと分かっているような仕事を抱えずに早めに家に帰りたいであろう。そんな姿は微塵も見せずに、笑顔で送り出してくれようとしている。

あの年下でもあった役員に僕が一つだけ伝えられることがあるとしたら、上司はあまり優秀でない方が部下は伸びる、ということか。優秀な上司に付く部下というのは、おおむね「部下」として優秀であって、その部下自身が「優秀な上司」にはなりにくい傾向があるものだ。その分、大しことない僕のような上司の下につく部下の方が優秀なリーダーとして育つ。上司の代わりに必然的にリーダーとして活動せざるを得ないのだ。人は勝手に育っていくものである。

上司の一番の仕事は何かと問われたら、「部下の邪魔をしないこと」であると常日頃から僕は自分に言い聞かせている。


ラップトップPCを鞄に入れ、アシスタントに挨拶をしてフロアを出る。

途中ですれ違う、メンバーやマネージャーからも何かありました?的な顔をされた。

「ごめんな、急ぎ帰らないといけなくなったんだ」

「あら、お疲れ様でした」

「うん、ごめんね、お疲れ」


あの役員に対してもだが、アシスタント、支えてくれた課長陣、マネージャー、メンバーたちとも、もうこれで生涯会うことがないということを、当然、この時の僕が知ることはなかった。早く定年退職して、しがないサラリーマン生活とお別れしたいぜ、なんて思っていたことが早々に実現するなんてことも、知る由もなかった。しかも、全く想像もしない形で。人生はそんなもんである。突然、幕が落とされて舞台が変化することは良くわることなのだ。演者が知ろうが知るまいが。


お別れは突然やってきて、すぐに済んでしまった。



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