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新しい家族


その後、五百メートルくらい登り、獣道と化した幅の狭い、おそらく先はこっちだろうと思えるような道を進んでいった。

この山の登山道は、ハンフ山と異なり、分かれ道が幾つもある。

真っすぐ進むか左右どちらに進むか、それによって、行きつく先にも違いが出そうだ。


木欄は原則として、最もメインと思われるルートを選択した。

大きさ、真っすぐに近い道、下りよりも上り、踏みしめられた後が多い道、それらを基準とした。


洞窟は、少し開けたところにあった。

ビッグフットや小人たちの洞窟と異なり、小さな入口ではあった。

索敵魔法を打っても、反応はない。

どうやら、いないかもしれない、いなければいいな、と状況を共有しながら、奥に進んだ。


広場のようなところに出る手前で、索敵魔法を放つ。いる。広場の中央に1頭いる。

兄が身を乗り出して、広場の中央に目を凝らした。


「いるな。ライガサイズの犬だ。白いな。寝ているみたいだ。死んでいないよな」

「小人さんたちは、黒い大きな犬って言っていたよね、わたしにも見せて」


犬好きの姉が兄と場所を変わり、前に出た。


「姉が、木欄、あの子、ケガしているんじゃない?」


そう言いながら、姉は白い犬に向けて走り出した。

慌てて、イツキがついていく。

結果的に皆が走り出した。

おいおい、無鉄砲にもほどがあるよ、と追いかける一同の心は、一つにまとまっていたと思われた。


白い犬は息も絶え絶えの状態で眠っていた。


「木欄、具合見てあげて」


木欄は索敵魔法で詳しく診断する。

呼吸が浅い。身体に傷もない。脳に障害は、ない。心臓、肺、と少しずつ丁寧に魔力を広げていった。

そもそも、体内のエネルギーの動きがひどく緩慢なのだ。

少しずつ、下におろしていき、見つかった。これは。


「子供がおなかの中にいる」


木欄は伝えた。

少し回復魔法も入れて、体内のエネルギーを活性化させた。

十秒、二十秒、なるべく長く木欄はエネルギーを浸透させていった。

すると、白い犬は目を開けた。


「大丈夫よ!助けてあげたいの!わかる?」


と姉はすかさず声をかける。

白い犬は、薄目を閉じて、自分に魔法を放った。

診断中の木欄はすぐに気づいた。


「白魔法・・・」


白いエネルギーが体内に浸透していく。

木欄が使う回復魔法とは少し動作が違うようだ。

回復魔法はエネルギーを使って、体内を活性化させる。

体内の血液やリンパ液にいる細胞たち、エネルギーを補充する役割をする物体を集めて、動かし、自己治癒力を高める、そんな印象だ。

ただ、白魔法は、その回復速度自体を、加速させているようだった。


木欄が活性化させて動き出した細胞たちの、速度自体を大幅に上げている。

それでも、徐々に少しずつ弱まっていくのが、木欄には分かった。

もっと、白魔法をかけてあげたい。

原因となっていると思われる、胎児の状態を確認する。

胎児自身が持つエネルギーも緩慢であった。

この子は早く出産させた方が良いだろう。

果たして、出産できるのか。出産させられない阻害要素があるのか。


「頑張って!木欄どうすれば良いの?産ませちゃう?」

「いや、胎児が産道に入れないのか、逆子なのか、大きすぎるのか、僕には分からない。でも、出られないんだ。母体の力が足りないのかもしれない。ちょっと、そこまでは分からない」


「敵襲!」


シオンが叫び、盾を装着する。

碧が大剣を抜いた。

顔を上げると、黒い大型の犬がこちらに向かって、突進してくるのが見えた。

これが、レプラコーンが言っていた、この山のフェンリルだ。

牙を向いて、高速で走ってくる。

シオンと大盾を持ったハジメさんが、前に走り、盾を構えた。兄も前方に出る。


黒い犬が口を広げて、何か叫ぶような仕草をした。

まずい、索敵魔法を黒い犬に向けて飛ばし、木欄は口から放出されたエネルギーの正体を理解した。


「黒魔法!」


兄とシオン、ハジメさんが、膝を折る。

体内エネルギーを乱されたのか。デバフか?

ミツバが盾を持って、支援に向かう。


「やめなさい!」


全面戦闘になりそうになる前に、姉が立ち上がり、大声で全員を諫めた。

もちろん、黒いフェンリル含めて。


「クロ!あなた、わたしたちが敵意を持っていないことくらい分からないの!今、シロを助けているのが分からないの!バカなの!おすわり!」


神獣に、おすわりを要求する方こそ、バカだろう、と木欄は思ったが、黒のフェンリルの攻撃が止まったのを見て、驚いて呟いた。

さすがに、おすわりはしていないが。


「すごいな、言う方もすごいけど、それを聞いて矛を収める方もすごい」


黒いフェンリルは、こちらに牙をむき出しにしながら、近づいてきた。

信用はしていないが、少し様子をみてやる、という感じだ。

どちらにせよ、助かった。

衰弱している白い犬の前で戦闘は出来ない。


木欄は、白魔法での動きを診断して、一つの仮説を伝えた。


「場所が悪い、かもしれない。この白い子は、白魔法を使って、自分自身を治そうとしているけど、この場所は黒のエネルギーが強すぎる。周囲のエネルギーで効果も弱まっている感じがする。あの森の拠点の温泉地に連れて行った方が良いかもしれない。どちらにしても、今出産する体力はこの子にはないんだよ」

姉が、黒のフェンリルに歩みより、その前にたち、鼻先を指さしながら、言った。

「クロ、わたしの言うことはわかる?」

フェンリルがうなずいた。


「シロには子供がいるのね。あなたの子ね?」

イエス。


「でも、シロは死にかけているわ。おなかの子も大きすぎて、出られないの。この場所は黒のエネルギーが多すぎて、シロの魔法も効かないわ。わたしたちの家の近くに、回復効果の高い温泉があるのよ。そこに来ない?シロが元気になれば、出産する体力も戻るし、何とかなるかもしれないわ。ここにいて、シロが死ぬのをあなたは見ているのは嫌でしょ。わたし達を信用してついてきなさい。いいわね?」

フェンリルがどう考えたかは知らないが、彼に打つ手がないのは確かだったようだ。


木欄は兄たちのところに駆け寄って、回復魔法をかけた。

兄の魔石には魔力がなくなっており、身体に流れている魔力にも乱れがある。

やはり、黒フェンリルが放ったのはデバフ魔法だろう。

木欄のエネルギーを浸透させたので、しばらくすると治るはずだ。

シオンとハジメさんにも同じように、エネルギーを流した。


「クロって、誰だよ、名づけが安易すぎるし、それを受け入れている方も安易だ」

立ち上がった兄がボソッと言った。いまさらである。


「良いかい、黒い子。今からボードを作って、それに白い子を乗せる。僕らも飛べるが、ここでは空高くは飛べない。山の麓まで行ったら、違う船に乗せて、高く上がって飛ぶつもりだ。麓までの近道があるのなら、案内してくれると助かる」

フェンリルは本当にこちらの言葉を理解しているようで、しっかりと頷いた。


R3を大きめのフライングボードに変形してもらい、白フェンリルを乗せた。

黒フェンリルは入口ではなくて、出口の方に向かった。

こちらに着いてこい、という感じだ。


出口から外に出ると、右手の森の中に翼を出して飛んだ。

こちらが飛んでついてこれるのか確認しているようだった。

各自がフライングボードを出して、浮かびあがる、

黒フェンリルは何度か後ろを確認するようにしつつ、山を下って行った。


麓まで、おそらく最速ルートで飛んで下山したのち、ブラックアーモンド号に乗り換え、森の拠点近くの温泉地に向かった。


「イツキ、ミツバに連絡して、ピー君を温泉地まで連れてくるように伝えて」

「ひま姉、どうしたの?」

「ちょっと思いついたから、ピー君に出来るか聞いてみようかと思って」


森の拠点に着くと、日色と母がすでに待っていた。

母は黒フェンリルを見て、少し驚いたが、姉がクロとシロよ、と紹介するとニコっとして、全てを受け入れた。

すぐにシロのところに近づき、優しく撫でた。

大丈夫よ、大丈夫よ、と何度も撫でた。

日色も同じように、だいじょうぶ、だいじょうぶ、と言って撫でる。

クロは近くでジッとその姿をみていた。

木欄は、もうクロとシロで確定だな、と今後は、自分もそう呼ぶことを、自分に言い聞かせた。


「ピー君、お願いがあるの。木欄みたいに、シロの中を魔力で見ることはできる?」

姉がやりたいことを、大体推察した木欄は、日色の横に座って、シロの身体に触れ、診断魔法を浸透させた。日色が真似をして、手を置く。


「日色、シロの中に自分の手を置くと、中の様子がわかるんだ。やってみて。ここにね、赤ちゃんがいるんだ」

「うん!」


しばらくすると、わかった、赤ちゃんがいる、と日色が答えた。

やはり、この子は感覚でコツを掴めるんだな、と感心した。

赤ちゃんの向きや、頭や足の位置を日色と一緒に確認して、日色が中を正しく把握しているのは間違いないと思えた。


「ピー君、お願いはね、その赤ちゃんがね、外に出られなくなっちゃっているのよ。だから、シロが苦しくて死んでしまいそうなの。ピー君、その赤ちゃんだけ一度しまって、外に出してあげること出来る?」

「あかちゃんだけ、しまう。そとにだす」


しばらく、手に当てて考えていた日色は、出来る、と言った。

イツキがR3で簡易的な寝台を作った。

ここに赤ちゃんはおいて欲しいと、日色に伝える。

寝台と言っても、高さ三十センチくらいのベッドみたいなものだ。


日色は、シロの腹部に手をあてて、考えるように目を瞑った。

木欄も診断魔法で母体の様子を診る。

中で、胎児が黒、白の順番で、エネルギーに一瞬包まれたのが分かり、そして消えた。

日色が寝台に目をやると、そこに小さな光点が移り、そこから白、黒の順番で点滅したのちに、赤子が生まれた。


「産まれた!」

母が日色を抱きしめ、頭を撫でた。姉も抱きしめて褒める。


赤子は、普通の犬だとすると、すでに大型犬くらいのサイズがあった。

フェンリルは多頭出産ではなく、一頭のみであったが、生まれた子犬は普通の犬と同じように、目を開けることが出来ない、ただの可愛い赤ちゃん犬だった。

イツキがすぐに赤子の容態を確認しつつ、温泉のお湯で清める。

木欄も母体の様子を見て、シロの身体を温泉に浸けることをシオンにお願いした。

クロはようやく安心したのか、僕らに対する警戒をようやく解き、赤子のところに行き、身体を入念に舐めまわした。


「クロとシロの子だから、シロクロとか呼ぶの?ひま姉?」

「いやよ、そんなパンダみたいな名前。黒いお父さんと白いお父さんから産まれるなら、ブチとかになってそうだったけど、全身灰色だったわね、あの子」

「じゃあ、グレーとかにする?」

「女の子だった?男の子だった?」

「女の子だったよ」

「うーん」


しばらく悩む姉を見つつ、赤ちゃん犬から離れないで一緒になって、寝台で横になる日色を見た。

赤ちゃん犬と言ってもすでに日色より、遥かに大きい。

クロは日色が近づくことは許しているようで、赤子と日色を両方守る番犬のように、寝台の前に寝そべっている。

目を閉じて休んでいる姿を見ると、きっとアイツも母子の両方を心配していたのだろうと、きっとちゃんと寝ていないんではないか、と思えた。


産まれて一時間ほど経ったころ、シロが目を覚まし、温泉から出てきた。

寝台にいた赤ちゃんを愛おしそうに舐めた。

イツキが気を利かせて、寝台を地面と同じサイズにして、全員が横になれるようにサイズをかなり広げた。

赤ちゃんの横にシロは横になる。

目の見えない赤ちゃんはそれでもモゾモゾと可愛く動き、近くにあった、母犬の乳を吸った。初乳だ。


日色はそれを不思議そうに見つめて、赤子の頭を撫でた。

その日色の顔をシロが顔を伸ばして舐める。

母と姉は微笑ましそうに、その風景を見ていた。

当然、ミツバは、この人生ダイジェスト映像に絶対出てくるだろう、このシーンを撮影していた。

最前線に立って、色々な角度に動きながら、日色を見つめていた。


「この子はね、チャコールよ!」

色々考えた上で、少し工夫した名前を付けた姉は、家族に大々的に宣言した。


「フルネームは、チャコール・グレイ?」

「違うわ!何言っているの!チャコール・タキムラに決まっているじゃない!」

「でも、僕らの家族になるって決まっていないよね?フリーウェア山脈の家に帰りたいって言うかもしれないじゃない」

「いるわ!間違いないわ!」

「長いから、チャコって呼ばれそうだよね」

「ちゃこ?あのこはちゃこって言うの?茶色の子?茶色じゃないよ?」


日色の無邪気な疑問を聞いて、少し姉は失敗したかな、って顔をしたが、良いのよ、別に、わたしだって、色じゃなくて、花の名前だし、いいのよ、って小さい声で呟いた。


「クロ、シロ、あんたたちは、今日からウチの家族よ!」

二人に向かって、宣言した姉に、シロは「ワン!」と鳴いて、賛同を示したが、クロはふんっという感じだった。

あれは合意を得たのか、知らんって言っているように見えるぞ、と木欄は感じたが、神獣なんだから好きにすればいいさ、と思い直した。

フェンリルの寿命は数百年という。

長い人生なんだから、一時はこいつらと一緒でもいいかって思っているのかもしれないし。

僕らが決めれることじゃない。


チャコこと、チャコール・タキムラは我が家のアイドルになった。

目が開くまで、二週間ほど要した。

その間、シロはずっと付き添って、乳をあげていたし、たまに温泉に浸かりに行くときは、クロが傍に控えていた。


姉たちが近づいて、撫でても、二匹は怒らなかった。

むしろ、ついでにシロを撫でると、シロはとても嬉しそうに、舐め返してきた。

クロは、そこまで慣れあうつもりはない、という様子でそっぽを向いた。

ただし、クロも日色に対してだけは、対応が明らかに違った。

自分から進んで撫でられているようにも見えるし、チャコとセットで日色のことを、よく舐めまわしていた。

自分の子供は二匹だと思っているのか、助けられた恩を感じているのかは、分からなかった。


チャコが歩くようになった時には、家中がいっそう賑やかになった。

チャコは家族が大好きで、兄や姉、日色や母の後ろにとにかく、ついて回っていた。

外に出るときは一緒に行き、温泉に行くときは一緒に入った。

そういう時はシロが一緒にいるか、クロが遠くから見守っていた。


走り回るようになった時は、追いかけるのが大変だった。

その時には温泉地でなく、森の拠点に移動していた。

家の裏の敷地の広いトレーニングエリアで、チャコは日色と追いかけっこして遊ぶのが大好きだった。

日色にとって、良いトレーニングにもなっているのは間違いなかった。

チャコから逃げ切るのは、かなりのスピードが求められるからだ。

何とか逃げ切ろうと、日色は必死に走っていた。

飽きずに毎日、何時間でもこの遊びを、日色とチャコは繰り返していた。

そうして、日色は必死になって何とかして、足の速いチャコから逃げようとしている間に、完全に瞬間移動を習得した。

これまでの様に、横に現れるのではなくて、十数メートル離れた先にスムーズに瞬間移動できるようになっていた。


日色は走りながら、チャコに追いつかれそうになると、一瞬消え、十メートル先に現れて、再び距離を開ける。

また追いつかれそうになると、また瞬間移動で距離を開ける。

チャコは手ごわくなった相手を見て、楽しそうに尻尾をさらに大きく振って、ますます速く走ろうとする。

それを見た日色は、何度も何度も繰り返し、瞬間移動で逃げる。


その姿を見ていた兄は「本当に末恐ろしいな」と呟いていた。




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