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温泉の癒しと年越しイベントの歓声

 

 森の拠点に戻る途中、ブラックアーモンド号でハンフ山の付近を飛行してもらった。


 ハジメさん曰く、エネルギー干渉が強いので、ハンフ山の真上は行けないです、その周りを周回することなら出来る思うと、言った。


 木欄は行ける限界まで近づいてもらって、索敵魔法を放った。

 確かに結界らしきものがある。

 こちらの大気に含まれる魔力濃度と、結界らしき壁の向こう側では大きく濃度が異なっているのが感じられた。

 明確な魔力による壁があり、壁の向こうは濃霧に近いくらい赤い粒子が充満している。

 流石にポッドの中ほどではないと思うが、あの中にいればかなり細胞は活性化され、強固なものになるであろうことは予想できた。


 そう考えると、祭壇に祀られていたエンジコアはどう活用されているんだろう、と少し不思議に思えた。

 街に結界が張られている訳でもなく、付近に住む人が強くなる訳でもない。


 ハンフ山の結界の周囲をぐるっと回り、拠点の方向へ旋回する。

 森の拠点はハンフ山とハンフ山脈の終端の丁度中間地点にある。

 ということは、ハンフ山とサントニオ王国首都の中間地点でもある、ということだった。


 最高峰のハンフ山の上空から、高度を下げながら、森の拠点の方に向かうと、山の中腹に拓けた場所があるのを発見した。

 ハジメさんが、「あれが温泉地です」と説明した。


 高度を下げてもらい、温泉地を上から眺めてみた。

 温泉地というより、温泉湖だな、と木欄は思った。

 箱根の芦ノ湖のように、山々に囲まれた盆地に出来た湖である。

 あの広さの湖が高濃度のエネルギーで出来た温泉とは、本当にこの世界はスケールがデカい。


 湖のほとりに、あとでバンガローの様な拠点を作っておきましょう、とハジメさんは言った。

 母船から素材を取り出して作るので、すぐですよ、と言っていたが、この人たちもスケールがデカい。


 久しぶりに森の拠点に戻ったが、ひどく安心した。

 地球での自宅もそうだが、やはり自然に囲まれたところの方が、我が家の人たちは気を抜けるのだ。


「やっぱ!空気が!違う!わね!!」


 と姉が大きな深呼吸をしながら言った。

 足元をヨタヨタとラーライガのぬいぐるみねを抱えた赤子父が歩いている。

 それを抱っこした姉は「ピー君にもマイナスイオンのきもちよさがわかりまちゅかー」と甘やかしている。


 索敵魔法が使えるようになって、魔力濃度が判別できるようになった木欄は、カルガリーの街と、森の拠点とを比べて、こっちの方が魔力濃度が高いことを不思議に思った。

 街にはエンジコアがあったというのに、なにゆえにこちらの方が濃いのだろう。

 木欄にはマイナスイオンは視えないが、魔力は視えるようになっている。

 魔力は赤く色づけてしまったので、正直、あまり健康に良いものには思えないのが残念だった。

 緑色とかにしておくんだった、と今更ながら後悔した。



 翌日、午前中から温泉地に向かった。

 ブラックアーモンド号くんで飛べば、もう、すぐである。


 温泉地には既に仮拠点と、そこから温泉地の端に作られた入浴施設が作られていた。


 仮拠点 (もうバンガローと呼ぶ)は、三十畳くらいの広いリビングと、ダイニングキッチンだ。

 入浴施設はバンガローから直結で行けるようになっている。

 APS製の壁で囲まれていて、もちろん男女が仕切られている。

 湖側の壁は透明になっているので、綺麗な風景を見ることもできますよ、というハジメさんたちの心の籠った露天風呂風施設である。


 そのまま、女性陣と男性陣で別れて、露天風呂に向かった。

 赤子父を抱えたまま、ひま姉が行こうとするのを、碧くんが止めた。


「その子は男の子だぞ、俺が連れて行く」

「いやよ、ピー君はまだ赤ちゃんよ、お母さんと一緒に入る年齢なの」

「赤子である前に、それは俺たちの父親だぞ、あの父だ。娘と一緒に風呂に入っていた、なんて後から言ったら怒られるのは俺らだ」


 結局、ひまわりが無理やり連れて行ったしまったので、男性陣は碧と木欄の二人である。


 二人は比較的仲の良い兄弟なので、二人でも何の問題もない。

 二人とも積極的に会話しないから、会話がめちゃくちゃ弾むことはないけど、それが気になる二人でもない。


 ただ、木欄は兄の気持ちは何となくわかった。

 これまで女性陣には、中心に姉がいて、姉がしゃべる、母が受ける、母が天然にボケる、姉がツッコムで何となく出来上がっている。

 それに対して男性陣は、姉の代わりが父だ。

 姉と一緒で太陽の様に明るく、均一に光を届ける。

 僕ら二人も基本的には父が話すのを聞き、笑い、ツッコミ、渡されたボールを打ち返す。

 それに慣れているのだ。

 だから、赤子であろうと、ここに父がいることの方が、自然に感じる兄の気持ちはすごく良く分かるのだ。


 APSを変形させ、左足首にベルトの様に巻かれた初期状態に戻して、温泉に浸かった。

 APSは本当に便利で、一瞬で服が脱げるし、一瞬で服に戻せる。

 タオルも不要だし、何ならドライヤーとしても働いてくれる。

 そう考えたら、服を脱ぐ必要もなかったのかな、と思ったが、気分の問題だろうとすぐに思い直した。

 APSも定期的に水分を浴びることが重要だと言うが、この温泉に浸けてあげるのはもっと有効だろう。

 彼にとっても休息と充電が必要なのだ。


 ダンジョンから流れたエネルギーがこの源泉になっているという話の通り、かなり魔力に満ちた温泉だった。

 魔力を視れる木欄だけでなく、碧ですら、魔力が満ちた湯の効果を感じられるほどだった。

 溜まった筋肉の疲労がみるみる抜けていき、胸にある魔石が熱くなっているのが感じられた。

 身体の全ての細胞が活性化されていて、足りないエネルギーは即座に充電されていた。

 これは、ここに浸かっているだけで、骨折やケガも早期に治してくれるんだろうな、と碧は考えていた。


 三十分ほど浸かって、一時間ほどバンガローで休んで、また浸かりにいくのを初日は繰り返した。


 母はかなり気に入ったらしく、「お肌もね、すごいスベスベ艶々になるのよ」と喜んでいた。

 翌日からも、カルガリーの年越しイベントまでは毎日通うことにした。

 午前中はトレーニング等、各自がやりたいことをこなし、昼の三時くらいから、夕飯の時間まではここにきて、静養することになった。



 赤子父に温泉で泳ぎを教えていると聞いた兄が、そんな危険なことを!と、姉と母に注意するといった面白イベントもあったが、母はだいぶ静養できたようで、顔色が非常に良くなっていた。


 木欄は、温泉に浸かることで身体が回復するエネルギー活用の仕組を熱心に研究しており、たびたび母の身体に手を当てては、診断の練習と回復魔法のテストを繰り返していた。


 そんな日々もカルガリーの年越しイベントの前日には終わりを告げた。

「僕らがハンフ山にアタックしている間は、母を毎日ここに連れてきて欲しい」とフネさんに碧くんが頼んでいた。


 今年最後の温泉に浸かり、夕方に始まる年越しイベント間に合うように、ブラックアーモンド号はノアース神教国首都カルガリーへ向けて出発した。



 カルガリーが見えてきたときに、ハジメさんに言われて、外を見てみたのだが、街の中心部が輝いていた。

 近づいてみると、街の中心街が綺麗にライトアップされていて、中でもカルガリー教会は壁面が光り輝いていた。

 あまりの幻想的な風景に、母と姉が嘆息を漏らした。


 一旦、カルガリー自宅に降り立ち、馬車で街に向かった。

 街に近づくにつれ、街に向かう人並みが増え、高速モードで走ることが出来ずにいつもの倍以上の時間をかけて、教会に到着した。

 広場は、渋谷のハチ公か、と思わせるほど賑わっていた。



「ヤバい!ヤバいよ!」と、熱狂的な人たちをみて興奮して立ち止まった、ひまわりをイツキが腕を掴んで、迷子にならないように引っ張っている。


 母が、教会にいくのよ、と言って、皆を誘導した。

 今日は教会の受付がなく、広い講堂に多くの人が集まっているのが見えた。

 階段前で護衛していた衛兵に伝えて、二階にあがり、「瀧村家」と書かれた紙が貼られている部屋に入った。

 アンナさんが待っており、「あ、間に合いましたね!良かった!」と声をかけてくれた。


「あと少しで、講堂で大司教の挨拶、合唱団によるコンサートが始まるので、そちらに行きましょう」


 とアンナさんは言った。

 広場にいても、声と歌は聞こえるけど、講堂が上から見られる閲覧室の席を抑えてあるから、そこで観ましょう、と言ってくれたのだ。


 閲覧室はスタジアムのVIPルームのような作りになっており、豪奢な装いの人たちが座っていた。

 いつもの戦闘服簡易版の木欄は、自分も防御性能の高い見た目の良い服を作ろうかな、と思った。

 母と姉はワンピースだったけな、と思って横を見ると、彼女たちがいない。

 赤子父はミツバが抱いていた。

 フネとイツキもいない。

 ハジメさんと視線を合わせたら、奥さま方は少し用事があるので、それを終わらせてから来ます、と教えてくれた。


 重厚なパイプオルガンの音色とともに、大司教が登壇した。

 講堂にいる観衆はスタンディングオベーションで迎えた。

 ヨハン翁は片手で挙げ、皆を着席させた上で話し始めた。


「ごきげんよう。今年も年越しイベントの時期がやってきた、この日を迎えられたことを喜び申し上げる」


 外から大歓声が沸き上がる声が聞こえた、外の広場にスピーカーのようなもので流しているのだろう。


 それから、五分ほど挨拶したところで合唱団が交代で出来てて、歌い出した。

 ゴスペルだ。


 合唱団は白人だけでなく、黒人やアジア人のような人種の人たちもいて、非常に多様性豊かだった。

 豊かな声量で聖歌を歌い上げる迫力のある合唱だった。

 最後の曲はアップテンポな曲で、この都市では有名なのだろう、客席も外の観客も一緒になって歌い、ステップを踏んでいた。


 大きな歓声に包まれて、退場した後、舞台は一度照明を落とした。

 スポットライトがピアノとセンターマイクに注がれ、演者を照らした。

 演者は母と姉、だった。


「おいおい聞いていないぞ」と隣の碧くんが呟いた。


 観客に向かい、二人で深々と頭を下げた後、姉がピアノの前に座り、母がセンターマイクの前でギターを肩からかけて、始める準備をした。

 母と姉が視線を交わし、さぁやろうか、という感じのやり取りをしたあと、姉のピアノが始まった。

 母は、姉の伴奏で静かに謳い始めた。


 歌が始まると同時に、講堂中の観客の口から、ひゅぅっと息を吸う音が漏れる。

「これって」と僕の隣で声が聞こえたけど、木欄はもう演奏に集中していた。

 一曲終わり、観客が立ち上がり称賛を送り、三曲目には、それは広場を含めた大歓声となった。


 いずれも、1980年に暗殺されたイギリスの有名な彼のソロ曲だった。

「昔のことを思い出したら、僕の心臓はドキドキしちゃうんだ」から始まる、あの曲が最初の曲で、最後の曲は「みんな、想像してみようよ、」というあれだ。


 この祭りの雰囲気や会場や広場の興奮状態、家族への贔屓目を差し引いたとしても、大変素晴らしいライブ演奏であり、心に沁み渡るものであった。


 その後、オーケストラと入れ替わり、地球でも年末にお馴染みの、あの曲を含む何曲かが演奏されたり、多分有名なのであろうコメディアンの笑い溢れるスピーチがあったりした。

 最後は大司教、ゴスペル合唱団、母と姉を含む演者が壇上に勢ぞろいして、拍手に応じた。


 大司教が少し面白話をしつつ、時間を調整して、年明けのカウントダウンを自らが執り行った。


 花火はなかったけど、大歓声に包まれたカウントダウンは、新年への期待と未来への希望を喚起させるには、十分なものだった。


 この世界での楽しい出来事ダイジェスト映像には絶対出てくるシーンだろうな、と木欄は思いつつ、心の大事な箱の中に、今日の出来事を大切に、そっとしまった。



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