合同強化トレーニング
瀧村木欄は、昨晩、合同練習のスケジュールをシオンと入念に検討した。
まずは各自の現状を共有することから開始したい。木欄は最初にこの事をお願いした。
シオンたちはどういう仕組かは不明だが、互いの経験をリアルタイムで共有できる。例えば、シオンは、自分自身が体験していることと同時に、碧くんと一緒にいるハジメさんや、母と姉、ひい君の横にいるミツバさんの五感も同時に体験しているらしい。これは同じ時空間にいる彼らの種族?は全員そうらしく、もっと言えば、僕らが来ている服、あれが体験した内容もリアルタイムで共有しているそうだ。
つまり、誰かが一人で森に取り残されたとしても、彼らは何が起きているかを知ることが可能ということらしい。安心したというか、ヤバいなコイツ等と思ったというか。プライバシー保護法は彼らの国にはきっと無いのであろう。
そういう訳で、シオンたちは、三兄弟の今の現状を全員が知っている。何が出来て、何が出来ないのか。彼らは、それを前提にして計画を立てているのだが、木欄たちは、互いの現状をほとんど知らない。なので、まずそこから始めてほしいと伝えたのだ。
その後は、盾の使い方のトレーニング。
二日目以降は連携と盾のトレーニングをセットで実施する流れとなった。
四日、五日目は座学もある。この大陸のこととか語学の確認もある。この辺は、ダンジョン攻略までの残りの期間、どう座学勉強を計画すべきか、検討するための情報集めの意味合いが強い。
そして、始まった合同練習だが、それぞれの現状はこんなだった。
瀧村碧。身体強化を使って、約半日活動することが可能。身体強化の強弱はもう少しでコントロールできるとのこと。格闘技は元から専門レベルであったため、大剣術を習得中とのことだった。魔力に関しては身体強化以外の活用は出来ない。というか、トライしてもいない。
瀧村ひまわり。身体強化も習得。十秒程度であれば二倍の速度と強度で活動可能。格闘技は挫折。エンジカンも挫折。棒術が気に入り、基本的な型は習得済み。ドラ坊(活用している棒)の先端を刃物に変形させることも覚えたので、槍、薙刀の様に使うことも出来る。また、魔力を使ってドラ坊を炎、氷の属性をまとわせることが出来る。また、半径二十メートルの魔力を操作することが出来るようになったとのこと。二十メートル先に炎の壁を作ったり、氷の槍を落としたり出来る。
瀧村木欄。身体強化習得済み。ひまわりと同様、十秒程度であれば二倍の速度と強度で活動可能。格闘技は護身系を中心に習得。短剣術(ダガー、ククリナイフ)剣術も基礎レベルは完了。エンジカン習得。石を弾丸のように変形させ五十メートルの距離の敵を打ち抜くことが出来る。千発の連続発射は実験済み。
「これは相当強いんじゃないのか、俺たちは」
「そうね、木欄のオールマイティぶりには呆れるわ。近接も遠距離も両方いけるってことじゃない」
「むしろ、ひま姉の中距離魔法に僕はビックリしたよ。そんなこと出来るんだね」
ハジメさんが、この世界の基準と比較して、僕らがどの程度のレベルにいるかを補足してくれた。
「現時点においても、既に人類の中では上位に入ると思われます。まず身体強化を皆さんがマスターしたことが驚きです。この世界の人類で出来る人はいないかと。おそらく蓄積魔力量が著しく多いことと、魔力の代謝、この場合は周辺から魔力を取り込んで循環して使うという意味ですが、そのレベルが非常に高いです。ただ、魔力は低くても技術レベルが遥かに上の方々、剣の達人とか、エンジカンの達人とかは、この世界にもいらっしゃいますので、その方々と比較するとまだ劣っていると思われます」
魔物相手にはどうかと言うと
「下位四分の一以下の魔物であれば戦えると思います。あとは同時に相手する数次第かと。それより上の魔物とは1対1であっても、おそらく相手にならずに一蹴されてしまうと思われます。平均的なダンジョンであれば、低層階や領域の外周部分でなら、何とか生きていけるようになった、くらいでしょうか」
こちらは思ったより、厳しい評価だ。
まぁ、まだ三カ月だ、身体そのものを特別に作り替えてもらっているのだ。魔力の使い方が有利なのは当然だろう。それでも、こちらに来てすぐの状態で、そんな簡単に戦える訳がない。あと九カ月、もっと頑張らないと一年後が大変だ。
続けて盾の練習が始まった。
まず最初に今、僕らが着ている服を、基準を満たす戦闘服に変化させることを指示された。
□切れない燃えない熔けない潰れない外殻にすること
□二重構造とし、内殻はクッション性の高い、外圧を吸収できる作りにすること
□全身を切れ目なく覆うこと。指先や顔、頭、全てを覆う
□視覚、聴覚、嗅覚は機能するように透過性を持たせること
□人体に悪影響を及ぼすものは自動的に遮断されるようにすること
□内部温度も自動的に一定の温度に保つようにすること
□デザインは自由とする
色々やってみたが、結果的に特殊部隊のユニフォームのようになってしまった。
足首を保護するために、ワークブーツは必要だし、胸や背中、下腹部は防護力を上げるために厚手だ。頭部はヘルメットを被ったような形になった。
外敵からの視認性を下げるためにも、派手な色はふさわしくなく、基本黒ベースで、ヘルメットと靴の後ろ(アキレス腱部分)、肩口に自分のイメージカラーをラインを一本引く程度だ。
今まで、「服」と呼んでいたが、これを機に呼び名を付けようと、姉が言い出した。
姉が狙っていそうな名前は個人的に付けてもらうことにして、総称を決めた。これはそのまま「アクティブパワードスーツ」で良いだろう、となった。APSと読んだって良い。
APSの強度をテストするために、まずナイフで切り込むことから始めてみた。やはり切れない。固いというのもあるが、刺さらない、という感じがした。
姉がドラ坊に火をまとって切り付けても、全く問題ない。最後に、これは非常に検証するのが怖かったのだが、兄の大剣でもテストしてみた。流石に何かあると嫌なので、力はかなり抜いてもらったが。やはり切れることはない。ただし、衝撃を完全に吸収できるという訳でなく、骨や内臓が壊れない程度に緩和できる、というのが正しい言い方だろうと思った。つまり、痛いは痛いのだ。
今日以降トレーニング時はこの戦闘モードのAPSを着ることになった。
次に渡されたのが、APSと同じ材質の黒い箱、だった。
一人につき、三つの黒箱。二つは小さめ、一つは大きめだった。
小さめは幅2センチ長さ10センチ厚さ1センチ程度。見た目は小さな棒だな。
大きめの黒箱は、幅10センチ長さ15センチ厚さ3センチと、筆箱サイズ程度か。
小さい箱は左と右の二の腕の外側に装着し、大きめの箱は腰に装着した。
我々が普段着ているAPSはかなり密度の濃い戦闘服に変形させることが今後想定されるので、武器となるものや盾になるものの素材は別としたいらしい。
左腕に装着したAPSを盾にして、右腕に装着したAPSを武器にする。
まずはその練習と、各自が使いやすい盾をAPSへのラーニングさせる作業を行なった。
盾は小さなものから、身長くらいの大きさの盾、身体全体を囲む四角い薄い透明な結界のようなものまで、色々なパターンを作り、ラーニングさせた。これを瞬時に出せるようになったり、危険を察知した際に自動で出てもらうようにするための訓練を、時間をかけてみっちり行った。
特に自動で小さな盾が瞬間に反応して生まれてくるようになるには、十日近く要した。さらに上級になると複数の盾を同時に空中に展開して動的に反応させることが出来るようになるらしい。
この自動盾が出来るようになったおかげで、外敵の不意打ちからは守れるようになった。遠くからの狙撃、そんなものがあるのか分からないけど、その心配をしなくて良いというのは、非常に意味あることだと思う。
興味深かったのは、腰にぶら下げた筆箱の様なものだ。
これは何と、懐かしのあの移動用黒箱となる素材だそうだ。
早速、車を出すぞーと三人とも意気込んだが、誰も出来なかった。具体的な変形の指示が簡単には出来ないのだ、完成しないからAPSもラーニングすることが出来ない。
まずは簡単なスケートボードから始めてみた。一応、自動で動くから、最初はこれで満足しよう。いつかはバイクを作り、いつかは車を作り、いつかは飛行船を作るのだ。三人ともこの世界に来てから、最もワクワクした顔をしていた。
盾のトレーニングと合わせて、三人での連携も入念に確認した。何度も模擬戦を重ねながら、僕らの行動ルールを決めていく流れだ。
「原則として、指示は全て木欄が出す。俺や、みゃーが何を言ったとしても、木欄は上書きできる」
まず、第一の原則は指示レベルの確認だった。碧が、最初に長兄の自分の発言よりも末弟の木欄の指示を優先させると宣言したことで、木欄は大分楽になった。戦闘時に全体が見えてるのは、ポジション的に後方に位置する木欄であるのは間違いないので、木欄の指示が戦闘時に最適なのは合理的だが、日中の活動に関すること、例えば、こちらに向かう、あそこで野営する、朝は十時から移動する等々、全て含めて、という意味になると、さすがに大きな決断だと、木欄は思った。
碧も、ひまわりも、木欄の特性を熟知しており、全幅の信頼を置いている。三兄弟の中では最適な道筋を見つけ出すのは、末弟である、そんな事は二人にとって当たり前の事実だった。
それでも、木欄は心の底から、嬉しいと感じた。この最高の才能を持った偉才二人が、自分の指揮力を認めて、それに自分たちの行末を委ねる、と言ってくれたのだ。こんなに嬉しいことが、今まであっただろうか。喜びで震える気持ちを抑え込んで、全力で臨もう、戦おう、と木欄は誓った。
ただ、兄姉は「考える」という、彼らにとって最も面倒なことを、いつもの様に末弟に押し付けたに過ぎない、程度の思いだった。碧は、自分は目の前の戦闘に専念したい、と考えているだけだし、ひまわりは、指示が気に入らない時は、「ひまは嫌ー、やらないー、木欄お願いー」と姉権力を使う気満々だった。
その後、合わせて十個ほどの約束事を作り、動きながら調整を繰り返した。突出しがちな碧の上限、どこまで前に出て良いかの限界点は木欄が指示するとか、碧を先頭に二十メートル内に、ひまわりはいる様にする、とかだ。
「これは、碧くんに追いつくのに凄い走らないと行けないわ、持久力強化頑張らないと」
ひまわりが言う様に、連携して初めて、今の自分たちに足りないことに気づいたことも多々あった。それでも、それらも残り九ヶ月で埋めていければ良い。ここまでは、順調だ、と木欄は思った。
十日ほどの合同練習も終わり、一日休みを入れた後、三兄弟は森に打って出ることになった。
最終日のディナーはちょっとしたホームパーティをした。
「向こうの世界から持ってきた食材も残り少ないのよー、碧くんたちが美味しいものを採ってきてくれることを期待しちゃうわー」
母にそう言われると、期待に応えないといけないと、三兄弟は刷り込みに近い条件反射で思った。
「ひいろ君も、あと少しでも離乳食にしたいのよー、バナナとか欲しいわー」
まるで、ちょっと買い物に行ってきてーみたいな雰囲気で食材を列挙する。
木蓮は、APSから呼び出したタブレットに、バナナに似たもの、食べられる葉物、お肉、キノコ、牛みたいな動物がいれば捕獲、と真面目にメモっていた。
「ピー君、お姉ちゃんは明日からお仕事なんでちゅよー、さびしいね、かなしいね、泣かないで待っててねー」
ひまわりはバカ姉モードで全力甘やかし中。碧は一人でボーッとしていたが、思いついた様にハジメさんに聞いた。
「ハジメさん、木欄が作り出したタブレットって、あの林檎社の製品の再現だよね、ひょっとしたらサッカーゲームがやれる××ステーションとかも再現できるの?」
「はい、碧さんたちがやられていたゲームでしたら、私どもも体験しましたので、ある程度再現できると思います。私どもが見たことある範囲での再現なので、実際のゲームに近づけるには碧さんのフィードバックや修正指示、各種調整といったAPSにラーニングさせるための期間が何週間か必要かと存じますが」
新しいおもちゃを見つけたような、期待に満ちた少年の様な顔をする長兄。
「趣味といえば、ママも頑張って、これ作ったのよー」
と、ももは、床から幾つか呼び出した。
「ピアノ?ギター?」
瀧村家の面々は音楽好きでもあり、この様なホームパーティの時は誰かが弾き、誰かが歌っていた。女性陣はピアノが弾けるし、男性陣はギターが弾ける。ももは、ピアノもギターも歌も堪能だ。何でもこなせる器用人なのだ。ちなみに、ギターが最も上手いのは木欄だが、木欄は歌があまり上手くない。と言っても、友達とカラオケに行けば、上手い部類には入った。うちの家族が上手すぎるのだ。
ももが、ピアノを弾いて歌い出した。本当にいつ聞いても沁み入るような歌声だと、木欄は思う。赤子父を抱いていた姉が、ハモリで参加する。しょうがないな、と木欄はギターを手に取った。久しぶりだな、あ、これは父のギターに合わせて作られたんだな、と母の思いが少し理解できた。
この曲は僕らの節目節目で、母がよく歌ってくれた曲だ。
母なりに、きっと僕らが外に出て危険な目に合うことを心配しているのだろう。
この曲は、彼女なりのエールだ。
「まー!ピー君、この曲わかるのねー!」
と、うきーと手足をバタつかせて反応する赤子父を見て、姉が大袈裟に喜んだ。
赤子に分かる訳がない。でも、母と姉が、父であった赤子を甘やかすのを見て、碧と木欄は微笑んだ。
瀧村家らしい、穏やかで癒しと笑いに満ちた時間だった。
いよいよ明日から、森の外での狩りが始まる。




