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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

飼う

作者: 猫小路葵
掲載日:2025/08/16

 真っ白な壁に囲まれた、衛生的な部屋。

 天井は高く、室内に余計な装飾はない。

 とじてあるカーテンをひらくと、大きなガラス窓から朝の光が射し込んだ。

 俺は、この部屋でアキラを飼っている。

 大切なアキラ。

 寝心地のいいベッドで、アキラは健やかな寝息をたてていた。


「アキラ」


 優しく呼びかけると、アキラは毛布の中で身じろぎをした。


「アキラ、朝だよ」


 アキラは眠そうに目を少しあけて、俺の方へ両腕を伸ばしてくる。


「タクト」


 差し伸べられた手に応え、ハグを交わした。

 ベッドの足元には雑誌が一冊、無造作に置かれている。

 アキラが載っている雑誌だ。

 寒色系のライトを浴び、クールにこちらを見据えるアキラ。

 ページの中のそいつと、今こうして俺に甘えてくるこいつは、本当に同一人物なんだろうか。

 まあ、そういう落差にも俺は参ってしまってるんだけど。


「アキラ、もう時間だよ」

「まだ眠い……」

「でも起きないと」


 アキラは朝に強いタイプだけれど、昨夜はちょっと夜更かしをした。

 というか俺が寝かせなかった。

 逆に、俺の方はパチッと目が覚めたのだけど、それは神経がまだ少したかぶっているせいかもしれない。

 昨日のアキラは、いつにも増して感度がよかった。

 詳しく思い返すと体が反応してしまうので、これ以上の回想はやめておく。


「アーキラ」


 もう少し寝かせてやりたいが、アキラを仕事に遅刻させるわけにはいかない。

 俺はアキラの背中をあやし、言って聞かせた。


「撮影に遅れたら大変だろ?」

「わかってるよ……」

「だったら、ほら」

「タクトがキスしてくれたら起きる」


 アキラにこんなふうにおねだりされて、断れるやつなんているんだろうか。

 もういっそ今すぐ天地がひっくり返って、今日の仕事が休みになればいいのになんて、ついそんな気持ちにもなってしまう。


「タクト、もう一回」

「だめ。これ以上続けたらキスだけじゃすまなくなるし」

 するとアキラは口を尖らせ、俺に言った。

「けち」


 アキラは子どもみたいな駄々をこねているけれど、本気なわけではない。

 ただ、起きる前にちょっとだけ俺に甘えてみたいだけなんだ。

 でもやはり、いつまでもこうしてじゃれてるわけにいかないから……


「さ、起きるよアキラ」

「はーい、わかりましたよー」


 俺が洗ってやった髪には寝癖がついていた。

 こんな無防備さも、俺と二人きりだからこそだ。

 本当に可愛いったらない。


 アキラはようやく、俺から体を離した。

 俺はアキラの洗顔を手伝い、朝食を食べさせ、服を着せる。

 寝癖を直し、髪をとかし終えると、アキラが俺からブラシを取り上げようとした。


「タクトの髪もやってあげる」


 アキラはブラシを奪うと、俺の髪をとかした。

 わざと変なふうにとかしては、面白そうに笑っていた。


「じゃあね、タクト。行ってくるね」

「うん、気をつけて」

「待っててね」


 玄関のドアをあける前、アキラはもう一度俺に振り向いた。

 アキラは「まっすぐ帰るからね」と言って、俺に軽くキスをしてから出掛けていった。




「お疲れ様でした!」


 現場の人間が口々に挨拶を交わし、撮影が終わった。

 アキラが帰り支度に向かおうとすると、スタッフの一人が呼び止めた。

「アキラくん、おつかれ。このあとは?」

「お疲れ様です。今日はもう、家帰るだけです」

「じゃあ、アキラくんもみんなと一緒にご飯どう?」


 仲のいいスタッフからの食事の誘い。

 べつに嫌なわけではない。

 ただ今日は……


「すみません、今日はちょっと……」


 アキラの返事に、スタッフはそれ以上無理強いしなかった。

「そっかそっか、じゃあまた今度行こうね」

 そう言ってくれたスタッフに、アキラは聞かれもしないのに説明した。

「ペットが待ってるんですよ、家で」


 スタッフ相手に、ペットのことを少し話した。

 二人だけのときは、そばから離れなくて。

 なにかにつけて構いにきて。

 こちらの言うことはなんでもよく聞いて。


「今日はまっすぐ帰るって約束したから……俺がいないと寂しがっちゃって」

「そうなんだ、かわいいね」

「でしょう?」


 せっかく誘ってもらったのに、本当にごめんなさい、と現場をあとにした。

 家の前でタクシーを降りると、急いで鍵をあける。

 家に入ると、手早く靴を脱いで、部屋に向かった。


「タクト!」


 そこは、真っ白な壁に囲まれた、衛生的な部屋。

 天井は高く、カーテンはあいていて、大きなガラス窓から月の光が射し込んでいる。


「アキラ、おかえり」


 タクトは、本を読みながら俺の帰りを待っていた。

 俺は、この部屋でタクトを飼っている。


「ただいま、タクト!」


 タクトの胸に飛び込んで、タクトの匂いを気が済むまで吸い込む。

 するとタクトが俺の頬に優しく手を添えて、自分の方に向かせた。


「ただいまのキスは?」


 大切なタクト。

 タクトの手が俺の背中を、髪を撫でまわし、けっして離そうとしない独占欲の強さもほんと、可愛いったらない。


「タクト……」


 寂しがり屋のタクトをぎゅっと抱きしめ、俺がタクトをどんなに好きかってことを伝えてやった。

 寝心地のいいベッドで、今夜も俺をタクトでいっぱいにして、って。



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