雪原をそりがすべる
雪の中泣き声をたよりに外に出てみると、塀のそばをぴょこぴょこと動く白い影があった。もこもこと膨れ上がっていて、遠目から見ると、巨大なうさぎのようにも見える。
子どもたちを守る妖精かしら。一瞬そんなふうに考えてしまった。
「さあハンナ、いい子だから泣かないで。もう大丈夫よ。フィーリアおばさんが来たんですからね」
巨大な毛皮のかたまりが優しい声で子どもたちに語りかけている。
白い妖精の正体は分厚い白の外套を着たフィーリアだった。暗がりで震えるハンナに子ども用の小さな外套を着せてあげている。兄のマックスはひたすら雪玉を作っては杉の木にあてていた。へっちゃらそうだ。
「フィーリア」
私は雪に足をとられて、よろけながら子どもたちの方にむかった。
「よかったわ、あなたが来ていて。この子達が雪の中に埋もれていたらどうしようと思ってたの」
「パパと一緒にいたの?」
マックスが聞く。
「パパと何してたの?パパと一緒の部屋にいたのに泣いていないね。妹のハンナなんてパパがちょっと怒鳴るだけですぐ泣くんだ」
そう言ってマックスはハンナの方を見ると、うるさそうに顔をしかめた。
「パパはもう寝たわ。だから二人ともお城に帰れるの」
私はいきなり子どもたちに憐れみを感じる。しゃがんでポンとマックスの肩に触れた。
自分でも驚いてしまう。街中で子どもの泣き声を聞くとうるさがっていた私なのに。
「本当に?」
ハンナが泣き止んでたずねた。小さな鼻は赤くなり、頬には涙の跡がついている。
「本当よ。こんなところにいたら風邪をひいてしまうでしょう?暖かいお部屋の中にいないと」
私はそう言うとハンナを抱き上げた。
ハンナが頬ずりして、照れくさそうに笑う。
フィーリアはどこか心配そうな顔をしていた。
翌朝。私はクラリッサとフィーリア、双子と一緒に大広間で朝食を取っていた。食卓は豪勢だ。鶏肉の赤いスープにホヤホヤのロールパンがテーブルの中央に山と積まれている。小さな赤いりんご、濃くて甘いホットチョコレート。チーズにバター。
私は黙々と食べた。スープを飲んだら、りんごを丸かじり、ロールパンを二個、三個と食べて。バターを塗ったり、苺ジャムやアプリコットのジャムをつけたり、どんどん、次々と。
痩せっぽっちでガリガリの体が栄養を欲していたのだ。
開け放たれた大広間の扉、廊下の奥から微かな悲鳴を聴いたような気がした。悲鳴はどんどん大きくなり、子どもの泣き声へと変わった。ハンナが赤く泣き腫らした目で、ポールに手を引かれて大広間に入ってくる。
ポールは疲れ切った顔をしていた。昨日と同じ服のまま、ぼさぼさの頭、ぼんやりとした目線を食卓の一同のあたりへさまよわせて。
「どうして寝室にハンナがいる?」
夫の声がひびく。
私は説明しようとした。
それでも彼は聞き入れずに、ハンナとマックスを城から出して、二度と入れないようにと繰り返して言う。
「優しい兄さん、お願いよ。あの子たちに罪はないでしょう」
フィーリアが懇願した。兄の袖をつかみながら。
妹の頬を真珠の涙が流れてゆく。
「フィーリア、無理なんだ。あいつらは俺の子じゃないんだ……」
ポールの声は弱々しかった。昨日の暴君の面影は一ミリも残っていない。
二人の子どもは毛皮の外套に金貨を幾枚かを持たされて、城門の外に出された。ハンナの悲しみと絶望でこわばった顔。マックスは妹の背に手を当てて、雪の中を歩いていく。ハンナが後ろを振り返るたび前を向かせて、早歩きになって。
クラリッサは早々に宮廷へと帰っていった。不貞の子どもたちのことで、厄介ごとに巻き込まれたくなかったのだろう。
私は子どもたちのことが心配で、窓辺に立って外を見ていた。針葉樹林の向こうにははるかな雪原が広がっている。空は灰色のくもり空。
雪の積もった丘をソリに乗った男がやってくるのが見えた。大きなツノをもったトナカイがそりをひいている。
「雪ぞりよ。お客さまだわ」
はなやいだ声で言った。
眉間にしわを寄せ、長椅子に脚を投げ出して座っていたポールが顔を上げる。
「やれ、ギルバートだぞ」
彼は窓辺の私の近くに立って言った。
私たちは互いに顔を見合わせて微笑んだ。
どうやらギルバートはポールのよき友人でもあるらしい。私は嬉しくて、ここ数日沈んでいた気分が嘘みたいに軽くなった。よく知った友人がいるだけで、どれだけ心強いことか。




