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枯れた噴水の屋敷

 侍女に揺り起こされたのは昼ごろだった。暑くてたまらなかったので、毛布をはねのけようとしたところ、はだか。衣服という衣服は寝室のあちらこちらに脱ぎ散らかしてある。驚いて悲鳴をあげると頭が割れるように痛んだ。


「まあ」

 メアリー=アンが叫ぶ。


 侍女の顔に安堵したような明るい表情が一瞬よぎった。が、すぐに私が裸でいることを思い出して衣服をかけてくれる。


「アデライン・ハート嬢が居間で待ってらっしゃいます」


「何か飲み物かクッキーをお出しして。すぐ支度して行くわ」


 私は水色に生地に細い赤色のリボンを合わせたドレスに着替えながら、ゆうべの記憶を猛スピードでたどった。ポールは珍しく、夫婦の寝室に帰ってきていた。ダリアのところに行かなかったのだ。それからワインを飲んだのだ。その気になろうと思って……


 じゃあ、私たちは男女の仲になったのだろうか。記憶が飛んでしまってわからないけれど、メアリー=アンはそう思ったにちがいない。


 髪をポニーテールにして赤いリボンを蝶結びにとめた。首元にはチョーカーくらいの長さの真珠の首飾り。鏡の中には戸惑った顔をした美少女がいた。


 居間ではポールが若い客人の話し相手になっている。アデラインはホットミルクをすすりながら笑顔を輝かせていた。見る者をハッとさせるようなまぶしい笑顔だ。見ているだけで心が和むような……


 でもどうしてポールがいるのだろう。いつもなら朝早くから狩りに出かけたり、何か曖昧な用事(ということはダリアと人目を避けて会っているのだ)で、留守にしていたりする。


 私はポールの手を引いて寝室に行った。

 話を切り出せずに、彼の前を行ったり来たりしてしまう。


昨夜ゆうべのことが知りたいの」

 彼の目をじっと見つめて言った。


 ポールは無表情だ。

「それなら何もなかった。君はひどく酔っ払って何かする前に寝てしまったんだ」


 寝ていなかったんだ。開かれた窓の外を見て、吐息をつく。


「姉から何か言われたんだね」

 ポールは平坦な声で言った。

「キャサリン、僕は君と寝ることだってできる。君は美人だし、なんというか、他のひとにはない何かを持っているからね。でもそんなことはムダさ……」


 本気で苦しんでるかのようだ。ダリアへの絶望的な恋。彼女は小悪魔みたいに彼を誘惑して……。毒蜘蛛のように彼の心を捕らえてしまったのだ。


「わかってるの。クラリッサにもそう言ったのよ」

 そう言ってうつむいた。


「彼女に会うより先に君に会っていたら、もっと違っただろうね。ゆうべだって君は……!」

 彼が言葉を切る。耳が赤くなって苛立たしげに顔を背けた。

「とにかく僕のいるところでワインは飲まないことだね。今度こそ君の嫌がることをするかもしれない。君を泣かせるようなことを」



 ポプラの木。庭の噴水は枯れて、木の葉のたまり場になっている。

 

 高い塀に囲まれた屋敷は広く、郊外にあるために街中まちなかのような騒音もしなかった。


 通りの馬車の中で、アデラインが不安そうに座っている。


「可愛らしい令嬢だね。どこのお嬢さんだい、アデラインは?」

 ギルバートがたずねた。


「ハート家よ。亡くなったお父様が騎士だったんですって」


 彼がなるほど、とうなずく。


「ここがダリアの生家なの?使われているのかしら」

 あまりに人の姿が見当たらないので不安になった。こんなに広ければこの時間にも使用人の五、六人くらいは庭を横切るはずなのだが。


 呼び鈴を鳴らすと白髪の女が出てきた。私たちを品定めするように見た後、薄い唇を開いて言う。

「ヒギンズ様と侯爵夫人でいらっしゃいますね?」


 天気の話もほどほどに、ギルバートが本題を切り出した。


「パトリシア・カーティスさん、ご息女のダリアさんがアッシャー侯爵と離婚されたことはご存知ですね」


「ええ、知っていますよ。あの子は奔放ですからね。叩き直そうとしましたが、まったくなおりませんでした。一家の恥ですよ」

 低い無愛想な声で相槌をうつ。


「お嬢さんは末の娘マリーを連れて侯爵のもとを去りました。アンとレオは侯爵が面倒を見ています。しかしマックスとハンナは父親から家を追い出され、今は私が世話をしているのです」


 パトリシア・カーティスは無言でうなずいた。

「私だって可哀想な孫たちと一緒に暮らしてやりたいのですけれどね。でも見てお分かりでしょう、生活が苦しくて二人を養う余裕なんてないんですよ」


「勝手な申し出かもしれませんけれど、資金なら援助することができます」

 ギルバートが言う。


 故カーティス侯爵夫人は私の首元を、それからサテンのドレスに目をやった。



「これで子どもたちのことは解決した」

 ギルバートが馬車の乗り込むながら言う。晴れやかな顔だ。


「マックスとハンナをあの人に預けるつもりなの?」


「とうぶんはね。ちょっと離れたところで仕事があって、子どもたちを連れていけないんだ。

キャシー、君だってわかってるはずだ。二人はポールの子どもじゃないし、ポールは二人に愛情を持っていない。ダリアはもっとひどいだろう。

だいたい無理やりポールに預けたって二人は傷つくだけさ。父親は母親に唾をかけられてもマゾヒスティックな愛情でかえすだけ。腹いせに酔っ払って夕食の席で怒鳴る。そんなのまともな家庭じゃないし、子どもの目に毒だ。

だったら多少冷たくてもパトリシア・カーティスに預けた方がましだろう。パトリシアは自分の娘を一家の恥だと考えるくらいには道徳があるらしいし」


 私はため息をついて、そうねと言った。もっといい方法を探したけれど見つからなかったのだ。ギルバートの言うことは正しかった。

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