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サファイアの指輪ひとつ

 目を開けると、ベッドの上にいた。ものすっごく固いベッド。ちょっと動くだけできしんで、耳ざわりな音を立てる。粗末なシーツ。階下からは歌声や人声の喧騒けんそうが聴こえてきた。


 慌てて飛び起きる。チューチューと言いながら逃げてゆくネズミたちに、思わず悲鳴をあげそうになった。最低最悪の部屋だ。ゆがんだ木の椅子。くもった鏡の鏡台。


 立ち上がろうとすると、めまいがした。足は痩せ細り、今にも骨折しそうだ。

 やっとのことで鏡をのぞき込むと、見知らぬ少女が見つめ返してきた。金髪碧眼きんぱつへきがんの、栄養失調かと思われる痩せ細った少女。


「いいですか。この指輪は誰にも、あなたの旦那様にも、当然、道端みちばたの乞食にも渡してはいけませんよ。これ以外財産はないのですから」


 栗色の髪をして、ドレスを着た女性がサファイアの指輪一つを渡してきて言った。


 小ぶりなきれいな指輪。空や海よりも青くって。



 どうやら私はキャサリンという貧乏貴族の令嬢に転生してしまったようだ。目の前の老けてはいるが、昔はさぞ美人だっただろうと思われる女性はヘレナと言って、キャサリンの母親である。


 私はサファイアの指輪をギュッと握りしめた。


 ヘレナは娘の結婚の話をしているのだ。


 冗談じゃぁない。結婚なんて。ふざけているのか、と言いたくなった。結婚なんて全然よくない。憧れたことだってない。ほら、結婚は人生の墓場ってよく言うじゃない。


 でも私には拒否権はなく、ヘレナは「出戻りは許さない」と口を酸っぱくして言った。私たちはとても貧乏だったのだ。死んだ父の城を追い出され、宿屋の屋根裏暮らしで、ドレスはずっと新調していない。ほら、可哀想なキャサリンだって今にも骨が折れそうなくらい痩せてるじゃない!


 結婚が恐ろしかった。見知らぬ大人と同じ屋根の下で暮らすなんて。こんな痩せっぽっちの女の子を嫁に迎えようなんて男、まともなはずがないもの。


 いやな匂いのするおじさんだったらどうするの?アル中の暴力亭主だったら?


 それに私が城の女主人の役を演じられるとは思えなかった。旅人のマントを預かって、「ようこそ、おいでくださいました」なんて滑稽で吹き出しちゃう。



 友人のギルバートが結婚相手のお城まで送っていこう、と申し出たけれど、母が断ってしまった。ざんねん。彼だったら、私に同情して、逃亡に手を貸してくれるかもしれないのに。


 でも、結婚からのがれることはできなかった。花嫁を乗せた馬車は走り出し、容赦なく進んでゆく。雪国へと。見知らぬ土地へと。

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