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第7話 世界の狭間でイケメンに会いたいと叫ぶ

「うーん、エリンって、思ってた以上に頭いいねぇ……」

 原作者の“もや”はピンポン玉サイズの球体になって、コロコロと転がっていた。

 原作者はどうやら人の形よりも球体が好みらしく、今はピンポン玉サイズの球で何を描くでもなく転がっている。


 面白いので指で弾いたら思ったよりも遠くに転がってしまい、原作者が「なにをするー」と言いながら戻って来る。


「……それ、創った本人が言う?」

「いや、正直個人の資質なんてわからないよ。特に創作の創作だからさ。スパ公では“なんかやたら嫌がらせしてくるテンプレ悪役令嬢”って設定なんだよ」

 

「設定が適当すぎて、逆に能力の自由度が高くなっちゃったパターン……?」

「あるある。“想像にお任せします”ってやったら思ったよりもスゴいのが出ちゃったね」

 あっけらかんとしすぎているネグレクト原作者の“もや”をもう一度弾いて遠くに転がす。


「反省して?」

「したした、だからもう遠くに弾かないでおくれ」


 6回分の人生を経て、私たちはようやく結論に至った。

 

 エリンは、きっと最初から“自分がどう思われてもいい”と思っていたのだ。誰かを助けるためなら、自分が悪役になることを選べる子だった。


「そう考えると、問題はアランか」

「何も取り柄のないアランね」

 “一応、イケメンって設定だから顔だけは取り柄だぞ”とピンポン玉が跳ねるが、今となってはあの顔すら憎い。

 

「なんで、あんなに毎回悪意フルスロットルになってしまったんだろう……? 原作だと“ちょっと思慮が浅いが正義感が強い王子様”なんだけど」

「中身のない正義なんて悪と同じよ? 自分の中の正義なんだから、浮気をしたり毒を盛らせたりすることも“王族として必要な正義”って思ってたら設定通り“思慮の浅い正義感(おもいこみ)が強い王子様”になるじゃない」

 そう指摘すると、右にコロコロ、左にコロコロ。原作者は落ち着かない。

 

「でも、次の方針は決まったんじゃない? エリンがアランと穏便に婚約破棄できれば、生き残れる可能性はグッと上がると思う」

「穏便に婚約破棄……というと、病弱設定かな。まぁ出来なくはないだろうし、やってみるか」

 

 コロコロと転がっていたピンポン玉が急に頭上へとふわふわ浮上する。上を見上げると、今回の扉は頭上の更にもっと高いところに出来ていた。


「あ、そういえばイケメンパラダイスなのにイケメンと出会わなすぎじゃない? せっかくだからイケメンとも交流してきてよ」

「ちょっとー、君がボケちゃったら私がボケらんないでしょ〜……」

 ボケたつもりはないのだけれども、原作者は不満げに吸い込まれていった。


 * * *


 ロイシス侯爵家の令嬢、エリン。

 6歳を境に、急に性格が大人しくなった。品行方正で、王妃教育にも真面目に取り組み、学問では常に優等生。剣技を学ばせれば大人と互角に渡り歩く。

 容姿も大変に優れており、ゆるく巻きウェーブがかったアッシュブロンドの髪の毛がふわりと揺れて輝くたび、周囲の人々はその愛らしさに目を奪われる。

s

 そんな最高の宝石が――12歳の夏の日に突然、体調を崩した。


 食事が喉を通らない。

 ひどい眩暈に悩まされる。

 朝起き上がることができず、階段も自力で降りられない。


 医師を呼んでも「原因不明」と言われて苦い薬草を煎じて飲むように指示するだけで時が過ぎる。

 

 彼女の病名は“仮病”。

 狙いはただひとつ――「王妃に相応しくない」と思わせ、婚約破棄に持ち込むこと。


「って思ってたんだけど……なんか、本当に体調が悪いんだよね」

 エリンはベッドの上に横たわりながら、独り言を続ける。エリン――原作者が私にメッセージを伝える時はいつも独り言だ。

「日に日に、体力が無くなっていく感覚……」

(体力がなくなっては逃げられなくなるからと、誰もいないところでは筋トレを続けていたから、寝たきりによる体力低下ではない……食事も“喉を通らない”とは言うものの、必要最低限は栄養を摂っている)


 ただ、幸いな事に、当初の目的である婚約破棄は間もなく達成された。

 見舞いに来たアランが「婚約者ではなくなったけれど、健康を祈っていることには違いないよ」と手を握りしめながら優しい言葉をかけてくれたが、その3日後に他の貴族令嬢と婚約して二度と屋敷を訪れる事はなかった。


 目標が達成できたのだから、起き上がって「元気になりました」と言えればいいのだが、その頃には本当にエリンは立ち上がる事ができなくなり、介助があってようやく歩けるくらいまで衰弱をしていた。


 明らかにおかしいのにもかかわらず、医者は「原因不明」と言っていつもの薬草を渡して帰る。

 

「これはまずいね……」

 原作者は力なく、呟く。ベッドの上から俯瞰で見るか、ベッドの天蓋を眺めるしか私もできないため、何が起きているのかわからない。


(……これまでの人生では一度も病気にかかっていなかった。そして、家族は健康そのもの……。とすれば毒……かな)

 おそらく、エリンも気付いているのだろう。その日から食事を摂らなくなった。

 それに心配してくれたのはエリン付きの専属メイドだ。元は義妹の専属メイドだったが、エリンが病に臥せってからは自ら名乗りを上げてエリン付きの専属メイドの座についたという。


「エリンお嬢様、お食事を召し上がらないと元気になりませんよ?」

「……わたし、もう食べられないから、あなたが食べていいわよ」

 力なくエリンが答えると、メイドは涙を流しながらスプーンでスープを掬ってエリンの口元に持っていく。

「そんな事言わないでください……美味しい料理なんです、お嬢様のために料理長が腕をふるってくれて……」

 

(この人、王太子とネンゴロになったメイドとは別人ね。エリンのために泣いてくれるなんて……ん?)

 スクリーンの視点が、俯瞰からエリンの視点へと変わる。おそらく、原作者が意識して変えたのだろう。

 

(……こいつ、笑ってる……! 涙を流しながら、笑ってる!)

 このメイドは涙を流しながら目を細め、口角を上げて笑っていたのだ。

 

 エリンが部屋の扉に視線を移すと、ほんの少しの隙間から医者と義母が部屋を覗き見しているのが見えた。

(どっちだ……どっちが犯人……?)

 

 無理やり食事を流し込まれるが、弱った身体では逃げることも騒ぐこともできない。

 床に伏せたまま、静かに、緩やかに、エリンの心音が弱まっていった。


 * * *


「……結局誰がメイドが毒殺の犯人だったの? 医者も怪しいと思ってたんだけれど……まさかメイドとはね……」

 “世界と世界の狭間”で、ボロボロにしぼんだ“もや”姿の原作者に問いかける。


「ん? 医者と義母がグルで薬草が毒草ってオチだよ。まぁ、これはわかるね。義母からしたら王家に嫁がれるのは避けたかっただろうし、元気になって後継者候補に戻られても困るし」

 “直接の原因はそれ”とけろりと言う。

「あれ? じゃああのメイドは何だったの?」

「ああ、アレは料理長と専属メイドと義妹がグルで嫌がらせに料理に薬草という名の毒草を入れてた。どうやら、苦いということを知った義妹が、嫌がらせのために仕向けていたっぽい。だから料理がびっくりするほどまずい」

 コンビネーション最高すぎて地獄かな。


「あと、父親がチェインバー(へやそうじ)メイドとタッグを組んでいて、時折枕に毒針が仕込まれていた。まぁこれは口減らしかな、と」

「ロイシス家の倫理観どうなってるの!?」


 7回目は病弱設定だから狙われたのだと考え、“穏便な婚約破棄”を目指して挑んだ8回目、9回目、10回目――。

 “自室に引きこもる”、“自炊する”、“身代わり人形を作る”など、能力と魔法を駆使して命を守る戦いに挑んだが。だが、いずれも裏切り、共謀、数の暴力による策略に嵌り、いずれも学園に入学する前に命を落とし、イケメンに会うことは無かった。


「ロイシス家にいるより、ここで君と話しているほうが本当にいいよ……」

「ごめんって……」

 ぺちゃんこのせんべいになった原作者を慰めながら「次は家出してみようか?」と提案したら「海がみたいな〜」と少しだけ機嫌が回復したようだった。


 残り89回。海が見られるのはそのうちの何回なのだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

平日は時間があまり取れないので更新ペースはゆるいです。


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よろしくお願いします。

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