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第5話 強くなるとアランが嫉妬してアランしてしまいます

 4回目のシナリオは、エリンが魔法を極めて宮廷魔術師への道を歩もうとするも、アランが“嫉妬”という名の横槍を入れ、18歳で命を落と(アラン)した。

 しかも、手を下したのは――あの2回目で、命がけの愛を誓ってくれたセルゲイだった。


 こうなったら、殺害にアランとルビを振って表現してもよいだろうし、裏切りをセルゲイとルビを振っても許されるだろう。いや、むしろそうすべきだ。


 いくら100回目が理想的な物語になろうとも、アランへの復讐心と「セルゲイは絶対に選ばない」という鉄の意志が心に刻まれた。それを察したのか、原作者の“もや”が慌てたように弁明を始めた。

 

「でも! 次からは自由な物語にできるから! アランと良い感じの関係になれるルートも……たぶん……あるかもしれないし! セルゲイだって、えーっと……ほら、事情が……あったのかも……しれないし……?」

 原作者の“もや”が目にも止まらぬ速さで左右にブレる様子がなんだか可笑しくて、怒りも少しだけ和らいだ。

 小声で「うん……まぁ……そんなルートも事情も……ないかもしれないけど……」とそっぽを向いて呟いたのは、聞かなかったことにしてあげる。


 * * *

 

 4回目のシナリオが終わってから、しばらくの間、次の扉は現れなかった。

「不思議だねぇ」と原作者は首をかしげ、「待つしかないんじゃない?」と私が返すと、「そうだねぇ」とのんびりした声が返ってきた。

 

 何もない空間で、私たちが編み出した暇つぶしは――毛玉のようにモコモコした球体になって、お互いにぶつかっては跳ね返る遊び。シンプルだけど、なぜか楽しい。


 「そういえばさ、今までの死に戻りで、エリンは毎回違う勉強をしてたけど……同じことを学び直すってなかったよね」

 “ぽいん”と跳ねながら、ふと思った疑問をぶつけてみる。


 1回目から4回目まで、エリンは侯爵令嬢として毎回家庭教師がついていたが、学ぶ内容はすべて異なっていた。


「ああ、それはね、同じこと繰り返してたら、君が飽きちゃうでしょ?」

 くるくる回って勢いをつけた原作者の“もや”がぶつかってくるが、大きな衝撃はなく、私はゆっくりと転がった。


「エリンが学んだ知識や経験は、次に引き継がれる設定なんだー。本物のエリンが学んだ記憶や技能、私が繰り返して得た経験も、ぜんぶ100回目の君が継承するんだ」

 “100回目で幸せになるために”と続ける直前に、私は勢いをつけてぶつかって、原作者の“もや”はコロコロと転がっていった。

 

(それってつまりはチートって言うんじゃ……)

 心の中でだけツッコんでおく。原作者がまるで気にしていない様子なので、私も深くは突っ込まないことにした。


「それじゃあ……魔法は今回で習得済みだから……次はやっぱり剣術とか、武術とか、かなぁ? 生き残るには身体も鍛えないと」


「あー、なるほど。たしかに。……でも気をつけて、死に戻ったらまた6歳の体にリセットされちゃうから。筋力自体はゼロに戻るけど、動き方のコツとかは残るよ!」


 次の方針が決まる、そのタイミングを見計らったかのように、光の扉が現れた。


「よし、それじゃあ……いっちょマッチョになって帰ってきますか!」

 球体に突如として腕を生やし、力こぶを見せるようなポーズで扉に吸い込まれていく原作者の“もや”。だがその腕は棒のように細く、――それ以前に“もや”なので筋肉そのものがない。



「いや……魔法で筋力強化したほうが早いでしょ……ていうか、マッチョになるの、あなたじゃないからねー……」

 なぜ、原作者は吸い込まれるタイミングでボケていくのか。せめて、ツッコミの時間がほしい。ボケ不在でツッコミを入れる虚しさをあのバカは理解してほしい。

 

 騒がしかった空間が、ふっと静かになる。たとえ原作者の姿が見えなくなっても、“帰ってくる”と言ってくれたから、私は少しも不安にならない。

 

 まだ5回目。あと93回、くだらない遊びをして、他愛もない話をして、笑っていられる。


 * * *


 ロイシス侯爵家の長女、エリン。

 傲慢、ワガママ、浪費癖――そうした悪評がついてまわる令嬢だったが、その生い立ちは決して恵まれたものではなかった。


 実母はエリンを産んですぐに亡くなり、母方の実家からは「母を殺した忌み子」として疎まれ、訪問すら許されなかった。

 父であるロイシス侯爵は、長年寵愛していた愛人を後妻として迎え入れ、その連れ子たちとともに“新しい家族”を築いた。


 父と実母は政略結婚だった。愛のない結婚で得たエリンよりも、侯爵は新しい妻と妻に似た子に愛情を注いだ。

 エリンの傲慢さは、「私も見てほしい」「ここにいると気づいてほしい」という、子どもなりの必死なSOSだったのだ。


 継母と義妹は、エリンを邪魔者扱いした。暴力こそなかったが、食事に同席させない、無視、陰口、冷たい視線――静かに、確実に、エリンの心を蝕んでいった。


 そして、決定的だったのは義弟の誕生。

 侯爵は、出自の怪しい後妻の連れ子の血筋よりも、侯爵家の血を引くエリンの血統だけは認めていた。

 しかし、義弟――正当な血統を受け継いだ跡継ぎの男子が生まれた瞬間にその価値も失われた。

 

 彼女は“後継者”から“政略結婚用の駒”へと降格されたのである。


 家柄と容姿だけは申し分ないエリンは、6歳の誕生日を名目に開催されたパーティで、王太子アランとの婚約を取り決められる。


 ――物語は、いつもそこから始まる。


(……テンプレートといえばテンプレートだけど、同情を引くには分かりやすくて強い設定だよねー。誰だよ、こんなクソ物語書いたのは。……あ、私か)

 エリンの中に入っている“原作者”は、思考だけは読み取られないことをいいことに、ベッドの上で思考整理する癖がついていた。

 声に出してしまえば麻乃に知られる。だから声に出さずに“麻乃には知られたくない毒部分”を考えていた。


(死に戻りの起点だけは、毎回必ずここ。この家で、私は爪弾き者。家族の中心は義弟で、愛されるなんて思ったら、また痛い目に遭う。だから、耐えるしかない)


 しばらくすると、メイドがやってきて起こされ、着替えさせられる。

「今日から王妃教育が始まりますね」

 つい昨日まで公爵家のヒエラルキー的に低位置にいたエリンに対して冷たかったメイドが、婚約が決まった途端に手のひらを返したように笑顔を向けてくる。

(100回目までに、あの子に……麻乃に教えなきゃ。この家で誰が敵で、誰が味方なのか。すべて、暴かなければ……)


 原作者は麻乃との約束通り、ロイシス侯爵に「王妃教育の一貫として、国王を守れる剣術を身につけたい」と申し出て、家庭教師を付けてもらった。

 エリンは日々鍛錬に励んだ。そして、ついには“ソードマスター”と呼ばれる領域に達する。


 だが――アランは、自分より強くなった婚約者を許さなかった。


 自分のプライドが傷付けられたと憤ったのだ。

 婚約者宅を訪れるたび、エリン付きのメイドに近づき、手籠めにして懐柔し、ある夜の夕食に毒を盛らせた。


 エリンは、自室での孤独な食事の最中に毒を摂取し、命を落と(アラン)した。


(いくらなんでも、ロイシス家のメイドまで買収するって……マジかよ……あいつの下半身どうなってるんだ……麻乃……殺害をアランと呼ぶのではなく、下半身をアランと呼んだほうがいいかもしれない……!)

 

 意識が薄れていく中、原作者はかすれた声で、ぽつりと呟いた。


「……誰だよ、こんなクソ物語書いたのは……あ、私か」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、ブックマーク・評価・感想など、励みになります。

それでは、また次回お会いしましょう!

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