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第4話 駆け落ち死亡事故エンド、その顛末

 私はまた、一人しかいないシアターの観客として、“池無垢の二次創作のような物語”を眺めていた。

 きっとスパ公読者からすると“そうあるべき物語”なのだろうけれど。


 2回目の人生は、洋画をみているような感覚だった。

 

 主人公は侯爵令嬢のエリン。王太子アランと婚約している、優しく甲斐甲斐しい令嬢。

 政略結婚だったが、互いに割り切って協力し合おうとする理知的な関係だった。少なくとも、表面上は。

 

 だが、ふたりが学園に入学し、ある少女と邂逅したことで、その関係は脆くも崩れ始める。


 本来は貴族しか持たない魔力を、平民でありながら有していた少女――男爵家に養子入りして学園にやってきた、“頭の先からつま先まで桃色”のセレナとの出会い。

 スクリーン越しに見ると脳内まで桃色だ。


 アランはセレナに一目惚れし、次第にエリンをないがしろにしては、人目も憚らず浮気三昧。

 

 傷ついたエリンは、アランと共通の幼なじみで、騎士見習いのセルゲイに相談を持ちかける。


 そしてセルゲイは告白する。

「ずっと、エリンのことが好きだった。だけど、アランの婚約者だったから言えなかった」

 ――そして彼は言う。「この国を一緒に出よう」

 頬を染め「ありがとう、セルゲイ……」とセルゲイの胸に飛び込むエリン。


 だがその矢先、セレナが参加したお茶会で毒を盛られて倒れる“桃色毒殺未遂事件”が起きる。

 セレナの命に別状はなかったものの、怒り狂ったアランは「嫉妬したエリンの仕業だ」と証拠もなく断定し、捕縛命令を出す。


 捕まれば処刑される。

 そう知ったエリンとセルゲイは、夜陰に紛れて亡命を試みる。


 嵐の中、一台の馬車と、それに並走するセルゲイの騎馬。背後から迫る王太子の騎士団。

 セルゲイは馬を止め、御者に叫ぶ。

「このまま隣国へ突っ切れ!」


 そしてエリンに向き合い、笑う。

「必ず追いつく。隣国で待っていてくれ」

 セルゲイは単騎で敵に突撃する。


 ……そのシーンは、息を呑むほどの迫力だった。


 激しく降りしきる雨。

 揺れる馬車の中で、震えながら祈るエリン。

「生きて……。一緒に暮らそうって、約束してくれたじゃない……」


 だがその祈りも虚しく。

 険しい渓谷を越えようとしたとき、雨で緩んだ道が突如崩れ、馬車はそのまま谷底へと落ちていった。


 * * *


「……っていう感じだったんだけど、どうだった?」

 戻ってきた原作者の“もや”は、前回よりも明らかにしぼんでいた。


「……あなたの演技、ガチすぎて驚いたんだけど。役者でもやってた?」

「違う違う、ただの原作者だよ。中に入るとね、なんていうか……なんかその場の感情に精神が持ってかれちゃうんだよね。気をつけたほうがいいかも」

 しゅるしゅると手足を生やしてぐるぐる回したり、首を左右に傾けたり、その場で屈伸したり――どうやら精神的に相当こたえたらしい。


「見てる分には面白かったけど」

 死を面白いと言うのは良くないとは思いつつも、今回の人生は本当に映画のようだったのだ。

 大ヒットとまではいかずとも、そこそこには興行収入が見込めそうだ。

 

 原作者に“おいでおいで”と手招きすると、球体に変化した“もや”が私の側にふよふよと近寄ってくる。

 楽しんでしまった罪滅ぼしに、撫でてあげようと思ったのだ。

 私に具体的な形があるわけではないけれど、手をイメージしたもので球体を撫でるとくすぐったそうに左右に揺れた。


 「面白かったなら何よりだよー。でもさ、前回、“どんなに先回りしてもエリンのせいにされる”って言ったけど、まさか物理的に不可能なタイミングの事件まで押しつけられるとは思わなかったよ」

 毒を盛られたお茶会に、エリンは参加していなかった。むしろその時間、エリンは逃亡に備えてセルゲイと一緒に街へ出て、必要な物資を揃えるついでに短いデートのような時間を過ごしていた。

 それでもアランは、執拗にエリンを犯人に仕立て上げたのだ。


 もしかして、悪役はエリンではなくてアランなのではないだろうか……。

 ――たとえ100回目がどれだけ平和でも、アランを選ぶという選択肢は私の中で永久に消滅した。


「ざっくり“こういう死に方をしました”っていうのはあと2回。その後は自由な死に戻りルートになる予定。そこからは、どのルートなら生存できるか、試行錯誤できるはずだよー」

「……自由な死に戻りルートって、前半と後半のワードの温度差がすごいわ……」

 私がそう言うと、原作者の“球体”は「まぁまぁ」と言いながら、私の“頭らしき部分”の上に乗っかって左右に転がる。頭を撫でてくれているのだろうか。


 しばらくの間、とりとめのない会話を交わす。

 時間の流れがない空間だからといって、エリンの人生分を一人で過ごすのはやはりどこか寂しかった。

 

 そして、再び光の扉が現れる。


「お、時間だ。えっと、次は……あ、ヤバ。これ、内容的にちょっと倫理的にアウトって判断されて、キーワードすら書けなかったシナリオだ」

「ちょっと待って!? そんなの、私が見て大丈夫なの!?」


「大丈夫大丈夫。ちょっとおクスリでアレな感じになるから、おクスリの具体的な情報は倫理的にアウトってだけ。閲覧は年齢制限付きってことで。君、25歳だし、大丈夫でしょ?」

 言い終えるより早く、原作者の“もや”は光の扉に吸い込まれていった。


「いや……大丈夫じゃないでしょ、普通に考えて……」


 * * *


 4回目は、王太子アランの企てにより、エリンは薬を盛られ、心を壊されて廃人となった。


 確かにこれは、随所随所で年齢制限がかかりそうな話だった。

 

 感情も理性も失い、魔力を制御できず王城を破壊。王国への反逆者として、さらに薬物中毒者として扱われ、エリンは処刑された。

 内容も内容で問題があるのだが、最大の問題は……スクリーンが“エリン自身の主観”で進行していたのだ。

 まるで薬の影響で世界が歪んで見えるような視点描写だった。

 サイケデリックな色彩と視覚演出、魔力暴走に伴う光の点滅と揺れで、私は完全にスクリーン酔いしてしまった。


 何も言うまい。……いや、言うべきことがあった。

 アラン、死すべし。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、ブックマーク・評価・感想など、励みになります。

それでは、また次回お会いしましょう!

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