第3話 仲良し作戦、失敗につき
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それでは、また次回お会いしましょう!
“もや”が吸い込まれていった扉は、まるで映画館のスクリーンのように、横長の四角形に姿を変えた。
スクリーンに映し出されるのは――あの物語の風景。
(おお……これ実写ドラマ化で見たやつみたい!)
思わず声を上げかけて、すぐ我に返る。ここには私しかいない。独り言を言っているような恥ずかしさからコホンと咳払いをしてスクリーンを見つめ直す。
だけど、話が進むにつれて気づいた。これ、原作とはちょっと違う。いや、かなり違う。
それはまるで、“原作者が主演・脚本・監督・ついでに美術も音響も担当してます!”みたいな原作改変ドラマだった。
私は“世界と世界の狭間”にいて、その景色を体育座りでぼんやり眺めていた。
スクリーンの中心に立つのは、エリン・ロイシス――の姿をした原作者。
(あれが、1回目のやり直し人生)
池無垢のエリンは嫌がらせをして卒業式のパーティで王太子に断罪されて、処刑された。犯罪スレスレのことをしていたのだから、断罪されても仕方なかった。エリンの物語はそれでおしまい。
でも、今は原作者が6歳からやり直して“心を入れ替えた優しいエリン大作戦”で攻めている。
6歳から学園入学の今に至るまで、随分と根回しに根回しを重ね、悪い噂などは一切ない、清廉潔白な清楚お嬢様として生まれ変わった……はず。
アッシュブロンドの縦ロールが陽光に煌めき、エリンは学園の広場でヒロインのセレナに笑いかけていた。
たぶん、本人は優しく微笑んでいるつもり。でも……どうしてこう、威圧感があるのか。
(微笑みの中にアサシンギルドのギルドマスターかと思わせる目線……ヤバい)
「セレナ様、こちらのお菓子はいかがですか? うちのコックのレシピを真似して作ってみましたの」
言葉遣いも礼儀も申し分ない。物腰も柔らかく、敵意など微塵もない。――それなのに、なぜか“脅してるようにしか見えない”。
そのチグハグさが妙におかしくて、私は小さく笑ってしまった。
九條麻乃としてこの物語を読んでいた頃とは、まったく印象が違う。違和感だらけなのに、池無垢として展開されてもおかしくないような、不思議な感覚。これが原作者による“原作改変”。
(あれは本気で、ヒロインと仲良くしようとしてる……まぁ、あの性格の原作者だもんね)
エリン――つまり原作者は、心からセレナと友好的な関係を築こうとしていた。一緒に学んだり、お茶を共にしたり、時には友として街へ出かけたりもした。
なのに。
――ある日、セレナの筆箱が切り裂かれていた。
その日、エリンは“教室の雰囲気を明るくしよう!”と、一人残って花を活けていた。……誰もアリバイを証明できなかった。
――ある日、舞踏の授業中、セレナの靴の中に小石が入っていて踏んだセレナが痛がった。
その日、エリンは“水分補給は大事!”と、先回りして食堂で水の準備を頼んでいた。……誰も見ていなかった。
――ある日、セレナの寮の鍵穴に粘土が詰められていて鍵があけられなくなった。
その日は、エリンが体調を崩してずっと保健室にいた。でも保健の先生は、その日に限って不在だった。
誰も見ていなかったはずなのに。
「アッシュブロンドの縦ロールを見た」とか、「あれはエリンに違いない」とか、根拠のない噂が一人歩きしていく。
(これ……無理ゲーでは? しかもエリン視点だから、誰が黒幕か全然わからない……)
そして、卒業パーティの夜――。
「エリン・ロイシス。お前の悪意ある行為は見過ごせない。婚約を破棄し、然るべき罰を与える」
王太子が断罪宣言を始める。
「アラン様! エリン様はそのようなことをなさる方では……!」
(セレナが……庇った!?)
池無垢原作との大きな違いは、断罪イベントでセレナがエリンを庇ったことだ。
しかし、かえって“セレナが友を守ろうとしている健気な少女”になってしまい「あんなに健気なセレナ様を貶めようとするなんて」と非難の声を強める結果となった。
(難易度鬼畜すぎる……)
私は頭を抱えながらも、スクリーンを見守っていた。
だが、エリンは静かに微笑んで二人を眺めていた。涙もなく、怒りも見せず、ただそっと頭を下げる。
「……残念ですわ。ですが、あなたがそうお決めになったのなら、私にできることはございません」
その姿はまるで、“自分がこの役割を与えられている”と知っている者のようだった。
そして彼女は、投獄され、速やかに処刑された。
* * *
スクリーンは再び扉の形に戻り、やわらかな光を放つ。
その中から、原作者の“もや”が戻ってきた。
ふたつになった“もや”。私は「おかえり」と声をかけた。すると、帰ってきた原作者のもやは「ただいま」と返してくるなり、カタカタと揺れて大笑いしたような気配を見せた。
「いやあ……自分で書いといてなんだけどさ、原作の強制力ってスゴいねー!」
「……え? あれが原作なの?」
今しがた死んで戻ってきたとは思えない明るいテンションで、原作者は楽しげに話し出す。これは“死に戻りハイ”とでも言うのだろうか。
「そうだよー『スパ公』の視点だとね」
「あ、そっか。池無垢が原作じゃなくて、そっちが原作になるのね。……その作品ってそれが通称なんだ」
「正式名称超長いからね、誰も正式名称で呼んでくれない悲しみ……」
ふと、名前だけで決めつけていたけれどもスパ公はどういう物語なのだろうか。原作者に聞くと「池無垢の世界で生き残るためにもがくエリンの生命の美しさを描いたもの」と言われたので理解を諦めることにした。
本当にこの“もや”が原作者なのだろうか……。
「スパ公の1回目のシナリオって、“仲良し作戦”だったんだよ。だからちゃんとセレナと仲良くしたし……でもね、なんか偶然起こるトラブルがことごとく私のせいにされていってさ。いやもう、見事に原作通り!」
「それは、原作なんだし原作通りは問題ないんじゃない?」
私がそう言うと、原作者の“もや”は左右にぷるぷると首を横に振っているようだった。
「いや、原作はもっとふわっとした流れだったんだ。99回も細かい死因なんて書きたくないから、初回は“仲良し作戦を決行したけれども濡れ衣を着せられて断罪”って感じにしたんだ」
「ん? いまのと同じじゃない?」
原作者の“もや”から手と指が生え、指を左右に振って“チッチッチッ”と否定をする。どことなく小憎たらしい。
「もっとドギツい犯罪まがいのことをしていて、証拠があるのならあの断罪はわかる。でも、証拠はないんだよ?」
「アリバイは?」
「それもない! でもさぁ、それまでの人生でも大人しく、やましいことなく生きていたし、起きた事件も“処刑”されるほど重いもの?」
その一言に、私の“もや”に寒気のような波が走る。確かに、原作のエリンはもっと悪党で犯罪行為も行っていたから、断罪されても仕方ないという流れだったが、今回は……確かにそこまでの話だろうか。
それどころか、エリンはセレナに精一杯優しくしていた。
親友と言っても差し支えがないほどには親しかったように見えた。
でも、断罪イベントになった瞬間“エリンじゃ仕方ないよね”という気持ちが産まれたのだ。
「原作の……強制力……」
「そう。多分、これが死に戻りの王道のルートなんだよね。セレナに何か起きれば、それはエリンのせい。そして、エリンは処刑されて死ぬ。構造がもう決まってる」
原作者の“もや”がふぅっと小さくしぼみ、丸い球体のような形になる。なんだか、ちょっとしょんぼりしているように見えた。
「普通に立ち回るのは、無理かもしれないなぁ。事件を先回りして阻止しても、別の形で何かが起きて、またエリンが疑われる……そんな世界なんだと思う」
そう言って、しぼんだままの原作者の“もや”はくるくると回りながら、私の“もや”に近づき、頬にそっと触れるように寄り添ってきた。
「それにしても、最初からこんな全力でメンタルを潰しにかかってくるとは思わなかったよ。いやほんと、私が創った話だけど……ごめんね?」
「うん。そこは、ちゃんと反省して」
私たちには目なんてないはずなのに、不思議と目が合ったような感覚があった。
きっと、今のこのやり取りを、ふたりとも少しだけ楽しんでいる。そんな気がした。
「……よしっ。じゃ、次、行ってくるね! 2回目は……駆け落ち死亡事故エンドのシナリオだ!」
軽やかな声とともに、原作者の“もや”はふわりと揺れ、再び現れた光の扉に吸い込まれていった。
どう考えても、“それ、軽やかな声で言うセリフではないのにな”と、ため息を吐いた姿を見られる前で良かったと思う。
また、物語が動き出す。
残り98回の死と、たった一度の幸福へと向かう、長い長い旅が続いていく。