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第2話 世界と世界の狭間で“もや”が2つ

 真っ白な空間。

 上下もなく、時間が流れている気配もない。ただ、光の“もや”のような存在がふたつ、ふわふわと浮かんでいた。


「……ここ、どこ?」


 今まで九條麻乃として生きていた自分の身体が“もや”になっていることに気づいた。

 手足のようなものはあるけれども、ゆらゆらと揺れて形が定まらない。顔と思われる部分に触れても、のっぺりしていて凹凸(おうとつ)がない。

 声が出ているのに口は動かしていない。目というものも存在していないのに、不思議と「誰か」が目の前にいることだけは、はっきりとわかる。

 奇妙な感覚に戸惑っていると、人の形をとっていた“もや”がぐにゃっと潰れた。


「あ! 意識があるようだね。いやぁ、間に合って良かった……。ここは“世界と世界の狭間”だよ」

 もうひとつの“もや”が、朗らかに答える。どうやら女性らしい。どこか懐かしい声だった。

 

「……これは……夢?」

「うーん、夢というより……君は死んだ。そして、“世界と世界の狭間”に来た、と記されているんだ」


 “記されている”――その曖昧な言い方に、胸の奥がざわめいた。


「“世界と世界の狭間”って、死後の世界と現世を繋ぐ場所ってこと? なら、あなたも死んだの?」

「うん、私も死んだ。もう二度と目覚めたくないね。っと、話はそれたけれど、ここは死後の世界ってわけじゃない。もっと複雑な場所。君をもっと混乱させてしまうかもしれないけれど……」


 一呼吸置いてから、彼女は静かに続けた。


「君は九條麻乃。25歳の若さで亡くなった。死因は――ストーカーによる殺人」

 その言葉に、私の“もや”がふるりと震える。光が揺らぎ、影を落とすような気配が走った。


「……どうして、知ってるの?」

 死の記憶が一気に蘇る。痛み、恐怖、悔しさ、やるせなさ。光だった“もや”が、見る間にどす黒く染まっていく。


「ああ、ごめん! 君を苦しませたくて言ったんじゃない。本当に、信じてほしい」

 もうひとつの“もや”がふわりと膨らんで、私の周囲を優しく包み込んだ。


「ここは、君の世界と私の世界、そしてもうひとつの物語を繋ぐ場所。どこにも属さないし、誰も来ない。私たちだけの場所なんだ」

 感覚はないはずなのに、温かく、やわらかく、心地よい。

 少し落ち着きを取り戻した私は、問いを投げる。


「あなたは私とは違う世界の人間なの?」

 スルスルともう1つの“もや”が私から離れていく。私の黒さが移ったようで、白と黒が斑に混ざっていた。真っ白だった“もや”が汚れてしまったようで、申し訳なさを感じる。

 

「そう。私は別の世界にいた。そして……君は『学園イケメンパラダイス!無垢な私、恋の迷路に迷い込む』って作品、覚えてる?」

 

 聞き慣れた作品名に、私の“もや”がパッと明るく輝く。

「え、待って……私が高校の頃めちゃくちゃハマってた少女小説……まさか、あなたはその世界から……?」

「いや、その世界から来たわけじゃない。というか、その世界を作ったのが私なんだ」


「――作者!?」

 サインをもらおうかと思ったが、この場に紙もペンもないことに落胆を隠せない。

「そう。()()()()()作者であり、君の“創り手”でもある」

 目の前の“もや”は、少しだけ光を強めて続ける。その光で“もや”の黒かった部分が白く戻っていったようだ。

 

「えっ、ちょっと待って……さっきっから待ってしか言えてないけど…!? 私、創作物なの!?」

「そうなんだー。私は君――九條麻乃を“キャラクター”として創作した。君の性格も、死因も、その後の物語も、すべて……私が描いた」

「“そうなんだー”って……」

 存在そのものが、冷たく締めつけられるような感覚。創作が現実にあったらいいなと考えることはあった。でも、自分自身が創作であるとは思いもしない。私はその世界で生きていたのだから……。

 それが現実ではないと言われてもすぐには受け入れられそうにない。


「……創作、だとして、どういう役割を……私に?」

「よくある悪役令嬢転生モノだよ。君は池無垢の世界で悪役令嬢エリン・ロイシスに転生して、6歳から物語をやり直す。でも……」


 言い淀んでから、“もや”が小さく震え、そっぽを向いたように回転する。


「タイトルが『転生悪役令嬢、99回死に戻りして諦めかけたけれど、100回目の人生でスパダリ公爵に溺愛されて幸せになります!』っていうんだ」

「なにそのクソタイトル!?」

 超小声で話されたが、タイトルがひどすぎて1回で覚えてしまうほどの衝撃を受ける。

 その驚きで、私の“もや”が爆発霧散してしまいそうになるほどだった。

 

「タイトルの通り、99回死ぬシナリオなんだよね。もちろん、全部の死のシーンは書きたくなかったから、最初だけざっくり死に方を書いてあとは“残り95回死んでメンタルが鍛えられました”でまとめてしまったけれどね」

 あっけらかんと話すが、どう考えても重い。重すぎる。

「でも、それは物語の中で省略されただけで……これから私は、99回……? 死に方すらわからないで、99回……!?」

 私の“もや”が理不尽な現実にプルプルと震えているのがわかる。

 

「あ、安心して。君は100回目のスパダリに愛されて幸せになる回だけをやってほしい」

「どういうこと? 99回死ぬのはスキップできるの?」

 眼の前の“もや”が左右に軽く回転する。まるで首を横に振っているようだ。

「いや、無理ー。スキップできないんだ。でも心配しなくてもいい。私が、代わりに99回死んでこようと思う」

 声に誇りが混じる。その響きは、どこか嬉しそうで、死を軽く見ているようで哀しかった。


「君は100回目だけを幸せに生きてほしい。そのために、私は色々試して、人生をやり直す。君はここからその世界を見ていてほしい。どう動いたら利益になるか、幸せになれるか。失敗のルートも多く辿ろう。同じ轍を踏まなくて良いように」


「……100回目は()()幸せになれる物語じゃないの?」

「保険みたいなものだよ。創った自分が言うのもなんだけど、99回も死ぬような世界だからね。100回目、()()()()幸せになれましたって話だったら困ってしまうじゃないか」

 この“もや”は「何かあると困るから生命保険には入っておいたほうがいいよねー」みたいなノリで話しているが、保険の対価が他人の死というのは抵抗がある。

 

 殺人の被害者となれば負の感情に飲まれることは体験済みだ。今でも死の瞬間を思い出せば、自身の光の“もや”は瞬時に闇へと染まってしまうほどの苦しみなのだ。

 

「私、一度死んだからわかるの。死ぬのって辛いし怖いよ? ねぇ、そんなのしなくてもいい方法ないの?」

「いやぁ、ごめんよ、そう創っちゃったんだ、私が。でも、幸せになってほしいと愛して創った子が今目の前にいて、理不尽なタイトルで苦しめちゃうって思ったら、覚悟決まっちゃったんだよね。創作って愛じゃん、愛」

 しんと静まる空間。そんな空気を壊すように、眼の前の“もや”がビカビカと光っている。

 なんだこの“もや”。テンションが読めない。


「これから君は、エリン・ロイシスとして100回目の人生を始める。その前の前座は私が務めよう。ここで見ていてね。ちゃんと戻ってきて伝えるから」

「……わかった。ねぇ、でもどうしてあなたはあなたが作った世界の中に来ることができたの?」

「ツキナミな話だけれどね。自分の世界でもっと偉い存在に会っちゃってさ。ほら、神様的なやつ?」

 慌てるように“もや”が小刻みに揺れて、あまり聞かれたくないといった様子だったので、その話は深く聞かないことにした。

 

「……もうひとつだけ聞いていい? あなたのこと、なんて呼べばいい?」

「うーん。“原作者”でもいいし、こんな世界を創った“バカ”でもいいよ?」


「……行ってらっしゃい、バカ」

 “もや”に表情はない。でもこのバカはきっと苦笑いをしているに違いない。

「うん。死んだら戻ってくるから、いい子にしてるんだよ」


 その言葉と同時に、もうひとつの“もや”は突然現れた扉に吸い込まれるように消えていった。


 そして、物語が始まる。

 バカが99回死ぬ物語の、その“最初の1回目”が。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


もしよろしければ、ブックマーク・評価・感想など、励みになります。


それでは、また次回お会いしましょう!

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