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第1話 王道といえば、断罪イベント

 まばゆい光の海のように、シャンデリアが舞踏会場を照らしていた。卒業式の夜、最後の祝宴――その中心で、私はひとり、非難の視線に晒されている。

 ロイシス侯爵令嬢エリン・ロイシス。その中に入ってしまった、元・九條麻乃(くじょうあさの)だった。


(なるほど……これが最大の見せ場“断罪イベント”ってやつね。実際に体験してみれば、なにか込み上げてくるかと思ったけど……案外、なにもないのね)


 紺地に金糸が煌めく、いかにも「貴族です」と言わんばかりのドレス。ややキツめに見えるエメラルドグリーンのアーモンドアイを細めながら、私は目の前の茶番を冷静に観察していた。

 

 視線の先――王太子、アラン・ナロウスが眉間にしわを寄せて、こちらを睨んでいる。その隣には、白とペールピンクのドレスを纏った、あどけなさの残る少女が不安げに寄り添っていた。


「エリン・ロイシス。お前の数々の非道、もはや看過できぬ。よって、婚約は破棄する!」


 まるで舞台劇のような台詞回し。どこかで聞いたことのあるような、模範解答(テンプレート)

 隣に並ぶ、桃色の装いの少女――平民から男爵令嬢となったセレナが、潤んだ瞳でアランを見上げる姿も、()()の通りだ。


 彼女はアランの瞳色とよく似たルビーを胸元に、アランはセレナの髪色に似たピンクオパールをリボンタイに添えている。

 “私たちラブラブです♡”と言わんばかりのコーディネートを決め込みんでいる。言葉に出さずとも、「選ばれなかった女はこちらでーす」と宣言されている気分だ。いや、実際に宣言されているのか……。


 だが、エリン――私は、何もしていない。冤罪もいいところだ。


 ここは『学園イケメンパラダイス!無垢な私、恋の迷路に迷い込む』、通称「池無垢(いけむく)」。

 かつて私が読み耽っていた少女向けラノベの世界。

 

 エリンはヒロインに嫌がらせをして、恋のスパイスとして物語に彩りを添える、悪役令嬢(かませ犬)である。


 この“断罪イベント”も、読者だった頃ならワクワクできたのに……いまは、頭の痛い現実問題でしかない。

 

 作中描写では、エリンはこの場から連行され、投獄。数日後には処刑されてしまう。

 王太子の浮気を指摘すれば不敬罪、否定しても「王太子に嘘をついた」と罪に問われ、認めれば有罪。

 何を選択しても、エリンに未来はない。


 本来、ナロウス王国はこんな理不尽がまかり通るような国ではない。

 だがこれは、“ライトノベルという設定”の中で語られる世界。整合性より、感情と展開の都合が優先される舞台である。


(さて、どう切り抜けたものかしらね)


 私は扇を広げ、口元を隠しながら視線だけで周囲を確認する。

 ――その端に、黒い影がひとつ。会場を割って進む人物がいた。


「申し開きはあるか? なければ、未来の王妃を傷つけた罪により……」


 王太子の断罪宣言が始まった、その瞬間――。

 まさに“イケメンパラダイスの頂点”と呼ぶべき美青年が、私の隣にすっと現れた。


「待っていただきたい、王太子殿下」


 深みのあるバリトンが、会場に澄んだ緊張をもたらす。


 その男――レオニード・エスリド。隣国オリフ国、エスリド公爵家の当主、十九歳。

 鍛えられ引き締まっているが、筋骨隆々と表現するまでもいかないバランスの取れた身体。その甘く整った顔で微笑みかけられれば、並の令嬢であれば失神は免れまいと言わんばかりの美貌。

 宵闇のように深い紺の瞳に、黄金の髪は、エリンのドレスの贈り主であるということを暗に語っていた。

アラン(クズ)殿下もイケメンパラダイスの末席についてもいいくらいのイケメン度合いだけれども、これはまた格が違うわね)

 

「私はレオニード・エスリド。この場での発言、無礼は承知の上です。しかし、今がチャンスと踏んで、馳せ参じました。同じ男として、どうかご容赦を」


 アランは眉間のしわを深めたまま訊ねる。

「……同じ男として? チャンス? どういう意味だ」

「あなたもまた、愛のために大胆な行動ができる方でしょう? 私も、そうありたいのです」


 レオニードは一歩進み、私の前に出ると、膝をついて告げた。

「間に合って良かった……。いまこの場で彼女が誰とも婚約していないのなら――私は、ロイシス嬢に求婚します。どうか、私の伴侶となっていただきたい」


 一世一代の告白。

 “同じ男として”などという妙な理屈を先に打たれたアランは、怒るに怒れず、ただ拳を握りしめていた。


 かくして、私は――なにもせず、なにも言わずに。


 断罪イベントから、助け出されてしまったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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それでは、また次回お会いしましょう!

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