取材の準備
「冒険者さんたちに随行する可能性もあるんだから、飲食料と装備を用意しないとね。後は取材のためのメモ帳とペン……。謝礼のお金と……」
下宿先に戻ってきた私は、早速取材の準備を開始しました。
背負いカバンの中に最低一週間持つ量の飲食料と道中で補給するための水筒を詰め込み、失くしても困らないように用意した三つ分の文房具をあちこちに忍ばせます。
イサラさんから頂いた、取材に協力してくれた方々に渡す謝礼金を大切にしまい込めば荷物の準備は完了です。
「装備は……。スクイルドの街に来るまでに使ってたものを持っていけばいいかな。並のお店で買うより強力なはずだしね」
自室の片隅に視線を向けると、そこには一本の剣と盾が立てかけられています。
モンスターたちが跋扈するこの世界、集落間を移動するだけでも命を落としかねない危険があります。
野盗が出ないとも限りませんしね。
護衛を雇って移動をするという方法もありますが、当然金銭は多くかかり、実力もピンキリなので、自信があれば剣と盾を握って戦う方が何かと楽なのです。
「えっと、確かこの袋の中に鎧が……。あった、あった」
皮袋を探ると、中から純白に輝く軽鎧が出てきました。
これも、私を危険から守り続けてくれた大切な相棒です。
「軽く整備しておこうかな。ちょくちょく風には当てておいたけど、ほとんど放置に近かったわけだし」
軍手を装着し、少し撚れたタオルを用いて装備たちの汚れを拭いていきます。
どれも傷が付いている様子はありませんが、やはりほこりは付着していたらしく、タオルが黒く染まっていきました。
代わりに、それぞれの装備に刻み込まれた白百合の紋章が、美しく輝きだしていくようです。
「ぐらつきはないし、剣の切れ味も十分。隙間にほこりが少し入っちゃってるけど、これは私じゃ取りだせないなぁ……」
いざという時に使えなくなってしまうのでは困るので、適当なタイミングで専門職の方に整備をお願いしたほうがいいかもしれません。
とりあえず、自身でできる程度の整備はこれで終了です。
「明日は朝ご飯を食べたらさっそく冒険者ギルドに行って、取材のお願いをして……。どんな人が受け入れてくれるかな。できれば腕が立つ人とか、有名な人に申し込めると良いんだけど……」
何の実績もなく、ただの少女からの取材など受けてくれる人がいるでしょうか?
預かっている謝礼も決して多くはありませんし、他にメリットとして提示できるものもありません。
まずは可能な限り多くの人に声をかけ、反応を示してくれた人を説得していく必要がありそうです。
「どんなことを書こうかなぁ……。冒険者になった理由とか、これからの目標とかじゃパンチが弱いし……。冒険中に珍しいことが起きればそれを記事にできるけど……」
冒険中に何かが起きるということは、随行している私も巻き込まれるということ。
いくら準備をしてあると言っても、展開次第では足手まといになりかねません。
素晴らしい記事を書ける出来事に巡り合えたとしても、生きてこの街に帰り着かねば何の意味もないのですから。
「って言うかイサラさん、冒険者ギルドに取材の申請をしてないよね……。まあ、ギルドじゃなくて冒険者への取材だからまだ良いかもだけど、許可くらいとっておかないと……」
数日前からではなく、今日決めたことなので、取材の申請が通っているわけがありません。
念のためにも、冒険者の皆さんへ取材をする前に、ギルド側にも一声かけておいた方が良いでしょう。
「カリナちゃーん、メシの時間だぞー」
「あ、はーい! お片付けをしてから行きますねー!」
聞こえてきたフォクさんの声に返事をしつつ、散らかした部屋の掃除を始めます。
物入に私物を放り込みつつ、床の落ちたほこりや細かいゴミの掃き取り。
扉のそばに明日持っていく物たちを移動させれば、掃除は終了です。
「終了! 明日からたくさん動き回らなきゃだから、いっぱいご飯を食べて、休んで英気を養わないとね! あ、あと、マドラさんたちにもしばらく帰ってこないことを伝えておかなきゃ」
部屋の扉を開き、良い香りが漂ってきた食堂へと向かいます。
室内に入ると、そこには美味しそうな料理がずらーり。
既にマドラさん一家は集合していたらしく、席について私がやってくるのを待っていたようです。
「おそいよ、カリナおねえちゃん! って、おかおまっくろ。何してたの?」
「お掃除してたの。ちょっと夢中になっちゃって、時間かけすぎちゃったんだ」
先に手洗い場へと向かい、汚れを落とすことにしました。
水と石けんを用い、汚れを洗っていきます。
鏡を睨んで元通りになったのを確認してから食堂へと戻り、私の席へ。
「それじゃ食べるとしようか。いただきます」
「「「いただきまーす」」」
食器たちを駆使し、料理を口に頬張りながら今日の出来事を報告していきます。
明日からのことも説明するのですが、その間ニフ君は寂しそうな表情でこちらを見つめていました。
「カリナおねえちゃんと、いっしょにごはんを食べれないってこと……?」
「少しの間だけ、ね。いっぱいお土産を持ってくるし、面白いお話もしてあげるから。ちょっとだけ我慢しててね?」
頭を優しく撫でると、彼は不服そうな表情を浮かべつつもうなずいてくれました。
「危険な真似だけはしないようにな。少しでも危ないと感じたら急いで逃げなさい」
「食料が無くなったからと言って、適当に口に放り込むんじゃないよ。水も、しっかり煮沸してから飲むこと」
ニフ君だけでなく、マドラさんとフォクさんも私の心配を。
帰るべき場所が無くなっていた私にとって、皆さんの優しさは心に染み入りました。
「元気な姿で帰っておいでよ? ご馳走を用意しておくからね?」
「ありがとうございます! ケガとかしないように注意して行ってきますね!」
その後も楽しく会話をしながら食事が続けられました。
食後に食器の片づけを手伝った後、服を脱いでお風呂に飛び込み、体をしっかり温めてから自室へと戻ります。
窓からは月明かりが差し込み、私が執筆活動に使っていた机を照らしていました。
椅子に座り、文字を書き続けている私の幻影。少し前にこの姿を目にした時は、強い未練を抱いてしまったものです。
でも今、私の心を満たすは希望。すぐに同じ姿になれずとも、いつか再びこの姿になれるという夢を抱いたおかげでしょう。
「ちょっとだけ待ってて。必ずまた、その姿になって見せるから!」
決意を胸に抱きつつベッドへと潜り込み、まぶたを閉じます。
明日起こるであろう出来事に心を躍らせながら、眠りにつくのでした。
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
始まりも始まり、取材にも出ていませんが、ジャーナリストは冒険に出るのお話はここで終了です。
さらにこの先の物語も考えてありますが、それは主に書いている物語が完結に至ってからにしようと考えております。
もう一つ、書いてみたいと考えている物語も短編という形で投稿していく予定ですので、そちらの方も読みに来ていただけると嬉しいです。
改めまして、ご覧いただきありがとうございました!