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私が書く記事

「ああ、もう! 作業が終わらなーい! なんで各部署でまとめておかないで、一つの部屋に放り込むなんて真似をしてるのかしらね!」

 大声で不満を口にしながら、イサラさんが床に散る資料を木箱の中に入れていきます。


 私がレテル出版社で働き始めて三日間。いまだ、大量の資料たちは室内に散らばり、機材や備品の搬入を阻害していました。

 他の部署からは全て処分して良いと言われているそうなのですが、なにぶん、少し前まで小説の編集者をしていたせいか——


「あら、このお話面白いじゃない。ああでも、破綻が多いわね……。ここをこうして、ああすればもっと——」

 作業の手を止め、資料たちを読み始めてしまうのです。


 私も私で、参考になりそうなものを見つけると、ついつい読んでしまうのですが。


 進まない作業の中、カランカランと鐘が響き渡ります。

 それはお昼を知らせる音。休憩時間になったと私たちに教えてくれているのです。


「いつの間にかお昼に……。カリナちゃん、作業は止めてご飯にしましょうか……」

「分かりました。マドラさんからお弁当を頂いてきましたので、イサラさんも食べてくださいね!」

 片付けが終わっている机に集まり、私たちはお弁当をいただくことにしました。


 飲み物に口をつけ、美味しい料理を口に入れ、束の間の休息時間を共に味わいます。


「重要な資料がないか、念のため確認しながら作業をしているけど……。問答無用でゴミ行きにしちゃった方が良いかしら」

「これだけ資料があると、選別も大変ですね……。自動で選び分けてくれる魔法や道具があればいいのに……」

 おかずを口に入れながら、近場に置いてあった資料を手に取り、空いている木箱に放り込みます。


 すると、飲み物を口に運んでいたイサラさんがポンと膝を叩き、こんなことを言ってくれました。


「あら、早速夢がある想像ができたじゃない。そういうのを大きく膨らませて、お話を書いていけばいいのよ」

 お褒めの言葉を頂き、右手に食器を持ちながら照れ笑いを浮かべてしまいました。


「ところで、最初の情報誌はどのようなものにする予定ですか? 部屋の掃除が終わり次第取材を始めると思うのですが、ある程度の形が決まっていないと……」

 何も決まっていない状態で取材をしてしまえば、中途半端に情報を集めかねません。


 最低限の方向性を決め、それに則った取材をしなければ、一貫性のない記事となってしまうでしょう。


「基本的には、この街で起きた出来事や近いうちに起きる出来事、人々の流行りを書いていこうと思っているわ。前者は情報誌には絶対に必要なことだし、後者は流行りに敏感な若者たちを多く取り込めるからね」

 イサラさんの提案は、何一つとして問題があるとは思えませんでした。


 ですが、いまいち物足りない。もっと特別な何かを書いていくのも良いのではと思ったのです。


「カリナちゃんからも提案してくれていいのよ? 一緒にお仕事するのに、遠慮なんて必要ないんだから」

「そ、そうですか? じゃあ、私から一つ……。冒険者さんたちの日々みたいなものを書くのはどうでしょう?」

 私たちが住むスクイルドの街は、冒険者の街と呼ばれるほどに多くの冒険者さんたちが訪れます。


 道を歩けば駆け出しの方も、ベテランとなられた方であろうと見かけるほど。

 こうなった経緯には様々な要因があるのですが、それはまたいずれ。


「冒険者……。なるほど、この街に彼らは多く居れど、どんな活動をしているのかを知る者は意外と少ない。数が多い分、埋もれてしまっている冒険者もいるでしょうし、日の目を見させてあげることもできるかもしれないわね」

「ですよね! 冒険者の方々にご興味を持っていただき、一般の方からの依頼申請が増えれば、双方ともに益が増えると思うんです!」

 これまでにない情報なので、物珍しさから手に取っていただける可能性も高いでしょう。


 その分、興味や関心を大きく惹く面白い記事にしなければなりませんが。


「それじゃあカリナちゃんには——明日から、冒険者の人たちへの密着取材をお願いしようかしら?」

「え? お勉強とかしなくていいんですか?」

 取材の進め方や、取材先との関わり方など、学ぶべきことは数多くあるはずです。


 私自身これまでに学んできたものはあるとはいえ、礼節を欠いた行動をとらないとは言えないのですが。


「いくらお勉強をしても、人との関わり合いが主のお仕事だからね~。あなたが礼節を欠いた人物とは思えないし、いまの状態で取材に入っても何も問題ないはずよ」

「あ、ありがとうございます。でも、明日からって、急すぎませんか? お部屋のお掃除だけでなく、機材の搬入とかもありますのに……」

 取材をして情報を集めてきても、それらを編集できる場所が無ければ意味がありません。


 床や公園のベンチに座って作業をするなど、まっぴらごめんです。

 下宿先に持って帰るのもはばかられるので、なるべく早く準備を終わらせるべきだと思うのですが。


「密着取材ということは、しばらくの間ここに戻ってこれないかもしれないということ。数日間掃除で潰され、それから数日間の取材なんて時間の無駄遣い。なら同時並行で作業したほうが、効率的に思えない?」

「まあ……。そう言われれば、確かにそうかもしれませんが……」

 イサラさんの言う通り、数日間を掃除に取られてしまうのでは勿体なさすぎます。


 ですが、掃除を彼女に任せ、他の仕事に目を向けるのもどうなのかと。

 一人きりでの取材は心細いとか、そういうことではありませんよ?


「じゃあ決定! カリナちゃんは明日から冒険者さんたちに取材をしに行く。私はお掃除と備品の搬入をなるべく早く終わらせる。どんなことを取材したいのかは、あなたが考えてみて!」

「ほとんど丸投げにしか思えませんけど、まだ足掛かりすらできてないんですもんね……。分かりました! 頑張ってみます!」

 休憩時間も終わりとなり、私たちはお掃除を再開しました。


 終業時刻を過ぎても、どんなことを取材するか、どんな人に話を聞きに行こうか、私の頭の中では思考が巡り続けるのでした。

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