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与えられた道

「イサラさんに呼ばれて来ちゃったけど……。本当に、いいのかな……?」

 翌日。昨夜のイサラさんとのやり取り通り、私は出版社の前に来ていました。


 彼女は、新しい道を私に教えると言っていました。

 きっとそれは、彼女にとっても私にとっても益のある道なのでしょう。


 頭では理解していても、なかなか踏ん切りがつきません。

 まごまごしている間にも多くの人が出版社に入り、出ていくのでした。


「止まってても何も変わらない、怖くても動き出さなきゃ。もう私は、それを一回やって来たでしょ?」

 諭す形で自身を鼓舞し、カバンの肩紐を強く握りながら歩き出します。


 扉をくぐり、受付を済ませ、編集室へと続く廊下を進んで行くと。


「カリナちゃん。こっち、こっち」

「あ、あれ? イサラさん?」

 目的地とは異なる場所へと続く廊下の入り口で、イサラさんは手招きをしていました。


 疑問符を頭に浮かべながらも、そちらへ移動することに。

 トコトコと歩み寄ってきた私を伴いつつ、彼女は廊下を進みだしました。


「いつもの編集室ではないようですが、どちらへ行かれるのですか?」

「ん~? 私の新しい編集室よ」

 新しい編集室? 小説部門をさらに拡大することにしたのかな。


 そんなことを考えながら、私は彼女の追従を続けました。


「さあ、ここよ。ちょっとどころか、だいぶ汚れてるんだけど……」

「失礼します。こ、これは……すごいですね……」

 案内された部屋に入ると、そこには大量の木箱と資料が散乱していました。


 まるでゴミ箱をそのまま物置部屋に拡大したかのような惨状に、不快感を抱きかけていると。


「全部使わない古い資料だから、処分して構わないと言われてたけど……。でもま、やっと夢が叶いそうなんだもの。これくらいで音を上げてなんかいられない。さて、まずは机を探さないと……」

 イサラさんは室内へと入り、散らばった資料を拾い上げ、木箱の中へと放り込み始めました。


 不思議と手伝わなくてはという気になり、私も資料へと手を伸ばします。


「ありがと、カリナちゃん。何も言ってないのに、助かるわ」

「見てみぬふりなんてできませんよ。この辺りに、机があるんですよね?」

 十数分程度資料のお片付けを行った後、一台の机が紙の山の中から現れました。


 掃除を一旦やめ、別室から持ち込んだ椅子に机を挟み込む形で腰かけます。


「仕事を始めるにも、まずは片づけを終わらせないとね……。それから機材の搬入に、備品の設置。スタッフの募集もしなきゃだし、まだまだ時間かかるわねー」

「あの……。イサラさんは何をしようとしているんですか? そろそろ教えていただいても……」

 イサラさんの性格柄、ただ掃除をさせるために私を呼んだとは思えません。


 彼女はここで何かをやろうとしていて、それに私を巻き込もうとしている。

 それが何なのかまでは分かりませんが。


「私はね、ジャーナリストになりたかったの。色んな人から話を聞き、世界を見て、それらを記事にしながら口にした美味しいデザートの情報を載せる。あなた風に言うなら、多くの人に情報を送ることが夢なの」

 彼女の夢に、私は驚いてしまいました。


 編集者の仕事を楽しそうにしていたのに。

 その仕事ぶりは、とても優秀だと聞いていたのに。


 本当の彼女は、別の夢に視線を向けていたのです。


「ただ、聞きかじった情報を大きく膨らませる癖が私にはあってね……。それはジャーナリストになるうえであまりにも致命的。あるべき形を歪め、虚偽となった情報を広めることになっちゃうわけだから」

「イサラさんも、自身の才能に悩まれていたんですね……」

 薄く笑みを浮かべ、イサラさんはうなずきました。


 夢を叶えられないと分かった時、彼女は自暴自棄にならなかったのでしょうか。

 なっていたとしたら、何が理由でそれを乗り越えられたのでしょうか。


 どちらにしても、私は知りたい。

 夢を諦めずに歩み続けられた理由を。その道の歩き方を。


「さて、そろそろ本題に入りましょう。結論から言うと、カリナちゃん。私はあなたを雇いたい。そして、私と同じジャーナリストになってほしいの」

「私が……ジャーナリストに……?」

 これまでの人生において、私は新聞というものをきちんと読んできたことはありませんでした。


 家を飛び出してからはちょくちょく読むようにしていましたが、いまでも大人の読み物だという感覚を払拭しきれていないほどです。

 そんな私が、ジャーナリストになって良いのでしょうか。


「あなたのリアルに文章を書ける能力は、記事を書く上で非常に有利に働く。私じゃできないことを、あなたにやってもらいたいってわけ」

「いや、いや、いや! それだと、イサラさんは記事を書かないと言っているようなものじゃないですか! ジャーナリストなら、情報を集めて記事にするのがお仕事じゃ!?」

 それで夢を叶えたと言っていいのでしょうか。


 誰かに夢を託すのも大切なことだとは思います。

 だとしても、夢を前に自分から動かないのもどうなのでしょう。


「もちろん、あなたに任せたままふんぞり返っている気はないわ。あなたが記事を作り、出版していけば、私はあなたの技術を間近で見られる。そうして見せてもらった技術を糧に力をつけ、記事を書いていこうと思ってるの」

 とてつもなく遠大で、回りくどくて、胡乱な計画。


 このような手段を取らねば、叶えられない夢。

 ですがそれは、私にも適用されるようで。


「あなたはまだ若い。ジャーナリストとして世界を周り、多くの現実を知れば、非現実的な想像ができるようになるはず。それを糧に、ちょくちょくでいいから小説を書いてみて。私が見てあげるから」

 とてつもなく魅力的な誘いだと思いました。


 イサラさんの言う通り、世界を周れば小説を書くための知識を集めることができ、記事として文字を書き続けていれば、それだけで文章を書く練習になりますので。


「もちろん雇うわけだから、お給料を出さ——」

「やらせてください」

 遮る形で彼女の提案を受け入れました。


 ここで即決できなければ、私の夢は永遠に閉ざされる。

 最初の目的とは異なろうとも、自分の物だと胸を張って言える何かを作らなければ、望まぬ未来を歩かされてしまうのですから。


「……ええ、あなたならそう言ってくれると思ってた。それじゃあ、改めまして。私は、レテル出版社情報誌部門編集長イサラよ。よろしくね」

「私は、カリナ=エル——いえ、カリナです! よろしくお願いします!」

 夢へと続く、回り道の生活が始まるのでした。

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