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夢の進退

「カリナおねえちゃ~ん。夕ごはんできたよ~」

 ギギギと木製の扉が開く音と共に、食事の用意ができたことを知らせる声が。


 ベッドに倒れ、うつぶせで枕に顔を押し当てている私には、やって来た人の姿は見えません。が、その幼い声の正体は知っています。

 下宿先の息子さん、ニフ君です。


 当時五歳の彼は、私のことをおねえちゃんと呼び、大いに慕ってくれました。

 いまも時折手紙でやり取りをすることもあるのですが——まあ、可愛い弟みたいなもんです。


「今日は……いらなーい……」

 落ち込み切っている私には、物が喉を通る気がしませんでした。


 例え、好物の料理が出たとしても——


「げんきないの……? 今日は、ボクとママでごはんをつくったのに……」

「ニフ君が作った……? それなら、食べに行かないとだね……」

 顔を枕から離し、ベッドから降りて部屋の出入り口へ。


 黒髪の男の子が、近寄ってくる私を心配そうに見上げていました。

 薄く笑みを浮かべ、小さな頭をなでると、彼ははにかみながら階下へと続く階段に走り寄るのでした。


「おねえちゃん、はやくー! ごはん、さめちゃうよー!」

「うん。いま行くよー」

 ニフ君に誘われるように廊下を進み、階段を下り、明かりが灯る部屋へ足を踏み入れます。


 そこには、食器に料理の盛り付けをしているエプロンを纏った女性と、テーブルの上に置かれた大量の資料と貨幣を睨みつける眼鏡をかけた男性が。

 このお二人がニフ君のご両親であり、この街に来たばかりで右も左も分からない私に部屋を貸してくれた大恩人です。


「来たね、カリナちゃん。今日は珍しく、手伝いに下りてこなかったじゃないか」

「あはは……。すみません、マドラさん。ちょっと疲れたので眠ろうとしてたら、いつの間にかこんな時間で……。フォクさんも遅くまでお疲れ様です」

「ん? まあ、これが俺の仕事だからな。ちょっとした延長戦だと思えばどうってことないさ」

 口を開けて笑いながら、黒髪で細身の男性——フォクさんは資料と貨幣の片づけを始めました。


 同時に、茶髪のふくよかな女性——マドラさんが、盛り付けを終えた料理たちをテーブルに乗せていきます。


 トマトとナスを炒め、パスタと混ぜ合わせたスパゲッティに、色とりどりの野菜を組み合わせ、真っ白いドレッシングが掛けられたサラダ。

皮目がパリッと焼かれたチキンステーキに、コップになみなみと注がれたジュース。


 どれもこれも美味しそうですが、最後にテーブルの上に置かれた料理を見て、私のお腹はググゥと鳴り出しました。


「好物のミックスパイ、作らせてもらったよ。疲れた体に効くはずさ」

「……ありがとうございます。今日はニフ君もママのお手伝いをしたんだよね? うん、とっても美味しそう」

 えへんと胸を張るニフ君と、優しい笑みを浮かべるマドラさん。


 私たちは席に座り、食事を始めるのでした。


「マドラさん。また明日から、お店のお手伝いをさせていただいてもよろしいですか?」

「ん? もちろん構わないけど……。なるほど、うまくいかなかったんだね?」

 マドラさんの返答に、頬をかきながらコクリとうなずきます。


 彼女は私たちがいるこの建物を使って、飲食店の営業をしています。

昼間であれば、ここはお腹を空かせた多くのお客さんでごった返すホールとなるのです。


 一方のフォクさんはと言うと、この街——スクイルドの街全体の会計を担うお仕事をしています。

 各商店から提出される、金銭のやり取りを記した資料を確認し、不正が行われていないか調査をしているというわけです。


 ご帰宅されても、マドラさんの飲食店での売り上げを確認されているので、その仕事人ぶりには頭が上がりません。


「だが、カリナはよく努力を続けているよ。今回はダメだったが、次回頑張れば良いんだ。気を落としすぎないようにな?」

 料理を飲み下したフォグさんが、笑みを浮かべながらこう言ってくれました。


 本来であればとてもありがたい言葉のはずでしたが、今回ばかりは喜べません。


 編集者であるイサラさんから突き付けられた、私は小説家に向いていないという事実。

 それは、これから先どんなに努力を続けても、私の物語たちは誰かの元に決して届かないということですから。


「……すまん。素人にも満たない俺が、出過ぎたことを言った」

「いえ、良いんです……。マドラさんの元で働いていれば、やってくる多くのお客さんから色んなお話を聞けるかもですし、元手も稼げます。新たな夢を見つける努力をさせていただきます」

 幼いころから抱き続けた小説家の夢を捨てるのは、とても心苦しく、寂しいものでした。


 ですが本来の役目を拒み、家族と決別した私には、不貞腐れる暇も落ち込んでいる暇もありません。

 当初とは違う形になろうとも、何かを成さなければ、ただ逃げただけの卑怯者に成り下がってしまうのですから。


「おねえちゃんが作ってくれるおはなし、すきだったのにな……」

「書きたくなくなったわけじゃないから……。もし、私が新しいお話を書いたら、読んでくれる?」

 寂しそうにしていたニフ君の表情が、あっという間に明るくなりました。


 こうやって喜んでくれる子がいるだけで、私の心は温かくなっていきます。

 新しい道に進んだとしても、誰かを喜ばせ、楽しませることを第一としよう。私は、そんなことを考えだしたはずです。


「さあ、だいぶ夜も更けてきた。デザートのミックスパイを食べてお腹がいっぱいになったら、さっさとお風呂に入って眠りなさい。明日は早いんだからね?」

「はーい。モグモグ、ゴクン。ごちそうさまでした」

 使った食器を流しに置き、服を脱いでお風呂に飛び込み、体をしっかり温めてから自室へと戻ります。


 窓からは月明かりが差し込み、私が執筆活動に使っていた机を照らしていました。

 椅子に座り、文字を書き続けている私の幻影。それが未練を刺激してきます。


 いますぐ同じ行動を取り、新たな物語を書きたい。

 次はきっとうまくいく、イサラさんを唸らせる物語が書けるはず。


「今日は早く寝なきゃ……。明日はマドラさんのお仕事を手伝うんだから」

 幻影を振り払うようにベッドへと潜り込み、まぶたを閉じます。


 今日の自分にお別れを告げ、眠りにつくのでした。

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