文字書きカリナ
「文字の規定数はオッケー。誤字脱字のチェックも何度もした。今日こそ許可を……!」
本のモチーフが取り付けられた建物の下、肩にかけたカバンの紐を握りしめながら大きく深呼吸をする少女が一人。
私、カリナはとある街の出版社を訪れていました。
目的は、書き上げた小説を編集者の方に読んでいただき、出版の許可をいただくことです。
繰り返し続けてきた努力を認めてもらうために、必ず出版へとこぎつけて見せる。
決意を胸に抱き、出版社の扉を押し開けます。
受付をすませ、編集室へと続く廊下を歩いていると、様々な人たちとすれ違いました。
いくつもの原稿を運ぶ方に、不安そうな表情で作り上げた原稿を読み返す方。嬉しそうに出口へと突っ走っていく方に、青い顔をしてとぼとぼと歩いていく方。
まさにこの場では、様々な物語が現在進行形で書かれているようです。
「失礼いたします! 毎度おなじみカリナですが、イサラさんはいらっしゃるでしょうか!」
編集室の扉を開くのと同時に、大きな声で挨拶と用件がある人の名前を発します。
この時の私はまだ十五歳の若輩。おどおどとした態度をとれば、舐められてしまうのは至極当然のこと。
どんなことであろうとも、図太くしていた方が有利なのです。
「お、カリナちゃんか。今日もまた、イサラに小説を持って来たのかい?」
「はい! これまでで一番の自信作です! 今日こそ出版権を勝ち取らせていただきます!」
声をかけてくれた男性の編集者さんに、固めた拳を突き返します。
この出版社で働くほぼ全ての方たちは、もはや私の顔見知り。
彼はケラケラと笑った後、私に手を振りながら部屋の外に出ていきました。
それだけここに訪れたということでもあり、それだけ持ち込んだ小説たちが没にされてきたというわけでもありますけどね。
「いらっしゃい、カリナちゃん。今日はどんなお話を持ってきてくれたのかな?」
掛けられた声に振り返ると、そこには長いウェーブ状の金髪をヘアゴムでまとめ、額に眼鏡をかけた女性がいました。
彼女の名前はイサラさん。まだお若いのですが、凄腕の編集者であり、彼女が認めた小説は必ず売れると言われているほどの審美眼をお持ちなのです。
「今日は、私が幼いころに思い浮かべたお話を書いてきました! 小説家を志した、始まりのお話です!」
「それは楽しみ。じゃ、さっそく読ませてもらうわね」
カバンから取り出した原稿用紙をイサラさんに手渡すと、早速彼女は読み始めてくれました。
感心したような表情を浮かべ、うんうんとうなずいてくれたり、柔らかな笑みを浮かべ、楽しそうにしてくれたり。
これは手応えありといったところでしょうか。
ちなみに、ジャンルは冒険物のお話です。
とある村の少年が冒険に出て、冒険の最中で勇者として覚醒し、悪の王と戦うという、いま思うとありきたりも良いところなお話ですね。
それでも、当時の私としては最高の物語でした。
もちろん、いま読み返しても面白いと思いますよ? ただ、足りない部分が大量にあるのは否定できませんけどね。
「リアル過ぎる……かなぁ……」
小説を読み終えたイサラさんの第一声は、お褒めの言葉とはとても思えない物でした。
ですがまだ、出版を断られたわけではありません。
気を取り直しつつ、彼女のお話に耳を傾けることにしました。
「悪の軍団に襲撃された集落を訪れ、復興のお手伝いをするって部分があったよね? そういうお話ってすっごく大事。物語に出てくる人々の心情を読者に伝えられるし、主人公君が悪と戦う理由を補強してくれる」
「ですです。無視して進んじゃったら、勇者としての現実感が薄れちゃうじゃないですか。苦しんでる人は救わないのに、悪の王を倒そうとするのも矛盾でしかありませんし」
私とイサラさんで、物語に組み込むべきと考えている部分は一致しています。
それなのに、リアル過ぎるとはどういうことでしょうか。
「でも、一から十まで手伝わなくても良いじゃない。もしくは主人公君一人で、一晩で集落の復興をしちゃうとかさ? 集落が復興するまで滞在し続けるのも変じゃない?」
「それだと、あまりにも非現実的になっちゃうんじゃ? 魔法がある私たちの世界でも、一瞬で物の形を元に戻す魔法なんてありませんし、あまりにも都合がよすぎますよ」
「非現実的でもいいじゃない。いくらでも想像を膨らませて、ありとあらゆる素敵な世界を生み出す力が文字にはあるのよ? それをしないのはもったいないと思うわ」
楽しい世界、想像だにしない世界を書くことはできるのでしょう。
それでも、私はその提案にうなずくことができませんでした。
なぜなら私は、魔法を使うことができない上に、まだ知らない世界の方が多かったが故、想像することができなかったからです。
「……カリナちゃん。あなたに見せてもらったたくさんのお話たち、どれもとても現実味があって、人々が生き生きとしていて面白かったわ。でも、私たちはそれらをことごとくボツにしてきた。どうしてだか分かる?」
肩を落とし、俯いてしまった私には、イサラさんの言葉に首を横に振ることしかできませんでした。
「いまのあなたの文字には、夢を見させる力が致命的に欠けている。物語の世界に入り、主人公と肩を並べ、共に歩んでみたいと思わせる力が存在していないの。それでは読者はついてこない。楽しんでもらうことはできないわ」
私が小説家を志した動機は、誰かを楽しませ、誰かに夢を与えたいから。
それらが足りていないと言われてしまい、心は悲しみに塗りつぶされ、体は燃えるように熱くなっていきました。
私が生きてきたこれまで全てを、否定されたように感じて。
「じゃあ……。私では小説家になれないんですか……? ずっと、夢だったのに……。反対を押し切って……ここまで来たのに……!」
瞳からは涙がこぼれ落ち、握りしめた両の手を濡らしていきます。
子どもらしく、泣き落としにかかっているようにも見える愚直な行動。
そんなつもりはなくとも、打ちのめされた私には涙を流すことしかできません。
「……十五歳という若さで、これほど文字の読み書きができる子を他に知りません。私たちとしても、その力を手放したくはない。けれどね、私たちも慈善事業でこの仕事をしているわけじゃないの」
イサラさんの言葉は、遠回しながら私では戦力にならないと言っていました。
悪い言い方をすれば、もうここには来るなということです。
「いつも通り、小説はあなたに返すわね。さあ、今日の所は宿に戻って休みなさいな。送ってあげるから……ね?」
「う……! うう……!」
彼女に手を引かれ、泣きじゃくりながら、私が借りている宿に帰るのでした。