夢だったら
午前0時37分 ご臨終です。
『どうして…… 何で…… どうして…… 嘘、 嘘だよね…… 嫌っ…… 嫌だぁーーっ 』
さくらは自分に突きつけられた現実を信じる事が出来なかった…… いや信じようとはしなかった。 信じたくは無かった。やっと掴み掛けた幸せ、その幸せが、いとも簡単に残酷にも奪われてしまうとは…… 運命とは皮肉なもの…… 運命とは、何という残酷なものだろうか……
生涯を誓い合った運命のパートナーであるコウはさくらの前から静かに息を引き取った。 急性白血病という病魔がコウをさくらの前から奪い去ったのである。 本来であれば、今日この日は二人の門出であるウェデイングの日である。 二人で未来を切開く旅へ出発する筈であったこの日、コウはさくらを残してたった一人で帰らぬ旅へと逝ってしまったのである。
『これは夢だよね…… きっと悪い夢なんだよね…… 夢なら…… お願い…… 夢なら醒めて、お願い、お願いだから醒めて……』
《お願い 夢なら醒めて もし、これが夢でなかったら、 神様、お願い 夢でいいから…… 夢でいいから 逢いたい…… 》
月日が流れるのも早く、悪夢から一ヶ月という時があっと言う間に過ぎ去っていった。
『さくら、毎日家の中でボ~ッとしないで、たまには気晴らしで外へ映画でも見に行ってきなさいよ、ほら、今日、母さんね、スーパーの福引で映画のチケット当てたんだよ。母さんはこんな若い子の見る映画より新歌舞伎座の杉様公演とかのほうがよっぽどよかったんだけどね、せっかく当たったものは当たったんだから有り難く頂戴したんだけど、折角だから、さくら、見に行ってらっしゃいよ。』
『ありがとうお母さん、私の事気遣ってくれて、心配かけてごめんね、もう私すっかり元気だから安心してね。』
さくらは気遣う母を前に元気に振る舞い、自分の部屋へと戻っていった。 部屋へ入ると自然と涙が無意識に零れ落ちた。とめどなく頬を伝う涙、自分の中で泣いてはいけない、泣いたらコウに叱られちゃうって自分に言い聞かせ我慢するものの、我慢をすればするほど、その涙は大きなダイヤモンドのような輝きを放ちながらボロボロと頬を伝うのであった。
《コウ、どうして…… どうして私をおいて一人で逝ったの…… ひどいよ…… あんなに優しかったのに、どうしてこんなひどい事するの…… 私、耐えられないよ…… 》
さくらは声を大に泣き叫びたかった。 だが、泣く事さえ自分の中で出来なかった。 心配する母、そして励ましてくれた多くの人々に対して自分の悲しんでいる姿を見せてしまえば、きっとコウも天国でゆっくりと安らかに眠る事が出来ないんじゃないかと、いつも笑ってるさくらの笑顔が大好きだよと言ってくれていたコウが悲しんで安らかに眠ってくれないんじゃないかと…… さくらは必死で泣くのを堪えた。
『ごめんね、コウ…… もう泣かないってばかり言ってて また泣いちゃったね。 私、一生懸命頑張るよ。いつの日か、私も必ずコウのところへ逝くんだから。 その時、コウに叱られないように一生懸命これからの人生楽しくコウの分まで精一杯頑張って生きていくから。 だから…… だから…… 今日だけは許して…… ごめんなさい…… 今日だけは、許して… ごめんなさい…… コウ…… どうして私をおいて逝ったの…… バカ、バカ…… ひどいよ…… コウ、ひどいよ……』
さくらはそう言うと堪える事が出来なくなり大声を挙げて泣いた。泣き叫んだ。あの日以来、堪えていた緊張の糸がプッツリと切れてしまうと自分ではもう抑える事が出来なくなってしまい大声を出して泣き叫んだ。さくらの泣き叫ぶ声を聞き、慌てて飛んできたさくらの母は、さくらをギュッと抱きしめた。さくらの母も辛かった、本当であれば今頃はきっと楽しい新婚生活の中、笑いの絶えない家庭を築いてる筈のさくらが今、このように母の胸の中で泣いているとは…… 母の頬から大粒の涙がさくらの頬を伝う涙に落ちた。その重なり合う二つの涙は輝きも大きく、そして零れ落ち消えていった。
『母さん、今日はゴメンね。 私がしっかりしないといけないのに』
『いいんだよ、泣きたい時はおもいっきり泣いた方がいい。コウ君もそう言ってたじゃない。人間笑いたい時はおもいっきり笑って、泣きたい時はおもいっきり泣いて、食べたい時は胃薬を飲んでからおもいっきり食べて呑むって、そう言ってたじゃない。 コウ君だって我慢してるさくらを見てるのって辛いと思うよ。だからあの人のように正直にこれからしたっていいんじゃない? きっとコウ君だってわかってくれてるよ。』
『そうね、ありがとうお母さん、 何だか私スッとした。 おもいきり泣いてスッとした。コウ君がいなくなってもずっと私の中では生きているんだもの、私今日で吹っ切れたよ。ありがとうお母さん。』
さくらは母のその言葉で少し気持ち的に楽になった気がすると、おもいきり泣いたせいか眠気が急にさくらを襲いさくらはベッドの中へ入った。さくらの枕の下にはコウの写真が敷かれた。さくらが一番気に入っているコウの笑顔の写真である。夢で逢えたら 夢でもいいから一度でも逢いたい そのさくらの願いが届くようにさくらは夜空に輝く一番大きなお星さまにそうお願いしベッドの中で眠るのであった。