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008 カカオ/スカーレット

2008年 5月


カカオ率いる、江南SC最後のメンバーは奮戦している。

メンバーは上学年(四年生以上)のみだが、フルメンバー(18人)にも満たない14人である。

ワシら三人は、江南SCでの登録を取り消していないので、合わせて17人登録となってはいる。

だが、戦力としての助力を申し出たが、カカオは首を振った。

『最後くらい、華々しく散ろうじゃないか』

カカオは、もしかすると最も気高いかもしれない。

イシカワは昨年の四月時点で、ワシらに泣きついたからな。


地区大会三回戦で、すでに足元を見られている。

一回戦目の相手は、ワシら三人がメンバー登録をしているのを見て、スターティングメンバーで出てくることを警戒した。

二回戦の相手は、劣勢時のメンバー交代要員として出てくるだろう、という前提でのチーム戦略を取った。

だが、2-1で辛勝した二回戦であっても、ワシらが出てくる気配がない。

三回戦の監督は、あくまで名目上のメンバー登録だと、江南の実情を正確に把握した上で、堅実に釣り潰す作戦を取った。

ピッチ上の江南メンバーのスタミナを磨り潰す作戦である。

万が一、ワシらが入ったとしても、残りのフィールドメンバーがスタミナ切れを起こしていれば、たかだか三人である。事実上の4-11という数的有利で以て、試合をひっくり返せるわけがない、という的確な戦略だ。


だが、相手監督は見誤っていた。

0-2。でこちらが不利。

前半終了。

地区大会は30分ハーフ。

残るは後半の30分のみ。

こちらには、カカオを除いた、スタミナ攻めされたスタメン10人と、スタメンに劣るベンチメンバー3人に、助っ人3人。


この状況が数的不利だと、誰が決めたんじゃ?


「申し訳ないけど、戦場、君がボンゴと交代してくれ」


ハーフタイム時、水分補給をすると、カカオは六年の戦場をピッチから下げると言った。

戦場はカカオをジッと見ると、

「お前の事だ。何かあるんだろう」

そう言った。私が引く以上、勝利以外は許さんという顔で。


「それで、近衛、君はジョシュアと交代だ」

「仰せのままに」


五年の近衛は、生徒会書記と言うポジションで、カカオを敬服している。

『私は、カカオ先輩の靴を舐めろと言われれば、ベロベロ舐めます』と真顔で言い放つ変態である。


「で、だ。モモ。君はどうする?」

分かりきったことを聞いてきたカカオに、ワシは答えた。


「決まっておるじゃろ。ワシはDFHデフェンシブハーフじゃ」


「では、板井川と代わってくれ」


「頼みますよ、モモ師匠」


カカオの立てた作戦は、“短期消耗戦”である。

ジョッシュと、ボンゴで相手バックに圧力を掛け、相手が前線に蹴り出したボールをワシがポケットし、攻撃の主導権を短期間で手放す。要するに、短時間ショートのカウンターを延々と繰り返すだけの作戦である。


その場合、チームはバランス重視のシステムから、大きく変更せざるをえなくなる。

戦場、近衛、板井川は、対外評価の高いメンバーである。

テクニックと戦術眼に優れ、カカオを王とするならば、将軍格の三枚である。

だがそれゆえに、集中的に狙われた。

この三枚と交代でワシらを使うという事はつまり、

『こいつらを今回休ませる。次も勝つ』という事である。


この局面で、江南(カカオSC)は別の顔となる。

カカオと、三将軍のチーム”から、

カカオと、モモの臣下のチーム”へと。



「さて、カカオ。起承転結の、“承”まで来たね。何を見せてくれるかな?」

伊集院玲奈レイナはその試合を、ゆったりとしたキャンプチェアーで観戦している。

『我を楽しませよ』と言わんばかりの優雅なオーラか、もしくはそれ以外か。

近づく人は誰もいない。


「おう、お前も来ていたのか」

それに構わず声を掛ける、男。

浦賀レンジャーズCPキャプテン小田川オタガワである。

この二人は、何故か気が合う。

度々熱愛報道がある、同じ程度に破局報道がある二人である。

事実関係としては単なる同業者であって、男女のアレコレは一切ない。

メディアによって十回は付き合っては別れている二人だが、振り回されているのは二人なのかメディアなのか。


「ああ。お前の目当てはアイツらか?」

「それもある。が、IEMOの力ってやつを見てみたくてな」


オタガワとしては、IEMOは良く分からない組織である。

数年前に引退したヘヴァンがモモの先生をしていたらしい、という話は聞く。

だが、それ以上でもそれ以下でもない。

医療ノウハウであれば、IEMOでなくとも、運営組織である伊右衛門病院からでも良い。

使えない選手をゴリ押されるほど、不快なことは無い。

オタガワは、IEMOとの提携に関して、懐疑的な意見を持つ一人である。


「きたな。お前の目当てのモモだぞ」


ハーフタイム終了。

両陣の選手が姿を現すと、レイナが挑発的に言う。


「記録では、前線トップの選手じゃなかったか?」

オタガワは怪訝そうな顔である。


「そこは、私のカカオの采配だろう」

その意見をオタガワは無視した。

「ボンゴを前線に、ジョシュアをゲームメークか? 前年と比べれば、まるで正反対に配置したように見えるが」


イシカワ体制では、

MFDミッドディフェンスにボンゴ、MFOミッドオフェンスにジョシュア。両者ともに守備の印象である。

逆に、モモはFHフォアードハーフ、俗にいうトップ下という配置で、組んでいた長身の選手を上手く使いながら、得点していた印象だ。

ボンゴ→ジョシュア→モモ

が昨年度の配置で、

モモ→ジョシュア→ボンゴ

が今年度の配置である。


「一見すれば、不利を取り返すためのハイプレスの準備だが」

何かあるな、とオタガワは思った。


その予想は当たる。


「全部、ダイレクトプレーかよ」

オタガワの予想通り、ハイプレスのボール奪取策を江南は採用した。

そこからが違った。

敵が苦し紛れに前線に送ったロングボールを回収しては、江南はモモに配球した。


モモは基本的にジョシュアに、時にボンゴに配球し、十秒以内でのカウンターを成立させ続ける。

(恐るべきボールコントロールテクニックだ)

モモ、ジョシュアは簡単に敵の最終ライン裏へとボールを配球し続け、ボンゴは得点ならずともシュートを繰り返す。そのたびに、敵ディフェンスは高速シャトルランを強いられることとなる。


それを緩めることはできない。

今のところノーゴールだが、ディフェンスが足を止めてコースすら切らなくなったなら、ボンゴは容赦なく得点する。


当然、敵チームとしては、その配球元がモモである事に気が付いてプレスを行うのだが、最小タッチで行われるため、チャージにも行けない。もしそれでも敢行するならば、アフターチャージでイエローカードである。


「ふふふ、“転”は意趣返し、か」

その様子を見て、レイナは顔を綻ばせた。

その意味を聞こうと思うが、オタガワは試合から目が離せない。


「足が止まるぞ」

ボンゴは、狡猾にもディフェンスの足が止まりそうなところに、ドリブルを仕掛けた。

高速フェイントに、切り返し。

いずれも、敵の足に大きな負担を強いるプレーである。


やがて、相手チームの選手がボンゴの目の前で倒れた。

足を攣ったのだ。


それをボンゴは無視して、そのまま傲然とゴールに向かった。


プレーが止まることを期待していたディフェンス陣は、何やら喚きながらボンゴに突っ込んだ。

それすらも交わし、あざ笑うかのようにキーパーと一対一の局面で、冷静に隅に流し込んだ。


笛は鳴っていないのだから、オンプレーだ。

当然得点になる。


項垂れるキーパー。

その脇を悠然と通り過ぎたボンゴは、ゴールを手に収めると、とっととセンターサークル中央にセットした。


「良いな」

その無慈悲なプレーを見て、オタガワは嘆息した。

この無慈悲さは、レンジャーズのユースでも見れないことに戦慄した。


IEMOの力量を見る。

馬鹿か?

俺たちが見定められるじゃねーか。


相手チームはブーイングの嵐である。

保護者を中心として、あそこでプレーを切るべきだ、と声を大にしている。

だが、


「そもそも、“消耗戦”を仕掛けていたのは、君達じゃないか」

上機嫌なレイナはそう嘯き、キャンプチェアーのホルダーの紙コップに一口付けた。

その一言で、前半の推移をおおよそ把握した。


“同じことを、さらに効果的にやってやる”


ブルリ、と背筋が震えた。

この戦略を考案したカカオと、それを実行せしめるIEMOの有望株に、期待なのか畏怖なのか、とにかくオタガワの背筋は震えたのだ。


1-2。


直ぐにキックオフとはならない。

ゴール時点でプレーが止まるわけだから、相手チームの足を攣ったプレイヤーをケアする時間が出来るからだ。それは、ロスタイムとして加算されていく。


だが、それ以上に。


「心が折れている」


ディフェンスのモチベーションとは、“失点しない事”に尽きる。

どれだけタフな試合であっても、失点しない以上、ディフェンスはその身体以上のパフォーマンスを発揮できる。

モチベーションとは、肉体を凌駕する。

骨折の痛みに、試合の後に気が付く選手がいるほどに。


「これからは、“結”だな」

悠々とレイナは言った。


後半10分。

相手にとっては、地獄の20分になるだろう。


必死に指示を出す監督。

ディフェンスラインを、五枚に増やして、時間を潰す算段か。

前線にはお守りのように一枚を残して、江南のハイプレスをしのぐ構えである。

無理だ。


パスゲームが2-1を最小単位とするのは、サッカーが原則的に、ディフェンス有利な競技であることを意味している。


つまり、一対一で対決できない相手が目の前にいる場合、そのディフェンス価値はパスコースを塞いだ枚数が加算される、という事だ。

結局のところ、個人技が出来なければピッチにも立てない、という残酷な事実だ。


引き気味になった相手は、まるで詰将棋をするかのようにボールを奪取され、ジョシュアがキープした。

それでも敵陣の方が枚数は多い。

どうするか。

決まっている。

鬼札を切るのだ。


モモが前線に繰り出し、江南アカイロは最終ラインに二枚を残し、8枚体制で攻撃を開始する。

対する相手は、九枚で守備に当たる。


――中央突破だ。


そのまま、重戦車のように、フィールドを耕すかのようにモモはゴールへと直進した。

パスフェイントを視線で送りながら。

その視線に合わせるように、ボンゴとジョシュアが連動してプルて、アウトるを繰り返す。

観客には、モーセの十戒の如く、道が開けているように見えるかもしれない。

違う。

力技で、技術で、駆け引きで、

そのラインを押し開いているのだ。

ついにペナルティーエリア前に着く。

大密集地帯だ。

ゴールするにはシュートしかないのだから、最終地点で守るしかないのだ。


それでも、モモは行った。


オタガワを含めて、

“こいつ、実はパスする気が無いんじゃないのか”と思った。


ワンステップ。

ツーステップ。


スリーステップ目もゴールに向いていることを見た。

その足元に、ボールは無かった。


気が付いたら、ゴールにボールがある。

噓だ、と思った。


「ジョシュアとボンゴで得点か。これはいささか厳しいね」

レイナが堅い口調でそう言うのに気が付くと、オタガワが問う。

「今のは?」

「ドリブルを繰り返したことがフェイントだったってことだね。ワンとツーの間のタイミングでジョシュアに送り、ジョシュアがボンゴに送って一点さ。良いモノを見せてもらった」

余裕のあるように思える口調だったが、オタガワは見抜いた。

「レディースでも防ぐのは厳しいか」

「厳しい。でも、初見殺しみたいなものだ。だから、見せてもらえれば、対策して見せるさ」

だが、その視線は鋭い。

ライバルチームを観察する目になっている。

この時、オタガワの心は決まった。


「IEMOか。反対だったんだがな」

過去形で話すと、それにレイナはニヤリと笑みを浮かべた。

「来季から、J1デビューかな?」

冗談めかして言っているが、おそらくレイナは彼ら三人にレディース資格があったならば、直ぐにでもレディース一軍で使いたいと抜かすだろう。

男だぞ? やつらは。


「そりゃ無理だが、俺は、IEMOに乗ることにする」


――ヘヴァンは。このことを言っていたのか。


追撃戦のように、敵陣を嬲っていく現局面に興味はない。

もうすでに、“終わっている”試合である。

さっきのプレーの後で、更に追加得点を上げた江南は、更に敵を蹂躙してゆく。


――『きっと君たちの前に現れるはずだからね』

『日本のミナサンにとっては最高の救世主として、ね』


「良い置き土産だ、ヘヴァン。あなたの弟子は、モモは、確かに」


――俺の前に現れた。


以降、IEMO―レンジャーズの提携は加速する。

レディースのエースと、レンジャーズ主将の熱いプッシュは、局面を大きく動かすととなるのだ。


ちなみに。


江南、夏の陣は地区大会決勝で不戦敗に終わった。

まともに動ける人間が残り4人しかいない。

それまでの試合でそれ以外は力尽き果てていた。


今年の江南SCはメンバー登録17人。

そのうち、女子14人に、男子3人。

つまり、ワシら以外は、カカオ親衛隊であった。


「ワシら4人でも試合できます!」

とワシは言った。


「でもルールだから」


サッカーは最低8人から。


「はい」


審判には逆らえん。


秋のリーグ戦。

イシカワの時と同じく、ワシらは門前漢である。

何故なら、カカオが申し込んだのは秋季リーグレーディス。

ワシらはアレを捨てなければ出場すらできんのだ。

最悪、ワシの幻影魔法でTSセイテンカンして出場することもできる、とワシはジョッシュと、ボンゴに言った。

これ以上ないほどに拒絶された。

この会話を聞いていた近衛ヘンタイの眼光を、ワシは忘れない。

『カカ×モモ!?』という言葉も忘れない。

君のような変態コノエは、前世にも存在していたからである。



2008年 12月


ワシは、非常に珍しい事に、馬神ヴーヴァの誘いを受けた。


基本、ヴーヴァはワシを毛嫌いしている。

理由はいろいろある。

そのうちの一つは、コクトーを天上に送ることなく輪廻に廻したからだ。

気持ちは分かる。


だからこそ、ヴーヴァがワシを誘ったことが分からん。

とにかく行くか。


待ち合わせは、いつもの栗東トレセンの可児塚厩舎、ではない。

栗東トレセン入り口である。


「よく来たな」

と、どこぞの魔王のように腕組をしている、真っ黒なジャージに身を包んだ、残念美人がそこに居る。

今日は、「ヴーヴァと呼ぶな」と言われている。

じゃあ、どう呼べと?

宇田川ウダガワと呼べ」

黒ジャージはそう言った。


“栗東の面白お姉さん”


ヴーヴァこと宇田川は、そういう立ち位置である。

すれ違う人々は、気さくに声を掛けては、宇田川の尊大な態度に笑顔となる。


着いたのは、どこぞの厩舎だ。

「ここだ。入れ」

厩舎主の許可すら取らずこの態度である。

末田マツダ厩舎”

許可は取らんでいいのか、と質問した。

「我は神だ」と宇田川は言った。


ワシは許可を取りに走った。


「おお、君がモモ君か」

末田厩舎の主は、快く迎えてくれた。


「聞いているよ、色々と」

その内容は聞くまい。

宇田川から、要件を聞かねばなるまい。


「何でワシを呼び出した」


「こいつを見ろ」


見れば、可愛らしい牝馬である。

「良い馬じゃな」


それに目を光らせたのは末田厩舎の主、末田先生である。

「君をもってしても、良い馬か! そうだよ、ダイヤスカーレットは、本当に良い馬なんだ!」

スカーレット、と聞いて、咄嗟にカカオを想起した。


「で、宇田川、要件は?」


「ん? いい馬だろ?」


「そうじゃな。で?」


「それ以外に理由があるか?」


呆 れ た。

宇田川は、要するに。


「貴様、“推し”を見せに来ただけか!」


「悪いか」


一切悪びれないヴーヴァに、ワシは脱力感を覚える。

何かあるじゃろ、何か。


そんなやり取りを見守っていた末田先生は、

「まあ、宇田川はさて置き、モモ君も少し見てってくださいよ」と言った。

呼び捨てにされる馬神ウダガワが居るらしい。


『よう、スカーレット』

『あんたも、あたしと喋れるのね』

確認しなくても、ワシの前に喋ったヴーヴァに見当がつく。

『アイツが迷惑かけたか? それならすまん』

馬神ヴーヴァの保護者役をしているワシは、いったい何なんじゃろう?

『別に。ウダは面白いわ。たまに変な食べ物を食べさせようとするけど』

たこ焼きとかイカ焼きとか、焼きそばじゃな。

『まあ、食わんで正解じゃな。調子はどうじゃ?』

『悪くはない。むしろ最高ね』

“最高”は、ヤバい。

この時、ワシは気が付いた。

振り向くと、その会話を聞いていたヴーヴァが我が意を得たり、という顔である。

ワシは見事にハメられた。


ヴーヴァから、モダに依頼することは原則できない。

何故なら、ヴーヴァにとってのモダが上位神だからだ。

ヤダルとモダの仲介を頼んだのも、その関係があるからである。

だが、ワシは神ではない。

なので、色々と融通を効かせるには最適の相手なのである。


はぁー、ため息一つである。

「すまんが先生、シシザを呼んでもいいか?」

「えっ!?」

栗東における獅子座ドクターの名声は、これ以上ない。

その上で、何処かの誰か(主に猛騎手)がモモの名声を高めていて、そのワシがシシザを呼べとなれば、顔も青ざめるというものである。


「次の一戦アリマは、そりゃもう見事に勝つだろう。だがな、来年は無いぜ」

獅子座の見立てはこうである。

聞いた末田は、泡を食って倒れた。

しばらくして復帰した末田は、「とにかく、オーナーと鞍上を呼びましょう」と言った。


その日のうちに、“何故か”可児塚厩舎で、ダイヤスカーレット会議が行われることとなった。


可児塚厩舎は、“何故か”防諜セキュリティーが万全で、“何故か”記者が来ない。


自分を誤魔化すのはやめよう。

ヤダルとアルスが、スカーレット会議に出席している。

獅子座ことモダも、エファーも、悪即斬とばかりにエリンすらも居る。

ワシでも、この場に襲撃するには頭を悩ませるだろう。


で、

「なんで猛がおるんじゃ?」

「ちょっと縁がある馬なんでね」

シレっと武騎手も参加している。

なんでも、もしかしたら鞍上になっていたかもしれない馬、らしい。

嘘だ、と思った。

単に楽しみたいだけだ。


スカーレット陣営は、

厩舎 末田先生

馬主 大白オーナー

鞍上 安東騎手

という三人体制である。


まず、獅子座がスカーレットの状態を説明する。

目を白黒させて聞きながらスカーレット陣営は、アレコレと考え、

「それって、獅子座先生が治せませんか」と聞いたのは大白オーナーである。

シシザは目を瞑り、しばし考え、

「有馬で一勝か、凡戦を数回か、というトレードオフだ。はっきり言っちまうと、スカーレットは今回がピークだ。来年に期待するのは、俺が止めるね」


「なら、ハーツは!?」

食ってかかったのは末田だ。

恐らく、誰よりもスカーレットに入れ込んでいるのは、彼だ。


「あいつは、ピーク前で肉体が過剰疲労したのを治しただけだ。今回の件とはワケが違うな」

何処までも、シシザは切って捨てる。


「どうしても、ダメですか」

安東も食い下がる。


「どうしても、ダメだ」

これで終わりだ、とシシザは断固として意見を譲らない。


「だがな。これでは、スカーレットも気が済まんぞ?」

そう嘴を挟むのは宇田川ことヴーヴァである。

「ヴォトカとのライバル対決はどうなる?」


スカーレットとヴォトカ。

同じ牝馬であり、同年代。

そして、ライバル同士である。

というのが、宇田川の説明だった。


「ディープとレディー、ハーツの件もある。我の顔に免じて、何とかならんか?」

ウダガワの顔にどのくらいの価値がこの栗東であるのかは甚だ疑問である。

だが、まあ、

『ヴォトカ』の名前を聞いた途端にスカーレットがいきり立つのだから、そういう事だろう。


「お前が決めろ、モモ」

モダはワシに判断を任せた。という事はじゃ。

「シシザ、何とかなるのか?」

「俺はここ栗東で医者の真似事してるんだ。ヴォトカの事も知ってる。有馬には出ないが、来年の再起を目論んでることも知ってる」

淡々と機密事項を漏らすこいつに守秘義務と言う言葉はあるのか。

だが、まあ。

可能性はあるのだ。


「で、ワシに何をしろと?」

「エファーを貸してくれ。有馬の後で、わずかに残った競争能力をたった一戦に集中させる。そのための訓練に必要だ」

「もれなくエリン付きじゃぞ」

「むしろ好都合だ」

聞いていたエリンは『仕方ないわね』とそっけなく言うが、少し上機嫌だ。

ディープとレディーに付き合ったことで、お姉さん風を吹かせることに味を占めているのだ。


「では?」

ワシとモダの会話を聞いていたスカーレット陣営は、俄かに希望を見た。

それにシシザは釘を刺す。

「走るのは、有馬と、あとヴォトカとの一戦のみだ。これも、半年以上は期間を開けないといけねえ。来年予定していた、海外遠征も、全部パアだ。これを守れないんだったら、これで話は終わりだ」

「海外遠征も……」

呆然としたのは末田だ。

「そうだ。来年、一回こっきり。ヴォトカと戦うだけ。半年は空くから、天皇賞秋か、JCか、来年の有馬か。こいつに残された戦いは、それだけだ」

しばしの沈黙。口を開いたのは、オーナーの大白だ。

「ぜひ、お願いします」

深々と頭を下げると、習うかのように鞍上の安東も頭を下げる。

「スカーレットの為に、何卒」

その二人を見て、ようやく諦めが付いたのか、最後に末田も頭を下げた。

「よろしくお願いします」


そうして。

スカーレットは有馬を優勝し。

陣営は長期休養を公式発表した。



だが、何処かの馬鹿ヴーヴァが口を滑らせた。

絶対にワザとじゃな。

まあ、ええじゃろ。


『スカーレットは、ヴォトカと再戦するべく力を溜めている』


2009年、ヴォトカが走るたびに、観衆はスカーレットを探した。

そうして、そうして。

決戦の日はやってくるのだ。



2009年11月29日


ジャパンカップ。


ダイヤスカーレット、約一年ぶりの復帰。

そして、ラストラン。


そんな文字が紙面を飾ると、


ヴォトカ陣営も腹を括った。


ヴォトカ、ラストラン。


最後のライバル対決。


東京競馬場(別名:府中競馬場)には当日、年末の有馬かと思えるほどの観客がヒシめいている。


そうして、時間は過ぎていき、やがて、

レースが、始まる。



―――THE RIVAL


2009年。

ジャパンカップ。


お前だ。

お前だ。


お前と、戦いに来た。


あの有馬から、一年。

牙を、虎視眈々と、研ぎ続けた。


お前に、勝つ。


ダイヤスカーレット。


駆け抜けた後、

君は何を思ったのか。


次の好敵手ライバルは誰だ――



―――THE RIVAL


2009年。

ジャパンカップ。


ラストラン。


お前との、最後の勝負。


良いだろう、

向かってこい。

着いてこい、

食らいついてこい。


俺は――


ヴォトカ


駆け抜けた後、

君達は何を思ったのか。


次の好敵手ライバルは誰だ――



結果は敢えて語るまい。


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