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031 OYAKO/前編

フォーエバーヤング、三着敢闘。

ところで、3/27に出たゲームがですね。

英田アイダ勝三ショウザは、トウカツである。

二人の娘と、一人の息子がいる。

彼は今、人生の変革期にいる。


何故か、部下の部下がオリンピックの公式応援曲という国家の一大プロジェクトの右腕として働いていた。

その時のトウカツの心境を答えなさい。

「親父、随分疲れてるが大丈夫か?」

金髪に染めた髪が輝かしい我が家の不良息子に、気を使われた時の心境を答えなさい。

答え。

「……そう言う事は、俺を殴り倒せるようになってから言いなさい」

不器用な笑みは、客観的に見て野生の獣が浮かべる威嚇のようであった。

父は、心優しい息子の成長を喜んだ。

息子は、親子の隔絶に心が凍るようだった。

おお、何と不器用な男か。

アイダの妻は、その様子をニコニコと見ていた。

互いのすれ違いを理解しながら、それでも助け舟を寄越さないのは、嵐の後には花が咲くと信じているからである。


英田真マコトは、勝三の息子である。

“アイダは、武門の家也”

武の家に長子として生まれ、祖父と曾祖父にそう言われ続ければ、これは教育と言う名の洗脳であるが、多かれ少なかれ信念とはそうして育まれるものだ。

多忙を極める父に代わり、爺様たちがマコトの武を育む。

スポンジの如き吸収で、マコトは技を覚え、駆け引きを学び、やがて一等強い少年となった。

だが、唯一戦っていない男がいる。

最も近き男だ。自らの父である。


「父上、一手指導いただきたく」

「……うむ」

ある時、ショウザが夏季に休みを取ることができた。

その帰省の機に、手合わせを申し込んだのだ。

なお、ショウザとしては、

(父上、は如何にも硬くないか? 娘たちは“お父さん”と呼ぶが?)と、内心で息子との距離の遠さに戸惑っていた。

そして、良案を思いつく。

(良し。ここで息子相手に良いところを見せてやるか)と。

お父さん、良いところ見せてやるからな作戦である。

なお、結果。

息子を完膚なきまでに叩きのめす畜生親父が、そこには居た。

その様子を見ていた母娘三人は、「本気で馬鹿だわ」とケラケラ笑っていた。

真君は長子であったが、末っ子であった。

不器用な父息子は、完全に同類であり、それゆえにすれ違うのだ。


「フン、こんなもの当然だろう」

「下らん、だが、受け取らぬわけにはいくまい」

「髪に芋ケンピが付いているぞ」

敗北を経たマコト少年は、髪色を茶に染めた。

そして、乱雑な言葉遣いを使うようになった。

だが、親父譲りの正義感と良心、文武両道は変わらなかった。

そもそも、自分が不良“みたいなモノ”になった経緯を理路整然と、懇切丁寧に校長に説明する少年であった。

私立学校であり、もともと頭髪規定などは無かったのだが、「一生徒が髪を染めるという外聞にも関わる状況について、責任ある立場の先生方に説明せねば筋が通るまい」という責任感に心を打たれたのは、校長だけでは無かった。

じゃあ、染めるなよ、と言った先生はいなかった。

そもそも、地毛でキンパツな生徒がいる世紀末学校コウナンが同じ県内にあるのだ。

いまさら、と言うものである。


旧名、浦賀蘭学校。

見ての通りの江戸時代に開校した私塾を元にした名門私立学校である。

現在名、浦賀国際学園。

モモの妹弟やウラノが通っている学校である。

いい意味で、浦賀ナンバーワン、全国でも屈指の教育機関である。

一方、江南学園。

悪い意味で、浦賀ナンバーワン、全国でも屈指の教育ダークサイド機関である。


学園内で、マコトにとって何とも気に入らない人間が二人いる。

シュンと呼ばれる、伊右衛門病院の御曹司。

ウラノと呼ばれる、工業メーカーの天才児。

彼らの肩書に噛みつきたいわけじゃない。

彼らの眼差しが、気に食わないのだ。

髪の色はともかく、俺の威圧に反応しないのだ。

全く、どこ吹く風。では、彼らは武術の達人か? 違う。ド素人も良いところである。

だが、こいつらは。

俺の眼を“真っすぐに見て”、普通に会話してくる。

「おい、ヤツラを屋上に呼び出せ」

ヘコヘコと足早に去る後輩に、これが正常だと思う。

「これで、ジュースでも買うんだな」と硬貨を渡すのも忘れない。


「お前らは、何故俺を恐れねえ」

「「兄さん/モモさんと比べれば、全然」」

単刀直入な問いに即答するのか。

「モモは、そんなに怖いか」という俺の問いに。

「じゃあ、会ってみるか?」とシュンは答えた。

面白え、会ってやろうじゃねーか。

連れていかれた先で、俺は。

武の極致を見た。

そりゃあ、俺ごときでビビるわけねえよ。なあ?

矢田道場の門下生が、一人増えた。


マコトは茶髪を金髪にした。

そしてその理由を、「武の極致が云云かんぬん」と説明した。

侃々丸々と、校長も許可した。

そのあたりの事情は、校長もタヌキであったので、今後『頭髪の自由』を訴えられた際に、マコトが示した覚悟を越えられなければ、その権利を主張することは叶わずと反論できる、という実に実利的な打算があるのだ。


「シュンよう、おめえは親父にコンプレックスとか無いか?」

「幸い、兄がスンゴイ問題児だから、同志みたいなもんかな」

「ハルはどうだ」

「同じような技術肌だ。仕事仲間だね」

高等部の男子学生が三人、河川敷で川に石を投げこんでいる。実に昭和の青春である。

「へいへい優等生……じゃねえな。授業を一緒に※フケて良かったのか?」

「今更、僕らの成績を心配するのかい?」

「すでに米国大学の推薦状を持ってるんだが?」

「嫌味な野郎だよ、全く」

マコトが投げ込んだ石はわずかに姿勢を失い、コンクリートの壁に当たった。二人はそれを無視した。

※フケて……無許可無連絡で学業を不参加とすること。要するにサボりである。


「俺は、親父に勝ちたい。これだけは譲れねえ」

と、俺は言った。

「医学的な見地から言えば、お前の方が先に死ぬことは無いから、実質勝ちじゃないか?」とシュンは言った。

「まず、勝利の定義を教えてくれないか?」とハルは言った。

その時の俺は、最も間違った人選に、最も間違った相談をした、と思った。

今の俺は、最も適切な人選に、最も適切な相談をしたと思う。

もし彼らの“馬鹿馬鹿しい”言葉が無ければ。

“親父、疲れているのか”と言葉をかけなかったから。

そして。

“親父が民間なら、俺は行政だ”と。

この道を目指すことは無かっただろうから。


「そういうことが、あったんですよ」

英田は地下バーの住人である。

先生方に先生と呼ばれる、大先生。

もとい、単なるバーのマスターに愚痴をこぼすのだ。

「マスターとしての僕と、僕の本音、どっちが聞きたい?」

「もって回った言い方だな、ニシ。俺が本音の方を代弁してやろうか?」

ズブッズブの常連客であるガンテツは、(厳しい意見は俺の仕事だ)と言わんばかりの姿勢であるが、

「君が口下手だと、半世紀の経験があるんだ。その辺で遊んでいてくれ」と、ぞんざいに放り投げる。

ニシのいう、その辺とは政治家先生が喧々諤々とやっている界隈である。

炎上している火種に、隕石を落下させて消火する目論見である。


「気遣ってくれた息子さんに、ねえ」

「多忙を理由にはしたくないが、何とも情けない話です」

「マスターとしての僕は、『まあ、そう言う事もあるかもね』でしょう」

「で、本音の方は?」

「ふむ……本音で話すには、この店をクローズしなければ、ね」

「扉のアレをクルンとすればいいんでしょう?」

「そう、くるんと」

「行ってきます」

英田が表に走っていくのを、ニシは見届けた。

ガンテツは政治家先生に大音量で大演説をかましている。

「立てよ国民! ジークジオン!」

「「「ジークジオン!」」」

何やってんの? ガンジ。


「……で、僕の本音だ」

「いえ、先に注文を。センセイの分も」

ニシはダブルのウィスキーを二杯、ロックで作った。

邪道も良いところだが、まあ、こういう日もあるだろう。


「羨ましい。それが僕の本音だ」


「……羨ま……しい?」

困惑顔のアイダは、それでもチビリと琥珀の液体を口につけながら、興味津々とばかりに視線を外さない。

だって、そうだろう?

「息子との縁を気に病んで、ここで愚痴を言いに来たんだ。それって、確かな“縁”じゃないか」

「縁、か」

ニシは、この不器用な親子を応援したいのだ。

器用な親子が、簡単に関係をぶっ壊しているのだ。ニシの話だ。

不器用な親子が、長い年月の果てに縁を取り戻したのだ。ガンジの話だ。

ニシは、後者の方が好きだ。

しかし、ニシとしてはアイダをガンジが導けるとは微塵も思っていない。

ガンジ単品なら、墓石の下でも親父さんと胸倉を掴み合って殴り合いをする光景が目に浮かぶのだ。

だって、そうだろ?

さっきまで「ジークジオン」と唱和していた人間の胸倉を、今掴んでいるからね。


「どうすれば、良かったんでしょうか」

「どうにもできない。だって、今もアイダさんは生きて、息子さんも生きていますから。だから、前を見ましょう。上手い文句も無いでしょうし、魔法のような手法も無いんです。何、無骨の権化たるガンジが、何とかかんとかやっているんです。大臣様の胸倉を掴んでいるんですよ。それ以上の無茶は無いでしょう」

途端、アイダは馬鹿馬鹿しくなった。

「うるせえな! この野郎! 女がガンダムに乗って何がいけねえんだ!」と岩井会長の右頬を強打する大臣と。

「戦場は男のもんだ! この野郎!」とスゴむ大企業の会長は。

どうやら、火星の魔女というガンダムで揉めている様子である。

………ありえんくらい、どうでも良い話である。

だが、フォーカスを変えれば、大臣と会長が胸倉を掴み合っているのだ。大スクープである。

そう、“焦点フォーカス”だ。変えるべきはそこだと、アイダは悟った。

ガンダムの見解で揉める、バカな大人二人と捉えるか。

大企業の会長に掴みかかる、大臣とみるか。

それは、焦点の問題であった。

アイダは、悟りを開いた。

そして、仲裁に入った。


「やめましょうよ。お二方」

「シャーが、最強ですよ」


それを聞いて、今まで取っ組み合っていた大臣の会長は。

目くばせをして、二人でアイダに殴りかかりに行った。

「小賢しいやつめ!」

「万死に値する!」

Zガンダム終盤のような、三つ巴戦になった。

集中攻撃を食らったアイダは、その顔面のまま出社した。

当然、守衛に見咎められて社長室に呼ばれた。

顛末を話したアイダは、社長直々に無期限休暇を言い渡された。

「首ですか?」と聞いたアイダに、「君は得難い人材だ。決して首になどしない。今ここで血判状を書いても良い」と社長は答えた。

それでも納得しないアイダに、「じゃあ、保月とカガも付けるから」と。

平然と他社の人間を巻き添えにした。

そうして、イエモ牧場である。


「すごい……」

マコトは、初めてイエモ牧場の地に立った。

馬を見るのは初めてだ。

だが、躍動する生命、心を震わす地面の振動。

それは、目の前で駆け抜ける馬たちの生き様そのものであると、若くして悟った。

「親父が、夢中になるはずだ」と。

天パの天才みたいな感想しか出てこないのだ。


「なあ、マコト」

「なんだ」

「こいつ、乗ってみるか? 運動程度だが」

そう言って、シュンが指さしたのは、マコトでも知っている馬である。

イエモシュンザン。米国のGⅠを総なめにした馬である。

いやいや。

いやいや、いやいや。

「乗れるわけないだろ!? 何言ってんだ!」

「すごく乗りやすい馬だぞ?」

「お前にとってはねえ!」


「なあ、マコト」

「なんだ」

「こいつ、乗ってみるか? 兄と鞍上と調教師ウダガワは蹴りまくるけど」

「オルフェーヴルウ! ねえ!? どういうこと!?」

「弟繋がりなのか、俺は蹴らねえからな。マコトは長男だけど末っ子だろ?」

「そういう話か、それ!?」

「注文が多いなあ……」


「仕方ねえなあ、はい。これ」

「なあ、俺がすっごく知ってる馬だけど」

「ディープだな」

「うん、そうね。で?」

「乗らない?」

「乗れるわけねーだろ!?」

「欲張りだなあ……もっと強い馬にしろってか?」

「違う違う! もっと気兼ねないやつで!」

「強くて気兼ねないやつかあ……」

「強さフィルターは無くして良いから!」

「あ、そう?」


「はいこれ」

「なあ、シュン」

「ん?」

「コクトレスだよな、これ」

「そうだけど?」

「引退式をぶっ壊した馬だよな?」

「頭はピカ一だ。お前に合わせて走れば、怪我はしないだろ?」

「……君のオーナーは、兄弟ともにイカれているなあ」

マコトがそう言いながらコクトレスを撫でると、「その通り」とばかりに嘶くのだ。


「コートラムのところに行くか」

「知らん名前だな。重賞はいくつだ?」

「ゼロ。というか、そもそもゲートに入らない」

「は?」


「でっか……」

「気性は折り紙付きだ。兄をして『龍の背に乗るような』と言わしめた安定感の馬だ」

「君の兄は龍に乗ったことがあるのか?」

「知らない。けど、乗ったことがあるんじゃないかな?」

「シュン、ここはファンタジーじゃないよな?」

「恐らくそうだ」

「違う、と断言してくれ」

「で? どうする?」

「普通の馬でも危険なのに、あの高さから落馬したらまず昇天しちまうな」

「矢田道場だろ?」

「そもそもジョッキーじゃねえ」


「これは珍しい。弟さんじゃないの」

「どうもご無沙汰しています、キタジマ先生」

「で、お隣はお友達かい? 紹介してくれよ」

いきなり現れた大物に英田マコトはピンと手足を緊張させた。

それでも、自ら自己紹介するのが筋だ。

「英田真と申します。お初にお目にかかります、英田ショウザの息子です」

「ほう、アイダ君の息子かあ」

キタジマ先生が、父を知っている。

誇らしくも、複雑な気持ちが胸中を巡り巡っている。

「先生は、キタチャンに会いに?」

「それもあるんだが、キタチャン二世に会いにな」

「ああ、もうそんな時期でしたか。デビュー予定はいつですか?」

「その辺りはおいおいだな。ま、ここに繋いでるんだ。心配はしとらんよ」

「ですね。獅子座先生もいらっしゃいますし」

「そういや、シュン坊は獣医の方はやんねえのか?」

「二兎を追う者、ですかね。外科メインのスポーツ医学の専門になろうかと。まあ、二兎を追って、二兎を獲れる人間が身近にいますが」

「そいつと比べちゃあ、いけねえなあ」

ハハハ、と二人が笑うのを、(シュン、こんな世界の住人かよ)とマコトは瞠目した。

そりゃあ、俺ごときでビビるわけが無かったと納得もした。


「で、さっきは何話してたんだい?」

「せっかくだからマコトに、馬に乗って欲しかったんですがどうもごねて」

あれ? 俺が悪いのかそれ? マコトは突っ込みたかったが口には出さなかった。

シュンが事情を説明すると、キタジマもフムフムと思案する。

「なるほどなあ、じゃあ、俺のキタチャンも乗れねえってことだな」

「ええ、GⅠ勝ってますし、顕彰馬ですし」

「こういう時は、オーナーさんの意見を聞いてみるのはどうだい?」

「ああ、兄さんなら良い意見が出るかもね」


『VAVAとエーファ。どっちに乗りたい?』

何の参考にもならなかった。


「あのさあ、兄さん」

『なんじゃ、重賞を勝っておらず、顕彰馬でもなく、鞍上をケガさせる可能性が低い馬じゃろ?』

スピーカーモードにしてあるので、この会話はマコトも北島も聞いている。

マコトは全力で首を横に振り、キタジマは「さすがはモモだ」と笑いを全力で堪えている。

「今言う事でも無いけど、隣でキタジマ先生も聞いてるからね?」

「どうも、お久しぶりです。キタジマと申します」芝居がかった、明らかに楽しんでいる口調であった。

『おお、先生。御無沙汰じゃのう。元気しておったか』

「おかげさまで。どちらの試合も楽しませてもらってます」

『それは重畳じゃな。ワシもモレディーの鞍上になったんじゃ。日本のGⅠの舞台で、先生の馬と戦えることを楽しみにしとるぞ』

「それまではこの老骨、三途を渡らんように踏ん張らねばなりませんな」

カッカッカ、と笑い合っているのを、(モモさんは大先生相手でもこうなのか)とドン引きした。


かくかくしかじか。

『ああ、マコトがイエモ牧場に来ているのか。確か矢田道場じゃったよな』

「矢田先生にはお世話になっております」と、マコトは折り目正しく感謝を述べる。

『うむ。あの頃の跳ねっかえりが随分と一丁前になったものだ』

「モモさん、勘弁してくださいよ」そうして赤面する様子に、興味深げな視線を向けるのはキタジマである。

「マコト君は、モモと面識があるのかい?」

「はい、そのあたりの事情はシッカリと説明しますよ」

「キッチリ教えてくれ」

マコトで遊ぶ気満々な二人である。

『ふーむ、では。矢田をそちらに送るか。おそらく今日の晩には着くと思うが、日程的には問題ないか?』

「大丈夫だ。ありがとう、兄さん」

『良いってことよ。それでは、ワシもこれから試合じゃ』

「どっちの?」

『レースじゃな』



英田トウカツのイエモ牧場入りの面子は、合計で六名であった。

本人。

鏡水。

保月。

そして、残念美人三名である。何故か。

鏡水が不在の状態でナニカされるよりも、いっそのこと同行させようという事になったからだ。


ゆったりとした高級ワゴンは三列式である。

最後尾たる三列目にはコミュ障二枚を詰め込んだ。

二列目にアイダと宇田川。

助手席に保月、運転手が鏡水という配置である。

二列目にアイダと保月という案もあったが、「それだと三列目が完全にお通夜になる」という理由でこうなったのだ。


「この中で一度もあそこに行ってないのは都城だけか」

鏡水がそう言うと、保月は意外そうな顔をした。

「お前さんなら一度は連れて行ってると思ったが、そうじゃないのか」

「本人の性格もありますが、色々多忙だったんでね。いい機会でしょう」

なお、理由の比重としては前者が八割くらいである。

「そうだな。あの曲ができた場所は九条の自宅にしても、プロジェクトそのものが前進したのはあそこだ」

「僕としても、一度は見せておきたい場所です」

「俺が行った時には、ダメ出し食らってスゴスゴと退散した場所なんだが」

「まあ、そうなんですがね。僕としてはこう……人生のターニングポイントとなった場所です」

「ああ、あそこからか。プレイング社長カガミズがスタートしたのは」

「必死に演奏した結果ですよ、もう大変でした」

「波乱万丈だねえ」


「すまんが、鏡水君。実は私は、掻い摘んだ経緯しか知らない。頭から話を聞かせてくれることはできるかな?」

二列目で会話を聞いていたアイダが、聞かずにはいられないと身を乗り出すようにして訊いた。

バックミラーを見れば、誰もが目に興味の色を浮かべている。

幸い、この場には最も事情を知っている鏡水と保月がいる。

原作者の九条も居れば、イエモ牧場の宇田川もいるのだ。

これ以上の役者はいないだろう。

「勿論です。時間は、まだまだありますので」


なるほど、なるほど。

非常に濃厚な話である。

鏡水一生がCCの元メンバーであったことは、アイダも知っていた。

大資本が、ようするに自分たちのような人間がプロデュースするグループがヒットチャートを独占する。これは良くあることだ。

だが、そこに食い込んでくる中堅会社の音楽グループもゼロとは言えない。

その“ゼロではない”稀なグループがCCであったからだ。

グループ丸ごと、大資本に買収される。もしくは、空中分解を狙いメンバーに引き抜きをかける。珍しい話ではないが、いずれにせよCCは解散した。

その中から個人で独り立ちしたのは鏡水一生のみだ。

他はレーベールで役職をもらい、昔の伝手で仕事を作ってひいひい言いながら会社を回していた鏡水よりもはるかに安定した生活を送っている。

……ところで、九条佳苗を河川敷で拾った話は本当なのか?

犬猫ではないんだぞ?

そして、拾ってきた九条を養いながら人間の生活にしていく話で君たちは何故泣く?

「……あの時ッ! 九条がスプーンを正しく持ったんですッ! 文明開化の音がしたんですッ!」

鏡水君。

彼女は人間だぞ?


アイダは、それからも頭を抱えながら紡がれるストーリーに耳を傾ける。

「顔と声は良いから、配信者にしよう」で配信業をスタートさせたこと。

思ったよりも人気になったこと。

「どうも作曲もできるっぽいから、オリジナル曲いっとくか?」で配信した曲がミリオンになったこと。

ミリオン記念配信で自宅焼き肉をやったら換気扇を回してなかったせいで火災報知機が反応してずぶ濡れになったこと。その動画が切り抜かれてバズったこと。

※そうこうしているうちに、日本を代表する音楽系配信者になり、楽曲提供を行う事になったこと。

※そうこう……配信予約の時間設定をミスったせいで、下着姿でうろついて昼から酒を飲んでいる醜態が晒されたうえでセンシティブ判定をくらってBANされたり、楽曲提供の会議に遅刻して、「社会人としてはそれはいただけない」と相手の役員に言われた際に一曲の契約だったところを即興で三曲提供にして黙らせたり、である。

アイダは、思った。

こんな猛獣よりも扱いの難しい生物の世話を見ていれば、そりゃあマネジメント能力も向上するよ、と。やっぱりリーダーは鏡水が正解だったのだと。

また、こうも思った。

こんなダメ人間が生きているのに、自分は随分と息子に対してツラい対応をしていたのではないか、と。

だって、九条は動物園の住人でも、息子は人間なのだと。


それからは、少しは知っている話になる。

ビーストソウル(仮)の話に突入するのだ。

九条が「お恥ずかしながら……」という枕詞から話した内容は本当に恥ずべき内容であった。

この出だしから、本当に恥ずべきことを話す人間を初めて見た。

酒を昼間から飲みながら、引退配信をして、たまたまコメントの「日本対中国を見ろ」から、試合にインスピレーションを得て、一曲を一晩で作り上げた、と。

こんなロックなミュージシャンが日本に現存していたんだなあ。

全く羨ましくない。一生、鏡水君が見ていてくれ。うちの会社は人間限定なんだ。


「ここからは、保月さんも関わってくるところですよね」

「そうそう、合縁奇縁というか」

ビーストソウルで悩んでいた鏡水が、保月と出会う。

この邂逅が無ければ、うちも一大プロジェクトを事実上独占とはいかなかっただろう。

あの時、保月がタバコを吸わなかったら、この機会には巡り合えないのだろう。

そして、鏡水の貧弱プロダクションが提供した楽曲は。

楽曲だけ吸い出されてオシマイになっていたかもしれない。

面白い巡り合わせだ。


そこからは、知っている話も増えていく。

だから、興味深いことは聞いていく。

「鏡水君、最初にイエモ牧場に行くとなった時、何か準備はしていたのか?」

「持てる楽器は全て持っていきました」

「へえ?」保月も食いつく。

「サイの演奏は見ていました。だから、イエモ牧場で千の言葉を弄するよりも、一の音楽ができれば、僕らを自己紹介するには最適だと思いまして」

「なるほど、流石は太公望殿じゃな」

そう言って感心するのは宇田川である。聞いてニヤリとするのは保月だ。太公望と呼び出したのは彼だからである。

「それで、ダメだった時には?」

「シャチョウの靴を舐めて土下座しながら、知っている情報をすべて吐き出すつもりでした」

「ほう、では、作曲したのは何故じゃ?」

「僕も音楽家ですから。インスピレーションには逆らえません」

「それで、我らを釣り出すのだから、正しく天下一の釣り人よ」

「私もですね、頑張りましたよ」

そこに嘴を突っ込んだのは九条である。

「ほう、何をやった」

「ウマのメインフレーズを、朝一でトランペットでかましてやりましたよ!」

「馬鹿か?」宇田川が真顔で言った。


それから。

阿保クジョウがトランペットでやった曲が鏡水の作曲だと分かった財前が、レイクフォースターの元に案内して。

ギターに興味を持ったフォースターに一曲披露して。

その演奏が馬主の登内に見つかり。

ランチとディナーの演奏でウマを披露したところ、その演奏がイエモの人々に見つかり。

あれよあれよとサイまでたどり着いた、と。

古典落語か? 何だそのスピード感は。

CサークルCコースターを返上しろよ。

おまえの人生はジェットコースターじゃねーか。


「で、イエモミュージックの一号生としてプロ契約、と」

「あれ、いろいろ言われてますけど、自分としては大助かりなんですよ。社長業はほぼ有栖さんの手配でどうにかなるんで、本業に集中できますんで」

「本業?」

「音楽と、世話」

「世話」

こいつは、どんな業を背負ってこの世界に生まれてきてんだ?


「サイさんは、良いですよね」

「ああ。サイさんほどカッコいい男は、見たことねえなあ」

「今日行ったら、会えないですかねえ」

「期待すんなよ、あの人の連絡先は俺でも知らねえんだから」


人はそれを、フラグと呼ぶのだ。


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