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028 オリンピック狂走曲/後編

「――以上が、ことの顛末です」

いつもの新宿の飲み屋で、経過を説明する。

サイが歌った音源も提出している。

口々に、「これだ」「これ以上、適役いるか」と、賛同する声が続く。


「うん。お疲れ様」と、シャチョウは労う。

「さて、話を聞く限り。サイは音楽界のド素人だね。楽曲提供なんて、珍しい事でも無いのにね」

「僕もそう思います」

そう言って、鏡水はビールに口を付ける。

もう、この会合の圧には慣れたものだ。

木端プロダクションの社長を一息で吹き飛ばせる人間に囲まれている事実は、もう頭の中にない。


「一つ、良いですか?」

英田アイダという、トウカツの男が口を開いた。

如何にも学生時代に体育会系でしたと言わんばかりの、見事な体格の男である。

「“ハナシ”てみる、と言うのはどうでしょう」

「俺は、賛同できないね」

反対したのは登内トウチである。このオジサンは、「面白い話なら見逃せない」と、無理やりついてきたのだ。

「どうしてですか?」

丁寧な言葉ながら、圧がある。意図はしていないだろう、彼が口を開くと自然とそうなるようだ。

「イエモだからだ。聞いた話じゃ、アメリカの大統領プレジデントの頼みだって、ノー、と言ってのけるらしい」

「ううむ」

「では、トウチさんは何かありますか?」

「ねえよ、そんなもん。プロはそっちだろ」

と、知らん顔で登内は手酌で酒を飲む。本当に、ただ単に楽しそうだから来たのだ。


「……僕が気になるのは、自分の曲じゃない、と言ったことでしょうか」

保月は、隣に座るトウカツの杯を満たしてから発言する。この辺りが如才無いのだ。

「と、言うと」

「サイは、九条の曲を完成品だと思っている、ということです。でも、九条としても、リーダーとしても未完成品だと思っている」

僕はリーダーじゃないと、今でも声を大にして言いたい。

心の声を、鏡水はしまい込んだ。

「だったら、未完成品にすればいいんですよ、九条の曲を」

場に、沈黙が舞い降りた。


「どうやって、だ?」

口を開いたのは西脇氏である。何と、シャチョウの伝手でやってきた馬主さんであり、スポンサーでもある。サイが絡んでいると聞いて、黙ってはいられないとやってきたオジサンその二だ。

「パートの追加です。今の『ビーストソウル』を、ブラッシュアップして、男女二構成にするなどのアップグレードを施します。その出来が、今の『ビーストソウル』を上回るならば、未完成品にはなりませんか?」

おお……。

なるほど……。

待て待て、待てよ!


「異議あり!」


鏡水は、これから非常に情けない事を言う覚悟をした。

もしかしたら、この場にいる全員の信用を失墜させるかもしれない。

でも、これだけは言わねばならんのだ。


「うちの九条はソロ専です! パート追加機能は搭載されていません!」


そうなのだ。

マシーンの仕様書みたいな言い方になってしまったが、これ以上なく的確な表現だ。

ヤツには、協調性が無い。

全く、ない。

二人分の歌詞も旋律も、用意できないのだ。


「リーダーがそう言うなら」

「君がそう言うなら、そうなんだろう」

何とか、理解を得られたようだ。安心である。


「いや、これはヒントにはなったよ。この曲そのものをブラッシュアップできれば良いんだ。九条以外の、誰かで」

「でしたら、声をかけようと思うのが何人か」

「僕もいますよ。どこまで情報公開できますか? それがカギになりそうです」

「そこだな。音源が秘匿だと、ゴールラインが見えてこないでしょう」

途端、活発する議論。酒もすすむし、肴もすすむ。

もうこの時点で、『ビーストソウル(仮)』は、仮内定どころか内定である。

後は、どう実現するか、どれだけ完成度を高めることができるか、そして。

サイを、どう口説き落とすかが焦点となるのだ。


都城ミヤコ月姫カグヤは、落ちこぼれである。

音楽一家の末娘として生まれた彼女に、天は大きな枷を設けた。

演奏家プレーヤー”としての、一切の才能が、彼女には無かった。

華麗に演奏する兄や姉に、彼女はいつまで経っても追いつくことは無い。

だが、天は彼女にたった一つだけ、特大の才能を与えた。

編集者ミキサーとしての才能である。

“二つ以上の音楽を聞いたとき、それらを昇華させる”

もやは異能に近いほどの、その特異能力に気が付いていたのは、彼女の両親では無かった。

祖母、都城カケであった。


カケは、貧しい中で音楽をラジオで聞いて、やがて横須賀のバーでジャズソングを歌うようになった。

カケのアレンジは、時に誰かを憤慨させ、時に誰かを魅了した。

頭にある旋律を、整えて口から出す。カケの歌法とはそういうものであって、頭の中にある音楽のごった煮から抽出して、歌にするだけだ。

それはあらゆる国境も、政治信条も無かった。だから、イデオロギーが支配していた時代では受け入れられないこともあったのだ。

だから強烈な――今で言うところのアンチも、今で言うところの強火ゲキオシも存在していたのだ。

カケはある時、“落ちこぼれ”の孫娘に会った。

彼女は自信なく、項垂れるばかりであったが。

カケがアレンジを披露すると、「これは、どうですか」と。たどたどしい指先でゆっくりと旋律を奏でた。

何てことの無い旋律だ、と。カケは思った。

が。

「それを、この拍で弾いていただけませんか」とメトロノームをセットした。

(これは……ッ!)

自分には無い発想。完成度。

この子は、落ちこぼれなんかじゃない!

天才だ! 時代を変えるほどの!

私では遠く及ばないくらいの、才の塊だ!

カケは、息子夫婦を言いくるめてカグヤを自分の手元に置いた。

“そこそこ”の秀才に、“ホンモノ”の天才を潰させてなるものかよ、と。

自身がザ・自由フリーダムと呼ばれている天才だと目されていることはさて置いて。

カケはカグヤと暮らしていたのだ。


電話が、鳴った。


「カケさん、お願いがあるのですが」と、電話の主は言った。

大手の土建業の、会長。

カケを追いかけていた、かつての坊主頭であった。


岩井イワイ願鉄ガンテツは、自分の名前が心底嫌いであった。

名前をいじってくる同級生も、そんな名前を付けた親も大嫌いだった。

だから、大学進学で地方ではなく中央。東京の大学に進学したのは、至極自然な事であった。


都会に出てきたガンテツを困惑させたのは、とにかく軽薄な雰囲気である。

そして、アメリカがどうこう、戦争はあーだこうだ、という同級生にも、そんな学内にもあきれ果てた。とにかく単位だけ取って、こんなクソ環境からオサラバしてしまおう。その一心であった。

ガンテツ自身は必死に認めないかもしれないが。

そんな頑固一徹な性根は紛れもなく父祖の血筋であった。


「なあ、ガンジ」

「何回も言ってるがなあ、俺は非暴力ではないぜ」

「そのガタイで非暴力を謳うのは無理だろ」

「謳って無いが?」

外語二類で妙に絡んでくる男が、ガンテツの人生を変えた。


ニシ、というその男と付き合うようになったのは、初年度で必修のドイツ語で隣の席にいたからだ。

ある日、授業を妨害に来た(その先輩は、正統なるサボタージュだと、口上を述べた)男に、

「「うるせえ」」と殴りかかったのがニシとガンテツであった。

「いいから、授業だ」と、

「先生、続きをお願いします」と。

平然と暴力行為を行った生徒二人を、先生は見咎めなかった。

正直、助かったからだ。

テストの点でどう見てもB判定だったのを、A判定だったのは “お返し”という事だろうと、ガンテツは思った。

それ以来、ニシはガンテツを飲みの誘うようになった。

断る理由もないと、ガンテツは付きあった。


「ガンジ、おかしいと思わないか?」

「この世界の事か? 革命に目覚めたか?」

「違うよ、ヘルメットなんて被りたくもないよ」

「今、俺の実家を馬鹿にしたか?」

「面倒臭いなあ!」

「冗談だ」


ガンテツは、よくニシの家に行った。

何てことは無い、狭い部屋のちゃぶ台で安酒を片手にだべるのだ。


そこでガンテツは、レコードを聞いた。聞いたことも無い、異国の音楽だったり、クラシックだったり。

映画も見た。この時点でニシが相当の上流層であることは間違いないと彼は思った。

だがその点を、ガンテツが指摘したことは無い。ただ単に面倒だったからだ。


「で、どういう話だ?」

「日本というか、小さな話では、大学だな」

「おかしいと思わん方が、おかしい」

「ガンジなら、そう言ってくれると思ったよ」


ニシは上機嫌に笑った。そうして、安い酒をドバドバと注ぐ。


「右も左も、やれ蜂起だ、国民が、ってな。うっせえよ」

「煩いが、それはそれだと俺は思うが」

「ガンジ、君の中の闘志は衰えたのかい?」

「ガンジーじゃねえ。殴るか?」

「本人の許可取るあたり、善良だよ」


だから、ガンテツは本音を言う。


「何言っても、言われても。俺もお前もそれだけの人生だろ?」

「あらあら、達観していらっしゃる。日本という国に愛着などありはしませんか?」

ニシがそう言うのを、ガンテツは(お前こそ、愛着が無いように思うが)と、冷めた目を向ける。


「ここはどこだ?」

「コロン荘というボロアパートだ。そこの105室。僕の部屋」

「お前は誰だ」

「随分と哲学的な質問だが、東京一校。そこの学生だね」

「何の話をしている?」

「大学内の、ちょっとしたハシカの話題だね」

「それが答えだろう」

「なるほどね。つまり?」

「風呂も無いここで、安酒かっ食らってる俺らが、戦争だの日本だの論じるのはそれこそ無意味だろ」

「違いない」


ニシは、何処か救われたような顔をした。


後でガンテツが知ることになるが、ニシの一家は政治家家系だった。その異端児がニシだ。

最後まで政治基盤を受け継ぐことを拒絶したニシは学校の先生になった。

一年で首になり、私塾を開いた。

その私塾から出た生徒が、ジャーナリストになり、全身を銃弾で穴だらけになって無言で帰ってきた。

それを気に病み、ニシは私塾を閉鎖した。ヤツは元気に……いや、今でも生きているだろうか。


ある日、ニシは言った。

「なあ、横須賀に行かないか」と。

ピカピカの新車でガンテツを迎えに来た。


「この車。狭くないか」

「そりゃそうだろ。野郎二人で乗る車じゃねーよ」

ツーシートのコンパクトなスポーツカーだ。

助手席に座るガンテツの肘が、シフトレバーをいじるニシの腕に当たる。


「頭が天井に当たるんだが」

「お前さんの親に感謝しな」


ガンテツの体躯は180センチを超える。縦にも横にも広い。

早々に諦め、目的地を聞く。


「で、どこに向かっているんだ?」

「ジャズバーだ」

「ジャズ?」


あの、良く分からん音楽かと、ガンテツは内心げんなりした。


「俺も初めて行くんだ。楽しみだろ?」

「皆目」

「まあ、とにかく行こうぜ」


そこで、ガンテツはカケの音楽に出会った。


それ以降の“推し”であるから、半世紀近くだろうか。

運命とは、かくて回るのである。


会長――ガンテツは、カケにアレンジをお願いした。

彼女なら、否。

彼女にこそ、できるのではないか、と。

ガンテツは西脇経由で『ビーストソウル』を知った。

そして、その問題点も。

だけど。彼女なら、と。

その音源を、カケに託したのだ。


カケはその音源を聞いて、自分ならこうする、というアイデアがいくつか浮かんだ。

だが、それはカケ自身が納得できる出来ではないのだ。

ならば、最終兵器リーサルウェポンの出番である。

「カグヤ、ちょっといいかい?」

歴史は、進んでいく。


都城ミヤコ月姫カグヤは、落ちこぼれである。

それを、後世で真に受ける人間は、いないだろう。


「何だこれは……!?」

新宿会議で西脇が出してきた楽譜に、瞠目するのは鏡水だ。

(何だこれはッ! 音楽の神でも召喚してきたのか!?)

これはもはや、『ビーストソウル』ではない。

マーク2とでも言うべき、全く異なる曲である。

「すごい……」と、原作者である九条は開いた口が塞がらない。

新宿の飲み屋の宴会席は、随分と狭くなった。

否、人が増えたのだ。

カケもイワイも、とにかく関わった人間が鮨詰めになったのだ。

その中で、軽く笑う男が一人。

保月である。


「見事、未完成になりました。行きましょう、あそこに」

そうだな。

行くか。

と、皆で行くことになった。

決戦の地は、滋賀県。

伊右衛門牧場である。


「演者が足りねーじゃねえか」

鼻息荒く向かった先で、サイは一刀で切り捨ててきた。


再び、池袋である。


「手ごたえは、ある」

「確かに」

「あとは、各パートを演奏できる人間の選定ですね」


サイは、自分が歌う歌わない云々を言ってないのだ。

ただ、演奏する人間がいないと言ったのだ。

この頃には、この場で「打ち込みで良いんじゃないですか?」と言い出すアホはいないのだ。

「すみません、私の無茶ぶりで」と、カグヤは謝ったが、それを責める者は誰もいない。

何とかして、どうにかしても生音でこの演奏を成立させねばならないと皆、躍起になっているのだ。

だから、平然と禁断の手段を打てる。

「コンペティションなしで、これを日本全体でブラッシュアップしませんか?」と。

もうこうなったら、致し方なし。

あとで談合だ、専横だと叩かれて、日本中から、世界中からぶっ叩かれようが、世界最高の楽曲を残そう。

覚悟が、完了していた。


とりあえず、日本最強メンバーを集めようぜ、と。

小学生みたいな会議が始まった。

レーベルの違いも何もかも関係なく、巧いやつをかき集めることにした。

そんな動きを、日本音楽業界は見過ごすはずもなく。

何なら、日本政府すら看過できないのだ。


池袋の飲み屋に、内閣総理大臣が来た。


リーダーは、変わらず。

鏡水一生、四十二歳である。


だが、心強い助っ人もいる。

牧場で戦った矢田と宇田川。

肝心なのは、お目付け役の有栖である。

伊右衛門牧場の四天王のうち、三人が来たのだ。

なお、モダは「俺の仕事じゃないね」と不参加である。


なあ、矢田さん、宇田川さん。

それ、何杯目?

だが、お偉方にはひどく受けがいい。

中には、「一つ、酒比べしてきな」と、若い衆をけしかける悪い大人もいる。

そうして、一人二人と酔いつぶれるのに喝采を上げるのだ。

無責任なオジサンたちである。

なお、そのオジサンたちを叱責する女がいる。

有栖だ。「いい加減にしなさい」と、脳天にチョップをくれる。

大企業のトップだろうが、現役の大臣であろうが、関係なしに脳天に躊躇いなく、だ。

それでヘラヘラと「ゴメンちゃーい」などと言っているのだから、ここは異空間か何かだと、鏡水は理解を諦めた。


で、本題。


『ビーストソウルMARK2』を聞いた政府高官、というか、何故ここに財政省大臣がいるのか全く分からないが、とにかく。

良い手応えである。

「これしかない」

「推進しましょう」と。


「矢田さん。ドラムやれませんか?」

と鏡水は聞いた。


「俺より上手いやつ居るだろ。神穂ジンボってやつだ」

なるほど。


「宇田川さん、弦パート」

美智留ミチルが居るじゃろ? 何故我がやらんといかん」

そうだよね。


見事に別事務所だし、別レーベルだし、拠点としている国すら違うね?

実質多国籍軍みたいなものを、僕たちは作らねばならないのだ。

ああ、権利関係を考えたら、頭痛くなってきた。


あーだ、こーだと。

日本国籍・日本出身のミュージシャンを楽し気に並べ立てる人々は置いておいて。


「これ、どっから出すんだ……?」

マジで頭がこんがらがって来たぞ……。

「安心しなさい。答えはある」

と、水杯を差し出したのは、さっきまでオジサンに脳天割りをしていた有栖だ。


「イエモの芸能会社を立ち上げる。それで解決」

手元の水に口につける。

ちらりと隣の九条を見ると、宇田川に絡まれて上機嫌で飲んでいる。

あの二人は相性が良い。二人とも、ダメ人間の匂いがする。


「話はまとまるかもしれません。が、曲の権利はどうなりますか?」

有栖がどれだけ有能であるかは、矢田を通して知っている。この一大プロジェクトを牽引する能力は十分以上にあるだろう。

だが、この曲は九条の曲だ。カガプロダクションの利益は勿論だが、絶対に九条の利益は確保しなければならない。それができないなら、社長をやる資格が無い。


「……? 曲の権利は、あなた達のモノ。当然でしょう?」


目の前で有栖が心底不思議そうに首を傾げるが、首を傾げたいのはこちらだ。

イエモから出す、と言うのは、その利益を差配するのはそちらであるはずだ。

それに全く興味の無いような表情で、有栖は「この人、何を言っているのか」と言わんばかりの顔をしている。


鏡水の混乱を無視して、話は続く。

「それに、イエモのプロ一号候補は彼女じゃない」

そう言って、ビシッと。

指先を鏡水に向けて、有栖は言った。


「『馬(直球)』を聞いた。鏡水一生、あなたよ」


資本上、カガプロダクションは子会社として買収されることになった。

持ち株率100%の、完全子会社だ。

これは他資本からの横槍を防ぐためであると有栖は説明し、鏡水も同意した。

「これで、文句を言いたければ私に言うしかなくなる」

と、キラキラした目で彼女は語った。

まるでかかってくる敵を待ちわびる獣のような好戦的な瞳である。

どうも、矢田と言い宇田川と言い、イエモの人間は基本的に喧嘩だの諍いだのが好きだよね、と鏡水は思った。


社長業は格段にやり易くなった。

会社全体の決済処理であるとか、財務管理であるとかの雑事はイエモからの出向者がやってくれる。

逆に忙しくなったのは音楽に携わる仕事の方である。

元CCのカガとしての活動を早期に再開し、ギターと津軽三味線の二刀流として自ら演奏する仕事が増えたのだ。

僕なんかの演奏を気に入ってくれたキタジマ先生は、特に贔屓にして下さって、ライブにも出演させていただいた。

その伝手で、和楽ロックの演奏にお呼ばれされることも増えてくる。

“プレイング社長”鏡水一生。

そう紹介されると、何とも背中が痒くなる。


「鏡水、チームが完成した」と、ある日。

有栖はそう言った。

池袋の飲み屋の時間である。


メンバーは錚々たる面子で、その中にはサイの姿もある。

この場にいるという事は、そうか。

サイをついに、口説き落としたのか。

最初期からのメンバーは、その姿に感動を覚えている。

シャチョウは満足げに頷き、意外なことに堅物に見えたトウカツは目元をハンカチで押さえている。


あの日、僕と保月さんが喫煙室で出会っていなければ、この光景は無かったのだ。

そう思うと、非常に感慨深いものだ。

その保月さんは、ゆっくりと杯を傾けている。僕が見ているのに感づいたのか、こちらに視線を向けると、たばこをふかすようなジェスチャーをした。

「行きますか?」「行こう」と。僕らは揃って喫煙室に向かった。


「やりましたね、保月さん」

「何、まだまだゴールじゃねえんだ。気を抜くなよ」

あの日のように保月さんの煙草に火を付けようとすると、彼は手ぶりで『やめな』と示し、自ら火を付けた。

「もう、木っ端プロの社長じゃねーんだ」

「でも、保月さんのおかげで」

「気持ちだけで十分だよ。お前さんはもう、イエモのシマの人間だ。わかるだろ?」

「でしたら、これを」


と、鏡水は自らのライターを差し出した。


「あの日、火を付けたライターです。貰ってくれませんか?」

それをしげしげと見つめ、やがて保月は受け取った。

「ありがたく貰っとくが、良いのか?」

「ええ、僕にはこれがありますんで」と、細長い筒を取り出した。

「何だそれは?」

「イエモの新型ライターらしいですよ? 矢田さんにもらいました」

「何だよ、在庫処分だったのか」

「そんなことは無いですよ! ……そう言うんだったら、さっきの返してもらいますよ」

「死んでも返さねーよ」


「おう、俺を見事に獲ってくれたじゃねーの」

そこに姿を現したのは、サイである。

思わず背筋が伸びる。

なに硬くなってんだ、と。僕と保月さんの背をパンパン叩き、胸元からキセルを取り出す。

そうして、実に手慣れた手つきで流れるように火を付け、美味そうに紫煙を燻らせる。


(なんて、格好良いんだろう……)


これ以上なく絵になる。今日はスーツで来ているが、これが和服であれば……。

「ま、熱意ってやつだな。アル……ヤツを持ち出して来たのは確かに良い手だった」

「いやあ……」僕が二の句を継げないでいると、保月が目を輝かせる。

あ、これは悪い大人の顔だ、と僕は思った。

「すべては、リーダーのおかげというものです」

「ほう?」

僕が何も言えない間に、立て板に水とばかりに保月は事実9割、虚飾1割のストーリーを並べ立てた。

「――で、リーダーは単身、伊右衛門牧場へと向かったわけです」

「ハハハッ! いい根性じゃねーか! で、あの演奏で見事に俺を一本釣りってわけか!」

「古代の太公望もかくやという、見事な手際ですね」

「なるほどねえ……随分と頭もキレるやつだなあ」

違う、そんな大層な人間じゃない。

と、否定したかったが、僕が何かを言おうとするたびに「お前は黙ってな」と。

保月さんが睨んでくるので訂正できないのである。


会場に戻る際、「気に入ったよ、ホウヅキ。お前は俺の隣だ。太公望先生もだ」と。

肩を組まれては逃げることも儘ならない。

保月さん、恨みますからね……。


だが、悪い事ばかりではない。

サイの所には、引っ切り無しに客が来る。

政治家の先生、馬主、音楽家。

で、一曲披露という場面では僕に声がかかる。


サイの歌声は、とにかく圧巻だ。ただデカイだけじゃない。人を惹き付けるのだ。

彼が歌い出すと、誰もが箸を止める。そして黙って傾聴し、時折杯を傾ける。

不思議とそこは静かで、温かい。郷愁かもしれない、新鮮味かもしれない。

そうして、黙っていられないのが演奏家という人種である。

「すみませんが、河岸を変えませんか」と来る。

今すぐに演奏したくて、仕方が無いのだ。


ここにはドラムもエレキも、ベースも一切の音楽設備が無いのだ。

そこで如才無いのが、保月という人間である。

「ここから徒歩5分ですが、どうでしょう?」と。

皆、否は無いのだ。


ガンテツはぞろぞろと連なる中の最後尾にいる。

同じくゆっくりと歩く猫背の少女は、カグヤだ。

(この娘がなあ……)


カケの追っかけだったガンテツとしては、随分と意外に思えた。

彼女はいつだって、謎の自信に満ちていた。

極右連中に演奏中にグラスを投げつけられても、それを叩き落として、

「私の歌がマズけりゃ文句はないが、テメエの信条に合わねえからって文句は受け付けないよ!」と怒鳴る女傑だ。


なお、その日の演奏は、過去一でマズい方だった。完全に開き直っていたのだ。それでも胸を張っていた。今風に言えば、これ以上ないほどにロックな女だったのだ。

うーむ、彼女は正反対の性格だ。


着いた先の店は、雑居ビルの地下にあった。

とても偉い先生方が暖簾をくぐるような店構えではないが、それが逆に新鮮であるかのように躊躇なく足を踏み入れていく。

そりゃそうか。彼らは基本的にお坊ちゃまだ。

こんなところを探検した事などないのだろう。


まるで防音室のように重厚なドアを抜けた先には。

あの日の、横須賀があった。


「え?」


間取りは似ても似つかない。

カケがホームにしていたあのジャズバーは、こんなに清潔では無い。

なのに。


雰囲気が似ているのだ。


「いらっしゃい」と、マスターが言った。

何年振りか。

忘れもしない。

おまえは。


「ニシ、か?」

マスターは肯定も否定もせず静かに微笑み、「まずは注文を」と促した。


ニシに驚いたのは、ガンテツだけでは無かった。

「え? え!? ニシ先生!?」

「こんなところでお会いできるとは!」

「あの後、どこ行っていたんですか!?」

政治家の先生たちである。


その様子に、ニシと呼ばれたマスターは、

「良いから、注文しなさい」と窘めた。

「ニシ先生、おすすめは?」

「先生は止めなさい。特製ハイボールです」

「「「それを10杯で!」」」

「飲めますか?」

「「「飲ませます!」」」

「やめようね?」

と言いつつ、ジョッキを10個用意するのだから商魂逞しいのだろう。


演奏勢は、そんなところに興味を示さない。

「YAMAHAのXXシリーズ……」

「ジンさん、これって廃版ですよね」

「そうそう、そうなんだよ。ハイエンドモデルで、高すぎて採算取れなかったヤツだ……これを演奏できるのかあ……」

「先、叩いても良いですか?」

「ダメ。僕が叩く」


「RVRの1999-O……」

「Oモデルって、この時期無いですよね……?」

「幻のピアノだあ」

「「「ジャーンケーン!」」」


「LESPO-501-Gがある……だと……?」

「なんすかそれ」

「……なんで抱きしめてるんです? 川内センダイさん」

「俺が弾く。絶対に」


ワイワイと。

演奏家たちは好き勝手を始めるのだ。

『ビーストソウル(仮)』の事など眼中にない。

目の前に与えられた玩具ガッキで遊びたいだけの人間と化した。

比較的年長であったジンボが率先して遊びだしたのだから、手におえないのだ。

初め、8ビートで刻んで超絶タム回しをした後、フットペダルの耐久実験とばかりに両足三連という訳わからんことをした後に、「君も入ってきなよ」とばかりにギターの川内を煽ったのだ。

紛争勃発である。

「やってやんよ! この野郎!」と、高速アルペジオで応じれば、もう誰も止める者はいなくなるのだ。


「全く、煩い事この上ない」

「そう言ってやんなよ、ガンジ」

酒出しが一段落したニシとガンテツは、カウンターで話す。

聞きたいこともあるが、聞かない。

今は、再会できただけでいいのだ。


「生きているとは、思わなかったよ」

「死んでて欲しかったか?」

「いや、詐欺師になってないかとな」

「犯罪は犯したことないだろ?」

「先輩を一緒にグーで殴ったじゃねーか」

「あれは犯罪じゃないね。そう、正義の行いってヤツだ」

「正義は、時代によって変わる」

「そう言う事だ」


言い合って、クククと笑う。

そこに、カウンター席に座る者もいる。


「糸魚川先生」

「先生に、先生と言われるのは恥ずかしいですよ、ニシ先生。イワイ会長とは知り合いで?」

「大学時代、僕の部屋でウチのアルコールを8割くらい飲んでくれたヤツかな?」

「抜かせ。同じくらい飲んでたじゃねーか」

「ハハハ、先生の言っていたガンジーはあなたでしたか」

「こいつ何て言った?」

「不服従だけのガンジー、と」

「単なる危険人間じゃねーか」

「おや? ガンジ君には自覚が無いと見える」

「今から不服従を発揮しても良いんだぜ? ニシ」

「そりゃ、単なる暴力だよ」


店内の音楽が変わった。

子供オトナのお遊びが終わって、演奏家クソガキ演奏家ホンギョウに戻るらしい。ムーンライト、という定番のジャズナンバーが流れる。


「糸魚川先生」

「先生の友人なんです。呼び捨ててください」

「じゃあ、俺も呼び捨ててくれ。イワイで良い。イトイガワ。こいつの先生時代はどうだったんだ?」

「そうですね、新鮮でしたよ」

「新鮮?」

「戦争ってどう思います?」

「質問で返すな、と言いたいが、クソだな」

「すべての戦争が?」

「ああ、そういう。ひねくれたニシの見解はどうだったんだ?」

「経済行為だと、一刀両断でした」

「そりゃあ、新鮮だな」


ガンテツとイトイガワの会話を知らん顔して、ニシはグラスを磨く作業である。


「おかげで、僕もひねくれものです」

教師ニシが悪いな」

「でも、学校では教わらない」

「そりゃあ、そうだな。日本が悪いから二発ズドン、ってか?」

「この世は日曜の朝のスーパーヒーロー番組のように、善悪がはっきりと二分される世界ではない、と思いましたね」

「なるほど、教師ニシが良かったのか」

「ええ」

「背中がむず痒くなるから、やめてくれないか」

「イワイさん、効いてますよ?」

「なるほど。褒めれば良かったのか。この年になっても、学びはあるもんだ」

「いやな学びだよ、ガンジ」


その後、加藤、剛崎、福山。

世間で“大先生”と呼ばれる政治家が、代わる代わるニシに挨拶に来た。


政治家センセイの道を拒んだお前が、その先生になってるとはなあ」

「アイロニーってやつだ。うん」

「まーた横文字を使おうとする。あの頃と変わらん」

「……変わることも、ある」

「墓まで持っときな」

「聞く気ないね、君」

「聞きたくないからな」


再び、曲調が変わる。

流行りの音楽にシフトしたようだ。


「……知らねえ曲ばっかりだ」

「我々も、老いたという事だね」

「そのうち、理解もできねえ曲が出てくんのかねえ」

「まるで老人みたいなことを言う」

「俺は老人だ。もうすぐ、くたばるだろう」

「今の握力、いくつ?」

「衰えた。たったの80しかねえ」

「ゴリラみたいだった君が、随分としわがれたものだなあ」

なお、成人平均握力は50である。


「マスター、シードルブランデーのリンゴジュース割で」


(ノれない……)

日本最高峰のセッションに飛び込んだ九条は、最低限の音しか出せていない。

そして、彼女を苛むのは、彼ら彼女らが自分を見て、耳を指すジェスチャーを繰り返していることだ。

“音を聴け”である。

もう、泣きだしそうだ。すでに泣いているかもしれない。


(もうダメ……今日で音楽辞める……)


もはや、何回目かも分からない引退を決意している彼女の目に映るのは、社長カガミズだ。

彼は腕を振り回している。

何のために?

彼女のためにだ。

意訳すると、

『コミュ障の自己中が空気読もうとしてんじゃねーよ! 行け! 持ち味だけを叩きつけろ!』

である。


そこで、九条は吹っ切れた。

言い訳ができたからだ。あとで何か言われても、『社長が悪いんです』と言えるのだ。

他責型自己中という、もはや社会の害悪でしかない性格は。

音楽の天才であるというただ一点の美点だけで、肯定されるのだ。


(変わったな……ッ!)

音を聴け、とはサインした。

真逆を打ってくるとは思わない。

(こいつ、完全無欠の自己中エゴイストかッ!)

ビーストソウルは、聴いた。

すごい曲だと思った。そして、試した九条の演奏はそうでもない。

……と思っての、これだ。


私が、世界の中心です。

私が、世界の天才です。

音を聴け?

私が、音そのものです。


何と言う、エゴイズム!

ブラックホールのような引力!

(飲まれるッ!)

「……ウオオオォォォ!」

飲まれてたまるかよ!

押し返してやる!


と、若者は思う。

だが、老練な演者はその姿にかつて見た自分を投影するのだ。

(ようやっと。本性を現したか)

(一旦、締めますか?)

二人がそう頷き合うと、終局に向かうのだ。


「君は……カケさんの」

「孫です、カグヤです」

ニシは、リンゴ酒×リンゴジュースという、純度100%リンゴな注文をした彼女の目の前にご所望のモノを置く。

(顔立ちは確かに似ているが……)

印象は全く異なる。

“自信が全くないカケ”という、明らかに矛盾した存在。

“非暴力なガンテツ”くらい、矛盾した存在だ。


だが、アルコールの強さだけは祖母譲りなのか。

顔色一つ変えずに一口で飲み干すと、「同じものを」とお代わりを要求する。

その図々しい言い方に、ニシとガンテツは少しだけカケとの類似点を見出した気がした。


「あなたが、坊主頭」とガンテツを指さし、

「あなたが、軽薄ロン毛」と、ニシを指さした。

「合ってますか?」

「「カケさんか?」」

「そうです」

それを聞いて、ニシとガンテツは互いを指さして笑いながら罵り合う。

「坊主頭ッ……もう髪がねえよガンジ! 坊主だよッ! 出家しろよ!」

「てめえもロングな御髪オグシはどうしたッ!? 随分と白いもんが混じってるようじゃねーかッ!」

爺二人の罵り合いを、困惑してカグヤはアワアワと慌てる。


「すみません、そんなつもりじゃなかったんです。お二人とお話する方法をカケばあ様に訊いたら、これが良いって……」

あまりの狼狽えように、二人も見合って冷静になる。ちょっとの罪悪感である。

「いや、君は悪くない」慰めるようにニシは優しく言った。

「そうとも。ロン毛を捨てたニシが悪い」可能な限り穏やかな口調で、ガンテツも言った。

ニシはそれを聞かなかったことにして、カグヤに尋ねる。

「それで、俺らと話したかったんだろ? お嬢さん。何か聞きたい事でも?」

そのセリフが軽薄なんだ、とガンテツが混ぜっ返すのを、「黙ってこれでも飲んどけ」とブランデーをストレートで差し出して先を促した。


「私、自分に自信が無いんです」

そりゃあ、見れば分かるよ。猫背だし。

と、人生経験の長い二人は思っても口に出さない。

「ほう、それで?」

「ガンジ、君は威圧的だって誰かに言われないかい?」

「顔を合わせる十人が十人、そんなことを言うな」

「なるほどね」

「……」

やべえ、やっちまったか? とガンテツは思ったが、黙って酒を飲むことにした。

それを見て、いつまでも変わらんなガンジ、と内心で苦笑いしながら、ニシは訊く。

「もしかして、何かあったのかい?」

と、カグヤの手元にもう酒が無いことに気が付いて黙って追加する。これはガンジの驕りだぞ、と思いながら。


「……今回、カケばあ様のおかげで仕事ができました」

一口で半分ほどカクテルグラスの中身を干して、カグヤは言う。

「私は、一家の落ちこぼれなんです」

と、もう一口でカラにして、トントンとテーブルを叩いた。

すかさず、今度はジョッキで差し出した。

(自信が無いのに、気性はアノ人みたいだな)ニシは思った。

「ばあ様がいなければ、私はここにいないわけです」

ふうむ。何となく読めてきた。

「でも、いつまでも、ばあ様のおんぶにだっこではいけないわけですよ」

そりゃそうだな。

「でも、私には自信が無い。そして、身近で最も自信に満ち溢れた人は、ばあ様です」

あの人は下手すりゃあ、一国の元首よりも謎の、何の根拠もない自信に満ち溢れているな。

「だから思ったんです。……ばあ様の若いころを知っているお二方なら、その方法を知っているのではないかと。若いころの、今より自信が無かったはずの、ばあ様を知っているお二方なら……!」


「「いや、あの人は昔からあれだぞ?」」


「え」


「カケさんが君に何を言ったのかは分からないけど、ジャズバーに来たアメリカ兵に自分が呑んでいたビールをジョッキごと投げつける人だ」

「あの時は……あれか。ソ連のクラシックフレーズをアレンジに使った回だったか」

「その話は聞いたことあるけど……あまりに演奏の邪魔をしたから、震えながら水をコップでかけた、と……」

「記憶の改ざんが見受けられるね。『うるせえ!』って言いながら、全力投球してたよ」

「そんで、『あんたのせいで私の酒が切れちまった。10ドル出しな』って集りに行っていたな」

絶句。カグヤの表情はそれに尽きる。

そして飲む。

飲み干したジョッキを、無言でニシに差し出し、ニシはそこにビールを注いだ。

決して、カクテルを作るのが面倒だったわけではないはずだ。


「じゃあ、私を慰めるために、ばあ様は……」

口の周りを泡だらけにして、悲痛な声でカグヤは呟く。

「あの人、そんな繊細な人間だと思うか?」

「控えめに言って、シロナガスクジラの心臓よりも大雑把だと思うよ」

「だよな。キングコングの神経の方がまだ繊細だと思う」

「だったら、私はどうすれば……」


「割り切ってしまえ。私はカケさんじゃない、と」


「そう言う事だ。それに、今回の仕事は君一人でやったみたいだな。カケさんに聞いた。あの人が仕事を任せたってことは、君が内心どう思ってるにせよ、もう一人前ってこった」


「あと、自信と言うのは人にもらうものではない。誰かに勇気や自信を貰ったように思えても、受け取る側がそれを自信に変換するんだ。今の君にそれが難しくても、別の方法で、別のスタイルで生きることができるはずだ」


「君のおばあ様みたいに、呼吸するだけで空気から自信を生成できる例外を目指さなくていい。俺にだって、そんな生き方はできないしな。親を越えてえ、中央に負けたくねえって反骨心でここまでのし上がってきた俺みたいなのもいる。それって、俺がカケさんよりも劣るってことか? 違うね、別のスタイルで生きてきたってだけだ」


「僕も大きな挫折はあった。でもこうしてガンジとも教え子とも再会できた。それは僕が僕の生き方で、この場所に店を構えていたからだ。確かに、君のご家族や、カケさんは音楽という共通点を持つかもしれない。でも、その生き方は根本的に別物だ。君は君のスタイルで生きていけばいいんだ」


「せっかくの場だ。いろいろな人と話してきなさい」

「俺が全部奢ってやるよ。マスター、ピッチャー一つ」

「了解」

「待ってください」

「どうした?」

「これだけじゃ、足りません。もう一つ、いただけますか?」

口調は丁寧だが、集り方がカケさん以上じゃねーかよ。

こいつは大物だ。


「休憩で」

年長のジンボがそう言うと、ぞろぞろと人の移動が始まる。

さっきまで演奏していた九条も、鏡水の元に戻ってきた。

「お疲れ」

「マジ、きつかったあ」

すっかり氷が解けて薄くなったハイボールを九条が一気に飲み干す。

次を頼むか、とカウンターに目を向けると、こちらに近づいてくる少女が目に入った。

何より目を引くのは、彼女の両手にはそれぞれビールとカクテルのピッチャーが握られていることだ。

給仕かな? そんなわけはない。

「ご一緒してもよろしいですか?」とピッチャー少女、もといカグヤが尋ねると、どうぞどうぞと九条が着席を促す。大方、目的はその両手にあるモノだろう。

鏡水は彼女が誰かを知っている。奇妙な縁だな、と思う。

このテーブルには、『ビーストソウル』の作曲者と編曲者が揃っているのだ。

両者ともに人見知りであるから、小動物が互いに警戒をしあうようにチラチラと視線をそらし合う。これでは埒が明かない。

年長者が一肌脱ぐべきだろう。


「僕は鏡水一生。そして彼女が九条カナエ、『ビーストソウル』の作曲者です」

「どもっすう……」

「九条、彼女は都城カグヤ君。君の曲の編曲者だ」

「よろしくお願いします」


……良いから喋れよ。

互いに興味津々なのは分かるから。

お見合いの進行役か、俺は。


「九条、何かカグヤ君に聞きたいことは無いか?」

「楽器、何使います?」

「使えません」

「……っすか」

会話終了!

こいつらは、あれだな。同類だ。

現代以外で生まれていれば、直ぐに生命維持が困難になる悲しき生命イノチ同士だ。

「あー、逆にカグヤ君は九条に訊きたいことがあるかい?」

「あります。どうして今回の『ビーストソウル』を作り出せたんですか?」

「時間が無くて……」

ド阿呆、動機じゃなくて理由の方だよ。

「あるサッカーの試合を見て閃いたらしい……日本VS中国は見ました?」

「興味が無くて」

「まあ、すごい試合だったんだ。それがインスピレーションになって、一晩で九条は書き上げてきた」

「……すごい」

「そうだろう? 普段はちゃらんぽらんだが、九条の才能は本物だ」

「いえ、すごい試合だったんですね」

「そっちかい」

素で突っ込んじまった。九条の方は、僕が素直に褒めたものだから、でへへとだらしない顔をしている。


「個人的な印象を曲にするのは、僕もやる手法ではある。でも、九条はそこを立体化できるんだ」

「立体化、ですか?」

「僕の場合はフレーズを起こせる。いわゆる二次元的な作曲だね。九条はそれぞれの一パートを書き起こせる。それらを演奏すれば、一曲になるようなモノをね。だから便宜的に立体化、と言ったんだ」

「私よりもずっとすごい」

「比べることじゃないと思うけどね。僕が0から1を、九条は0から2や3を生み出せる。でも君は、九条が生み出したそれを10とか20に拡大できる。それはまったく別種の素晴らしい才能だ。今回は本当にありがとう」


深々と頭を下げる鏡水に、ただカグヤはあたふたする。

自分にはできないことをできる人に、頭を下げられるのは何とも落ち着かない。

もっと言えば、カグヤには求めてもできない楽器の演奏でプロをやっている人たちだ。

この落ち着かなさは、もはや飲むしかないだろう。

ピッチャーが三分の一、減った。

その光景に鏡水は引き、九条は親しみを感じた。

だからだろうか。


「社長、あれ見せたら? 牧場で書いた曲」

と、九条の方から話題を振ったのだ。

お、ちょっとでも距離が縮まるか、とカバンに入れていた楽譜を取り出す。


「これが、僕が書いた方。で、九条が加筆したのがこれだ」

「この時は私と社長のピアノ+アコースティックギターの二部構成。音源もあるよ」

「……聞かせていただいても?」

そう言いながら、背中に背負っていたバッグからノートPCと、タッチパッド端末を引っ張り出した。

何をする気だろう? とは思ったが、音源の入った端末を差し出す。

それを躊躇なくそのPCにダイレクトでブスリ、と接続する。

何のリテラシーも無い行動に、ますます九条とカグヤは同類であるという確信を深めた。

十数分後。


「できました」とカグヤが言った。

最初に九条が、次に鏡水が聴いた。

(こいつは、バケモノの類だ)と二人は戦慄した。

見事に6人構成の音楽に編曲されていたからだ。

なお、世間一般からすれば九条の方もバケモノである。


「僕も、ご一緒しても?」

ジンボが楽しそうな顔をして声をかけた。

実は会場の多くはそのテーブルに注目していた。

プロジェクトの発起人にしてリーダーである鏡水一生。

そして、作曲者と編曲者。正に、今プロジェクトの最重要人物が一か所に固まって額を寄せ合っているのだ。


かくかくしかじか。

鏡水が説明すると、なるほど納得とジンボは頷いた。

「その音源を聞かせてもらえるかい?」

と、聴くこと数分。

「すごいね。大したものだ」

「でも、このアレンジはどうだろう」と。

九条と鏡水をステージに誘う。

「16の頭から、音源通りでお願いします。ドラムは僕の方で」

唐突に始まる演奏に、誰もが目を向ける。

聞いたことの無い曲だったが、何とも疾走感のあるフレーズだ。

そこにジンボのアクセントが味わいを深める。

最後までやり切って、拍手が沸く。

何て曲だ、と、ステージに集まる演奏家たちを鏡水に擦りつけて、ジンボは真っすぐにカグヤの元へ向かい「どうかな?」と尋ねた。

「今の方が良いですね」と、すでに楽譜を書き換えていた。

そのあまりの貪欲さと柔軟さに、ジンボは苦笑した。

(これは、単なるオールスターチームのプロジェクトに留まらないかもしれない。むしろここからがスタートなのかもしれないな)と。


そう、ジンボが予感した通り。

朝改暮令のプロジェクトが始まるのだった。


改まる事、6度。

最終的に『BUSHIDO』という曲がオリンピック公式応援曲として正式採用された。

なお、他プロダクションがその結果に文句を言う事は無かった。

そのあまりの過程の過酷さに、「巻き込まれなくてよかった」とすら思った。

支持者層も批判層も誰からも批判が出なかった。

皆が言った。

「お疲れ様」と。



同じような性質を持つ人間は、惹かれ合うのかもしれない。

『ビーストソウル』の原作者、九条佳苗。

同じく、編曲者、都城月姫。

社会不適合者の、一点極振りの才能。

彼女たちはオリンピック後、コンビを組むこととなった。


“KU‐MI”

そして、公式のグループチャンネルを持つことになる。

世界最高の音楽の才能と、人間失格の二人のチャンネルである。




【ランドール】KU‐MI 6011スレ【コビナス】

テンプレ以下略


投げ銭はする。

しかしファンにはならない。

繰り返す。投げ銭はする。

しかしファンにはならない。


名無しの観客

ファンスレ……じゃない!?


名無しの観客

彼女たちは、こう。

上野動物園のパンダとかを見るくらいの距離で居たいというか……


名無しの観客

投げ銭はするよ?

でも、ファンだと公言したくない


名無しの観客

『BUSHIDO』あたりまでは世界的アーティストだったのに

どうして……


名無しの観客

ブシドーって、元は『ビーストソウル』って名前だと聞いたことあるけどマジ?


名無しの観客

『ビーストソウル』

『東京ビースト』

『池袋Beast』

『オリンピアン』

『TOKYO2020 for THE people』

↓お前らいい加減にしろよ

『SAMURAI』

↓次で最後にしなかったら〇す

『BUSHIDO』


だいたいこんな変遷

証拠は鏡水の公式アカ


名無しの観客

全ての元凶はKU‐MIなんだよなあ


名無しの観客

曲完成

編集が魔改造

それにインスピレーションを受けて新曲完成

編集が魔改造

それに(略


名無しの観客

ただただ可哀そう。

鏡水さんが


名無しの観客

こんなのの総合プロデューサーとか、胃薬がいくらあっても足りん。


名無しの観客

オリンピック後の東谷先生のライブで鏡水先生が出てきたときに、「もう休めー!」とか言われていたのはこれかあ


名無しの観客

そのおかげというか何というか、

オリンピックの公式CDは過去最高の売り上げですなあ


名無しの観客

DLも最高売り上げだな!

なお、曲数。


名無しの観客

アルバムならお買い得!

全32曲や!


名無しの観客

『ビーストソウル』

『東京ビースト』

『池袋Beast』

『オリンピアン』

『TOKYO2020 for THE people』

『SAMURAI』

『BUSHIDO』


『北国の熱闘』

『ラインの果て』

『パワー&パワー』

『追憶』

『後に続く者へ』

Etc.


……ブシドーで止めておいて正解でしたよ


名無しの観客

この二人が組むと、延々と曲を作り続けるという事が良く分かった。


名無しの観客

外国「ワオ! 32曲!? ジャパンは随分と気合を入れたね! どれだけのアーティストを招集したんだい?」


名無しの観客

一組、です……


名無しの観客

控えめに言っても狂っとる


名無しの観客

この二人に『ホース』を振った鏡水氏はどういう心境だったのか


名無しの観客

彼は振って無いぞ。

勝手に作ったんや


名無しの観客

??「社長に恩返しですね!」


名無しの観客

なお、総時間31時間16分である。


名無しの観客

そもそもトラック数がね。

251トラックって、何それ


名無しの観客

九条が冗談で作った楽譜集が広辞苑並みに分厚いんだよなあ……


名無しの観客

公式チャンネルで言っていたやつか。

あれってどこ行ったの?


名無しの観客

社長室


名無しの観客

楽譜台にそもそも乗らない欠陥品よ


名無しの観客

で、ランドール・コビナス


名無しの観客

俺知ってるよ。

これが酔っぱらい三人の悪ふざけで出来た曲だって


名無しの観客

モノは良い


名無しの観客

ジャケットのビジュアルは良い


名無しの観客

なお、中身


名無しの観客

九条

都城

宇田川


清楚だなあ……()


名無しの観客

ライトファン層が最も幸せだって、はっきり分かんだね


名無しの観客

あの頃に戻りたい

純粋だったあの頃に


名無しの観客

紅白にKU‐MIが出るって聞いたとき、ドキドキが止まらなかったもん


名無しの観客

頼むからトークを振るなよ!

絶対に振るなよ! って祈ってたわ


名無しの観客

音楽以外の全てを捨てた女たち


名無しの観客

Mステ放送事故を忘れてないぞ


名無しの観客

「この曲、作るの大変だったんじゃないの?」

「大変でした、ね。ハイ」

「あの時はカップ麺が切れていて……」


名無しの観客

食 糧 難


名無しの観客

タモさんは爆笑していたからセーフ


名無しの観客

セーフか?


名無しの観客

あいつら金だけは持ってるのに何でこんなにひもじいの?


名無しの観客

家政婦雇え

→他人が空間内にいるとダメ


名無しの観客

宅配頼め

→人が来るのが無理


名無しの観客

スーパー総菜でええやん

→カップ麺の方が日持ちするじゃないですか


名無しの観客

そもそも二人とも家事全滅勢なのが致命傷


名無しの観客

炊飯ジャーすら使えない。

電子レンジがギリラインとか原始人か?


名無しの観客

カガ社長が来る時だけ配信できるルールにしたのは英断


名無しの観客

色々とお出しできない状態なんだろうなあ


名無しの観客

めちゃくそテンション高くて草


名無しの観客

「今日は寿司だ。特上だぞ」一人4,000円。

「「えー↓」」


「今日は鍋だ。味わいな」一人600円。

「「わーい!」」


名無しの観客

安上がりなヤツらだ


名無しの観客

寿司は少し(人見知りを)我慢すればいつでも食える。

鍋はカガがいないと食えない。


レア度が違うんや。


名無しの観客

宇田川が二人に馴染めるのなんで?


名無しの観客

こう、同類なんだろ


名無しの観客

伝説の女子会回。


名無しの観客

「手土産を持ってきたぞ」

手作り鹿肉ジャーキー

“コク”一升

生ビールサーバー

その他もろもろ


名無しの観客

男子会でも、もっと慎ましいや!


名無しの観客

おい、これ見ろ

≪公式発表≫


名無しの観客

え?


名無しの観客

マ?


名無しの観客

格付けチェックだと……?


格付けチェックのネタはある。ここに書くには余白が足りない。


追記

ファイルをどこに保存したかを覚えておくのは非常に重要です。

格付けチェックのデータが、どこを探しても無いのですから。

ファイル名は適当につけておくものでは無い、皆様はくれぐれも注意してください。

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