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002 馬/召喚

「馬を見てみないか」

「行こう」


2004年秋。

祖父の紋次郎に連れられて、馬を見に行くことになった。

どうやら紋次郎の趣味らしい。


栗東りっとうトレーニングセンター。

“サラブレッド”なる馬たちがここに集っているらしいが、ワシの興味はそこにはない。


『ワシが生まれ変わっているのだから、愛馬も生まれ変わっているだろう』


つまり、ワシの愛馬である“コクトー”を探しに来たわけだが……。

「おらん……」

奴が居ればすぐに分かる。

そりゃもう、ビジュアルで分かる。

通常の二倍近い巨躯がコクトーだからだ。


落胆するワシに対して、祖父の顔色は良い。

馬好きにとって、馬が近場にあるこの環境は天国だろう。

そうして、ワシは祖父に促されて“キュウシャ”とかいうところに入った。


「お待ちしていました」

そう言ったのは、壮年に差し掛かるくらいの男だ。

優しい目をしている。名は可児塚だ。

「イエモレディーの調子は?」

「はあ、いつも通りです」

そうして可児塚が指さすのは、いかにもジャジャ馬、といった風情の馬である。


「気性難か」

「気性難です」

出してくれ、と言わんばかりに厩舎内で暴れまくる牝馬に、二人は遠い目を向けている。

ワシに任せるがいい。

「まあ、よい。少し話してみるか」

「「え?」」


《よう、レディー。ご立腹か?》

《そうよ! 全くもって不満だわ! こんな迫っ苦しいところに閉じ込めて! 馬の心は無いのかしら!》

《そりゃそうじゃろう。ワシらは馬じゃないからな》

《馬心を知るべきねまったく! って! 何で喋れるのあなた!?》

《貴様の言うところの“ニンゲン”は、多くの分かれた言語を話すのじゃ。その中で馬の言葉も含まれる、という事じゃな》

《フウン? でも私の言葉を理解できるのはあなただけじゃない》

《そりゃ、ワシが特別だからじゃな。一千頭の馬の中で過ごした経験がある》

嘘は言ってない。一千頭の馬(ケンタウロス族)に弓矢を向けられた状態で和平交渉に赴いたからな。


《アッハハ! それでどうなったの!?》

《最終的に和平は成立した。奴らの族長の体重と同じ量の酒を飲み干すことによってな》

《できたの?》

《馬鹿にするな。たかだか550キロ(約555リットル)くらいの酒を飲めないでどうする》

《馬鹿だね~そんな法螺話、信じないよ》

《法螺でも与太でも良いが、ニンゲンが馬と喋るにはそれだけしなければならんのだ》

《じゃあ、みんなすればいいじゃない》

《普通は死ぬから誰もやらん》

《でもあなたは死んでないじゃない》

《死んでないからここにいるだけじゃ》


その様子を見ていた紋次郎と可児塚は仰天である。

「喋ってるよな」

「喋っている、ように見えます」

「お前、この事は」

「口外しない、と約束しますが、隠しきれますかね?」

「……無理だろうな」

「でしょう。レディーが馬とコミュニケーションを取れる以上、どこかでバレますよ」

「『私と話せる人間がいる』ってか。繊細なサラブレッドにとっては生命線だろうな」

「不調とか不満を伝える手段がある、と言うのは大きいでしょうね」

「怪我の予防にも繋がるし、疲労具合の確認やメンタルケアにも使える。もし本当に馬と会話できるなら」

「ええ、競馬関係者なら、どれだけの額を出しても欲しい人材でしょう」

「とりあえず、すっ呆けるか」

「ええ、すっ呆けましょう」


そうは問屋が卸さないのが人生である。


すっかりとモモを気に入ったレディーは。

とにかく乗って行けと騎上に誘ったのである。


伊右衛門百々、五歳。

ジョッキーデビュー(仮)である。

天神乗りだが、五歳児の体重なんぞ在って無いようなものである。


《どうよ! この加速!》

《まだまだじゃ。我が“コクトー”に比べればニンジンと鉛筆じゃな》

《何よそれ!?》

《む、この比喩はこちらには無いか。月とスッポンじゃ》

《だから何よそれ!?》

《……貴様と比べて、コクトーが非常に優れているってことじゃ》

《何おう! もっと加速するわ!》


イエモレディーはオーバーワークした。


《馬鹿者、足を折る気か》

《本気で走ったのが初めてだから、ワタシは悪くないわ!》

《アホたれ、サボっていただけじゃろ》

《むぐぅ》

《ほれ、今回は治してやるが、鍛錬は真面目にやれ。あそこの青い方のニンゲンの言う事をちゃんと聞くんじゃ》

《……あんたは、もう来ないの?》

《来るぞ。そこそこな》

《じゃあ良い。たまに顔出してね》

《おう》



そんな様子を見ていた人間がいた。


調教師、池川である。

今年入った“ディープインパクトー”号の手ごたえは、自分が手掛けていた中で最も良い。

だが、自己主張が少ないのは、やや恐ろしかった。

『もしかしたら、レースでは走らないのでは?』という不安である。

SSサンデーサイレース産駒としては、多少の手応え(気性難)くらいが丁度いい。

十分に日本競馬に脳が焼かれている人間の一人であった。


「すみません」

「ああ、池川先生ですね。伊右衛門、紋次郎です」

「どうしたんですか池川さん」

いきなり他陣営から声を掛けられれば、身構えるというもの。

特に、モモの特殊能力を隠蔽しようと思っているのであれば猶更である。


「いえ、ちょっと見ましてね」

見ましてね、が怖いのだ。何を聞いてくるのか。

「率直にお願いしますと、ウチのディープに乗ってくれないかと」

「いやいや、池川さん。鞍上は無理ですよ」

「そりゃそうでしょう。彼、今何歳ですか?」

「モモは今年で五歳だ」

「五歳!? ……鞍上ではなくてですね、ディープを解してほしいんですよ」

「ほう?」

「おそらく、来年はディープの年になる。その力量はありますが、如何せん」

「分かりづらい」

「その通りです。耳に入ってましたか」

「トレセンは狭いからね。ポテンシャルの高さも、気性もある程度は噂になる」

「で、どういう事です? 池川先生」

普段、自らが“先生”と呼ばれる立場の人間モンジロウに、先生と呼ばれるのは相応に威圧的である。だが、池川としては“そんなこと”はどうでも良いのだ。


「ディープに知って欲しいんです。“他者”ってやつを」

「どういうことだ?」

「彼は汗血馬ならぬ完結馬です。自分一頭で完結している馬なんです」

「孤独か」

「そこを解してほしい、と思うのは調教師の驕りでしょうか?」

「いや、私も度々、傲慢になる。妻が居なければ人生は破綻しているはずだ」

「では、決まりですかね」


《さて、お前がディープか》

《お前、誰? 何で僕と話せるの?》

《話せるヤツもいる、で良かろう。詰まらんか?》

《ああ、黒帽子の差し金か。でも、別にいいさ》

《ふうん?》

《僕は勝つ。その未来に変わりはない。勝ち続けて、君らの“レール”に乗るとしよう》

《世界相手に勝てるのか?》

《……世界?》

《日本一の馬で良いのか? それでは所詮、極東の一部で伝説になるだけじゃ》

《別に良いよ。伝説になりたいわけじゃない。勝って、僕が生き残ればそれでいい》

《勝ち続けて、な》

《……何が言いたいんだ、話せるニンゲン。まるで僕が勝てない相手がいるみたいじゃないか》

《仕方ない。貴様に負ける勇気はあるか?》

《え?》

《“コクトー”は可哀そうなので、“エリン”を呼ぶとするか。とりあえずコースへ行くぞ》

《ちょっと、待てって。……力強ッ! え、僕、馬なんですけど!?》

《たかだか500キロ弱が囀るでないわ。こっち来い!》

《イタタタ、しょうがないから行くよ、もう》


練習用のコースにディープを連れ出すと、召喚魔法を行使する。


召喚魔法、と言っても本体を呼び出すモノではない。

召喚契約を結んだ対象の、所謂“アバター”を呼び出すモノである。


因みに本体そのものを呼び出したい場合には召臨魔法という別系統の魔法になる。


今回の場合で言えば、前世の召喚契約を結んだ対象は全て呼び出せるが、召臨魔法は使えない。


転生と同時に魔法名(魔法契約時の署名)がグスタフからモモに切り替わっているためだ。

こちらから呼ぶことはできても、相手がこちらに答える経路が迷子になる。

こちら風に言えば、自分がメールアドレスを変えた状態と言えばおそらく伝わるだろう。


召喚魔法を使えるのは、召喚対象の情報をこちらが持っているからだ。

こちら風に言えば、データのコピーを任意で使える状態、と言えばおおよそ正しいだろう。


《エリン、挨拶は、まあ無理だな》

《……》

《見てくれから、只ならない雰囲気の馬だね。君の馬かい?》

《まあ、そんなもんじゃ。間違っても害意は出すなよ》

《出すと?》

《貴様が死ぬ》

《死ぬ!?》

《ああ、正確には“天に召される”じゃな。天生馬エリン、天使と馬の性質を併せ持つ♠》

《え? 何? 僕が勝ってもゴキゲン次第では死ぬ感じ?》

《ああ、それは無い。“本気で走らなかった”と“害意を持った”以外に即死トリガーは引かないはずじゃ》

《即死トリガー、って何?》

《大丈夫、たびたびワシも引かれとるけど、遅延復活魔法でピンピンしとるから》

《ニンゲンは分からないけど、喋ることができても理解できないって理解したよ》


ディープ勝負中……


《……ブハア! ゼーッ ゼーッ! 負け……た……?》

《おう、ナイスガッツじゃ。エリン相手にクビ差は大したもんじゃ》

《くぁー! 悔しいッ! あともう少しだったのに!》

《まあ、エリンの機嫌が良いから結果プラスじゃな。馬神の加護が付いたわ》

《そんなことは良いんだ。勝てない相手と闘わないと!》

《ほう、良い眼をするようになったな。次はこいつ。スターウェイじゃ》

《……即死とかないよな?》

《無い。が》

《が?》

《ヤツは獣人族の天上態、いわば元祖獣という存在じゃ》

《全く分からん。理解できるように頼む》

《ざっくり言えば、この世界にはウ○娘というゲームがあるじゃろ?》

《知らん》

《そうか。とにかく、元祖帰りした知性のある獣と考えておけばええ》

《分かった。つまり普通の競馬だね》

《違うぞ?》

《?》

《“敗者には死を”が元祖獣の原則じゃ。惜敗以上が生存ラインじゃな》

《クソッタレ……!》


ディープ勝負中……


《……ッ! ッブハア! ……ハア!》

《おう、最終関門のセイカーも突破したか》

《……蹄から火が出る馬は流石にナシでしょ?》

《安心せい。こっちの競馬では今までの馬は漏れなく全頭出走不可じゃ》

《それを聞いて心底安心した。空を飛ぶ馬とか卑怯すぎだ》

《いい感じに感覚がマヒしてくれて幸いじゃ。エリンとかどう思う?》

《まともな競馬をしてくれる良い馬じゃないか? 美人だしな》

《もう戻れないくらいに常識が破壊されとるな。丁度良い》

《? 今更、何が出てくるんだ?》

《真の最強を見せよう。出す気はなかったが、気が変わった。ビシバシしごいてやるわい》

《へえ?》



《召喚獣“コクトー”! 眼前に姿を見せよッ!》


当然の如く、ディープはズタボロに負けた。



《キッツ! 本当にキッツいよ!》

《はは、どうじゃワシのコクトーは》

《全然、追い付ける気がしなかった……ッ! 垂れる気配も駆け引きの気配もない、そのまま能力差でぶっちぎられたって感じ……!》

《まあのう、そういう指示で走らせたからな。なあ、競馬はこれでも面白くないか?》

《今それを聞く? すごく悔しい、でもそれ以上に楽しいよ》

《ほうほう、それは良かった。今年貴様はデビューするみたいだが、できるだけ見に来るからな》

《本当?》

《嘘を付いてどうする。仮にレースで貴様が不甲斐なかったら、また地獄の特訓コースじゃ》

《手厳しいね。でも、地獄の特訓じゃなくてもエリンとコクトーとはまた走りたいな》

《どうしてじゃ?》

《あの二頭は普通に競馬してくれるし……何より楽しかったからだね》

《そうかそうか! ま、時折レース以外でも様子を見に来るから楽しみにしとれよ》

《いつでも来てよ。待ってるから。あ、そうだ》

《ん?》

《まだ君は僕に乗ってないじゃないか。ほら早く》

《そうじゃな。クールダウン代わりに流してみるか。回復魔法を垂れ流しながら、な》


未来の伝説の名馬と、五歳児はそうしてゆっくりとした速度から走り出した。


「いやー、人馬一体ですか」

池川は傾いた夕日で赤く染まる顔で、感嘆するように言った。

「鞍、鐙、手綱なしで天神とは言え良く乗れますね」

可児塚も、それに眩しそうな視線を向けている。

「良い光景じゃ」

祖父の紋次郎もご満悦である。

「いやはや、僕の鞍上を取られちゃったかな?」

知らない男の声である。


「え、アッ! 猛騎手!」

「はい、騎手の猛です。皆さん、何をされていたんですか?」

「ちょっと、ディープの調教ですかね」

「あの子が?」

「まあ、話してみれば、すぐにわかると思いますよ」

「そうですか」

しばらく、猛を含めた大人四人で悠然と走る人馬を見つめる。

やがて、厩舎前にモモとディープは戻ってくる。


「おうおう、ディープ。今日はここまでじゃ」

「お疲れさん、いい騎乗だったよ」

「池川先生か。ディープも、まあヤル気は出たと思うぞ」

「見ればわかるって、どう? ディープは?」

「まだまだの馬じゃな。資質に関しては先生も疑っておらんじゃろ」

「そりゃあね。だからこそ不安だったからお願いしたんだ」

「ケツを引っ叩いたら、この通りじゃ。あとはそこの兄ちゃんの仕事じゃろ」

「兄ちゃんって」

「年齢を考えると兄ちゃん呼びはちょっと嬉しいかな。騎手の猛です」

「伊右衛門百々じゃ。鞍上が伝説の騎手とは、ディープもラッキーじゃのう。ほれ、挨拶せい。お前の戦友じゃぞ」

そう声を掛けると、ディープは嘶き、猛に一礼する。


「えっ、もしかして本当に挨拶した?」

「まさか」

「と言いきれないのがモモだな」

「もうこの際、猛騎手も巻き込みませんか?」

「異論はないな。どのみちディープに関係する以上、遅かれ早かれバレる」

「競馬界の顔ですからね。味方につけて損はないでしょう」

「皆さん、何の話ですか?」


説明中……。


「馬と会話を……? 本当ですか?」

「信じられないのも無理は無いですがね、論より証拠でしょうか」

「では……そこから三歩右に歩いて、その後で二歩下がってもらえるかい?」

「……指示通りだな」

「信じられない。信じられないけど……信じたい僕もいる」

「そこはおいおいで良いでしょう。モモ君、ディープは何か言っているかい?」

「ちょっと待て。ディープ、何か言っておきたいことはあるか? そうか」

「何と?」

「黒帽子……池川先生の事じゃな。汗臭いのは良いけど、たまに変な匂いをさせるのを止めろと。消臭スプレーか何かか?」

「心当たりはある。分かった、やめておく」

「モモの匂いに近い爺さん……は紋次郎じゃな。ありがとう、と言っとるな」

「なんのなんの。ワシも楽しんだわ」

「最後は猛騎手じゃな。……全戦無敗、世界一になる、とのことじゃ」

「ハハハ! こちらこそ宜しくな! 戦友!」

そうして鼻先をナデナデする。ディープもまた、嬉しそうに目を細める。

「で、可児塚先生じゃが……何もない」

「え?」

「おっさん誰? じゃそうじゃ」

「ホント?」

「おっさん誰? じゃ」

一番に噴出したのは池川だった。堪えきれなくなって、次に猛が、最後に紋次郎が笑い出した。可児塚はしばらく放心したが、やがて場の空気に流されて苦笑した。


「さーて、誰か知らないおっさんじゃない方の先生、ディープの初戦はどこじゃ」

「ブフッ!」

「もう勘弁して……」

「僕も聞きたいですよ。誰か知ってる先生」

「ブフッアッ!」

「もう止めろ。池川先生が使い物にならん」

「ゲフンゲフン……ステップレースを使いながら年末のホープフルを狙う予定だ」

「ほう、という事は?」

「ああ。猛騎手の“最後の一冠”を取りに行く」

「これは気合が入りますね」

「ところでレディーの方は?」

「レディー?」

「私の所で預かっているイエモの馬です。イエモレディー。ディープの同年代ですね。ちなみにモモが騎乗済みです」

「モモが……これは強敵になるかな?」

「いや、牝馬だからな。クラシックは完全に別路線だろう。可児塚先生、レディーのローテーションはどうなりますか?」

「来年始動で、初GⅠは桜花を目指す予定です。なので、ディープが恐らく牡馬三冠を目指すのに対して、こっちは牝馬三冠路線ですね」

「おそらく、じゃない。モモが言っていたが、ディープは無敗を目指す馬だ。“無敗牡馬三冠”。大前提としてここは譲れない」


そうして、ワシらは分かれた。


イエモレディー。

伊右衛門紋次郎と、可児塚。


ディープインパクトー。

猛と池川。


両陣営は、ひそかに思っていた。

((モモがウチの専属になればなー))

と。


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