016 卒業/映画
2011年 9月
ワシらスタンドバイミーな五人組は、(ワシを除いて)無事に夏休み期間内で日本に帰ってきた。
多くの名刺と、紹介状を手にして。
それは良い。
だが、問題はヤダルから提示された。
「お前ら、パッと見たけどよ。あっちの学校に行くこと前提じゃねーか? その書類」
ナカヒラと鬼龍院は、その時点で心が折れた。
彼らが通っている公立小学校に、それらを解決する方法は無いからだ。
だが、腐ってもワシらはインターナショナルスクールである。
世紀末私立小学校である。どうにかなるだろう、と。
新学期早々、担当教員に相談した。
結果は……。
「ジョシュア君はギリギリ行けるかも知れません。ボンゴ君は、語学だけなら十分視野に入りますが、それ以外が壊滅的です。モモ君、全てを共通言語()で解決するツケが回ってきましたね」
ワシに関しては、今まで何日欠席してると思ってるんだお前、という特大の冷笑である。
コネはあるのに、頭が足りぬ。
名刺等々を渡してきたオエライサンは思っていたのかもしれない。
『こんなところで遊んでいるのだから、学業的には楽勝だろう』と。
そいつらが、そろいも揃って、やってこないのである。
肩透かしも良いところだろう。
まあ、それは相手の問題であって、こちらの問題ではない。
そう、言い切れれば良かった。
ジョッシュが見せてくれたスクリーンショットを見なければ。
U-12スペイン代表であったレタール君は、ジョッシュに甚くご執心であった。
彼が所属するバロサの練習場でも積極的に話しかけていて、彼の頭の中では、チームマネージャーがバロサの紹介状をジョッシュに手渡した瞬間に、新学期からのチーム加入は確信と化していたらしい。
9月。
新学期になっても。
ジョッシュが練習場に来ない現実を目にするまでは。
メンヘラ彼女もかくやと言う、連続メッセージの濁流である。
ワシはそれを見たとき、来年度入学と言う、悠長なことを考えから捨てねばならなくなった。
年明けくらいに、最悪でもこちらの卒業式が行われるシーズンにでもジョッシュを入学させねば、親友はピッチ上で背後からナイフで刺されて天に召すかもしれない。それくらいの熱量を感じた。
「それを言ったら、お前らも行った方が良いぞ」
とはジョッシュの言である。
中平はレジョアネが、ワシはギザースが、鬼龍院はレファールが待ち受けているとのこと。
レファールは、そもそも他のチームであったが、どうもU-12五人衆がバロサの所属になるらしいという噂を聞いてか、元チームの“オーナー”と、殴り合いの喧嘩をして飛び出して来たらしい。
監督、ではない。オーナーである。
ただそのオーナーも、将来的なレファールのプロ所属を約束することを条件に承諾するのだから、いかれている。
いや、レファールを所属させているのだから、それはもはや、いう事ではないのだろう。
だが、ハードルはやはり、ワシらのアタマである。
中学受験の準備すらしていない小学生のサッカー少年共に、『年明け試験だからよろしくね』とは、非常に馬鹿馬鹿しい。
自分の事を棚に上げて悪いが、ナカヒラと鬼龍院は、特に絶望的だ。
だが、ワシが地獄を見る以上、一蓮托生と言うものである。
先生は、モダとアルスという、もはやいつもの外交メンバーである。
ヤダルは外した。
天才肌に人を教える才能は無いと、一回目の授業で確信したからだ。
「答えは15°だ。次」
「は?」
「見れば分かるだろ」
こんな授業をされたら、誰でもそうなる。
モダもアルスも、ある程度“人の”レベルに合わせてくれる。
非常にありがたい。
語学には滅法強く(モダは獣神なので、無数にある言語形態を知り尽くしている。アルスは契約神なので、文法に一切の狂いが無い)。
子供に優しい(非常に重要な部分だ)。
だが、理数系に関しては、やや不安の残る陣容でもある。
モダは獣医として名を馳せてはいるが、医学者ではない。
科学知識や医学知識ではなく無尽蔵の経験則で命を救っているのであって、理学的なバックボーンが無いのは頷ける話である。
アルスは文言に含まれる矛盾や、意志者の発言に虚偽が無いかどうかの判定が主たるオシゴトであって、論理学的な講義をすることはできるが、数学的な部分で講義をすることは難しい。確率論を、未だに彼女が一切信じていない事を鑑みると、さもありなんである。
例えば、アルスに『サイコロを振った際に1の目が出る確率を求めなさい』という問いが出されたとしよう。
すると彼女は、『振るサイコロの実物を下さい。重量比その他、一切のイカサマが存在しないことが、その問題文には記載されていません』と言う。
例えば、アルスに『三つのリンゴを三人で分ける場合、一人当たりの個数を答えなさい』という問いが出されたとしよう。
すると彼女は、『分ける三人の続柄、及び関係性を正確に答えてください。また、過去の判例に基づいた分割基準も準備してください』となる。
角度や面積を求める幾何学的な問題、もしくは、Aはいくらになるか証明しなさい、と言った論理問題では非常に優れた教師である。何故なら、問いが明確であり、実物的ではないからである。
阿保が、『300㎡の二倍の600㎡なので、工事費用も二倍ネ』と言った時のアルスの“こんなバカを見たことが無い”という顔が今でも忘れられんし、そんな顔をされたボンゴの常識を全否定されたような顔も忘れられない。
ワシは、それらの問題を捨てることにした。
もはや、時間の方が優先事項である。
最悪、語学さえできれば、もしかしたら何らかの優遇で拾ってくれるかもしれない。
それさえ分かれば、あちらでの勉強で困ることも無いだろう。
9月からの年始まで、ワシらの激辛塾は語学7:その他3くらいの割合で進んでいくこととなった。
嘘を言った。
語学9:その他1くらいである。
ちなみにボンゴとジョッシュは、アルスを師匠と呼んだ。
嘘を見抜き、相手を納得させ、敵を幻惑する交渉術と多言語を学んでいたのだ。
授業内容を傍から聴いていたナカヒラは、
『ここってスパイ養成所だったっけ』と呟いた。
2012年1月。
一足早い、別れの季節である。
ジョッシュとボンゴとワシと。
江南小学校を旅立つ時が来たのだ。
校長室で、たった三人だけでの卒業式。
そうは問屋が卸さなかった。
日程を知った運動部が、音楽部が、インドア部が、帰宅部さえも。
生徒会に当日の授業ボイコットと、卒業式への参加を投書したのだ。
自分たちも参加したい。もはや止められぬ流れである。
めでたく、ワシらの卒業式は、“何故か”江南小学校第一グラウンドで行われることとなった。
何故か。
『――以上を持ちまして、卒業証明書授与式を終了します』
というアナウンスは、一呼吸の後、言い放ったからだ。
『――そして、生徒会より、卒業記念式です』
何となーく、参加生徒が制服ではなく運動着の時点で察してはいた。
『投書件数、満票に欠ける事、無投票1。よって、生徒会執行部より』
『伊右衛門百々VS全校生徒の試合が開始されます』
『なお、試合開始は十分後となります』
『生徒陣営は西側に、伊右衛門百々は東側に陣取り、合図を待ってください』
“満票に欠ける事、無投票1”
つまり。
「悪いな。モモ」
「誰よりも君と戦いたいのは、僕たちネ」
ジョッシュもボンゴもあちら側である。
ブルータス、お前もか。
そんな気分ではあるが、手を抜くことは無い。
「かかってこい、小僧ども」
ワシが突き出した握りこぶしに、奴らも拳を突き合わせた。
敵味方。
悔いは無し。
「久々に、ちょっとした本気を見せてやるか」
伊右衛門、百々。
伝説に残るであろう、その名前。
「ボンゴ、お前はどうする?」
ジョッシュは、敵陣にたった一人残る親友を見た。
大胆不敵。
来るなら来い、とばかりに、仁王立ちである。
「モモ次第ネ。モモが、この状況で、“つまらない”事をするはずが無いかラ」
その意見には同意する。
大本命は、正面突破だ。
最も、敵の人数が多いから。
ボンゴは思考した。
モモという人間?が、どう動くか、そして、こちらの勝率はどの程度あるか。
(勝てない)
それは良い。だが、問題はそこには無いのだ。
(モモの喉笛に、噛み傷程度でも残す方法は無いか)
“最良の万能”と、後の世に名を残すボンゴは、脳みそを最回転した。
「「槍陣形」」
ジョシュアとボンゴは、同じ解を得た。
体育会系は、その解に全面同意した。
結局のところ、伊右衛門百々相手に、“一瞬でも”勝る瞬間を作らなければ、勝てないという着地点では、同じなのだ。
時間が来る。
東陣。
ただ一人。
伊右衛門百々は、朗々と。
「諸君らが、ワシを討ちに来る」
「素晴らしい光景だ」
「諸君。ワシは生徒会書記ではない」
「今は」
「貴様ら全員をしても勝てぬ、たった一つの壁」
「永遠に、貴様らの壁であろう!」
「かかってくるが良い! 勇士共!」
何か煩いなあ、と思った。
会場には、保護者がわんさか居る。
何だったら、浦野の野郎も、近隣の学校生もいる。
その保護者も。
結局、皆が見たいのだ。
バカ騒ぎを。
俺だってそうだ。
ずっとずっと、続いてほしい。
「伊右衛門百々」
「我が、親友」
「貴様は、強すぎた」
「よって、判決を下す」
「“強すぎ死刑”!」
「貴様は、いきすぎたのだ!」
「ここで、首の根を絶ってやる!」
「者共、士気はあるか!」
「覚悟はあるか!」
「最後に」
「奴に未練は無いか!」
「俺はある! さあ、殺しに行くぞ!」
超、短期決戦。
個人対、槍陣形。
逸れる者なし。
逃げる者なし。
明快な一人を“ぶっ殺す”べく、皆が徒を揃えるのだ。
一人。
その一人は哂う。
「来い」
「ワシを討ってみるがいい!」
2012年2月。
見事に、“伊右衛門百々VS江南小学校”の動画はバズッた。
見に来ていた大人が動画を撮影し、
文化部が編集して一編のショートムービーに仕立て上げたからだ。
その妙にコミカルな編集が受けて、見事にミリオン動画である。
江南小学校側が連携を乱さなかったのも、運動部連のエースたちが一騎打ちを仕掛けたのも、ジョッシュとボンゴの計略がハマり戦術的には圧倒的勝利となっていたのも実に高評価である。
ワシは勝ったが、それはそれとして、知名度の貢献という意味では負けた江南小学校に軍配が上がるだろう。
圧倒的な魔王には、ファンが付かないのだ。
立ち向かう勇者にこそ称賛が集まるのだ。
最後のシーンで、ジョッシュが自らを囮にしてボンゴを本命にしたのも聴衆の心を打ったのかもしれない。
敢えて最強を囮にする、という構図。
必殺不可避の局面を描き出した、最高のシチュエーション。
それをしても尚、超えられない人外。
だが、それでも動画は、勇気を与えるのだ。
彼らの心は折れていないからだ。
「すみませーん!」
スペイン。バロサの練習後。
ジョッシュとボンゴは日本人に声を掛けられた。
日本語を聞くと、懐かしいのでつい振り返ってしまう。
「今、お時間よろしいでしょうか?」
「要件次第だな」
男は中肉中背。鍛えている様子もない。
サッカー関係者ではないと判断したが、そもそも彼の素性も分からない。
「君たち、映画に出てみないか?」
単刀直入に、その男は言った。
ハリーポッターみたいな映画を作りたい。
彼のボスはそう言ったらしい。
中々に抽象的なお話であるが、とにかく聞くことにした。
金はあるが、いかんせん、アイデアが不足していること。
そもそも脚本すら無い事。
おいおい、企画倒れだろそれ。
「で、なんで俺らなんだ?」
「ハリーポッターも、一学年から始まったからね」
要するに、年齢的にはフィットしているとのことだ。
それ以外の条件は一切満たしていないように思えるが。
「語学も問題なしで、容姿も問題ない」
そりゃあ、俺とボンゴはその通りだがな。
「質問ネ。モモにはこの話は?」
「していない。主人公のパーティーに、ヴォルデモートよりも強い人間を配置するわけにはいかないじゃないか?」
「「確かに」」
もうモモ一人でいいんじゃないかな、となれば、全く緊張感のないコメディー映画にしかならないだろう。
「ボクらにメリットは?」
「チームにはメリットを提示できると思う。何だったら、君たちのチームメイトを映画に出せる。宣伝効果だ」
「ほーん……」
損得のそろばんを弾いた。
悪くない。
仮にこの映画がヒットすれば、俺だって客寄せパンダくらいの価値かもしれないが、トップチームに参加させてもらえるかもしれない。
「OK。このまま監督室に行こう。上司も呼んでくれた方が良いかもしれない」
「ジョッシュがそう言うってことは、利はありってことネ」
「ありがとう。いくつか聞いておきたいこともあるんだけど」
「監督だって暇じゃないんだ。時間つぶしでいくらでも聞いてくれ」
男は田向と言った。
上司は長内と言った。
俺らは日本語で喋くっている。
それくらいの時間だ。少なくとも二時間は喋っているだろう。
監督は暇じゃないと言ったが、オーナーまで出張ってくるらしい。
その時間つぶしである。
「最後に戦うのは……」
「両親の仇、ではあっちと同じだろうな」
「小悪党ではどうしようもないな」
「主人公の父親、は無いネ」
「スターウォーズと同じじゃねーかボンゴ」
「言ってみただけヨ。テンプレってやっぱりテンプレになるだけの魅力があるネ」
「親、兄弟、ライバル。身近だからこそ、敵役にインパクトが出るな」
『ん? 何してんだ我が友』
『レタール。まあ、俺たちが出るかもしれない映画の話だ』
『んん? いつからジョッシュは映画俳優になったんだ?』
『お前もこれからなるかもな。まあ聞けよ……』
映画同盟に一人追加だ。
『ふーむ……事態は把握したが、キャストも脚本もストーリーラインさえも不透明とはお粗末極まりない』
『言ってくれるな。何か知恵は無いか?』
『つまり、魔法を使って長編のストーリーがあればいいんだろう?』
『できるのか?』
『二番煎じになるだろうな。トップチームの方々に声を掛けても、それは所詮“有名人がハリーポッターもどきを演じました”になるだろう』
『厳しいネ。だけど、的確ネ』
『そもそもだ。サッカープレイヤーを使う必然性を感じないな』
『うぐッ』
「彼は何と?」
「二番煎じになる。サッカープレイヤーを使う必要性に疑問を持っている、と」
「確かになあ」
「……なあ、僕の意見が可笑しかったら言ってくれないか?」
田向が口を開いた。
「魔法界に、“サッカーを持ち込む少年”が主人公でどうだろうか?」
「すでにクィディッチがあるのに? 地上で球を蹴る競技が魔法使いたちの琴線に触れるとは思わないね」
「確かにその通りだ。だけど、障害物があれば? 魔法攻撃が許可されていれば?」
「それは単なる模擬演習ネ。ボールの行方を追う必要が分からないネ」
『いや……』
口を開いたのはレタールだ。
『“あり”だ』
『例えば、ジョッシュが主人公で、練習中に魔法の素養に気が付いてしまう。魔法学校に入学させられてしまうが、サッカーの事は忘れられない。そこで、マグル出身のボンゴが声を掛ける。たった二人で、魔法学校の非公式クラブの“サッカークラブ”を作ってしまう』
『当然、クィディッチ派閥からは馬鹿にされる』
『なまじ、ジョシュアもボンゴも箒の適性があるものだから、自寮のチームに入れておきたいという思惑も絡んでいる。“下らない”サッカークラブを辞めて、さっさとこっちに来いと』
『だが、サッカークラブは新人部員を次々と獲得していく。マグル生まれはやはり、サッカーを忘れることができないからだ』
『やがて、サッカークラブは “寮の垣根を越えて” マグル出身を吸収していく。それを危険視した派閥が、サッカークラブ解散を賭けて勝負を挑みに来る』
『……クィディッチで、だ』
『そこで、サッカークラブは勝つ』
『サッカーの戦略で』
『その間、賢者の石が狙われているらしいが、そんなことは知らん』
『スペイン魔法学校では、サッカーが勝つのだ』
秀才が提案した第一部のストーリーラインは、そのまま採用された。
結果としては賛否両論である。
原作主人公が命張っている時に、サッカーしているのか
という、意見もある。
ヨーロッパの安全とか、考えてないんですかね
という、意見もある。
だが、作品としては成功しているのではないだろうか?
原案を出したレタールは、それはもうウキウキと主人公のライバルキャラを演じていた。
ボンゴを突き飛ばしたシーンでは、本気の殺気を感じたと好評である。
唯一の悪評は、主人公にヒロインを付けたことである。
“男三人の中に不純物が混じっている”
という、そこそこ地位のある人間が放った発言は、まあ酷く爆裂した。
レアロのオーナーの伯母上であり、なおかつスペイン王の妹である。
なお、ヒロインを演じていたのがオーナーの姉の娘であって、現在内紛中であるらしい。
オーナーはひどく疲れた顔をしていた。
そういう外部の炎上もあってか。
件の映画は商業的には大成功を収めた。
2013年 12月
ワシは悪友のギザースと共にスペイン映画祭の会場に来ている。
『窮屈なものだな、スーツってのは』
ギザースはいわゆるフィジカルギフテッドというやつで、加えて成長期を迎えている。
日々膨張し、強化される体格では、実に窮屈だろう。
『ま、そういうな。こういう場に慣れるのも、一流には必要な経験じゃ』
『そうだな。バロンドール授賞式では、みんなスーツだもんな』
その一言で納得するのだから、素直な少年ではある。
今年の映画祭は立食形式である。
各テーブルには様々な料理が並べられ、ところどころに設置された円卓では思い思いに会話と飲食を楽しんでいる紳士淑女が着座しているのである。
(幾人か、ギザースを狙いに来ているな……)
招待の権利を使って、サッカー関係者もまた、会場にはチラホラいる。
このままワシらがトップチームに上がれば、
変態キーパーを除いたU-12を散々に荒らした面子がそのまま昇格することになる。
そんな地獄絵図を見たいとは思わない。
バロサ関係者以外は。
なお、モモ本人は意識しなかったが、
ギザースと共にいるモモもまた、そのターゲットである。
『それじゃ、俺は食い物を取ってくる』
『いや、ワシも同行しよう。もしかしたら交渉が必要かもしれん』
『そうか、交渉か。どこも変わらねーな』
ギザースは、前世のモモと似たような境遇からスタートした人間である。
半分スラムの片隅で産声を上げ、暴力を日常的に振るう親父を拳で反撃して家を追い出され、孤児院で育った。
孤児院でもまた、数々の嫌がらせを受けたのを、拳を使い続ける日々である。
平民スタートで国家の英雄となったモモもまた、数々の問題を拳で解決した人間であって、精神的には兄弟のようなものであった。
人とは、何とも数奇なものである。
だから、美味い飯は貪欲に食いまくる性質も似通っているのである。
『うめえ! こっちも美味え!』
『本当じゃな! さすがじゃのう!』
成長期のバケモノが二人。
それも、貪欲精神が心の芯まで染み付いている少年二人である。
しかも、タダ飯だ。
バキュームカーか? というくらいに、彼らは食いまくっていた。
その光景は、ホストのオジサンたちに火をつけた。
お上品な会食を想定していた。それを用意した。
だが、あれだけ『旨い旨い』と言われて、火が付かないわけが無かった。
『『ありったけ用意してやれ!』』
映画祭の裏では、厨房の戦争が始まっていた。
映画に巻き込まれた主演三人は、会場に着くなり大量のフラッシュに出迎えられた。
『本当は、サッカー選手としてこの光景を見たかったよ』
とジョシュアは冗談めかして言った。
『いずれ、そうなるネ』
とボンゴは自信ありげに口にした。
『これもまた、僕らの道の第一歩さ』
とレタールは冷静に返した。
本会場である会食会場に足を踏み入れれば、
不思議なほどに三人には注目は集まらない。
彼らの視線の先では、
フードファイトじみた光景が繰り広げられていた。
『何してんだ、アイツら』
と、レタールは本気で呆れた。
『ハハハッ、文字通り食われたネ』
と、ボンゴは嬉しそうに言った。
『本当に……馬鹿だよ』
と、おそらく不本意であった自身の心境を察してバカやってる親友に、内心でジョシュアは感謝した。
二人の“食の暴力”を見ていたサッカー関係者は戦慄した。
類稀なる身体能力を持つ、モモとギザース。
大量の食事を摂取する、というのも、才能である。
これから肉体成長のピークまで、彼らがこれだけの食事を食らい続けるのであれば。
それらを全て、血肉に変えることができるならば。
(こいつらが、ヨーロッパを蹂躙するだろう!)
改めて、危機感を覚えることとなった。
とはいえ。
本題は、スペイン映画祭である。
『ふう、食った食った』
スーツが可哀そうになるくらいに全身が膨張したように思えるギザースは満足げに水を飲んだ。
(こいつ、一回り大きくなってないか?)
レタールはそんなギザースを見て、戦慄する。
(食った端から消化して血肉にできるのか? こいつ本当に僕と同じ人間か?)
「モモ、そんなに食って大丈夫か?」
「心配するな、腹八分目じゃ」
「そこまで信用できない腹八分は見たこと無いネ」
日本組がそう言うのを、レタールは聞いた。
(あれで、腹八分? 僕の日本語辞書の定義とは違うぞ……?)
以降、レタールの日本語学習は加速することになる。
『さてさて、ジョッシュ達の映画は見たが、面白かったぞ』
『ああ、スカッとしたな』
モモとギザースには好評である、僕らの映画。
原案も、脚本も、ほぼ僕が担当していたので実質、僕の映画だ。
あの規模の映画をごく短期間で作り上げて、ものにできたのは、監督とボスの金とコネと有能なスタッフによるところだ。
映画を褒められると、特に最も嘘やおべっかを使う事が期待できない二人に言われると、素直に嬉しいものだ。
『次回作、レジョアネは出たいと言っていたよ』
バロサの次期リーダーは、カリスマ性がある。否、ありすぎる。
だから、孤高であり、同時に孤独でもある。
だから、僕がライバルと認めるジョッシュと、レジョネアが認めたボンゴと一緒に映画作りなんていう面白い事から外されたことに、一人の少年として寂しがっているかもしれない。
レジョネアのそういう部分に触れた僕としては、彼を除け者にすることなんてできないじゃないか。
『ほーん。良いんじゃねえ?』
ギザースはその点だけには賛同する様だ。
『君は出ないのか?』
『俺に役者なんて、器用な真似できると思うのか?』
全くできないと思う。
『モモ、君は?』
『どこで出すんじゃ?』
出せるところが無いな……。
『そうじゃろう? ギザースと一緒に、火薬が大爆発して、車が大量に廃車になるようなハリウッドモノならできるかもしれんのう』
その光景は、容易に想像がつく。
そして、安々と生き残る絵ずらが思い浮かぶ。
そこに魔法の要素は一切ない。
単純なる暴力の構図である。
『お、ボンゴ。その映画を作るって言ったら、お前も乗るか? 面白外人枠じゃ』
『ノーセンキュー。スタントは使うつもり?』
『要らんじゃろ?』
『命がいくつあっても足りないネ』
この二人は論外だな。想像はついていたが。
そしてボンゴ。君を失うと、レジョネアが悲しむんだ。
絶対にヤラせ無いぞ。
勝手に二人で作ってくれ。
『そういや、レファールのヤツは?』
聞いてくれるな。
『頭キリュウインだぞ?』
『真面目に言ってんのか?』
真顔で反論されて、ギザースとて返す言葉は無い。
『そういや、ナカヒラは?』
ナカヒラか……。
実のところ、レジョネアが猛プッシュしてはいるんだが……。
『語学がね……』
ほぼ、棒読みにしかならないだろう。
そういう点では、ジョッシュとボンゴはネイティブよりも上手い発音だが、どこで語学を学んだのだろうか?
『そういう役柄じゃ、ダメなのか?』
『と、いうと?』
ジョッシュのアイデアに、僕はすぐに食いついた。
『留学生さ。役柄も境遇も似ているだろ? あとはスパイスを効かせれば、一端の役になるんじゃないか?』
なるほど。
なるほど、なるほど。
拙い語学を、逆手に取る配役か。
『いいアイデアだ、我が友。検討しよう』
今はそれを考える時間ではないが、とっかかりが出来たのは大きい。
感謝する。
僕らが雑談しているうちに、会場の照明が落ちる。
各テーブルのキャンドルだけが、僕らの手元を灯すばかりだ。
僕らの映画が獲得する可能性があるのは、四つ。
主演男優賞 ジョシュア
助演男優賞 ボンゴ・僕
監督賞
作品賞
音楽賞はまず無い。
そこには予算を振っていない。
脚本賞は取れるはずがない。
ほぼアドリブに肉付けしただけの、お粗末な代物だからだ。
そして、四つの中で、非常に残念なことに。
主演男優賞と助演男優賞を取ることは無いだろう。
ノミネートこそ通ったものの、プロ俳優に比べればまるで学芸会みたいなものだ。
『特別新人賞! これだけは、異論なしの満場一致でした!』
『レタール・ガルフィン!』
うそ、だろ?
レタール・ガルフィンは僕の名だ。
間違ってないか?
隣を見ると、ジョシュアが、ボンゴが拍手しながら、『さっさと行け』と視線で訴える。
こんな、こんなことが……。
途端、僕の背中を遠慮なく叩く奴らがいる。
モモとギザースだ。馬鹿力二人分の背面へのビンタは、僕をスッ転がした。
沸く会場。カーペットにしこたま顔面をぶつけたせいで、痛みがそれを現実だと教えてくれる。
感謝はする。だが、忖度はしない。
『モモ、ギザース。僕の映画からは、永遠に出禁だ』
より一層の、歓声が沸いた。
結果的に、僕らの映画は、作品賞と僕の特別新人賞だけを獲得した。
後から聞いた話だが、監督賞は監督自身が辞退したらしい。
映画の影響で、バロサの若いファンが増えた。
ジュブナイル映画であったから、新規若年層に当たったのだ。
次作からは、トップチームの選手から、俺を使ってくれ、というオファーをチラホラ受けることになった。
僕は、人事権は監督かボスの管轄だから、と言ったが、その監督とボスが、
『バロサ側の人事権は、レタールに一任している』と言われて、ぐうの音も出ない状況となった。
トップチームの彼らの言うところでは、『息子(娘)にいいところを見せたい』という動機に集約される。
僕は、彼らの気持ちが分かる。
サッカー選手は、人気商売で、そして水物だ。永遠にカッコよくは居られない。
だから、最もカッコいいときに、最も輝かしく、永遠でありたいのだ。
世界で核戦争が勃発して、この世の全てが吹っ飛ばない限り。
彼らは永遠にカッコよくいられるのだ。




