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013 アメフト/スタウト

2011年 5月


目の前で、勝利の喝采を上げる選手と保護者が居る。

『ビーキー! ウオォォォー!』

『ウオォォォー!』


それを、ワシら五人は、拍手するしかない。


フェスタ・スターリオン

スポーツ部門。

“フットボール”


ワシらは、“アメリカン・フット・ボール”の試合に参加している。


「こんなところ、来とうなかった」

全ては、アホの酔っぱらいのせいである。



『おめえさんら、スポーツしに来たんだってな』

移動の道中、クソデカいキャンピングカーで酒を飲み続けるのは、モダとヤダル、そしてキャンピングカーのオーナーであるアランである。

しきりに、

『おめえさん、スポーツなんかやめて、こっち(馬の世界)にこいや』という困ったおじさんである。

以降は、困ったおじさん相手に、ジョシュアが会話した記録である。


『サッカーをしに来たので』

『スポーツは知らんな』

『ええ、ボールをゴールに入れれば得点で』

『フム』

『そこまでに、相手と競り合って』

『ホウ』

『11人で、やり合うゲームです』

『11人か。それは、俺も知ってる。フットボールだろ?』

『そう、それです』

『んじゃあ、俺があっちの手続きもしてやるわ。当日はスターリオン祭だからな』


当日。

“サッカー”部門に行けば、門前払い。

『これはおかしい』と、暗雲が立ち込める。


『すみません、フットボールはどこですか』と、

ジョッシュが訊けば、係員は呆れたように言った。

『間違えようがないじゃないか。ここが第三ピッチで、フットボールは第一ピッチだ』


第一ピッチは、メインピッチである。

『ますます、怪しい』

アメリカと言う国で、サッカーはそれほど人気ではない。

バスケット、アメフト、ベースボールの国である。

もうすでに、ワシを含め、答えは出ていた。


『ああ、申し込みのあった、フットボール助っ人集団か。ミスターアランの紹介だね。Bロッカーへ行ってくれ』


ロッカーに行く道中で、ピッチを見た。

見事なまでの、

アメリカン・フット・ボールのコートである。

真っ先に頭を抱えたのはジョッシュだ。

『俺、アメフト知らねーよ』

大丈夫だ。

『ボクは、少し知ってるネ』

と言うボンゴを除けば、素人集団である。

何の慰めにもならない。


ビーキークアットロ。

Bロッカーの表札のようなものに、そう書かれている。

開ければ、すでに喧騒の嵐である。


『お前、俺のユニフォームにコーラを零しただろ!』

『別に良いじゃねーか! 試合中に舐めれば栄養回復だ』

『黙れ! 黙れよ! 試合前にどうでも良いことで喧嘩するな!』

『ハン! いい子ちゃんでちゅねー! ママのおっぱいでも吸ってな!』


THE・クソガキ。


『ジョッシュ』

『モモの方が早い』

二言、話した。


仕方がない。

罪もない掃除ロッカーよ。

許してくれ。


ガアアアン!


メッコリと、掃除ロッカーを殴って破壊して、注意を向けさせた。

『次はお前だ。すぐに総員整列しろ』

『悪い事は言わない。モモに従ってくれ。着替え途中のやつは、終わってからでいい』

『さて、喧嘩をしていたな。理由は聴かん。今すぐ止めろ』

『でも、こいつが!』

『止めろ、と言った。聞こえなかったか?』

『聞こえないね! 誰だてめえ!』

『そうか。聞こえなかったのか残念だ』

『では、その耳は無意味だな。鼓膜を破ってやろう。不要だろ? 元々聞こえないのだから』

『やってみろよ』


秘儀、猫だまし。

を耳元でやれば、自然と鼓膜が破れる。

それはかわいそうなので、マヒさせる程度に収めてやる。


それらの様子を見ていたクソガキどもは、ワシらに怯え切った視線を向けている。

掴みは上々である。

やはり、江南の教育方針ボウリョクは万国共通じゃな。

良い子は真似してはならん。


で、静寂に包まれたロッカールーム。

しばらくして足を踏み入れたチーム監督は怪訝そうな表情をしながらもミーティングを始めた。


『それで、君たちは何ができるんだ?』

相手チームの情報、こちらの基本的な戦略の確認、そういった最低限の話をした後、ビーキーの監督はワシらに話を振った。

『モモじゃ。サッカーなら大体どのポジションでもできるぞ』

『ボンゴです。右に同じく』

『ジョシュアだ。サッカーでは司令塔、つまりゲームメークを中心にやってます』

『ナカヒラです。サッカーでは点取り屋をやってますね』

『キリュウインだ。気軽にキリュと呼んでくれ。スピードとパワーには自信がある』

ワシらの自己紹介を聞いて、監督のウェッジは眉間を揉んだ。

信じられない言葉を聞いたと、そのジェスチャーで十分に伝わる。

『……アー、アメフトの経験は?』

『『『『『ありません』』』』』

絶句、それ以外に表現しようがない。

ウェッジの顔から、全ての色が抜け去った。

『(あのおやじ……何が助っ人だよ、素人じゃねーか)』

小声でウェッジ監督が悪態を付くのに、すこぶる同情する。

ワシらも全く同じ意見だからだ。

当然、ワシらはスターティングメンバーから外れた。


役なし意味なし座るだけ。

ベンチで試合を観戦しているワシたちは、サッカー的には全く無意味な時間を過ごすことを除けば、悪くない時間である。

ジュニアの試合とはいえ、フェスタのイベント。

それも、アメリカンフットボールを本場で行うとなれば、保護者を含めた多くのチーム関係者。

それと単純にアメフトが好きな観戦客なども含め、中々の賑わいである。

それを、参戦することは無いとはいえ、チームベンチと言う特等席で見ているのだ。

自然とワシらも盛り上がるし、声を上げて拳を振り回して声援を送る。

普段、声援を受ける方であるので、この立ち位置と言うのは、逆に新鮮でもあるのだ。


『5チェック! キングリー! 5を見ろ!』

ジョッシュは早々にルールを把握したのか、相手に警戒する動きがあれば、大声でコーチングしている。

それを横目で見ているウェッジ監督は、

(なんて呑み込みが早いんだ)と、驚愕している。


『あー! クソッ! いいぞ、ヘンリー! ナイスラン!』

ナカヒラはもっぱら、こちらの攻撃を注視している。

ちょっとステップが単調だった、とか、縦に揺さぶって、とか。

まるで自分がピッチに居れば、ああしていた、こうしていたというイメージが湧き出ているようだ。

(サッカーの攻撃にも、共通する部分があるのかもしれない)

ウェッジ監督は思った。


『ここは声を掛け合うネ! オーオー! ビーキー! ビーキー!』

『『『ビーキー! ビーキー!』』』

『ほらお客さんも! ビーキー! オーオー! ビーキー!』

ボンゴはムードメーカーだ。

ピッチ内のチームメンバーも、ベンチ内も、観客すら味方につけるように大声を張り上げている。

釣られて、観客も乗せられるのだから、もはや疑似的なホームゲームである。

キリュウイン少年も、モモ少年も、その応援に加わり、大げさなジェスチャーと、アクロバティックな動きで盛り上げる。

(こいつらが今日入ってきた部外者だと説明しても、誰も信じないだろうな)

ウェッジ監督は、ピッチ上で戦力とならなくとも、十分力になっていると、サッカー組を再評価した。


フェスタでは、AリーグBリーグの、二つのリーグに分かれてリーグ戦を行う。

そして、それぞれのリーグから上位二チームが決勝トーナメントに勝ち上がり、準決勝二試合と、三位決定戦、そして決定戦を行う。

よって、Aリーグ二試合を、楽勝とは言えないが二連勝したビーキークアットロにとって、リーク戦第三試合、つまりリーグ最終戦は消化試合である。

そこで、ウェッジ監督に悪魔が囁いた。

『こいつらを出しても良いんじゃないか?』

試合前のミーティングで、チームメンバーにそのことを伝えてみれば、

『面白そう』

『ま、来ただけってのもな』

『俺は、こいつらと一緒に出るぞ』

まあまあ、好意的な意見である。

それを聞いていたサッカー組は、放心していた。


『どうしてワシらはここに居るんじゃろうな』

『さあ?』

『負けても良いから、気が楽ネ』

『僕は色々試してみたいこともあったから』

『前線は任せろ』


鬼龍院はフォアードになった。

自分から志願した。

『俺のパワーを確かめるいい機会だ』と言った。

サッカーでアメフトのフォアード経験が何の糧になるのか、ワシには分からない。


ジョッシュは司令塔ポジションだ。

ビーキーの正司令塔からパスの出し方を教えてもらい、速度と飛距離は劣るものの、精度はどうにか使える水準に達したようだ。

ボンゴはジョッシュからのパスを受けるポジションだ。

アメフト基準ではやや非力ではあるものの、速度と長身が持ち味である。


ナカヒラは、とどめを刺すポジションである。

恐らく、サッカー組の中で最も非力であるが、瞬発力と駆け引き、そして得点嗅覚では随一の男である。


ワシは当初、フォアードを志願した。

だが、鬼龍院から、

『モモが居ると、俺の経験にならない』と、

非常にエゴイスティックな主張を受けたので却下となった。

なので、ポジションとしてはジョッシュの脇に控えることとなった。

相手のフォワードがジョッシュに迫って、どうにもならなくなったら、ワシが居る。

つまり、保険である。


こうして、アメフトを知ってから半日以下の、

ど素人集団が、(アメフトの)ピッチに立つことと相成ったのである。

サッカーはどうした。



アメリカの少年、アレクランドは、将来有望なサッカー少年である。

アメリカのU-12に、ベンチとはいえ、招集されている。

今日は、地元アメリカのフェスタ・スターリオン、まあ、競馬イベントを中心とした、地方のドでかいイベントにチーム参加している身である。

彼としては、アメリカでのサッカー人気は如何ともし難いものである。

現に、自分たちサッカー部門は第三スタジアム。メインスタジアムはアメフトのものだ。

こういった、サッカーの国内での地位と言うものが、そのまま各国の強さの格差に繋がっていると、アレクランドは思っている。

『良いよな、お前たちは。生まれたときから“アメフト様”なんだから』

だが、腐ってはいない。

彼には夢がある。

U-12の、日本代表。

サッカー後進国で生まれた、眩いばかりの星の輝き。

日本では、ベースボールとサッカーでは、年俸に大きな差があるという。

にもかかわらず、世界を驚かせるようなプレイヤーがいる。

彼と同じ年代。

ナカヒラ

ジョシュア

ボンゴ

そして、モモ


キリュウインという色物は除外する。


『いつか、彼らの様に』

アレクランドは、第一グラウンドを見上げる。

そして、大きな歓声とともに、大音量でアナウンスが流れる。


“タッチ、ダウーン! ナンバー20! ナカヒラが華麗にかわし切って、悠然とタッチダウンだ! ビーキークアットロ! 更にリードを広げるのか! キッカーはジョシュア! キック成功率は、驚異の100%!”


僕の耳は、おかしくなったのか。

ナカヒラ、ジョシュア。

ははは、単なる同名だ。それか、幻聴に違いない。


“ジョシュア! 当たり前のように決めた! ゴールのド真ん中! 一切のブレ無し! ジョシュアのパスを、ボンゴがキャッチ、ナカヒラに渡してタッチダウン! 全く同じ流れ、止まることを知りません!”

“オフェンスのキリュウイン、そして、万が一抜かれても、最後の砦、18番のモモが得点を許すことは無い! ビーキークアットロ、こんな逸材をどこから見つけてきたのか!”


もう、それは幻聴でも何でもない。

アレクランドは、大声で叫んだ。


『サッカーに決まってるだろ! バカヤロー!』



リーグ戦第三戦。

ビーキークアットロは大差勝ちである。

チームメイトも観客も大合唱する中で、やるせない五人が居る。


『やりすぎたネ』

『うん』

『やっぱり、違うなあ』

『そりゃそうじゃろ』

『パワーでは勝ったが、物足りなくはある』

拍手をする手は自動的に動いている。


こう、プレースピードがじゃな。

遅いというか、何というか。

“足使った方が、速くない?”

と、ワシら全員の共通認識はそこにある。


『すまんな。やっぱり、ワシらにアメフトには向かんようじゃ』

ウェッジ監督に断って、ワシらはクールに去ることにする。

『いや、このまま返すわけには、いかないよ』

監督とは別のオジサンが、行く手を阻んだ。

『どなたか』

『フェスタイベント部門を部門長だ。どうして、サッカーU-12の君たちが、アメフトに出ているのかな?』

ワシらは互いに頷き合った。

『アラン=スティーブンに、フットボールがしたいと言ったらこうなった』

部門長は、あの野郎、と顔を真っ赤にしている。

過去、アランはどれだけやらかし実績があるのだろうか。


だが、まあ。

人生塞翁が馬、と言うべきか。


フェスタのサッカー部門のエキシビションマッチにお呼ばれして、

地域トップレベルのサッカー少年たちと球を蹴ったり。

その伝手で、各米サッカークラブに縁ができて、目的地に困らなくなったり。

たまたま、ビーキークアットロのワシらの試合を見ていたオフ中のアメフトのプロ選手がSNSで発言したおかげで、様々な便宜を得たり。

アランのせいで、エレクトロの馬主であるゴドルフィルに絡まれたり。

最後に、東海岸から船で大西洋を横断して欧州に向かう頃には、

中々多くの人生経験と、コネやら伝手やら因縁を土産に、出港することとなったのだ。


『失礼。イエモ、モモ。ここからは我々がご案内します』

安直に、“欧州でサッカーと言えば、まずは発祥の地イギリスじゃろ”と言ったワシが悪いのか。

入国ゲートで捕まった。


そのまま、ワシらサッカー五人衆とヤダルとモダの七人は、ブラックスモークの張られた黒塗りの高級車でドコカに運ばれるわけである。

「どうする?」

SP連中が、日本語ができないとも期待できないが、ナカヒラと鬼龍院の為に日本語で会話する。

まず口を開いたのはジョッシュだ。

「ええと、矢田さん」

旅の中で、ジョッシュはヤダルの事をそう呼ぶ。

「何だ?」

「彼らの事は知ってますか?」

「知っている。だから、お前らの身の安全に関しては、安心しても良い」

それを聞いて、ナカヒラはホッと安堵の息である。

「良かった。拉致とかではないのですね」

それを聞いて、心底心外だとばかりにSPの一人が、

「そんなことはしない。仕事に誇りを持っている」

と答えるが、

「経緯くらいは説明する、あなた達のボクたちへの扱いを見れば、ボクらはゲストだよね? 違う?」

ボンゴが冷静に反論する。


「ボンゴの言う通りだ。なあ、俺は“大体”予想が付いちゃいるが、説明してくれや」

モダは意図的に粗い言葉使いをした。

「すまない。君たちは、これからその方と会うと、事前に知っていてはならないからだ」

「例えば、万が一この車が襲撃された時に、生き残ったやつから情報が漏れるのを避けるためだな」

ヤダルがそう言うのを、SPは無言で首肯する。

いよいよ、ナカヒラ少年の顔色が悪くなる。

「なあ、モモ」

不安いっぱいにナカヒラがワシに尋ねようとした。

「こちら、礼儀の一切を知らない。テーブルに着くこともできない。よろしく頼む」

鬼龍院が、それをぶった切るように言った。

何を頼んだのか。

そもそも、頼めるような立場なのか。

一切不明な謎空間の中で、鬼龍院は再び言った。

「よろしく頼む」


鬼龍院が“よろしく頼んだ”意味は、わずかにでもあった様だ。

そこに居るべきではない人物が、談話室のような場所で、護衛を左右に置いた状態で静かに紅茶を飲んでいる。

『いらっしゃい、モモとそのお友達』

名乗りをしなければ、礼は要らぬ。

と、その貴婦人は思っているようであるが、ナカヒラもジョッシュも、ボンゴも相手が誰か気が付いて目を白黒させている。

唯一、鬼龍院だけが、ウムと言って用意されている豪華な椅子に向かって着座する構えである。思わず後頭部を叩く。何も入ってないかのように、いい音のする頭である。

「アホ、せめて断りくらいは入れんか」

「だがな、モモ。いらっしゃい、と言われたのだ。いらっしゃらなければ、無作法と言うもの」

「何が無作法じゃ」

パコーンといい音がする頭をもう一度叩く。

『手前ら、漫才してんじゃねーぞ』

キレイな英国英語で、口汚い口調でツッコミをヤダルが入れる。

『すみませんが、我々はご覧の通りの不調法者、見逃してくれるとありがたい』

モダが、すかさずフォローを入れる。

『ええ、ええ。私が望んだことだもの。ええ』

笑いを堪え切れない、とばかりに口元を手で隠して、貴婦人は許しを出した。

恐らく、ワシと鬼龍院の会話も理解しているのだろう。

上機嫌である。


『それで、あなた……何と呼んだものか』

『何でもいいわ。それこそ、エリーでも』

『冗談でも勘弁してくれ。女主人ミストレスでいいか』

『構わないわ』

ついに本題に入る。

『ミストレス、ご用件は?』

『ただ、話したかったの。それではご不満かしら』

『どうせ“ワークフォーズ”だろ』

ヤダルが横から言った。

また馬だ! また馬だ! ババババババ!


ワークフォーズ。

イギリスダービー。

凱旋門賞

その二つを獲得している、一流馬である。

だが、


KGVI & QES 5着

唯一、連対を外しているのが、よりにもよってイギリス最高権威の競馬競争である。


『頼めない?』

と貴婦人は言った。

『筋が違うね』

ヤダルは一刀で切り捨てた。

『俺らは、サッカー行脚の為にここに来たんだ。馬が云々で来たわけじゃねえ。そこんトコロ、履き違えてくれなさんな』

『エレクトロの件で誤解したのなら済まない。気まぐれだ。君たちにも、君たちの陣営にも味方するつもりは毛頭ない』

それにモダは助力した。

『ちなみに、俺はスプーン一本でも、こうできる』

コーヒーに付属していた銀製のスプーンをヤダルが一振りすると、

室内のSPの“胸に入っていたモノ”が一刀両断になった。

『勘違いするなよ。この場で生殺与奪の権利があるのは、俺らだ。わざと胸の物騒なものを切っただけに過ぎねえ。何だったら、スプーンすら使わずに、手刀を使って“首”で同じことができる。そこのSP、手前に言ってんだ』

その様子を、眉一つ動かさないのが貴婦人たる所以か。

『あなた、席を外しなさい』

ヤダルに指名されたSPを退出させ、深々と頭を下げた。

それを傲然と受け止めるヤダルは、戦神ヤダルである。


『全く。忠に厚いのも考えものかしら。そういう事でしょ?』

『どっかの貴族だろ、あれは。志は見事なものだが、相手は選ばなきゃならねえな』

『私がワークフォーズの事を口走ったのが悪いの。改めて、謝罪するわ』

『いつもはこの手の事は、姉貴アルスがやってくれるからな。手荒になって済まねえな』

喧嘩両成敗じゃな。

ところで。


『ワシらは帰っていいのか?』

『ダメに決まってんだろ。モモ』

『ここで太いコネを作っておくんだ』

ヤダルとモダは、時間割いているんだから、有効活用しろ、というスタンスである。


『バカ言うな。“ここには誰も来なかったし、何も起こらなかった”が最善じゃろ』

ワシがそう言うと、ヤダルとモダもそれ以上何も話さない。

『さーて。“少し身なりの良いご婦人”、ワシらの旅の話に興味は無いかね?』

では、雑談くらいはしてゆくか。

『ええ、是非』

ここに来たアリバイ作り程度の話題は提供して差し上げよう。


そうして、非公式の、否、無かったことだ。

その場から辞し、ワシらは宿に向かった。

黒い服の人が斡旋を申し出たが、ヤダルが固辞したので、モダの伝手でそこそこの宿を見つけることができた。


「ところでヤダル。お主、この旅の目的は何じゃったかな?」

「ボケたのかモモ。サッカー行脚だろ? 純粋にその目的に沿った旅ではないけどな」

「では、ワシらはサッカー少年団じゃな。モダ、こっちの厩舎に伝手はあるか?」

「あるが。もうすでに読めてきたぞ。連絡しろと言うのだろ?」

「その通り」


貴婦人ジョウオウヘイカとは、これで無関係じゃ。

好きにやらせてもらうわい。



“ワークフォーズ”

こいつは、勝てる。

詰め込めるだけ詰め込んで、勝たせてやる。


スタウト厩舎では、決死の調整が始まっている。

前哨戦である、ブリガディアジェラーには勝っている。

だが、あくまで前哨戦は前哨戦である。

次は、本命であるGⅠ二連戦。


エクリプスS

そして、

KGVI & QES


落とせない。

落とさせない。

だが。


ワークフォーズは、明確に主戦ムーイと、折り合いを欠いている。

前年のKGVI & QESを制したハービンシャーを一時とはいえ乗っていたからか。

ムーイも、ワークに気を遣っている雰囲気はある。


電話が鳴った。


取ったのは、事務員であったらしく、直ぐに俺のところに来た。


『すみません、ミスタースタウト。見学の依頼です』


見学だあ?

何故ここに来るのか?

忙しいときに、ふざけやがって。

俺は、すでに断る気で取り次がれた電話に応える。

『あー、サッカー少年団の見学をしたいのじゃがのう』

能天気な相手の言葉に、カチンときて言い返そうとしたが、

事務員が、俺の袖を強めに引いてくる。

何だよ。

不機嫌に思いながら、彼女が手元のメモ用紙に殴り書きした内容に瞠目した。


≪相手は、イエモ=モモです。“あの”モモです≫


脳天から落雷が降り注いだかのように俺の内心は硬直した。


『あー、あー。もちろん。ちなみに何人で来るのかな?』


そんなことはおくびにも出さず、対応を続けた。


『ワシも含めて、子供五人に、大人二人。馬の扱いには“多少”心得がある。その点では安心してほしい』


“多少”!?

ニホンジンは、謙遜が過ぎるのか!?


ディープの引退式。

俺は、伝手を使ってその映像を入手した。

伝説の輝白馬を駆り、ハーツ、レディーを、ディープ共々鎧袖一触とばかりに蹴散らした、少年。

イエモ、モモ。

(なんてこった。ツキが向こうからやって来たぜ……)


『ああ、受け入れるとも。ちなみに、大人二人の名前を聞かせてほしい』

我ながら不自然であるが……自らを鎮めるべく、確認の為に聞いた。


『ああ、保護者じゃが。ヤダとシシザという』


ビンゴ!

ヤダの方はよく知らんが、“シシザ”と言えば、KGVI & QES関係者にとっては知らない方がモグリってなもんだ。

“奇跡の神医”

そそるぜ、これは。

『お待ちしています』と言って。

俺はソファーに倒れた。


『やりましたね、ミスター』と事務員は言う。

『ボーナス、期待してくれよ』と事務員に言った。



ワシとモダとヤダル。

要するに馬組はスタウト厩舎に行く。

残りのサッカー組は、アメリカで得た伝手で、各地の英国サッカークラブで球蹴りに勤しむのである。


『こいつがワークか』

『モモ、忌憚ない意見を言ってくれ』

スタウトは、ワークフォーズの前にワシら三人をいそいそと案内して、そう言う。


『こいつは、頭が良いが』

『恐らく、ピークアウト寸前だな。加えて自分でレースができるばかりに、手を抜くことを覚えてしまっている』

ヤダルとモダはそう鑑定する。

それを聞いて目を剥くのはスタウト氏だ。


『オイオイ! こっちは必死で追い込んでんだ! 馬の方が手を抜くってのは、おかしいだろ!』

『おかしくは無いな。馬だって、頭の良いやつは“自分が何のために走らされているのか”知っている。だから、怪我しないように手を抜く。イキモノなのだから、当たり前だ』

冷静に返したモダは続ける。

緊張感テンションのピークは、昨年制覇した凱旋門か。それ以降は、自分の“価値”が下がらないように上手く調整したつもりだな』

全く、賢い馬だ。

モダがワークをそう褒めると、よく分かっている、とばかりにワークも気分よさげである。

その言葉に、スタウトは愕然とした。


『するってえと、あれか? 去年のKGVI & QESは……』

『お前さんの馬のハービンジャーが出るんで、“ご祝儀”をくれてやったんでしょうな』

『噓だろ……?』

馬に携わって、俺は何年だ?

こいつらは、何故馬の言葉を理解できる?

価値観がバラバラになりそうだ。

だが、スタウトは踏みとどまる。


『俺らに、勝機は?』

ピークアウト寸前。

頭が良い馬。

手を抜く癖。

次(エクリプスS)も。

その次(KGVI & QES)も。

俺らは、否。

“俺”は勝てない。

残酷な言葉だが、それは他人バカドモサエズる言葉ではない。

あのディープを無敗の伝説に仕立て上げた陣営の言葉である。


『あと一戦で、引退』

無慈悲にも、シシザはスタウトに言った。

『それが、最低条件だ』




2020年 イギリス放送。

特番【KGVI & QESの伝説】


2011年 7月

弾丸を追いかける、快速特急。


ナサニアルVSワークフォーズ


超新星VS“かつて”の天才


ゴール前。

軍配は、新星に上がると、誰もが思った――。


『いや、はや、素晴らしい! どこかの国のCMみたいなオープニングをありがとう』

『ミスタージョンソン。それは言わない約束でしょう』

『悪いけど、言っちゃうよ? 日本のJRAに依頼したんだから』

『ジョンソン!』

『君だって、良いと思っただろ?』

『そりゃ、そうですが』

『司会者ってのは良いね! 好き勝手喋れるんだから』

『“首を洗って待っていろ”』

『君だって、オリンピックの、何処かの国の真似事じゃないか』

『流行りますよ、これは』

『もう流行ってるよ。この前、孫に同じこと言われたもん』

『良いですね。見どころがある』


収録後、両者はなじみのサッカーバーで酒を飲む。


『おや、タカホはスタメンではないのか』

『アイツは永遠に出禁でいいですよ』


Uマンチェスター

トットノム


リーグ制覇を占う一戦である。


不相応に巨大なテレビ画面で映し出される試合を見ながら、白熱球の照らす店内で、チビチビとビールを飲みながらピーナッツを手で剥いて放り込む。


『ジョシュア放出は痛いなあ』

『それでバランスが取れるってもんですよ』

なんせ、“例のアノ人”召喚の儀が不成立になるからだ。


タカホとジョシュアが居た時代のトットノムは酷いものだった。

資金力で劣るトットノムが、何故か敷地内にスパリゾートを建設し、加えてチーム増強にも前向きでスポンサーも追加で多数付いた。

“例のアノ人”を、ジョシュアとタカホが好き放題召喚した結果である。


イギリスにおいて、“例のアノ人”とは、二つの意味を持つ。

一つは、不朽の児童文学、“ハリーポター”シリーズのラスボス。

主人公の両親の仇にして、作中最悪の魔法使いである、ヴァルデモート。

そしてもう一つは……。


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